第32話「王都からの召還」
「く、くく。あははは! あれが、あれも魔術!」
フードを被った男が、森の中で狂ったように笑う。その姿は、まるで玩具を与えられた子供のように、無邪気にも見える。しかし、その目は暗く濁り、狂喜をはらんでいた。
「いいねぇ。いいよ。まさかあれを倒すとはねぇ。まさに規格外! 禁術、なんて言われた魔術が、幼稚にすら思えるよ!」
フードの男はひとしきり笑うと、満足そうに頷く。芝居がかったような動きだが、そばには誰もいない。
フードの男は風景を切り取るかのように、手で四角を作って窓を作り、それをのぞき込む。
「あれ、なんて言うのかな。あの巨人。もっと知りたいなぁ。……ああでも、王都もそろそろ気づいちゃうかなぁ。少なくとも、この一件は、王の耳にも入るだろうねぇ」
その時君はどうするんだろうねぇ。そう言った男の視線は、分解され運ばれる三頭飢狼と、魔導甲冑へと注がれていた。
◆◇◆◇◆◇
とある王城の執務室で、王は宰相を脇に控え、「影」からの報告を受けていた。
最近できた迷宮都市の領主から、増援の要求を受け、王はすぐさま「影」を放ち、情報収集に努めたが、その放っていた「影」から持ち帰られた情報に、王は眉根を寄せた。
「この報は、真か?」
「報告に嘘はございません。もし、私をお疑いであれば、私は証明の代わりにこの首を差しだしましょう」
「よい。お主を信じよう」
黒一色をまとった「影」の言葉に、王──ロイスターン王は鷹揚に返した。
元より王は、長く王家に仕えるこの「影」の報告を疑う訳ではなかった。疑う訳ではなかったが、報告された内容がそれ程までに荒唐無稽であったため、思わず口をついたのだ。そんな内容であったため、答えた「影」もまた、自分の命を懸けるような発言をしたのだろう。
「ふむ……」
ただ、それだけにこの案件は厄介ではあった。都市一つ、いや、王国の地図を塗り替えかねない程の魔物──三頭飢狼の出現の報告。その数日には、その魔物の討伐完了の報告。聞けば、それを行ったのはまだ成人にも満たない少年が、ほとんど一人で行ったのだという。それも、見たことも無いような、騎士のような姿をした巨人を操り、魔物を滅ぼしたという。
おとぎ話として聞くならば、面白い話かもしれない。あるいは、酒の肴に聞くような寝物語であれば。
しかし、事は事実であり、王が無視できるようなものではなかった。
王は、鈍く痛みを覚える頭を落ち着かせるように、そっと目を閉じる。
「帝国や聖国が勘づけば、要らぬ緊張を与えかねんな」
ロイスターン王国は小国だ。
大国である帝国や、聖国に挟まれるように存在するこの国家が、どちらかに取り込まれない理由。
それは、狭い土地内に迷宮が多数存在し、その迷宮から得られる富によって、この国が細々と運営している国家であり、攻め込んで奪う程のメリットが無いのと、ロイスターン自体が迷宮という問題を抱えているため、外から来る脅威よりも、内に存在する脅威に備えるのが限界な国家であるというのを、両国がきちんと理解しているからであった。
両国とも、藪をつついて竜など出したくない、というのが本音だろう。 しかし、この報告はその危うい均衡を崩しかねない。帝国は、大軍で相手をするような魔物を、一人で滅ぼすようなこの少年を危険視するだろう。少なくとも、興味は持つはずだった。
そして、聖国。こちらは無貌の神を信仰する宗教国家であるが、どう動いてくるか読み切れない。魔法の発展にすら、神の与えた奇跡に手を加えようなどとは、恥を知れ! と言ってくるような国家である。報告にあったような巨人を見て、なんと言ってくるか。魔物を従えるような国家など滅んでしまえ! などと言って攻めて来かねない。帝国などよりもよほど対策が立てづらく、また扱いづらい国家であった。
「王よ。どうなさるおつもりですか」
幼少の頃より、右腕として、時には親のように王を支えてきた宰相が、低く、しかしよく通る声で問いを発してきた所で、王は思考の海から脱し、目を開いた。
「この少年が、どのような人間であるか見極めたい。まずは学園に招き、信の置けるものにこの少年を見極めさせよ。その後に我が直に見極める」
「見極める、ですか」
「そうだ。国の益になるようならば何としても逃すな。国に仇なすような者であれば、何としてでも殺せ。そのためにも先ずは学園に招き、バカな貴族どもが先走るよりも早く、この少年を保護せよ」
「仰せのままに」
宰相と「影」は口を揃え、答えた後はすぐに行動に移した。二人の人間が執務室を去り、扉が閉められると、王は力を抜いて、座っていた豪奢な椅子に身体を預けた。
「いずれにせよ、国が動くか……」
若くして在位し、10年。30も半ばの若き王でありながら、この国を率いてきた王は、これから起こるであろう波乱の予感に重い息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇
「まったく、君には驚かされるばかりだな」
「別に、驚かせたいと思ってる訳じゃないんですけどね……」
フェリックスさんのそんな言葉から始まった会話に、苦笑を返した。
三頭飢狼を倒してから数日、俺は戦闘の疲労から休養する、という名目で家に謹慎を命じられ、ここ数日は訳も分からないままゆっくり過ごしていたのだが、今日突然、フェリックスさんに呼び出され、彼の屋敷の執務室で、こうして対面していた。
なんでも、謹慎を命じられていた理由を教えてくれるという話だったが、何でそんな事になったのだろうか。思い当たる節と言えば、魔導甲冑くらいしかなく、緊張していた。
「まずは、三頭飢狼の討伐、ご苦労だった。街を代表して礼を言わせてくれ」
そういって頭を下げる。俺は驚きに固まる。混乱しすぎて、貴族って、そんな頭下げたりしていいのか!? とかそんな事を考えていた。
「あの魔物から得られたものは全て君のものと決まった。普通、こういった大人数での討伐だと、不満を言う者もいるのだが、流石にあの戦いを見てどうこう言う者はいなかったよ」
机に額をこすりつけるように、たっぷり頭を下げていたフェリックスさんは、やがて頭をあげ、あの戦闘の後決まった事を教えてくれた。
「と、言われても、正直なんて答えていいか……」
正直、あんなでかいの全部は要らない……あ、しかし魔石は欲しい。魔導炉をアップグレードできるかもしれないし。
「まぁ、君は黙って受け取ってくれればいい。ここで君が、受け取らず、私の方に魔物を渡されたりしても、君に圧力をかけて奪ったように思われるだけなのでね」
なるほど。大変なんだなぁ。
「そういう顔をされるのは、私としてはあまり嬉しくないのだがね」
顔に、フェリックスさんの苦労を思うような事が出ていたのか、フェリックスさんにそんな事を言われ、慌てて真剣な顔を取り繕う。
「とりあえず、解りました。報酬受け取ったら、謹慎も終わりですか?
