第36話「戦闘実技試験」
犬耳少女の対戦相手として現れたのは、フードを被った人物だった。ここからだと、男か女かは良く解らない。
犬耳も気になったが、フードを被った人物に俺の興味が移る。何というか、他と雰囲気が違ったのだ。
フードの人物と、犬耳少女が四角区切られた一角で対峙する。
「く、くくく。我が名はアベルドア・ウェインゼラート・モビルステイン! 我が闇の力、その目に刻みつけるがいい!」
フードの人物はそう高らかに宣言する。声からすると、男のようだ。
前世だったならば、ああいう手合いは「うわぁ……痛い奴だ……」とかお近づきにならないべきだが、ここはそんなファンタジーがまかり通る世界だ。「闇の」なんて魔法は知らないし、興味がある。
それと、名前だ。この世界では、名字持ち、というのは高貴な生まれで在ることがほとんどで、基本的に平民は名前以外持たない。おまけに、ミドルネーム入り。どこかの王族なのか……とも思うが、周辺諸国の王族事情に詳しくない俺には、どうにも判断が付かなかった。
対戦相手の犬耳少女はずいぶんと怯えているようだし、相手が仮に貴族、ともなれば戦い辛そうだ。これは戦う前から勝負は決まったも同然か……?
試験官の合図で試合が始まり、フード男のモビ……モビなんだっけ? モビ何とかがバサッ! とマントをはためかせる。犬耳少女はその動きにびくっ、となったが、何とかハルバードを構えた。
対峙し、微動だにしない両者の間で、緊張感が高まっていく。犬耳少女はガチガチに緊張していたが、ハルバードの構えは様になっており、戦い慣れしていそうだ。それに対して、モビは余裕。武器も無く、ただ立っているだけだというのに妙な存在感があり、何をしてくるか解らない、妙なプレッシャーがあった。犬耳少女は、それを間近に感じているのだろう。ハルバードを構え、モビの隙を伺っていた。
どちらかが、この緊張に耐えかねて、先に仕掛けたなら、その瞬間に勝負は決まりそうだ、と俺は思った。
果たして、どちらが先に仕掛け、試合が動くのか……
俺の意識が、その試合に集中していたところで、別の区画から、わぁ! っと歓声があがる。
あまりの声量に俺は驚き、そちらの試合に目を向けると、見覚えのある赤い髪が目に入る。クリスだ。
対戦相手は体格の良い青年で、両手剣を振り回している。クリスはそれを、右に左に身体を振って避け、時に剣に刀を当ててそらし、時に刀を振って相手の剣筋を妨害し、自分の間合いを一定に保っている。
簡単に言えば、クリスは、青年を軽くいなしていた。クリスは最初、何か確かめるように避けていたが、刀を相手の剣に当てた辺りで攻勢に転じる。
青年が剣を振るう回数が極端に減った。クリスが攻勢に回り、攻守が逆転したのだ。
「くそ……!?」
「はぁっ!」
追いつめられ、苦し紛れに放った一撃に、クリスが渾身の一撃を合わせ、青年の剣が宙を舞う。クリスは油断せずに刀を相手の喉元に突きつけた。
「ま、まいった……」
青年が悔しそうにそう言った所で、また周りから歓声があがり、クリスの試験は終わったようだった。
「あ! しまった! さっきの試合……」
俺は視線をさっきまで見ていた、モビと犬耳少女の試合の方へ戻すが、2人の姿はすでに無く、試合は終わってしまっていたようだった。
く、どっちが勝ったのか……つか、闇の魔法とか、知りたかった……。俺は残念に思い、ため息を付いた。
「ふむ……さっきの赤髪の妙な剣を使う娘の試合を見ていたようだが、知り合いか?」
俺は横合いから出たその質問に、思わず普通に返してしまう。
「え? はい。知り合いというか、同じ場所で剣を覚えた仲間なので……」
と、そう言った所で、隣にいたライナスさんの気配が変わった。
「ほう……アルド、と言ったな、どうだ。お主も一つ、模擬戦をしてみないか?」
獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべるライナスさんの言葉に、俺は嫌だ、と答える事はできなかった。
どうして、こうなったんだ……?
俺は歓声に包まれながらそう思った。
模擬戦をする、というライナスさんの言葉に、マグナ学園長が同調し、俺はライナスさんを相手に模擬戦を行う流れになったのだが、少しおかしなくらい盛り上がりを見せている。
「《剛剣》ライナスの剣技が間近で見られるなんて……!」
「マジか!? それだけでも今日試験に来た意味があったぜ……!」
「おい! そこどけよ! 見えねぇじゃねぇか!」
「相手はあのちっこいのか? おいおい、せっかく《剛剣》の技が見れるってのに、あんなのが相手じゃ、一瞬で終わっちまうんじゃねぇのか?」
あんなんで悪かったな。俺は聞こえてくる観客の喧噪にそう思いながら、模擬戦の準備を進める。
この盛り上がりは、どうやらライナスさんの人気によるものらしい。歳が年輩になるに連れて興奮の度合いが高くなり、歓声は全てライナスさんに注がれている。俺は罵倒こそ飛んでこないものの、アウェイにいるような気分にさらされていた。
いつもの装備を装着し終え、自分の刀を腰に差し、会場の中央に立つと、ライナスさんも準備を整え、中央へ進み出た。
その姿は教師、教官というより、冒険者や、戦士と言った方が正しい姿で、使いこなされた装備品からは、幾戦もの戦いの匂いを感じさせる。
そして、何より目を引くのが、背負られた大剣だ。ライナスさんの背丈は、近くからであれば見上げるほどに大きい。それに迫るほどの厚く、大きな刀身は恐らく強大な魔物を想定しているのだろう。三頭飢狼の首を一つ落とせるようなその武器もまた、使い込まれ、いくつも小さな傷がついているのが見てとれる。
ごくり。といつの間にか生唾を飲み込んでいた。飲み込まれてしまいそうな存在感に、これからそれと戦うのだ、という現実感が持てずにいる。
姿だけに圧倒されそうになった俺は腹に力を入れ、魔力を錬って無理矢理戦闘状態に持って行く。様子見しよう、なんて悠長に構えたら、一撃で終わらせられそうだ。
最初から、全力でいく。
そう意気込み、ライナスさんの威圧を正面から受け止める。視線が合うと、ライナスさんは静かに口を開いた。
「準備は良いようだな」
「はい。いつでも」
「ふ……では、始めるとしようか!」
ライナスさんの言葉を聞いて、離れて見ている別の教官が、試合開始の合図をだす。
(先手必勝で……!)
