第4話「成長して」
魔法、魔術の先生にアリシアを迎え、数ヶ月。
この度なんと! はいはいから二足歩行にランクアップしました!
魔術に没頭しようかと思っていたんだが、ここ最近は両親が、やたらと寝てばかりいる俺に不安を感じていたらしく、それを知った日から、俺は母や父の前で俺は元気ですよー。はいはいもできるんですよーとアピールしまくり、こっそりと歩行の練習を初めていた。
そろそろ俺も、母の抱っこ以外で部屋から出たかったし、優しい父母に自分はこんなに成長したよ! ってところを見せたかったのだ。……言わせんなよ。恥ずかしいな。
しかし、歩行の練習は苛烈を極めた。なんと言っても、身体と心の認識の齟齬が大きいのだ。普通に立とうとしても、バランスが取れない。足をあげれば頭が重くてすぐに転がってしまう。筋力もないから、まず自分の身体がどれだけ動くのか把握することから始めた。壁やベッド、棚など色々べたべたさわりながら、自分の筋力を確かめてみたり、物を掴んだり、持ち上げてみたり。そっと置こうとして、勢い余って叩きつけてみたり。
『ぷくく。アルドぶきっちょ』
その度にからかわれながら、俺は何とか歩くことまでできるようになったのだ。
歩けるようになると、両親は大喜び。特に母は、
「うちの子は天才ね!」
とはしゃいでいたが、歩けたくらいで流石に大げさではないだろうか。まぁ、恥ずかしいが、嬉しく無い訳じゃない。
『ぷくく。アルド、照れてる』
そんな様子をアリシアにからかわれながら、俺はすくすくと成長している。
そして、成長しているのは、何も身体だけではない。
魔術を教わり始めてから、俺はこの世界の技術をぐんぐん吸収している。自惚れも多少はあるだろうが、今の俺には娯楽が少ない。必然的に魔術が俺の娯楽であり、目指すべき目標の課程になるが、前世は苦手だった勉強も全く苦にならない。むしろ、ペースが早すぎて、アリシアに止められる始末だった。
魔力の感覚も掴め、今はその魔力量を増やすために訓練中だ。この訓練も実は、魔力を限界近くまで消費するだけでいいので、今は念話で魔力を消費し、余った分をアリシアから習った魔術や、自分の研究のために試行錯誤に費やしている。
そんな事を繰り変えしながら伸び伸びと育ち、俺は5歳を迎えた。
「かあさーん。薪はどこに置けばいいのー!?」
「終わったら竈の近くに置いといてちょうだーい!」
わかったー! と大きな返事を返し、俺は家の裏にある木材置き場兼、薪割場に向かう。最近は身体も大きくなり、家の家事を手伝うようになっていた。
父などは最初、子供にそんな事をさせなくても、と言っていたが、母が甘やかしたらだめよ! と押し切り、簡単な手伝いからしている。
ノルマは一日分。多くできれば明日は免除されるが、山積みになった木材を一気に片づけるのは時間が掛かりすぎる。それに、この木材の山は今年の冬分らしい。
「よし。じゃ、始めるか」
俺は薪割台代わりにしている切り株から、刺さっていた手斧を引き抜く。簡単に行っているが、普通の子供、特に地球にいた子供にはできないだろう。
当然、そう言い切る理由はある。魔力だ。魔力を身体全体に行き渡らせ、筋肉と、それに耐える骨格を強化している。実に基本的な技術らしく、魔法使いの他にも、魔力を持った冒険者などが、この技術を用いて身体を強化し、自分よりも遙かに大きい魔物と対峙しているらしい。これはアリシアから習った訳ではなく、母から習った。幼妻な母はどうやら、元冒険者で、それなりに腕の立つ剣士だったらしい。その話をせがんだら、母は饒舌になって色々語ってくれて、その時にちらっと漏らしていたのだ。
俺は薪を切り株に置き、斧を叩きつける。振り上げ、振り下ろす動作は、洗練されているとは言い難かったが、降ろす軌道はブレておらず、動作の慣れからくる滑らかさはあった。
「ふぅ」
と一息付く。すると、後ろから念話が頭に響く。
『アルド、疲れた?』
アリシアが、詰まらなさそうに腰を屈めていた。退屈なのだろう。腰は屈めていたが、地面にうずくまっている訳ではなく、腰を屈めた状態で、ふわふわと浮いている。無重力空間にいる宇宙飛行士よろしく、ゆっくりと回転した状態で、だ。
『それは慣れるしかない。強化の練度は、魔術の展開速度にも影響する』
そう言われれば、俺も黙って従うしかない。が、今日は少しやることがある。
『だな。でも、今日はちょっと試したい事があるんだよね』
『試したいこと……?』
『そ。まぁ見てて』
今ここまでは魔法。それも最も原始的と言える。せっかく魔術も習っているんだ。使っておかないとな。
「アプリケーション《リミッテッド・フィジカルアップ》起動」
魔力を使って脳につくった演算領域で、魔術式が起動、実行処理される。魔力は燐光を伴って、複雑な文様を描き、手斧を持つ腕に絡みつく。
『?』
アリシアは不思議そうにその光景を眺めている。当然だ。これは、アリシアから習った基礎を元につくったオリジナルの魔術だから。
「よしよし。ちゃんと起動しているな」
俺は様子を起動中の魔術式を確認して、満足すると手斧を振り上げる。
「ふっ!」
少し大げさな気合いと共に、片手だけで手斧を真っ直ぐ振り下ろす。
「おぉ……」
だんっ! と予想以上の手応えと共に、手斧は薪を切り裂いて、台にした切り株に深く突き刺さる。
『……今の、何?』
『新しい魔術式。魔力を流す部位を肘の伸筋と、関節、前腕と上腕の骨だけに限定して身体強化する術式。これで魔力を効率化できるかなーって』