というより、なんで謹慎って話になったんでしょうか」
「ああ。それをこれから話したいと思っていた。あの場で謹慎を命じたのは、君が余りにも目立ち過ぎたからだ」
目立ち過ぎた……? 確かに、魔導甲冑は目立ったが。フェリックスさんの表情を見るに、どうやらそれだけ、という雰囲気ではないらしい。
「よく解らない、といった顔だな。無理も無いが……正直、私は魔導甲冑があそこまでのモノとは思っていなかった。従来の鎧よりも防御力が高いだとか、そういうモノの延長だと、私は考えていた。それが複数あれば、街の防衛力も高まるだろうと考えていたのだ」
「一応、説明したとおりの性能だと思うのですが……」
「そうだな。そこを、見誤っていた……正直な所、私はあれの設計図を見て、子供の戯れ言だと思ったよ。それでも否定しなかったのは、自由にさせた方が、子供は可能性の幅を広げるのでは? と期待したからだ」
少し不満な所はあったが、納得できる話ではあった。俺も子供が、巨大ロボットを作る! なんて言い出したら、なま暖かい目で見て、そうだね。できると良いね、とか言いそうな確信がある。
フェリックスさんの話は、それで終わりではなかった。平静を保っていたフェリックスさんの表情が崩れ、声が震えだす。
「しかし、あれは……あれは、私が君に期待した通りの、いや、それ以上の代物すぎた。なんなのだ、あれは。Bランク相当の、国が軍を起こして相手にするような魔物を相手に一歩も引かず、あまつさえ討伐を果たしてしまうようなあれは!? 私はね、正直な所、後悔したよ……あれの開発を許してしまった事に。あれは、私の手に余る」
声を荒げ、苦しそうに絞り出すフェリックスさんのその姿に、俺は言葉を失い、ただフェリックスさんの姿を見つめていた。
「今回の一件で、君に謹慎を命じたのは、あの一件で君の顔を多数の人間に知られるのを恐れたからだ」
「何故、でしょうか」
「今更遅いとも思ったが、これから君は、どの国も注目するだろう。君の身の安全を守るために、情報の漏洩を少しでも防ごうと考えたのだが……少し、遅かったようだ」
そう言って、一枚の封筒を取り出す。この世界では珍しい、紙でできたもので、恐らく蝋で封がされていただろう跡がある。
「中をあらためてくれ」
言われるまま、封筒を開く。中には、一枚の紙が入っており、そこには、短い文章が書かれていた。
「下記の者に、ホレス・ロイスターン4世の名に置いて、ロイスターン王立学園への入学を許可するものとする……?」
ちなみに、下記には何故か俺の名前があり、その横に豪華な文様の印が押されている。そして、このロイスターンという名前に、聞き覚えがある。
「はぁ。何でこのロイスターンさんは俺に学園の入学許可を……?」
「……君、それを見ても良く解らんか? ロイスターンはこの国の名。ホレス・ロイスターン4世は現国王であらせられる」
「へぇ。国王様……こ、ここ国王様!?」
俺はあわてて魔力演算領域で検索をかける。確かに、俺が前に教会にあった歴史書をコピーしておいた辺りのメモにそのように記されていた。歴史書なんて普段使わないからすっかり忘れていた。
「君は頭が良いが、時折、ものすごく抜けているな……」
「す、すみません……それで、王様が、何で俺に学園の入学許可を出すんでしょう?」
「これは実際の所、命令書だ。君は、急ぎ準備を整え、王都へと向かい、そこにあるロイスターン学園に入学する」
急な出来事に、頭の回転がついてこない。俺は、鈍い頭でフェリックスさんに質問を投げかけた。
「ちなみに、この入学って蹴ることは可能なんでしょうか?」
「形式は許可証のため、出来ない道理はないが……それをすると、君の命の保証はできない」
俺は今度こそ、本当に言葉を失った。ただただ紙に視線を落とすことしかできず、その文章を何度も目で追ってしまう。
「これは、王が君の存在に気づいてしまった、という事でもある。これが来てしまった以上、私にできる事はない。私から出来るのは、君にこの紙の通りに学園へ入学を勧める事だけだ」
別に、学園に通うのは構わない。しかし、頭の整理ができなかった。
「頼む。これは……君の身を守るためでもある。学園へ、入学してくれないだろうか」
俺は、その言葉にただ頷くことしかできなかった。
こうして、俺はロイスターン王立学園へと入学が決まった。
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