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第42話「悪夢の一日(後編)」


 内心びくびくしながら始まった午後の授業は、拍子抜けするような素振りからだった。普段通りに素振りをしてみろ、そう指示され、言われるがままに各々素振りを始める。

 実戦的と聞いてテンションをあげていたクリス、グラントのテンションはだだ下がりである。


「このまま終われば、楽でいいんだけどねぇ」

「さすがに、それは無いんじゃない?」


 希望的観測を、こっそりと俺に言ってきたのは、隣にいたイケメン──ウィリアムだ。素振りが始まってから、

 自らフラグを立てていくような返答を思わずしてしまったが、ウィリアムが言っていなければ、10秒立たずに俺が言っていただろう。

 全身の魔力を感じながら、刀を振るう。切っ先が空を切るが、殆ど音は立たない。再度振るった刀は逆に、轟! と音を立てて空を切り、地面の落ち葉を吹き飛ばす程の風圧を生み出した。それぞれ、自分の持ち技の《静一閃》《轟一閃》を意識した振り方だ。


「ずいぶんと、豪快だねぇ」


 ウィリアムがその素振りを見て、若干引きながら言う。しかし、こちらを気にしているのは視線だけで、彼は試験でも使っていた短剣を手に取って、仮想敵に向かって短剣を振るっていた。魔法が得意と言っていたが、体術の方も一定以上に使えるらしい。


「そうかなぁ」


 豪快、という意味なら、グラントの方が負けていないのでは? という意味を込めて、俺は視線をずらす。すると、視線の先には豪快に太い腕を振る獣人の姿が。


「オォォォォララァ!」


 無手だというのに、振るった拳は離れているこちらに聞こえてくるほどの音を立て、風を生んでいる。魔力量と筋力にもの言わせた雑な技、と評価するのは簡単だが、当たれば一撃でノックアウトできるだけの威力を十二分に備えているため、馬鹿にはできない。


「まぁ、あれと比べるっていうのは……」


 体格が違う、種族が違う。魔力量が違う。羨んでも手には入らないものだ。あれと比べるのは違う、というウィリアムの気持ちは分かる。俺はこの中で最も背が低くて体格的には劣っているし、身体強化を抜きにした筋力も恐らく最低値。

 ずるい! 俺だって恵まれた体格があれば……なんて言ってもそれらが手に入る訳でもないので、さっさと気持ちを切り替える事にする。

 止まっていた素振りを再開すべく、ゆっくりと魔力を練っていると、グラントの方と反対側では、クリスと、犬の獣人っ娘が話ながらそれぞれの武器を振るっている。


「へぇー東の方から来たの。その武器も部族が使ってるもの?」

「ううん。獣人って武器は使わない人の方が多いよ。わたしは、お姉ちゃんに進められて使ってる。わたし、獣人にしてはあんまり力が強くないから……」


 女の子同士の会話だというのに、その小物どこで買ったの? みたいに武器の話をしているっていのはどうなんだろう。片方は刀を振っており、もう片方の女子は、大きなハルバードを振るっている。なんだろう、これじゃない感。

 しかし、クリスもたぶん、今日あった相手では共通の話題に困ったのだろうと思う。普段であれば、別に武器の話題を振ったりしないだろうし。

 どこかぎくしゃくしている感じがあるが、獣人っ娘と徐々に打ち解けているようだった。


「全員、なっていないな」


 訓練の空気が若干緩んだからだろうか。石像のように微動だにしていなかったライナスさんが口を開く。その場に言葉は重く響いて、俺たち五人に緊張が走った。

 何が理由か解るか? そう視線で言われたような気がして、あまり喋りたくは無かったが、何とか口を開く。


「えっと、訓練に集中できていない、という事でしょうか?」

「違うな。黙っていれば上達するわけでもない。上達に繋がるなら口を利いても構わん。儂が言ったのはもっと根本的な部分だ」


 意外ではある。お喋り容認。まぁ、上達に繋がるなら、という事と、口を利いても、の当たりで睨まれていたので、恐らくもっと意見を出し合って、とかそういう言葉が隠れて要る気はする。

