第31話「三頭飢狼・決戦」 ※イラスト、挿絵付き
※作中内に挿絵があります。苦手な方は非表示推奨になります
それはおとぎ話に出てくるような、現実感のない戦いだった。
巨大な三頭飢狼よりもなお大きな、鎧の巨人。その二つが絡み合うように、踊るように動き回る。
軽快に動いているように見えるが、その動き一つ一つが、人間など軽く吹き飛んでしまうほどの威力があることが解る。
三頭飢狼が身を翻す度に木々が砕け、その破片が舞い、巨人が一歩、力強く踏み出す事に地が震える。
私はそれを、呼吸すら忘れ、見届ける事しかできなかった。
◇◆◇◆◇◆
俺は外にも聞こえるように、《拡声》魔術でクリスに俺の存在を知らせ、クリスと三頭飢狼の間に、機体を割り込ませる。次の瞬間には大きな衝撃に機体が軋み、その衝撃に歯を食いしばって耐える。
「くっ……おおおお!」
俺は叫びながら、魔導甲冑──マギア・ギアを操り、三頭飢狼を押さえ付ける。盾をがりがりと鋭い牙で削られる事に恐怖を覚えながら、俺は素早く魔術を操った。
魔力を過剰供給された人工筋肉がきしみをあげ、三頭飢狼の巨体を突き放す。すかさず追撃──という選択を俺はとれなかった。
狭いコックピットの中で、俺は必死になって魔術の制御を行っていた。クリスを助けるのに、何とか間に合った、そんな安堵すら、感じている余裕がなかった。
(くそ、頭に入ってくる情報が多すぎる……!)
操作に慣れないマギア・ギアからフィードバックされる情報に押され、俺は追撃どころではなかった。
初の実践投入を行ったこの機体は、やはり問題だらけだった。OSなんてものを用意するだけの技術がなかったために、作るのを早々に放棄し、念話の応用で、自分の感覚ととマギア・ギアを無理矢理繋いで動かしているが、自分の身体と機体の感覚の齟齬が大きすぎて吐き気がする。テストで軽く動かした時は、激しい動きをした訳ではなかったため、その辺りの動作確認不足のツケが回ってきていた。
マギア・ギアの魔導炉の魔力で増幅した《探査》魔術が、外の情報をリアルタイムで伝えてくる。360°視覚、音、触覚、嗅覚。人間とは違った捉え方をする魔術の、情報の渦に流されそうになりながら、それらを必死に処理し、自分の今の現状を把握していく。
クリスは重傷、しかし息はあり、何とか身体を起こす事はできている。父さんと母さんが、オリヴィアや≪鷹の目≫を連れてこちらに向かっているため、クリスはそちらに任せるしかなかった。
敵は驚きのようなものがあるが健在。自分は不調ながら、初の実践投入にしては、機体の動きは上々といえる。
そのまま、機体の状態も素早く確認する。
機体の大きさは約4。5メートル。どこか騎士を思わせる巨人は、左腕には大きな盾を構え、右腕はライフルを装備している。そのせいか、それとも現地で急いで組み上げた影響か、ただでさえ危うい重心が定まらず、気を抜けば倒れそうだった。機体は腰に剣を備えていたが、俺は今、この剣を抜いて剣技を振るえるだけの自信はない。
だが動く。生身では相手にもされなかった三頭飢狼に対抗できる。俺は期待通りの機能を提示してくれるこの機体に、無意識のうちに笑みを浮かべていた。
(まずは不要な情報のカット──視野角を狭く、触感も簡素化)
360°あった視覚を自分の視野と同じだけに狭める。これだけで随分と酔いが違った。大きな機体は死角が多いからと付けた機能だったが、通常機動はともかく、戦闘機動では邪魔だった。
