第43話「迷宮探索オリエンテーション」
「オリエンテーション、ね」
いや、かつてないよ。
参加の有無の他に、遺書と念書を書かされるようなオリエンテーションなんて。俺は戦慄を覚えながら、寮の食堂の隅の机で、配られた羊皮紙にペンを走らせる。
「迷宮探索って、そんな和気藹々としたものかなぁ」
苦い笑いを浮かべて俺に同調するように言ったのは、ウィリアムだ。最近は男子寮にいる時は良くつるむようになり、こうして今も同じ机で、同じ書類を広げている。
「いや、すでにオリエンテーションって言葉が怪しい。胡散臭い」
前世でも書いた事のない遺書なんてものを書きつつ、念書に目を通す、そこに書かれている内容は、ざっくり言えば、迷宮内で何が起ころうと、それは個人の責任であり、学園は一切関係なく、責任は持たないという事が書かれている。なんてブラック。
「死人がでなければ良いけど」
ウィリアムがぼそりと呟く。
本当に。俺も心からそう思う。
何でこんなものを書いているのか、俺は、そのきっかけとなった事を思い出していた。
◆◇◆◇◆◇
それはほんの三日程前の出来事だった。
通称、「悪夢の一日」と呼ばれる初回で気絶するレベルのライナスさんの授業も、ついに4度目を迎えようとしていた。
俺はいつものように、クリス、オリヴィアと共に教室から、野外の訓練場に向かう。
この授業は、「ついに」とか言いたくなる程度には、「悪夢の一日」など全校生徒の間で噂されるその内容を、文字通り身体で覚えてしまっていた。
初日、俺が倒れた後に続いた訓練も、俺が味わったものと似たような状況だったようだ。
俺の次にグラントが呼ばれ、グラントも俺と同じように形で気を失い、その次に呼ばれたクリスも同じで、その後については気を失っていたので解らないらしい。
オリヴィアはオリヴィアで、その間散々走らされて、試験を通らなかった組は立ち上がるのも困難な様子だったらしい。おまけに、二回目、三回目の内容も全く同じだった。
普通授業の合間の訓練では、基礎訓練に特化しているため、オリヴィアはこの実技の授業の間、一度も武器を握っていない。
「最近、腕が固くなってきた気がします……」
「どれどれ? ……もっと鍛えないとダメじゃない?」
歩きながら自分の二の腕をぷにぷにと触り、オリヴィアが不安そうな声をあげる。クリスが横に回って彼女の二の腕を揉み、脳筋っぽい発言をしていた。
「……アルドさんはどう思います?」
「や、その質問には答えづらいかな……」
鍛えた方がいい、といえば、女の子の気持ちを解っていなさそうだし、下手にそうだね、なんて同意すれば、クリスのように頑張っている女子の努力を否定することになりそうだ。あと、やっぱり女の子は柔らかい方がいいね、なんて答えるのもセクハラだろう。確実に。この世界にその単語があるかは知らないが。
そんな事を話しながら校舎の外、俺たちは野外訓練場についた。
これから始まる訓練に、オリヴィアはテンションが最低辺まで下がり「いいんです、私は魔術で頑張るんです……」とぶつぶつ呟いていた。クリスは、今日こそは! と意気込んでおり、気合い充分といった感じだ。やらされてる感が無いのがすごい。強くなりたい、といっていた事に対して真っ直ぐ進んでいる感じだ。
俺も落ち掛けていたテンションを持ち直して、前向きになろう。落ち込んでいるオリヴィアを励ますため、肩を叩く。
「早くオリヴィアもこっちに来て欲しいな。やっぱり、三人一緒が良いしね」
そう、地獄に落ちるのはみんな一緒だ……おっと。全然前向きになれていなかった。
「三人一緒……うん、そうですね! 私頑張ります!」
オリヴィアはどうしてか元気を取り戻して両の拳を握り、意気込んだ。
あ、なんか罪悪感が。そんな風に思って言った訳じゃないんです。元気が出たようなら良い……のだろうか。
そんな風に話しをしていると、次第に周囲に生徒たちが集まり、全員揃ったところで、ライナスさんが現れ、生徒たちを見回す。
「揃っているようだな。いつもの様に試験組と訓練組に分かれて授業を始める。試験組は良いと言われた者以外はそのまま走り続けるように。休憩は自由にとって構わん、以上だ。では始めろ」