『それだと、魔力操作の練習にならない……』
『い、言わないで! 気づいてたの! でも、作り始めたら熱中しちゃって!』
『おまけに、後衛の魔術師に使いどころがない……』
『や、やめてぇ! 解ってるの! あ、これ使わないわーって、できてから思ったけど、見ないようにしてたの!』
俺は頭を抱え左右にいやいやするように振った。欠点以前の問題を指摘され、俺のライフはごりごり削られてる。解ってたさ……強化の魔術は魔力操作を身体で覚えるのに適していたが、魔術式を使って演算領域を作り、術式で魔力量を制御してしまう俺のやり方では、いざ魔力を自分で操ろうとしたときに上手く制御できなかったりする。
魔力を自動制御できるなら、別に演算領域だけでいいじゃないか……と思うが、それはそれで問題があった。演算領域は現状大きくないので、領域を魔力制御に割り振ってしまうとそれだけで結構な演算領域をとられて
しまい、処理速度が落ちるか、容量オーバーで他の術式に回す余裕がなくなる。もっと制御が難しい部分に回すべきなので、簡単な部類の魔力制御は、自分でできる方がいい。
『でも、術式で魔力量を調整してしまうっていうのは面白い。魔力量を間違えないって言うのは魅力』
『だろ!? そうだろ! 感覚に頼らないから、細かい調整がきくんだよ!』
『まぁ、使いどころはない』
『いやぁ! 解ってるのぉ!』
嬉々として俺にとどめを刺してくるアリシア。俺の悶絶度合いが増す。
魔術師がこれを使う、つまり接近戦をしているという時点で終わっている。この術式は使う状況になった時点で敗北したも同然の術式だ。遠距離は封じられて、破れかぶれの状況だろうし、護身用のナイフとかくらいの御利益しかない。
『意欲は買う。でも、もっと用途を考えた方がいい』
『はい、先生……』
ありがたーいお言葉をいただき、俺は薪割りの作業に戻る。まだまだ、薪にしないといけない木材はたくさんある。
がっがっがっがっ……
薪を一撃で両断できるため、一定のリズムで延々と斧を振り続ける。はっきり言って退屈だ。
そして、退屈はさっきのアリシア先生の言葉を忘れるくらいには俺の心が弛む代物で、こんな単調作業は人間のすることじゃない、機械にでもやらせておけば良いんだ! と思い始める。俺はもっとこう……くりえいてぃぶな何かがしたいんだ。
「はっ……! 機械がないなら、俺を機械代わりにすればいいじゃない!」
何かこう、てぃぃん! とくるものがあって、俺は思わず大声をあげる。そして、はっとなって当たりを見回す。いかんいかん。冷静になれ。アリシアに聞かれれば質問責めにあう。ことはスマートに、そして、秘密裏に進めるべきだ。
幸い、アリシアは見物に飽きたのかここにはいない。恐らく家の中か、部屋に戻ったのだろう。どうせ薪割り中は構ってやれない。
俺は素早く演算領域内にモニターを作成。そこで今思いついた魔術式の書き込みを始める。イメージは前世にあったVRモニターのPCで、宙にモニターを投影、そこに直接記入する。
「ちゅう、ちゅう、たこかいなっと!」
作成は10分くらいで終わった。アリシア先生の教えのおかげもあるが、前世はロボットの動作プログラムも組んでいたし、その経験が生きたな。
俺は上機嫌にモニターから手を離す。これが、古いPCのキーボードなんかだったら、ターン! と良い音がするであろう軽快な指使いだ。
「セット・アプリケーション。『クルミ割り人形』起動。動作記録モード」
術式が起動し、魔術式が自分の全身に行き渡るのを眺める。首を動かしたりはしない。これは動作を記録して、完全再現する術式だからな。ゆっくりと、今ある最高の練度で魔力を全身に流し込む。循環する魔力に淀みがない事を確認し、これまたゆっくり木材を掴み、台の上に置き、手斧をゆっくりまっすぐ振り下ろす。
がりがりがり。だんっ!
魔力によって強化した膂力で、木材を叩き切り、できた薪を横に山積みにした所で、俺は一息付くように呟く。
「動作記憶終了」
よし、これで俺のつくった術式にミスがなければ、この動作をループして、延々薪割りできるはず。今週のノルマも一気に片づけてやるぜ!
「よし……アプリ『クルミ割り人形』記憶動作再現モード。速度は2倍。そうだな。いったん総魔力量が半分くらいになるまで連続起動で」
俺がそう宣言すると、魔術式が起動し、さっき記憶した動作を2倍速の早さで再現しようとする。そう。完全再現しようとした。
自動で魔力を練り始める。勝手に練り始めるのは妙な疲労感があるな。しかし、さっき記憶した動作は、自分ができる最高の練度だったので、なかなか満足のいく状態で魔力を練っていく。
さて次は木材を掴もう……とした所で、俺は気づく。
「おっふ。同じ動作だから、木材を掴まないとか。仕様バグですね」
そんな事を呟いた。この時は余裕があった。
「『クルミ割り人形』解除……あれ? 俺、もしかして解除キー設定してない……とか?」
俺は魔力が半分を切るまで、薪割りのふりをし続けた。
『何、してるの? アルド』
「……」
アリシアが途中で俺の様子に気づいてきたが、俺は努めて無視した。俺はもう無我の境地にいるんだ。アリシアは俺が反応しない事に腹を立てたのか、少し不機嫌な様子で俺を一回りすると、何かに気づいたように、にやにやし始めた。
『ねぇねぇ。今どんな気持ち?』
アリシアはたった一言、そう言っただけだ。
だが、俺の目からは涙は一向に止まらなかった。