次に触感。これも簡素化した。これは機体がどう動いているのか、どこかが破損していないか知るために入れているが、機体の情報がそのまま返ってくるのは危険だという事が解った。三頭飢狼とぶつかった、たった一度の邂逅で、俺は自分の両腕が痺れ、脚に違和感を感じている。
魔術を使って機体をサーチしたところ、どうやら機体腕部に僅かな歪みが発生し、脚の人工筋肉の一部が断裂していた。これらの情報が直に返ってくるのは、機体が傷つく度に、俺も傷を受けたような痛みを経験しなければならず、最悪ショック死する可能性があった。
最低限の触覚を残して、視界の隅にウィンドウを作成。そこに機体の状態と、魔力の残量を表示させる。魔力の残量は、ガンガン減っているのは解っていたが、視覚化すると恐ろしい。目に見える勢いで減って来ていた。とはいえ、こちらはまだ余力があった。それを武器に攻撃に転じる。
一歩足を踏み出す。巨体の重量に、地面が沈む。その情報と僅かな感触に、俺は顔をしかめた。自分の足で歩くときは考えた事もなかったが、舗装されていない地面と言うのは案外柔らかいらしい。沈み込む機体の脚の感覚に、頼りなさを覚えながら、マギア・ギアを走らせる。
自分から離れるということはできなかった。それをすれば、背後にいるクリスを狙われかねない。俺はあえて、前に出る事を選択した。
盾を構えたまま、機体をぶちかましにかかると、三頭飢狼はそれを嫌がり、巨体をひらりと躱す。
「うわっ!?」
機体の慣性を制御しきれず、目の前にあった木に体当たりをかますと、多少抵抗を感じたくらいで、あっさりと木が折れてしまう。それでも勢いを殺しきれなかった機体をなんとか操り、脚を踏ん張らせると、地面がガリガリと音を立てて削れる。
「グルォォ!」
機体の体勢が崩れたのを見て、好機と感じたのか、三頭飢狼が背後から迫る。俺はそれを、音を頼りに距離を測り、崩れる体勢を利用しながら身体をひねり、機体左腕にある盾を振り回した。
「ギャウ!」
鈍い音を立てて盾が振り抜かれ、頭の一つを大きく仰け反らせる。その頭につられるように、他の頭の動きも鈍り、狼の奇襲は失敗に終わった。
俺は、振り抜いた盾を身体に寄せ、盾の尖った先端を手近な頭部に叩き付ける。
「こいつを喰らっとけ!」
魔導炉から盾に供給された魔力が盾内部で魔術式に変換される。その直後、爆音と共に、盾の裏に仕込まれていた杭が高速で撃ち出された。爆発魔術によって撃ち出された杭は、大した抵抗もさせず、三頭飢狼の分厚い皮膚をぶち破り、肉を穿った。
爆発魔術は、盾くらい大きなものでないと、仕込んだ物体ごと爆発したりする曰くつき魔術だったが、盾はそんな衝撃を耐えきり、杭を撃ち出し、さらにはその爆発の反動を使った機構で、次の杭を装填し終えてていた。
人間が扱う槍よりも大きな杭を打ち込まれ、哀れな悲鳴をあげる三頭飢狼に、俺はすかさずもう一本、装填された杭を撃ち込むべく動作に移る。
「くっ……さすがにそう上手くは行かないか」
しかし、健在な頭二つが狼の巨体を巧みに操り、距離をとってしまう。追撃は諦め、俺はマギア・ギアの右腕に装備したライフルを構える。
こちらは爆発魔術では砲身が脆すぎたため、ガラベラに売ったライフルを大型化したものだ。弾体に溝を付ける細工を施し、空気抵抗によって、ジャイロ回転を起こしやすく調整してある。
ダンッ!