今日もまた、同じように授業が始まろうとしたところで、一人の生徒が
前に出て異議を唱える。
「待ってください先生! いつまでこのような事を続けなければならないのですか! こんな授業が何の意味があるというのです!? 来る日も来る日も走っているだけ! これで強くなれるというのですか!」
その生徒は身なりの良さそうな生徒だった。貴族……だろうか? その生徒の言葉に、幾人かの生徒が同調するように頷いている。
言いたい事は何となく解る、解るが、賛同はできなかった。
そもそもそんな事を言うような奴は、覚悟もなければ資格もない奴だと思う。覚悟というのは、戦う者の覚悟。資格というのは、単純に耐えられるだけの肉体の強度だ。
覚悟があるなら、この訓練の意味が分かるだろう。特に冒険者を目指すような者なら。冒険者というものは体力の無い奴から死んでいく。これは後衛だとか、前衛だとか関係なく。魔物の体力は人間と比べれば無尽蔵といえる程に強大だ。そんな相手と渡りあうためには、体力がいる。最後まで動き、あがくだけの体力が。
そう思えば、これについて来られないレベルとなると、訓練で技術向上を図る以前に身体ができていない。
少なくともライナスさんはそう考えているのだと、俺は予想していた。
「そうだそうだ! 俺たちが高い金を払ってるのは走るためじゃないんだ!」
「走ってるだけで強くなれたら、こんな学校必要ないだろ!」
「授業内容が生徒によって違うのは差別じゃないのか!? 俺たちにも訓練を受けさせろ!」
同調していた生徒たちが、口々に声をあげ、ライナスさんを避難した。その様子に、一番最初に声をあげた生徒が満足そうに頷き、それ見たことかというようにライナスさんを見ていた。
確かに、教育機関という意味で言うならその通りなのかもしれないが、ここは義務教育の様に、万人を一定の能力に引き上げるための機関ではない。独学で行き詰まった、一段階レベルアップしたい人間が、自主的に学んでいく場だ。そもそもの大前提が違う。
それが理解できている生徒や事なかれ主義の生徒──俺やクリス、ウィリアムのような試験突破組に何割りかの生徒──は声をあげず、離れた所で事の成り行きを見守っていた。
ライナスさんは非難してくる生徒を前に、特に焦る様子もなく、ゆっくりと口を開いた。
「ふむ。ではオリエンテーションと行こうか」
含みのある笑いと、威圧と共に放たれたのは、そんな言葉だった。騒がしかった生徒たちが一気に押し黙り、有無を言わせぬ空気が漂う。
「そろそろ、言い出す者が現れる頃だろうと思っていた。少し予定より早いが、次の授業では校外でオリエンテーションを行う」
騒いでいた生徒の内、やっと基礎訓練とは違う授業ができるのか、と喜ぶのが半分。もう半分は、応用が習いたいと言ったのに、何故オリエンテーションなのか、と困惑が半分。
「資料を取ってくるので全員一度教室に戻るように。教室内では自習。私が教室に向かった際にクラスに居ないものは今期の評価点は無しだ」
ライナスさんはそう言い残すとあっさりと踵を返して校舎の中に戻り、呆然とする生徒たちだけが残された。
そして、俺は校外オリエンテーションという言葉に、嫌な予感が止まらずにいた。
◆◇◆◇◆◇
「オリエンテーションは迷宮にて行う」
幾つかの教室を回っていたせいか、随分遅くにSクラスに来たライナスさんが一番最初に言ったのがそれだった。
「今から渡す資料を後ろに回していけ」
教壇に立つライナスさんが持っていた羊皮紙を配っていく。羊皮紙を受け取った生徒たちから、困惑と緊張が広がっていった。
俺も配られた羊皮紙を見て、顔がひきつる。
書類は大まかに三つ。オリエンテーションの参加、不参加を確認するものと、迷宮内で起こったことは全て自己責任、ということが書かれ、それに同意をするための念書、遺書の書き方などが書かれた書類の三つ。
最初の一つ以外は予想もしなかったような書類が並んでおり、クラス中が困惑している。
