第33話「入学準備」 ※イラスト付き
あけましておめでとうございます。
今年もロボ厨ともどもよろしくお願いいたします!
フェリックスさんとの話を終え、突然あがった入学話に、頭を混乱させながら帰宅し、両親に今日の出来事を話した。
居間でお茶を啜りながら、2人は
「懐かしいわね、学園。私とお父さんも、そこで出会ったのよ」
「そうだね。あの時の君は本当にお転婆で……」
という2人の馴れ初め話をし始めた。
え。何この流れ。リア充爆発しろ……! いやしてくださいっ! って喚けばいいのかな。とりあえずやるなら魔術を全力で組むけど。
「もう、変な顔しないの。学園、行ってきなさい! どうせ避けては通れないなら、正面からどーんとぶつかってみなさい」
人事だからって、それは酷いよ母さん! そう思ったが、父さんが俺の肩を叩いて慰める。
「投げやり、って訳じゃないよ。どうしても嫌なら、逃げてもいい。父さんに母さん、それにお前の三人だけなら、国外に出るのも難しくないしね。でも、それで良いのかい?」
父さんは、王様からの、という内容を重くみてくれているようだ。父さんの言葉に逃げる、という選択肢もあるのか、とふと思う。
逃げる、という選択を考えた時、知り合いの顔が浮かぶ。特に、クリス、オリヴィアに何も言わないで置いて行き、それっきりとなってしまうのは、心苦しく思うし、不誠実だと思う。
それに、これまで作ったものを放り出しても、結局、また作ろうすれば同じ壁に当たるだろう。
「それは嫌、かな」
「うん。なら行っておいで。嫌になったら帰ってくれば良い」
この世界には、車や電車なんてものは存在しない。馬車のような物があるとはいえ、王都まで出てしまえば、そう簡単には戻ってこれないだろう。
それに、これは、実質王からの命令だ。俺が帰りたい、といって帰れるとは思えない。
父さんも、それを理解して言っているはずだ。だけど、俺は大分気が楽になったのを感じていた。前世では居なかった、王という存在からの直接の命令。それに戸惑っていたが、自分は一人ではないし、疲れたら休める家がある、そう思えるだけでずいぶんと気が楽に感じられた。
「わかった! 俺、学園に行くよ」
「行っておいで。お前は父さん達の自慢の息子だからな。どこに行っても大丈夫さ」
何かうらやましそうにこちらを見ていた母をのけ者に、俺と父さんは笑いあった。
◆◇◆◇◆◇
「しかし、2人にはなんて言えばいいんだ……?」
俺はガストン工房に向かって歩きながら、そう呟いた。工房に行って、世話になった人達に事の経緯と説明しようと思ったのだが、そこで重大な事に思い立ったのである。つまり、クリス、オリヴィアになんて言い訳しよう、と。
学園はフェリックスさんに聞いたところ、6年間履修するものらしく、6年、休暇以外はまともに帰ってこられなくなる。そのまま王都移住してしまう事も多いらしく、下手をすれば、今生の別れ、ということにもなりかねない。
王都に向かう時期は書かれていなかったが、王様から書類が来て、のんびりしている訳にも行かない。フェリックスさんも、最長でも一週間程で準備して向かってくれ、との事だったので、今日から準備して、期限ぎりぎりの一週間後くらいに出発する予定ではある……しかし、急な話なので、なんて言ったら良いのか解らない。
前世では、携帯があったから、電話やメール、アプリで繋がっていれば、友達と別れる、なんて事はなかったからだ。
なんだか、急な引っ越しを親友に隠す転校生にでもなった気分だった。
悶々としながら歩いていると、ガストン工房についてしまい、俺は覚悟が決まらないまま、工房の扉を押し開く。
「いらっしゃいま──あ、アルドさん。おはようございます」
店を手伝っていたらしいオリヴィアに出迎えられ、早速出鼻をくじかれたような気持ちになる。ぎこちなく「おはよう」とだけ返す。
俺は思わず、無意味に視線を巡らせてしまう。今日はまだ客が来てないようで、店内は静かだった。オリヴィアも特に何かするでもなく、カウンターを片づけたりして時間を潰している。
