第38話「遺された物」 ※挿し絵あり
授業開始間際に教室に戻ると、クリスが心配そうに声をかけてくる。
「アルド、大丈夫? 顔色悪いみたいだけど……」
「あ、うん。大丈夫」
そう答えると、クリスは何か言いたそうな顔をしたが、自分の席に座り、隣に座るオリヴィアに何か耳打ちしている。
(ねぇ、やっぱりアルド大丈夫かな……目、真っ赤になってるし……)
(そうですね、心配ではありますけど……なんと声をかけたら……)
2人にそんな風に思われているとは気付かないまま、俺は自分の鞄から教科書と、ノート代わりの羊皮紙、羽ペンとインク壷を取り出し、授業の準備を整える。
羊皮紙と羽ペンが新品同様にきれいなのは、これがすでに数代目、と言うわけではなく、使っていないからだった。
授業をさぼっている訳ではなく、教科書の内容は全て魔力演算領域内にコピー済み、授業の内容も先生の発言全てをログに残しているのでわざわざ筆記で残す必要はない。つまりは、先生や周りに対するポーズ。
と、そこまで用意した所で、教室に痩せた眼鏡をかけた先生が入ってくる。一限目は確か、魔法学の授業だ。
「それでは、授業を始めるでありますな」
そんな独特のしゃべり方で、魔法学の授業は始まった。先生は、黒板にチョークで文字を書きながら、魔法について語っている。
「魔法は一般的には、魔力を神や精霊に譲渡し、譲渡した高位存在によって世界の理が歪められ引き起こされる現象、と考えられているのでありますな」
そこで先生が言葉を区切り、生徒を見回すと、話を聞いていた生徒の一人が手をあげる。
「どうぞですな」
「はい。先生、一般的には、ということは、何か別の方法があるのでしょうか」
「ふむふむ。よい質問でありますな。少し、話が脱線しますが、魔術、というものについて皆さんどの程度知っておりますかな?」
魔術、と聞いて心臓が掴まれたように思うほど、驚く。俺の知っている認識では、魔術は禁術。使えるという事実は知られてはいけないもの
だ。ちらりと隣をみると、オリヴィアとクリスはこちらを見て、不安そうに瞳を揺らしている。
「大昔に、禁忌として指定されたものだとしか……」
さっきの質問者が、代表としてそう答える。
「そうでありますな。ですがそれは、答えとしては正確ではありませんな」
こつこつ、と靴を慣らし、先生は黒板の周りをうろつきながら、持ったチョークをリズムを取るように振り回し、説明を続ける。
「禁術、と言われておりますが、魔術がどういった術なのか、皆さんご存じありますかな?」
誰も答えようとしなかった。正確には、解らない、という様子だった。
「皆さん、解りませんかな? 禁術、というくらいですから、禁止されるほど危険視されたものなのに? ……答えの前に、歴史のお勉強の時間ですな」
いつもなら、俺もサボって魔力演算領域ないで落書きしているところだったが、俺はペンを置いて、先生の話に聞き入っていた。
「魔術は、たった一人の人物が作り上げたものなのですな。《氷の妖精》《永久凍土の城》の主と言われる人物、アリシア、という女性が作り上げた、魔力を用いた、世界の理に干渉する技術の事なんですな」
先生は生徒の反応を見て、驚きや戸惑いを浮かべて居るのを確認したあと、大きな声で、ざわつく教室に被せるように言った。
「そう! 魔術と魔法は根っこは同じものなのですな。それが何故、禁術として魔法と魔術は袂を分かつ事につながったのか。ここが歴史の大事な部分ですな。テストに出すので、しっかり覚えるのですな」
先生はそういって、テストに出しますぞ、と黒板に文字を加える。書くのそっちかよ! と突っ込むやつはいないくらい、しっかりと聞き入っている。
「アリシア女史が作った魔術は、当時の魔法士と、教会の人間にとっては認めがたいものだったのですな」
「……それは、何故でしょうか?」
生徒の一人が手をあげ、先生はそれに答えた。
「正確には、解らないんですな。魔術の全容は伝わってはいないのですな。しかし、当時の魔法士としては、怖かったのでしょうな。魔力を用い奇跡を起こす魔法。それに似たより優れた魔術。これまで培った魔法の知識、技術、それら全てを否定されるような、革新的な技術であったと、そう伝えられておりますな」
そんな事があったのか。アリシアはその辺りをあまり話そうとはしなかった。俺も、彼女が話したくない事を聞くことはなかった。もう知り得ないと思っていた事実が、先生の言葉の中にあった。
「教会にとっても、魔術は受け入れ難かったのでありますな。魔法は神から授かった奇跡。それを蔑ろにし、冒涜するような行為であると、アリシア女史の魔術を受け入れられなかったのであります」
先生は嘆くように、天井を仰ぐ。
「しかし、実に愚かな行為でありますな!