 それはともかく、もっと根本的な部分。とはなんだろうか。ちらりと解った? というような視線をウィリアムに送って見るが、顔をしかめただけだった。クリスを見る。クリスは堂々している。が、あれはアルドが解らないなら私に解る訳ないじゃない、という開き直りの表情だった。

 なら、何だろう。普段通りの素振りをしろ、と言われたからやっているが、それがだめ。何かが違うらしい。

 

 技術、だろうか。腕の振りが違うとか、動かす筋肉が違うとか。しかし、考えてすぐに否定する。各々武器が違うため、扱う技術はそれぞれ違う。そんな中、この振り方でないとだめだ、というような指摘をするだろうか。しないように思う。ならばもっと根本的な部分だろうか。

 答えが出そうでない、というもどかしさを感じた所で、ライナスさんが再び口を開いた。


「これから見本を見せる。何度か行うから近くによってよく見なさい」


 そう言われ、全員が集まってライナスさんを囲む。巨大な剣の範囲に入らないよう、俺、ウィリアム、グラントがライナスさんの右側、クリス、獣人っ娘が左側についた。

 正面になるクリスは、一挙手一投足を見落とさない! というように瞬きすること無く見ている。ガン見だ。


「ゆくぞ」


 巨大な剣が、正眼に構えられ、瞬時に振り上げられ、振り下ろされる。まるで、コマ落としのような速度だった。俺に認識できたのは、振る前に構えた一瞬と、振り上げ、頂点で停止した瞬間、そして振り下ろされた後、斬撃によって地面が引き裂かれた事だけだった。


「もう一度だ」


 一同が唖然とする中、再度正眼に構える。俺は、慌てて魔術を発動した。《解析》かつて、母の剣技を真似る時に使った魔術である。

 ライナスさんは、今度は下から上に、剣を振り上げる。その動作もさっきと同じようにしか見えなかった。

 しかし、《解析》を発動させていた俺は、微弱な魔力波をライナスさんに当て、跳ね返ってきた魔力波から、動作を記録している。

 動作中の骨の位置、筋肉の使い方、体重移動……どれも洗練されている。いや、洗練なんて言葉では足りないかもしれない。いっそ、機械的だ。無駄がそり落とされ、必要な箇所が必要な分だけ、正確に連動している。

 しかし、母に見せて貰ったものと何が違うか、と言われれば、一動作の間に、母がほんの少し、余分な筋肉を使っていたとして、それが無かった、程度の極わずかの差。余りにわずかすぎて、それが性別や体格、または年齢のせいなのかすら解らない。

 確かに、実力が拮抗した相手や、極限状態ではそこで差が出てくるかもしれないが、根本的に違う、なんて言われる程に差がでるだろうか?


「最後だ。最後は無手で行う。これを見た後、何を感じたか言ってみなさい」


 聞いた全員に動揺が走った。感じろも何も、ほとんど何も解らない。皆が食い入るように見つめ、ライナスさんが剣を地面に突き刺し、左手を前、右拳をわき腹まで引き絞る。右の正拳を放つのだろう。

 さっきとは何が違う? 姿勢、体重移動、魔力、どれが違う──いや、魔力?

 そこで俺は、ほとんど魔力を感じていない事に気づいた。

 見本となる素振りで、必要最低限の身体強化をしているだけ──そんな風に思えるが、違うとするなら。もっと、《解析》の精度をあげる必要がある。

 俺はすぐさま、ライナスさんを中心として、右、左の斜め前方、背後の三点から観測点を作り、そこから魔力波を当て、それぞれの反応を計測する。今度は筋肉の動きなどの余分な情報を切り捨て、魔力に関するモノだけに絞る。すると、すぐに一つの解が出た。

 観測用の魔力波が、掻き消えている。全て消えているわけではない。元々、この魔術による魔力波は一部しか反応を得られていなかった。

 ほとんどの場合は俺を中心に魔力波を放ち、対象物に当たっていない分の魔力は反射せずに消えていたし、当たった場合でも、跳ね返り方によっては取得できていなかったからだ。だから掻き消える、という現象を見落としていた。

 ライナスさんの体内で練られた魔力が、ただその量を増やしているだけではなく、激しく体内を循環しているという事に。むしろ、溢れ出る魔力は、制御に漏れた魔力。余剰魔力ともいうべきものだった。


