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第41話「悪夢の一日(中編)」


 俺とクリスは、先頭を走る集団に追いつくために、オリヴィアに合わせて落としていたペースを一気に引き上げる。

 ライナスさんが線を引いた箇所までは、およそ400メートルといった距離か。俺たちの走るペースは、ランニングから短距離競走の速度まで上がり、魔力を用いた身体強化を合わせ、更に加速。駆けっこをした訳ではないから確かな事は言えないが、馬に迫る速度はでているはず。冒険者の中には、そういった人間も珍しくなく、短距離ならば母は、馬より早く走れる。


「うわっ!?」


 しかし、生徒の中にはそこまで早く走れるものはいないのか、速度を上げ始めた俺とクリスに、驚き道をあける者が多い。抜かれまいとして一瞬速度をあげようとする者もいたが、20メートルも進まずにペースを崩し、あっという間に突き放す。

 残り200。目前には先頭集団がいる。


「一気にいく!」

「当然!」


 先頭集団を射程内に捕らえた俺とクリスはそのまま一気に集団の尻尾を掴む。後尾にいた生徒たちはこちらを振り向き驚くが、驚いている隙に抜いてしまう。ペースをあげようとするものはいなかった。どうやら、ついていくのがやっとという様子だ。

 集団の真ん中も似たようなもので、驚いている内にあっさりパスする。集団後尾の生徒と違ったのは、驚いてもペースをあげられなかった者たちと違い、こちらはあげなかったように見える。元々競争している訳でもないので、勝手に潰れるならどうぞ、という感じなのかもしれない。

 最も先頭を走るのは、いかにも体力自慢そうな体格の良い獣人の少年だった。自分よりも頭一つ、二つは高いか。耳を見るに、熊の獣人だろうか。

 先頭に並び、パスするか、と言うところで獣人の少年が声をあげた。


「はっ! どんな奴がきたかと思えば、お前みたいなチビと、女とはな!」

「図体がでかけりゃ良いってものでもないわ」

「言うじゃねぇか! なら、俺の図体がただでかいだけかどうか、試してみるか!?」


 獣人の言葉に、クリスが喧嘩腰で応戦し、獣人の少年から、魔力が噴き出す。


「良いわ。吠え面かかせてあげる!」

「おもしれぇ! その言葉、そっくりそのまま返すぜ、人間!」


 大いに盛り上がってる2人を余所に、俺は無言で加速。俺はクリスに勝てればそれでOKなので、獣人は無視だ。加えて言うなら、獣人とじゃれ合うクリスを見て、隙有りとすら思う。


『あ!? 卑怯だぞ(わ)!』

「それ、魔物相手にも言えるか?」


 2人が仲良く声をあげるが、俺は逃げるが勝ちとばかりに引き離しにかかる。

 正直なところ、言うほど余裕は無いのだ。

 魔力を使った身体強化は、消費魔力が少ないとはいえ、俺はそもそも学園無いでも魔力量は多くない。熊の獣人の方は知らないが、俺はクリスに素の身体能力、魔力量で及ばない。特に魔力量で差が出てしまう俺が、クリスと対等にやり合えるのは、俺の方がクリスより多少上手く身体が動かせるのと、魔力の使い方がクリスに比べて効率的だからだ。


「待ちなさい!」

「行かせるか!」


 2人が魔力を多く使って身体強化の段階を引き上げる。どうやら、熊の獣人の方も魔力は多いらしい。クリスに負けず劣らずの強化具合で、引き離した筈の距離を潰し始める。

 残り距離、50メートル。更なる逃げの一手を打つため、俺は魔術を起動する。


「《神速の脚》」


 身体強化によって加速していた身体が、更に加速する。意識によって制御していた身体の動きを魔術を介す事により、機械のように精密化し、最も早く走れた自分の動きを再現。それは脚の動作、腕の振り、姿勢だけでなく、呼吸、や細部の筋肉の動きまでを完全に再現する。

 身体の制御を魔術に明け渡し、余裕の出来た思考の済みで、動きの無駄を更に削る。


「《疾風はやて》!」


 俺の加速に対して真っ先に反応したのは、クリスだった。俺の魔術を見て作った新魔法により、速度をあげる。

 身体の動作を効率化して速度をあげようとする俺に対して、クリスのアプローチはもっと単純だ。一動作に使用する魔力量を増やし、制御できなくなって「走る」から「跳ぶ」になりそうになる動きを運動センスによって制御する。練習していた時は全力で跳んだり跳ねたり楽しそうだったのだが、今はしっかり走れている。

 クリスが魔法を発動させたとたん、せっかくのアドバンテージが、あっさりと潰されて横に並ばれる。

 才能とか、そんなちゃちなもんじゃねぇモノをみたぜ! という気分になったが、そんな事で魔術が乱れたりはしない。最初から、持っているモノが違う。運動センスにおいて、彼女の才能がスポーツカーだとすれば、こっちは普通自動車並みの圧倒的差だ。