そんな土台もあり、アリシア女史は当時の魔法士と、教会関連の人間全てと敵対関係になり、最終的には都市一つを彼女によってダンジョンに変えられてしまうという損害を受けたのでありますな。
そして、アリシア女史は歴史から姿を消し、彼女しか使うことのできなかった魔術は、彼女が遺した手記や、道具の一部しか現在に伝えられおらず、魔法の進歩が100年は遅れてしまった、といっている研究者もいる状態になっているのでありますな」
知らなかった事実に、誰もが戸惑いを隠せないように、教室内がざわつく。授業中でなければ、すぐにでも喧噪に包まれていただろう。
「混乱するのは仕方ない事でありますな。今は、そういうやり方もある、という事実だけ知っていて欲しいのですな。ここでそれを否定すれば、過去、魔術を認めなかった愚か者と同じ道を辿ってしまうのですな。君たちは若い。もっと視野を広くもって欲しい、そして、無くなってしまった魔術より優れた魔法を生み出して欲しい、と私はそう思うのですな」
そこで話を区切った先生は、チョークや教科書を片づけ始める。
「む。もっと話したいところではありますが、今日はそろそろ時間ですな。次回はもう少し、細かい話もしていきたいのでありますな」
そういって、先生は授業をあっさりと切り上げて、教室から出ていってしまう。
「あ!」
俺はもう少し先生と話がしたくて、座っていたいすをはね飛ばすように立ち上がり、慌てて教室を飛び出した。
「先生! 先生! ちょっと待ってください!」
「ん……? なんでありますかな?」
俺は廊下に出て、先生を捕まえると、その場で質問を投げかける。
「すみません。呼び止めてしまって。さっきの授業で、少し気になる事が……あの、彼女の──アリシア、さんの遺したモノってどんなものなんですか?」
「おや。君は確か……推薦で入った、アルドくんでありますか。君も魔術に興味があるんでありますね」
「君も」つまり、先生も魔術に興味がある。俺は、この先生となら仲良くできそうな気がした。
「はい。俺、もっと魔法が上手くなりたくて」
俺は適当な理由をでっちあげて、先生に話を合わせる。魔術の事を明かすには、もう少し先生の人となりを知りたいと思ったからだった。
「うむうむ。良いことですありますな! 君は確か、特殊な魔法を使うと聞いていましたしなぁ。……と、アリシア女史の遺物でしたな」
先生の言葉を聞き逃すまいと、俺は一歩乗り出して話を聞く。
「彼女の遺したものは、様々な形で遺されているそうですな。いくつか発見された物でも同じ形のものは少ないようでして。手記、旅の道具、鏡など日常的に使われた物が多いらしいのでありますな。私も、資料でしか見たことがないのでありますな」
俺はその言葉に、がっくりと肩を落とす。実物がみれれば、と思っていたが、期待はずれの結果に、少なからずショックを受ける。
「本当に興味があるんでありますなぁ……そんな君に、少し良いことを教えてあげるでありますな」
「な、何かあるんですか!?」
「ち、近い! 近いでありますな! 離れるでありますな。……ふぅ。アリシア女史は、魔術を後生に伝えたかったようなのでありますな。これまで見つかったもののいくつかは、ヒントと共に隠されていたようなのでありますな。他の遺物を暗示するようなヒントも、その中にあるのですな」
アリシアが残した物──それが、どこかに。
「そして、その一つは、学園の近くにあるそうなのでありますな」
最後の一言は、秘密を共有する悪友のような悪戯に満ちたもので、先生はそれを小さく口にした。
「まぁ、それは噂程度のものなのでありますが。私も時間があるときに学園内などを探しているのでありますが、どこにも無いのでありますよ。もし、君が見つける事があれば、私にも見せて欲しいのでありますな」
先生は最後にそう言って、次の授業の準備のために行ってしまった。俺は、先生にお礼を言い教室に戻る。
「アルド、先生に何か用があったの?」
「うん。まぁ」