 拳が、空を叩く。


 殴られた虚空が震え、横にいるこちらにまで、びりびりと振動を伝えてくる。しかし、そんな派手な見た目など、一切気にならなかった。

 たった今目の前で行われたのは、身体の動かし方がどうだとか、体重移動がどうだなんてモノではなかった。

 確かに、根本的にモノが違う。


「なぁ、ウィリアムはさ、身体を強化する時、魔力ってどう使う?」

「えっ? ああ、えぇと、全身を覆うようにする、かなぁ?」

「そう、だよね。魔力を高速で体内循環させるなんて使い方しないよね普通……」


 思わず説明調に呟きたくなるくらい、それは異様だった。通常、身体は筋肉の動作でしか加速しない。これは身体強化でも同じ。しかし、今し方ライナスさんが見せた技法は、体内で練りに練った魔力を極力体外に排出せず、内部で爆発させるように移動、移動させた魔力で身体の各部を加速、加速してばらけるように動く各部を、技に収斂させるというものだった。

 何というか、最後の突きでいうなら、拳を突き出す、ではなく射出する、という位に根本的に違う。表向き、動作が同じだけにひどい差だ。


「ほう。今ので気づくか。説明が必要かと思っていたが」


 って、見ろって言って置いて解らないレベルだったのかよ! 俺は思わず顔をしかめる。


「見て覚える、というのもあるが、洞察し、考え、己に落とし込む事も必要だ」


 ライナスさんに内心を見透かされたように言われ、周りの四人もなるほどと頷いている。


「説明が必要かと思ったが、アルドが気づいたようなので解らないものは奴に聞け。その後素振りを続けるように」


 おおい。そこ投げちゃうんですか! 先生しようよ! ライナスさん今日ほとんど立ってるだけだよ! 

 とはいえ、否と言わない日本人の俺は、無言のまま了承。別に、無言の圧力に負けたとかそういう事実はない。


「チッお前に聞くのか……」

「嫌なら向こういっとく?」

「うぐ……」


 グラントが何か言ってきたが、結局不満そうに唸って黙る。離れて行かない当たり、素直というか、何というか。

 俺はこの場の全員を集めてさっき見た内容をなるべくそのまま伝える。


「つまり、魔力で押し出せばいいのね!」

「はぁ!?」

「うーん。解ったような、解らないような……」

「はぅ……」


 俺からの説明を受けた四人の反応はこんな感じだった。

 理解してもらえない俺の説明力不足が悔しい。クリスは正解に近いと思うが。これは付き合いが長いため、こっちの意図を組んでくれただけだろう。


「えっと、なんて言ったらいいのかな……ちょっと待って」


 短く纏めると、魔力を高速で循環させて、筋肉ではなく魔力で身体を動かしている、という感じなのだが、かみ砕いて上手く説明できない。

 口で説明できないし、体内で行っている現象のために実演も難しい。おまけに、循環している、というのは身近なモデルがないため説明が難しい。全身の血液は循環しているが、循環している、と理解されるだけの医療関連の水準が、この世界は高くない。

 俺はどんな感じかを掴むために、俺は四人から離れて、刀を構えてさっきみた魔力操作を試すために、体内の魔力の流れを意識し、変化させる。

「うぐっ……」


 とたんに襲ったのは、内蔵がひっくり変えるかのような衝撃だった。喉元までこみ上げてきた不快感に何とか耐えるが、膝から力が抜け、思わず地面に手を付ける。


「アルド、大丈夫!?」

「う、うん。魔力が流れる速さを変えようとして、失敗しただけだよ」

 

 駆け寄ってきたクリスに支えられて、何とか立ち上がる。

 ライナスさんがさも当たり前のようにやっていたので油断していたが、流れる魔力を無理に変えれば、身体の内部からダメージがくる。

 よく考えたら、血圧が上がり過ぎれば血管が破け、その結果死に至るような事だってある。これはもっと慎重に行わないと。


「失敗すると、ああなるのか……?」

「これは、随分ハードだねぇ」

「あぅ……」


 4人には、失敗すると危険だから、ゆっくりと体内の魔力の速度を変えて行くことを進め、素振りを再開する。


「くっ……」

「これは……!?」


 素振りは、最初とは雰囲気ががらりと変わっていた。

 誰もが額に冷や汗をかいて、自分の中の魔力を制御している。制御を間違えて俺のように気分が悪そうにうずくまったり、制御が上手く出来ずに構えたまま微動だに出来ずにいる。俺も、まともに身体を動かせず、刀の切っ先が震えていた。