爆音はしないものの、大きな動作音と共に射出された弾体は、直線軌道を描いて、太い木に大きな穴をあけた。
「ちっ!」
思わず舌打ちする。今のは三頭飢狼が避けた訳ではなく、こちらが外してしまった。
未だ、身体の感覚と機体の感覚の齟齬が埋め切れていない。本来なら時間をかけて調整するところを、戦闘をこなしながらしなければならず、俺の魔力演算領域も悲鳴をあげていた。
弾は三頭飢狼を掠めただけだった。毛皮を多少削いだくらいでは相手にダメージを与えたとは言い難いし、何より今ので銃撃を警戒されてしまっている。
コッキングレバーを引いて素早く次の弾を装填し、盾に隠れるように引き金を引く。狙いをしっかり付けたが、三頭飢狼は木を盾にするように素早く駆け、二発目の弾をあっさり避けてしまう。
構造上、一度レバーを引かないと次が撃てない機構に苛立つ。自分で作っておいてなんだが、次は手動では無く、自動で連射できる機構を組み込もうと思う。
そして、もうこの機構の弱点を看破したらしい三頭飢狼が、攻勢に出てきた。レバーを引こうとする動作を見た瞬間、三頭飢狼が飛び出してきたのだ。
「グラァ!」
「くっ!」
盾をかざして、何とか頭一つは抑えるが、残った頭が左腕と、右腕のライフルに噛みつく。左腕にかみついている方は、怪我をしている方なので、装甲一枚で牙が止まっているが、右腕のライフルに噛みついている方が厄介だった。先ほどの脅威をもう学習しているらしく、深く噛みつきライフルを奪おうとしている。
噛みついたまま首を振り、こちらがライフルを落とす事を狙っているようだったが、こちらも魔力を多めに供給することで、出力を増して対抗する。
「グルルル……」
魔術を介さなくても、低いうなり声が聞こえてくる。俺は、機体から返ってくる感覚のフィードバックと、膠着状態にある焦りから、額に汗を滲ませた。咄嗟に全身に供給する魔力量を増やしたが、相手の重量がありすぎて、このままだと組み伏せられてしまう。そうなると、起き上がるのにどれだけ時間がかかるか解らないし、何より相手はその隙を見逃してくれそうにない。
俺は咄嗟に、ライフルを離して、空いた右手を、ライフルに噛り付いている頭に拳を振り下ろす。ライフルに躍起になって噛みついていた三頭飢狼は、金属の塊である拳を受けて、くぐもった悲鳴を上げた。しかし、それでもライフルを離さない。
左腕と盾に噛みついている二つの頭には、再度盾を起動させる。
爆発音と共に、杭が撃ち出される。杭は明後日の方角に飛んでいったが、口内で響いた爆音に怯んだ頭と、至近で聞くことになった残り一つの頭が怯み、噛む力が弱まる。
その隙を逃さず、盾から頭を引きはがし、盾ごと機体を叩きつけた。
三頭飢狼がようやく離れる。
しかし、膠着状態は脱したが、ライフルは奪われてしまった。三頭飢狼は、一つの頭で咥えてたそれを、三つの頭すべてを使ってへし折り、横に捨てる。
遠距離武器がなくなったが、三頭飢狼は盾を警戒してかこちらに来ない。ライフルが無くなった以上、こちらは近づいて腰に装備した剣を使うか、盾を使っての攻撃しかないため、さっきのように近づいてくれる方が攻撃の機会が増えるのだが……
相手が警戒している以上、それをかいくぐってどう近づくか……盾を構えながら、そう迷っていると、三頭飢狼が動いた。
三頭飢狼から立ち昇る魔力と、大きく息を吸い込むようなその動き。
(まさか、ブレス──!?)