「えっと、クリスと、ガストン夫妻はどこかな?」
「休憩中なので、奥様とガストン店長は母屋の方にいらっしゃると思いますよ? さっきまで居たんですが、怪我が辛そうだったので、たぶん部屋かと」
「そっか、じゃあ、ちょっとガストン夫妻に用があるから、また後で」
「はい。……?」
と俺は半ば逃げるようにして、工房の店舗区画を通り抜けて母屋へ。母屋の扉を開けると、休憩中のガストン夫妻の姿が見える。
「おや。アルドじゃないか。おはよう」
「おう! よく来たな。ちょうどこいつがクッキーを焼いてくれたとこだ。食っていけ」
「おはようございます。あ、えっといただきます」
ガストン夫妻は有無を言わさないコンビネーションで俺を席に着かせると、目の前の机にクッキーを置く。貰うと言った手前、食べないのも失礼かと思い、一ついただく。
「おいしいですね」
砂糖の類は調味料の中でも少々高いためか、クッキーは甘さ控えめだ。しかし、さっぱりとした素朴な味は嫌いではなく、思わずもう一個貰う。
「もう、体調の方は良いのかい?」
「あ、元々休んでおけって言われて家からでてなかっただけなので。怪我があった訳じゃないので大丈夫ですよ。それより、クリスの方は大丈夫ですか?」
「クリスは、本人は元気だって言ってるけどねぇ……この前の事が中々ショックだったみたいでね……大人しくしてるねぇ」
俺たちの中では一番危険な目にあっているし、結局、自分の判断ミスで怪我をさせたようなものなので気になる。
「アルドが気にする事はないさね。あの子もあれで、いっぱしの剣士を気取ってるんだし、覚悟の上の事だろうさ。……母親としては、もう少し女の子らしくても良いんじゃないかと、思うんだけどねぇ」
しみじみと言ったガストン夫人は、子を思う母の葛藤のような物が見えた。やっぱり、あの時に置いていくべきだったか。そう思ったが、そんな表情も一瞬で崩れる。
「まぁ、あの子は貰い手も居そうだから大丈夫かね!」
と言われても。そこで、肩を叩かれたりしても困ります。
俺は、この話題を変えるべく気になっていた事を聞いてみる。
「あっと。そういえば。魔導甲冑の方はどうなってますか」
「おう。外装と武装はひでぇモンだったが、予備と入れ替えるだけみてぇなモンだからな。こっちで全部直してあるぞ。中身はこっちでいじれる所は少ないが、見たとこガタが来てる所はねぇ。修理代は悪いが、お前さんのギルドの口座から引き落としてるからな。後で確認してくれ」
「ええ。それは大丈夫です。後で確認しておきます」
おお。中破させていたはずだが、あっという間に直して貰えたらしい。街に戻る頃には精魂尽き果て、ほとんどそのまま引き渡してしまったが、流石ガストンさんだ。
「しかし、あんなでかっい代物が、あそこまでボロボロにされるなんて、
酷い戦いだったんだねぇ……どんな戦いだったんだい? クリスはあんまり話したがらなくてねぇ」
「おう。俺も聞きてぇと思ってたんだ。どんな使い方したら、新品だった魔導甲冑があんな風になっちまうんだ?」
2人にせがまれ、あの戦いがどのようなものだったか、出来るだけ客観的に伝える。
「そうかい……」
「おう。良く、生きて戻ったな」
しみじみとそんな反応をされるとなんて答えていいのかわからない。俺は曖昧に頷きながら、本題を切り出してしまおう。
「えっと実は、その戦いの結果もあってか、ロイスターン学園へ入学するように勧められまして。来週、王都へ向かうんです……」
俺の切り出した話題に、2人は目を見開いて驚く。
「そうかい、そうかい! いやぁ鼻が高いねぇ。有名な学園に勧められるなんてね!」
「やるじゃねぇか! そうかそうか。やっぱりお前さんはただもんじゃねぇな」
入学と聞いて喜ばれ、俺も笑みを浮かべる。あまり心配させたくは無かったし、これで良いかとも思えた。
「あとは、2人にちゃんと言っておかないとな」