「迷宮では危険が伴う。そのため各自この書類に目を通し、署名を行うように。また、オリエンテーションの参加は自由となっている。己の実力を考慮し、オリエンテーションの参加、不参加の旨を手元の書類で提出しろ。ただし、参加をしなかった場合はそれ相応の評価を行うつもりなのでその積もりでいるように」
この時点では俺は参加、不参加どちらかと聞かれれば、不参加に気持ちが傾いていた。迷宮は危険だ。前はその危険を考慮してでも手に入れたいモノがあったため、迷宮に潜るために行動していたが、今はその理由もない。それに、まだ若い迷宮は魔物も比較的弱いという情報も得ていたため、当時は入ることを決めていたが、今回はそういう情報もない。
一度迷宮に入れば、何か魔導甲冑を強化するような素材が見つかるかもしれないので、魅力が無いかと言われれば、当然ある。が、それなら迷宮の外で安全な代替品を探すのが手っ取り早い。
「オリエンテーションの内容は二泊三日での迷宮内探索だ。最終日に迷宮脱出後、迷宮内のレポートを提出して貰う。また、この期間中、迷宮に入ったものは迷宮をでることは基本的には許さん。途中迷宮から出た者には相応の評価がされる」
「そんな……迷宮、それも二泊三日もだなんて……」
蒼白な顔をした生徒の一人の呟きが、静かな教室に響いた。
俺はそれを聞いて、ふと、参加しなかった場合の評価、というのが気になった。というのも、ここまで、ライナスさんは評価点が下がるとも、上がるとも言っていないのだ。「相応の評価」としか言われていなかった。相応の評価、とはなんだろうか。そう思った時に、妄想じみた閃きが俺の脳裏にはしる。
すでに試験が始まっていて、参加、不参加などの行動が、すでに評価されているとしたら、どうだろうか。
迷宮という危険区。念書があるとはいえ、学校はさすがにそんな所に実力の無い者を放り投げたくは無いはずだ。
そう考えた上で、「相応の評価」という発言について考えると。迷宮に入れるだけの実力が無い者は、不参加を決めても、一定の評価がされるのではないだろうか。
例え実力が無かったとしても、それを認め、迷宮の危険性と自分の実力を天秤にかけ、無理だと判断して不参加にした場合、それは同じ程度の実力で無謀に参加する生徒くらべ、評価できるのではないだろうか。
そこまで考え、自分の実力を客観的に見てみる。ライナスさんの授業についていける生徒で、なおかつ一定の戦闘経験がある。さすがに、初めて迷宮に入るような生徒が多いだろう中で、入っていきなり全滅するような難易度に入れられることは無いだろう。
すると、多少危険だとしても、自分は入らないと評価が貰えない気がする。命に変えるほど欲しい評価では無いが、そこは最悪、迷宮を脱出することにすればいいだろうか。
「迷宮内での行動は各人の判断に任せる。一人で進んでも良いし、数人で進んでもよい。ただし、一般の冒険者を雇うことはできんから注意するように。ああ、それと装備は各自準備を行うように。何か質問はあるか? ……なければ以上だ。本日は解散とするので、各自自習せよ」
ライナスさんは言いたい事だけ言ったあと、教室を出ていく。監督者が居なくなった教室内は、途端に慌ただしく騒がしいものとなった。
「アルド、オリヴィアも迷宮内では一緒に行動してくれるよね?」
クリスは行くき満々と行った様子で俺とオリヴィアに聞いてくる。
参加しないといけないなら、やっぱり呼吸が合わせられるメンバーが良い。俺はクリスに頷いた。
「むしろこっちからお願いしたいね。やっぱり、一人だとどんな危険があるか解らないし。連携がとれない相手とは組めそうにないし。……オリヴィアは参加って事でいいの?」
「はい。不安はありますが……三人でなら怖くありませんし、少しでも早く、強くなりたいので」
「なら、迷宮内で行動する指針と、準備を進めようか」
三人で参加の意志を固めると迷宮内でどうするか、さっそく詳細を詰め始めた。
お読みいただきありがとうございます。
感想、誤字報告ありがとうございます!
時間を見つけちまちま直して行きたいと思います。
明日の投稿が難しいため、早めに投稿。予約投稿でもよかったですけど。