「アルドさん、よかったですね。魔術がそこまで、否定的じゃないみたいで……」
「うん。そうだね」
教室に戻った俺は、クリスとオリヴィアに話しかけられたが、よく聞いていなかった。それだけ、浮ついていたのだ。
学校に北のは良いが、今いち目標が定められずにいたが、ようやく決まった。アリシアの遺した物を探す。そして、彼女が作った魔術を広めること。きっとそれが、彼女に出来る恩返しなのだと、俺は思った。
その日はその後の授業に集中できず、早く授業が終わらないかとばかり考えていた。
待ちに待った放課後、俺はクリスとオリヴィアに一人で行動する旨を告げて、一人で学園の周辺を散策していた。
目的は、アリシアが遺した物──その痕跡を探す事だ。何となく、彼女が宿っていた紅い宝石をイジりながら、学園周辺を注意深く進んでいく。
街から離れた所にある学園は、木々に囲まれている。俺は、その中で学園の裏にあった小道を何となく進んでいた。
学園内を調べなかったのは、魔法の先生もアリシアの遺物を探している、という事から、少し別の所から手を着けようと考えたからだ。先生は学園内に居ることが多いだろうし、時間がなければ近場、学園内から探すのではないか、と思う。
そう考え、別の視点から見つけたのが、この小道だった。特に魔術的な痕跡があった訳でもなく、少し気になったから来ただけだったのだが、30分ほど歩き始めてさすがに、そろそろ何もない無いような気はしている。
「外れか……ま、この辺りに隠す、ってのも変だもんなぁ」
人に見つけて欲しいなら、隠すにしてももう少し目立つような形にするだろう。森の中に入れるにしても、何か目立つ物があっても良いはず。しかし、ここにはそう言った物はなく、静かな小道だけが続いている。
学園近くでは学生がいて、人の気配の喧噪があったが、ここはそういったものから切り離されている。
このまま行っても何もなさそうだが、静かで歩きやすい道に誘われるまま奥に進んでいくと、その先に開けた場所があった。
「こんな所があったんだ」
木々が避けるようにして出来たそこは、秘密の場所、という表現がしっくりくるような場所だった。小さく綺麗な花が咲き乱れる場所。今は少し日が傾いて来ているが、日中なら日溜まりが出来て、昼寝にちょうど良さそうな場所だ。
「……ん?」
そんな中に、石があった。いや、ただの石なら対して気にならないのだが、それだけ、人の手が入っているように思える。石は綺麗に磨かれているし、何より、石の前には花が添えてある。
「もしかして、お墓か?」
少し気になって、花を避けながら、その石に近づく。小さくて、名など刻まれていなかったが、やっぱり、お墓の様に思えた。
こういう時、手を合わせると良いんだろうか……などと考えていると、後ろから声が聞こえた。
「おぬし、そこで何をしておる?」
静かで、透き通るような声。しかし、声には強い警戒が含まれていた
俺は、その声の主を刺激しないように、ゆっくりと振り返る。
目に入ったのは、いつでも魔法を放てるように、魔力を高めた左手をこちらに向ける、異種族の女性だった。
「もう一度だけ問うてやろう。おぬし、そこで何をしておる」
大変お待たせいたしました!
第38話のお届けです。そして、またイラストをいただけたので貼り付け!
こちらはいつも頂いている方、前回犬耳のイラストをいただいた方とは別の方となります。素敵なイラストありがとうございます!!
と、いつもお読みいただきありがとうございます。読者の皆様に少しご連絡が……
少々現実世界が立て込んでおりまして、大変申し訳ないのですが、現実が落ち着くまで、感想返しをさせていただく時間が取れそうにありません。
週の半分を会社に泊まったりしている状態でして。。。
そういった事情ですので、当分の間、感想もろもろは開店休業とさせていただきます。
執筆ペースは当分は週一で守れるようにいたします!
これからもロボ厨をよろしくお願いいたします!