「な!? なんだよそれ!」


 置いて行かれた獣人の驚くような声が背後から聞こえる。焦ったような声が聞こえ、魔力量にも変化があったがジリジリと離れていく。

 残り20メートル。勝負は完全にクリスと俺にだけ絞られた。残りの自分の体力と、クリスの様子から、このまま自分の最速を維持できれば勝てると予測する。こちらも魔術で制御しているといっても、筋肉に溜まった疲労は無視できないし、呼吸も怪しくなってきていた。

 残り10メートル、速度は一番最初に比べ、俺もクリスも落ちてきている。


「くっ……はぁ!」

 

 最後の最後で力を振り絞って、速度をあげ直す。これで引き離して終わり──そう思ったのは俺の油断だったろうか。


「やぁ──っ!」


 隣から聞こえた気合いと、追い越していく赤い影。

 走り幅跳びのような要領で、俺とライナスさんの作った線を大きく跳び越えたクリスが、俺に向かってVサインを作って笑顔を見せる。最後、彼女は魔力量にモノを言わせて残りの距離を跳びこえたらしい。


「私の勝ちね!」

「そう来たかぁ……ま、でも試験は終わりって訳じゃないし、続投だよ」「へへへ、負け惜しみだ?」

「何とでも」


 とすまして言って見ても、やっぱり悔しい。おまけに勝ちを確信していただけに負けた、というショックはあったが、それはなるべく顔に出さないようにする。


「ふふふ」

「何だよ」

「別にー」


 見透かされたように笑われて、少しイラっとくるが、それを指摘したり顔に出すのもまた何かしゃくな感じがして、憮然とした表情のままペースをゆっくりに落として走り続ける。クリスも大人しく横についてペースを落とし、呼吸を整えて体力回復に努める。

 ライナスさんはやっぱり、「良し」とは言わなかった。

 やっぱり、体力もそうだが、それ以上にこの試験は精神的にきつい。先の見えないこの試験は、体力を見る、なんて簡単な試験ではない。


(食えない試験だ……)


 そうとは知らないクリスは、俺に勝ったからか期限が良さそうに走りつづける。

 ライナスさんが俺とクリスに、「良し」といったのは、それから5周後の事だった。


◆◇◆◇◆◇


「お、お前等、これで勝った気になる、なよ……」


 息も絶え絶えの熊の獣人が、木陰で休憩を始めた俺とクリスにそう言って来る。


「あ、さっきの。あんたも合格? ナイスファイト」

「ぐっ……」


 笑顔のクリスの天然の入った煽りに、獣人が悔しそうに唸り声をあげる。


「合格おめでとう。俺はSクラスのアルド、君は?」

「お、お前が……!? 俺はAクラスのグラントだ」


 獣人──グラントが何か驚いたが、突っ込みたくは無かった。これに突っ込めば、要らん二つ名とか、噂とか聞けそうな気がする。それはただでさえガリガリ削られて疲労している精神がぽっきり折られそうな気がする。


「こっからが本番だからな! お前たちにはぜってえ負けないからな!」


 ものすごい負け惜しみのようなモノを言い残し、グラントは木陰を離れていく。


「何だったのかしら……」


 たぶん宣戦布告だったんじゃないかな、と思ったが、それを教えてあげてようやく解るっていうのはどうなのかと思い、俺は「さぁ」とだけクリスに答えた。


「今日の合格者はここまでだ」


 無情にも、ライナスさんの宣言がなされ、試験に落ちた生徒達がうなだれる。不満を現そうにも、そんな体力がない、という様子で、大の字になり、息をあらげている者もいる。


「不合格者は昼食を取り休憩のあと、時間までこの場所を走っているように。後日試験をして受かった者から実践的な訓練を施す事にする」


 更に追い打ちをかけるような言葉に、今度こそ生徒達は心が折れたようたように放心している。試験合格ができなかったオリヴィアも、助けを求めるように俺を見ていたが、俺は申し訳なさそうにしながらも、そっと目を逸らした。

 ご、ごめん。俺にはどうしようもできない……。


「試験に合格した者は、これから実戦的な訓練を始める」


 試験合格者は、俺、クリス、グラントの他に2名いた。この前、廊下でぶつかった犬耳の少女と、入学試験の時にオリヴィアと並んで優秀な魔法を見せていたイケメンな少年の2人だ。犬耳の少女の方は、おどおどとした様子だったが、体力的には余裕そうだ。グラントも大分回復しているようなので、獣人という種族は体力面で優れているのかもしれない。イケメン少年の方はどうも疲労感は隠せていない。

 グラントとクリス辺りはライナスさんの実戦的な訓練、という言葉にはしゃいでいるが、俺を含め、他のメンバーは不安げだ。

 ここまでも、ある意味では実戦を想定していると俺は思う。目標の設定されていない走り込みは、体力だけでなく、精神力を鍛えるのが目的のように思ったし、そういった能力は、冒険者として活動していくなら必須だろう。とっさの際に動けませんでは意味がないし、実力は抜きにしても、体力がなければお話にもならない。

 そんな底の見えない試験の後の、「実戦的な訓練」という言葉に、俺はただの訓練なんだろうか、ふと思う。


「まだ、走ってる方がマシかもしれないね……」


 少し羨ましそうに、不合格者を見ていたイケメンの、ぽつりと呟いた言葉に、俺は同意しそうになった。

 

お待たせしました!

最新話のお届けです。お読みいただきありがとうございます

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