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第3話「君ともっとお話したいな」

『もっと、念話の練習がしたい』


 自分の部屋で目が覚めてから、俺はアリシアにそう切り出した。ベビーベッドに足を投げ出して腰を下ろす、フリーダムスタイルである。まぁ、自分でもだらしない格好であると思うが、身体が赤ん坊の俺には、これ以外に座りやすい座りかたがない。

 アリシアは無表情ながら、俺の言葉にどこか驚いたような雰囲気を出して、空中から俺を眺めている。正直ちょっとやめて欲しい。あんまり無表情に見下ろされると、なんかその……ぞくぞくするんだが。


『どうして?』


 いつも彼女の言葉は端的だ。子供っぽく無駄に長くなったり、脱線せずに。少し不思議に思うが、俺もまぁ普通の子供ではないので、気にせず端的に説明する。といっても、俺には脱線するだけの余力がないのだが。どんな文字数制限だよ! と思うくらい、俺が念話で言葉を話せる量は決まっている。


『もっと、アリシアとお話したい』

『えっ』


 アリシアが驚いている。そんなに驚く事だろうか。そして、驚いている顔も可愛い。無表情以外の顔、初めて見たな。


『アルド、ませてる』


 俺から言わせれば、その容姿でそんな言葉を言えるお前の方がませているんだが。


『でも、異論はない。この前みたいなのは危険。念話で魔力を覚えよう』


 そうして、念話で色々話しをして、少し解った事がある。

 この念話という魔術は、意外と普及してないらしい。使うのは一部の人間だとか。理由は、

 ・念話の波長が人それぞれ違うため、聞こえる人、聞こえない人がいる。そもそも魔力を扱える素養のある人間(魔術師に成れる人間)しか聞こえない。

 ・念話は距離が離れると比例して魔力を消費し、情報の劣化が加速する。


『解った?』


 俺は頷く。

 さっきあげた2点が解決できないせいで念話が発達しないんだな。母が手紙をしまっているのを初めて見たとき、念話じゃだめなのかなーと思ったら、そういう理由があったのか。

 そして、もう一つ。魔法と魔術。俺にはその差がさっぱりだが、アリシアが言うには、魔法と魔術は別物らしい。いろいろ説明されたが、ざっくりいうと、


 ・個人の資質、感覚で行うのが魔法

 ・個人の資質を極力廃し、理論立てて使用するのが魔術


 らしい。なるほど。そうなると、後者は非常に興味がある。理論立ててあるなら、俺にも理解しやすいだろうし、使えるか使えないか判断しやすい。そう思って、アリシアに魔術も教えて欲しいと聞く。


『ごめんなさい。解らない』


 とだけ返ってきた。何か様子がおかしいな? なんかこう……頑なというか。これ以上は聞いてはいけないような気がしたので、それ以上は聞かなかった。アリシアが言うには、200年以上昔にそういった物がでたが、偽物と判断されて消えていったらしい。これは、自分で調べるしかないか……魔力が理解できたら、実験してみるのも良いかもしれない。


 念話は、魔術よりの魔法らしい。相手の波長に合わせて念波を送り、意志疎通を計る。波長を合わせるって所が、魔術よりな部分らしいのだが、アリシアが言うには、俺とアリシアの波長があっているために、その部分はカットできるようだ。後は、魔力に思念を乗せて、相手に送るだけで良いらしい。魔力の量や、思念が強すぎると、以前アリシアが顔をしかめたみたいに、煩く聞こえるらしい。


 そんな事を聞きながら、俺からも念話を飛ばして、アリシアと話す。色々聞けて面白かった。


 この世界には、冒険者というものが存在しているらしい。未だ未開発の地区が多く、そういった未開地区を冒険し、そこで得た情報や、時に手に入る遺跡の宝なんかを売って生活するらしい。が、そういった事をするのはランクの高い冒険者で、低くなると荷物運びや、街道に出現する魔物退治といった事をすると聞いた。ほんとにファンタジーって感じだ。裏を返すと未発達、って事かもしれないが。魔法、かつては魔術なんて物があったのに、何で発達してないんだ? その疑問をぶつけると


『魔術は、神を冒涜する技術と言われてる』


 神とか精霊とか、宗教がらみか。それは面倒そうだ。俺からすると、神をバカにする訳ではないが、そこまで気にする事もない、って感じになるのだが。

 そもそも、神云々を気にして魔法、魔術の発展を諦めるなら、それ自体を捨てるべきだ。それに、そんなの抜きでもう地球では、科学が魔法と言っても過言ではないくらいに発達していたが、それによって神が神罰を下した、という事実はない。異世界は違うんだろうか。幽霊もいるし……


『どんな神様なの?』

『この世界を作ったあと、私たちを見守ってくれている存在』


 ざっくりしすぎだ。

 なんでも、神に名をつけるなんてとんでもない! という事で、名前がないらしい。そして、唯一絶対の存在であるが故に、神と言えば、その神の事をさし、他には存在しないらしい。一神教か……元地球人で日本人の感覚である八百万の神なゆるーい信仰心しか持ち合わせていない俺には、かなり馴染みがない。おまけに、これから俺がしたい事を考えると、もしかすると厄介かもしれない。覚えておこう。