見覚えのある動きに、咄嗟に機体を射線から外そうとするが、そこで気付く。背後に、増援のために近づいて来ていた兵士や、冒険者たちが居る事に。
クリス達の位置が解らなかったが、どちらにせよ、今ここで避けてしまえば被害は真後ろに居る人間に及ぶ。兵士や冒険者たちは、マギア・ギアと三頭飢狼の戦闘に手を出すことができず、茫然と眺めているようだった。
今更それに文句を言う事もできず、俺は機体を膝立ちにさせ、機体を少しでも多く盾に隠せるような姿勢を取る。盾は少し斜めに構え、魔導炉を全力稼働させてありったけの魔力を流し込む。
「ォォォォオン!」
こちらの準備が整うや否や、魔力の奔流がマギア・ギアを襲う。結界を展開していた盾に濁流のような魔力がぶつかり、盾と機体が軋みをあげる。
魔力は斜めにした盾の斜面を滑り、幾分かは空に逃れ、そうでないものは地表を削り、木をへし折り、それでもなお勢いを衰えさせずに後ろへと流れていく。
結界も無事とは言えなかった。盾表面に張った結界は徐々に削られていき、盾そのものも強度を失った部分からボロボロと崩壊していく。盾に隠れなかった右肩部の装甲などは、早々に溶かされるように崩壊し、今や見る影もなく、その衝撃を支えた左腕の機能はほとんど失われており、動かない。
「グルォオオ!」
長く感じる数秒を耐えきると、未だ原型を留めたマギア・ギアに止めを刺さんと三頭飢狼が跳ぶ。
「く、おおおおおお!」
俺は、負けじと吼え、機体の腰に装備された剣を引き抜く。跳躍中と、これまで使用していなかった武器に、三頭飢狼は咄嗟の反応を返せず、突き出したその剣にぞぶりと三頭飢狼の巨体が突き刺さる。
まだ唸りをあげる魔導炉にモノを言わせ、盾に使っていた魔力を剣へ。すると、剣は甲高い音を立てながら、魔力の刃を生み出し、高速で動き始め、三頭飢狼を深く突き立ったその場所から削っていく。
耳に響く三頭飢狼の悲鳴と、肉を削っていく不快な音に耐えるが、三頭飢狼もただ黙ってやられている訳ではなく、身体を暴れさせ、その三つの牙でマギア・ギアの至るところを破壊していく。
後少し、耐えれば勝てる──! そう確信が持てる所で、機体から急速に力が失われていく。
「何、だ!?」
魔力切れ。
確認するまでもなかった。魔導炉に注いでいた魔物の血が途絶え、機体から魔力が急速に失われていく。力がなくなった機体は、宙に串刺したままの三頭飢狼の巨体を支えらず、傾く。
それに気づいた三頭飢狼が狂ったように暴れだし、刺さった剣が抜け、三頭飢狼が地に倒れる。
もう息も絶え絶えになりながら、三頭飢狼はまだ闘志を燃やしていた。あるいは憎悪か。身体の内部を荒らされた三頭飢狼は、もうその命も長くはないというのに、こちらを道ずれにせんと、纏う魔力量を増やしている。
俺は、そんな三頭飢狼に応えるべく、自分の魔力を練り上げ、機体を動かす。長時間、動かす事はできそうにない。それに、もう機体もそれに応えられる状態ではない。
三頭飢狼に俺は、次で決める、という意思を互いに固め、向かい合った。
「おおおおお!」
「グラアアアア!」
同時に吼える俺たちは、最後の戦いに打って出る。
三頭飢狼が残る力全てでマギア・ギアに襲い掛かる。
俺は膝立ちの状態の機体を立ち上げ、その勢いを使って剣を振り、横なぎにする。
「グ、ガ……」
三頭飢狼は、その三つの首を一太刀に断たれ、ようやくその動きを止めた。
俺は、一気に魔力を失った虚脱感と、戦闘の緊張から解放されたことで、緊張の糸が切れ、身体の力を失う。どっと噴き出す汗を拭う力すらなく、コックピット内に身体を預ける。最低限、外の様子が解るようにだけ魔術を起動しなおし、三頭飢狼が動かない事を確認してから、呟いた。
「勝った……」
あんな危険なものを、無傷とはいかないまでも一機で相手にできる魔導甲冑。
それが、この世界の人間にどれ程危険視されるのか、この時の俺は理解できず、ただただ、勝利の余韻に浸っていた。