母屋からでて、オリヴィアが居るはずの店舗の方に戻る。クリスは結局母屋ではあえなかったので、まずはクリスから話してしまおう。
「オリヴィア? 今手あいてるかな、ちょっと話が……」
扉をあけると、クリスとオリヴィアが談笑していた。
「クリス、こっちに居たんだ」
もしかしたら、俺がガストン夫妻と話していたのをどこかで見ていて、気を使ってこちらに来たのかもしれない。
「うん。さっきね。何か大事な話? 私、席外そうか」
「あ、いや。クリスにも聞いて欲しい事だったから。ちょうど良いよ」
といいつつも、ちょっと焦っていたりする。二回に分ける筈だった面倒事を、一回で済ませられるんだ、と言い聞かせて、2人をカウンターの席に座らせる。店舗をみたが、客はまだ来ていないし、今ここで話してしまおう。
「えっとな。俺、王都にあるロイスターン学園に行くことに決まったんだ」
気になる女の子に告白、とかとは違った意味で、声がうわずりそうになった。驚かれるのだろうか、別れを惜しまれたりするのだろうかと、気になって仕方がない。
しかし、2人の反応は俺の予想とは違った。
「おめでとう! アルド」
「おめでとうございます。アルドさん。それで、いつ出発になるんですか?」
「え? あ、うん。来週の頭くらいには出発して、来月の頭くらいに王都に着くようにする予定」
淡泊な返しに拍子抜けし、俺も思わず素で返してしまう。そんな俺を置いて、オリヴィアは一人うんうんと頷く。
「じゃあ、それまでにこちらも準備を済ませないとですね」
「そうだね。オリヴィア、後で買い物手伝って貰ってもいい? まだ、あんまり腕が動かせなくって」
「無理するからですよ、もう……私も、その時ついでに買いたいものがあるので、一緒に買い物しちゃいましょう」
「え、いや、どういう事? 準備って」
2人の会話についていけず聞き返すと、2人から思わぬ返答がきた。
「あ、そうでした。まだお話しておりませんでしたね。私とクリスさんも、ロイスターン学園へ入学する事を決めたんです」
「えぇ!?」
今生の別れになるかもって覚悟を決めて挨拶に来たつもりだったので、俺は驚く。
「迷惑……ですか?」
「い、いや。そうじゃないんだ。最悪、今生の別れのつもりでここに来たら、そんな事を言われたんで、驚いただけ」
「今生の別れ……ふふ、まぁ、普通はそうなるかもしれませんが。これも良い機会だと思いまして」
「良い機会?」
オリヴィアが少し、言葉を探すように黙った。そして、再び自分の事を語り始めたオリヴィアの目には、覚悟のようなものが見えた。
「はい。私は、今回の件で自分の無力さを再確認しました。もうこれ以上、無力なだけの私ではいたくありません。もっと魔術を勉強するため、アルドさんに付いて行くことを決めました」
ふっとそこでオリヴィアは微笑む。
「だから、末永くお付き合いくださいね?」
「え? えっと。うん。よろしく」
初めて見たならば、それだけでころりと落とされてしまいそうな笑顔に、何とか理性を保ち、そう返す。すると、横から不機嫌そうな声が聞こえた。
「私も、アルドに付いて行くわ。私、アルドにいっぱい助けてもらった。迷惑もかけた。でも、何にも返せてない。私、一生かけてでも、この恩を返していくから!」
そう啖呵を切るように宣言したクリスに、俺は苦笑して返す。
「そこまで気にしなくてもいいのに」
「っ! 絶対に返すから!」
何故か怒ってしまったクリスを宥めながら、俺たちは、学園について話し合った。
クリス、オリヴィアは王から召集があるわけではないため、学園に行って編入手続きを行うらしい。そこで試験が行われるらしいが、試験は恐らく問題なく通れるだろうと、フェリックスさんからお墨付きを貰っていたらしい。
俺は、そんな用意周到な2人に、呆れるやら、別れずに済んで嬉しいやら、気持ちを持て余しつつ、生まれ育った街から出る準備を進めた。
それから一週間後、俺たちは王都にある、ロイスターン学園へと向かった。