 徐々に速度あげていく魔力にまずは慣れ、慣れて来たところで僅かに腕を動かそうと意識する。すると、腕が暴れ出すように跳ね上がろうとし、意に沿わない動きをしようとした腕を押さえる事になる。魔術で制御する事も考えたが、魔術で魔力を制御しようにも、魔力自体が強力なために術が壊れ、上手く行かない。これはひたすらに身体で覚えるしかないらしい。

 制御に失敗すれば、暴れる魔力のせいで大怪我を負う。そんな危機感を持ちながら、みんな必死になって素振りを行っていた。

 それから時間が経ち、素振りを見ていたライナスさんが、満足そうにうなずきながら、俺たちに声をかける。


「ふむ。大分マシになったな。そろそろ時間も押しておる。最後に打ち込みを行い今日の授業を終了とする。順番に打ち込んでこい」


 全員息を荒げた状態で、ライナスさんを見る。これで終わりなら、もうちょっと頑張れるか、そう思ったが、現実は甘くはないのだ、とすぐに知ることになった。


「アルド、儂に打ち込んで来なさい」


 真剣ではあるが、相手がライナスさんなら全力で打ち込んでも大丈夫。今日の最後の訓練なら、全部出し切るべきだ。そう判断して、いつものように魔力を練り上げ、全身を覆い、踏み込む。


「うつけが。今日の訓練を生かさんか」

「うわっ!?」


 踏み込んだ脚をあっさり払われ、半回転して地面にぶつかり、空を見上げる事になる。痛みに涙目になりながら何とか立ち上がり、ライナスさんの言った言葉を反芻する。

 今日の訓練を生かす。つまり。


「魔力の流れを変えた状態で、打ち込めって事ですか……?」

「当たり前だ。次が仕えておる。早くせい」


 絶望した。まだ、まともに一回振るう事もできない状態だというのに、打ち込まないといけない。

 だが、そんなものは序の口だった。


「なんだその不抜けた技は!」

「遅い。敵がお前の準備など待つのか!?」

「適当に技を出すでない! もっと一手に集中せい!」


 そんな怒号が飛ぶたび、俺は吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。

 

 いつの間にか俺とライナスさんは激しく移動をしながら、互いに打ち込む隙を伺っていた。

 俺は棒立ちになって魔力を操作しているのでは一方的に殴られるだけなので、ライナスさんと立ち位置を目まぐるしく入れ替えながらも、何とか魔力を操作し、体内に流れるそれの速度をあげていく。途端にまともに身体を動かしづらくなるが、不格好に飛び跳ねたりしながら、一所に留まらないようにする。

 そして、現段階で最高まで魔力の流れを高めると、刀を鞘に納める。ライナスさんが、呆れたように声をあげた。


「ふん。ようやく腹を括りおったか」


 俺はそれに答えず──答えるだけの余力が無く、脂汗を流しながら、体内魔力を制御し、それらを今日最高の練度で技へと昇華する。訓練によって限界まで追いつめられた故に放てた一撃。


「────っ!」


 声をあげる事すらできなかった。身体の中を暴れ回る魔力に耐えるのが精一杯で、まともに刀を振ったというのが奇跡に近い。

 魔力によってバラバラに暴れる四肢を、斬撃、という一つの動きに収束させた結果、刀の切っ先は音の壁を叩き切り、衝撃波を伴ってライナスさんの元に迫る。


「うむ。良い一撃だ」


 しかし、それは試験の時のようにあっさりと防がれ、刀が弾かれ宙を舞う。俺は、力つきてその場にどうっと倒れ込む。


「次、グラント」


 ライナスさんは気にせずに次にグラントを指定し、呼ばれたグラントの顔がひきつっているのが目に入ったところで、意識を失った。


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