合図と同時に飛び出す、そのつもりで前に出ようとして、押しとどまる。
「ぬぅん!」
そんな言葉と共に、ライナスさんが大剣が振り下ろされようとしている。
いつ距離を詰められたのか、そんな思考すら許されない程せっぱ詰まっており、俺は咄嗟に魔術を起動する。
(《身体強化》《操り人形》!)
突然の事に強ばった身体を、思考と魔術によって無理矢理動かす。といってもすでに振り下ろそうとされる脅威を前に、起こせる行動はそう多くない。俺は刀に魔力を込めながら、大剣に刀の腹を合わせる。
「う、おおぉぉ!?(重っ!? つか刀が折れる!)」
刀を盾にしようと大剣に合わせたが、防御ごと断ち切ろうとするような一撃を前に、押し切られそうになる。
片手の抜刀では到底対抗しきれず、左腕を刀の腹に押し当てる。そして、上からかかる力に逆らわず、刀を使って鉄塊を地面に逸らす。
「ほぉ」
感嘆するようなライナスさんの声。俺は返答するように、今の攻防で振り上げた刀を、最小の動きで振るう。
それを、ライナスさんはあっさりと躱す。ライナスさんの体勢は崩せていない、があれほどの大剣を振り上げるには、まだ猶予があると考えた俺は、追撃に移る。
素早く鞘に納めた刀を、再度解き放つ。
「《三閃》」
人間相手だとか、模擬戦だとかいう考えは、すでに頭になかった。
今ここで、相手を倒せなければ、こちらがやられる、そんな直感に突き動かされて、刀を三度振るった。
ライナスさんが目を見開く。それは驚きのようであったが、愉悦のようでもあった。
チィン! と甲高い音が響く。音は一つのように聞こえたが、三つ重なっていた。俺が放った剣技、《三閃》は、三つとも柄を軽く当てられただけで逸らされ、ライナスさんにかすり傷一つ追わす事はできない。
(つか、あんな大剣がそんな早く戻るのか!?)
「面白い技だな。しかし……」
ライナスさんは軽々と戻した大剣を横凪ぎに振るう。俺は地を蹴って真後ろに跳び、難を逃れる。
距離はできたが、ライナスさんはすぐにそれを潰せる。俺は打って出ずに、それを待ちかまえる。
魔力を全て刀にそそぎ込み、その時を待つ。
ライナスさんは俺の行動に、笑みを浮かべた。そして、俺の誘いに乗るように、強く地を蹴る。
「ふんっ!」
今度はかろうじで、ライナスさんの動きを捉える。振り上げられた大剣に対して、俺は今度は迎え撃つ構えを崩さなかった。
「《轟一閃》」
爆音にも似た大音量が、雷鳴のように轟き、銀弧を描く。宙に描かれたそれは、大剣の腹に激突し、大剣の軌道を逸らした。
「むっ!?」
ライナスさんが驚きの声をあげる。
しかし、こちらの最大攻撃をぶちあてたというのに、剣以外の体勢は崩せていない。それどころか、弾かれた勢いを使って再度剣を手元に戻し、攻撃準備を整えている。
こちらももう一撃。その前に。
「《剣技解放!》」
自分の手札の中で最大のものを切る。
出し惜しみすれば即時押し切られる、これまで戦って来た勘がそう囁き、考えるより早くそれを発動させた。
魔力による斬撃が、ライナスさんに向かって放たれる。
「ぬぅっ!」
ここまで来て初めて聞く、焦りの混じった声。しかし、言葉と裏腹に、ライナスさんは流れるように動き、至近距離から迫る魔力の刃を躱し、いなし、打ち払う。
(悔しいけど、それは想定済み!)
そういう事もありえる、と織り込んでいたためショックはない。しかし、かすり傷一つ負わせる事ができなかったのは若干想定外だ。魔力の刃では攻撃力が低く、相手の魔力量によっては弾かれる事もありえる、とは思っていたが、いくら何でもあの数を捌ききられるとは思わなかった。
だが、目眩ましくらいにはなる。
この試合始まって、初めての自分からの攻撃。
「《桜花突き》!」
周囲に散らした魔力を収束し、突き技へと昇華する魔法。クリスのように保有魔力量がそう多くないために、一度に収束できる量も少なく、飛距離も無いが、その分刀に合わせて収束し、威力を上げた攻撃。
「はっ! やりおる!」
ライオスさんは愉しそうに笑い、剣を盾にするように構える。そして、津波こちらを押し流すかのような大量の魔力が発せられ、大剣を覆う。
金属同士がぶつかり合い、激しい火花が散り、甲高い音が響き渡る。
そして、
「はっ……!?」
俺の刀の上半分が飛び散り、パラパラと舞い落ちた。
「ぬぅん!」
刹那、盾のように構えられていた大剣が押し込まれ、俺は弾き飛ばされた。
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