 う、しかし、また眠くなってきた……でも、昨日よりは少し長く話せた気がする。慣れて効率化した? あるいは魔力量そのものが増えたか。

 明日は、それをアリシア に き こ う…… 

 段々と眠気に押され、俺は眠り始めた。


「ごはんですよー」


 起きると母から乳をもらい、げっぷをかまして汚れたおしめを変えてもらう。

 なんというか。自分がニートになった気がする。一歩進んで介護されてる状態といえなくないが、そうではないと思いたい。

 は、はいはいはできるんだ! はいはいくらいしかできない俺には、自分の部屋以外の世界が解らない。あと、精力的に動いていると母が目を離そうとしないので、俺は普段は寝たふりして、母が部屋を出て行った所でアリシアとおしゃべりしている。それ以外は、はいはいという名の筋トレだ。早く二足歩行になりたい。

 あぁ、早く大人になりたいな。子供特有の夢を見ている感じではなく、切実にそう思う。行動範囲が狭すぎる。情報ソースがなさすぎる! ネットに繋ぎたい!


『ねっと? 何、それ?』


 しまった。どうやら今の思いは思念となって飛んでいたらしい。俺は黙秘権を発動した。


『何か隠してる。教えて?』


 ぷにぷに。ぷにぷに。ほっぺたを魔力でつつかれる。俺はツンデレもかくやという勢いで顔を逸らした。ふんって奴だ。男が女の子にするものでは無いだろうが。あまり前世の事を話したくはない。

 自分は明らかに異端である。それを認識しているからこそ、人に話したくはない。この世界の人間と違う──自分で言うのは平気だが、人から言われたら、豆腐メンタルの俺には耐えられそうにない。


『そう……教えて、くれないんだ……』


 どことなく寂しそうな声。沈んだ表情。おい! 鉄仮面みたいな無表情はどうしたんだよ! なんでそんな居たたまれなくなるような表情するんだよ!


『人に話したくない事も、ある』


 何悟ってるような事いってるの!? の割には全然割り切ったような顔じゃないし! 目が潤んでるし! 


『えっと、長くなるけど、話し聞く?』

『ほんと!?』


 嘘泣きか! ぱっと花が咲き開くように直ったアリシアの機嫌に、俺は自分の迂闊さを呪う。

 そしてやっぱり俺は豆腐メンタルだった。いいさ。俺が傷つくだけなら。別に! それに、初めて、年相応な笑顔を見た気がする。それが見れただけでも十分さ!


『じゃぁ、まずは……』


 俺は、文字数の厳しい念話にもどかしさを感じながら、少しずつ話し始めた。


『…………異世界の記憶を持ってるから、俺はこうしてアリシアと会話できるんだ』


 ここまで全部話し切るのに、三日かかった。これは、俺が少し話しては睡眠を挟むためだ。話がほとんど進まないが、そのもどかしさの前に、アリシアはずっと静かに聞いてくれた。たまに相づちをうったり、詳しくせがまれたが、俺も久しぶりに故郷の話ができて、気分は饒舌で、たくさん話したいと思った。

 そのせいか、三日目にはかなり長く喋れるようになっていた。


『そう。やっぱり、普通の赤ちゃんじゃないと思った』

『別に、天才って訳じゃないけどな』


 普通じゃない、と言われてどきりとし、内心を悟られないように、そんな風に思念を飛ばす。異端、なんて言われたら。俺が、しゃべれるのは彼女しかいない。まだ、付き合いは浅いが、異端だとか言われ、離れてしまわれると、俺はすごく傷つくだろう。

 だから、自分から聞いておかないといけない。


『怖く……ないの?』

『? どうして』

『俺が、この世界にとって異端だから。俺の世界には魔法なんかなくて、神様も一人じゃない。いない、って言われてるのが普通だった。そんな世界から来てるから。怖くないのかな……って』


 自分でも何を言っているのか解らなかった。差別されたくなかった。しかし、自分はファンタジーだなんだと差別している。それが自覚できていて、言葉にできなくて、整理できなくて。俺はそんなあやふやなまま、怯えだけを口にしていた。


『怖くない。怖くなんて、ない』 


 ふわり、アリシアの髪が俺の頭にかかる。彼女は俺を抱きしめるようにしているが、感覚はない。しかし、それでも、胸の奥にじわりと伝わってくるものがあった。


『じゃぁ、今度は私の番だね』


 アリシアは、そう言って、今度は自分の事を話し始めた。

 長い話しだった。

 彼女は、200年前に生まれた実在する女性の残留思念の一種らしい。一種、というのは、彼女はこの年齢の時に、実験の一つとして、強力な思念を核に、人工的な人格を作り出し、それを宝石に入れたらしい。

 すごい事だ。200年も昔に、そんな事をしていたなんて。地球ですら、ニューロンコンピューターがやっと実用段階にこぎ着けるかどうか、というレベルで、自立型のAIを完成できていないというのに。本人の人格を元にしたとはいえ、その技術は地球に以上かもしれなかった。

 そんな革新的な、魔法を魔術にかえた彼女だったが、彼女は当時の教団に、神から授かった奇跡を邪法に貶めたとされて迫害され、あわや処刑されかけた所を逃げ、それきりらしい。彼女の偉業は歴史から消え、魔術は禁術扱いとされ、闇へと消えた。


『そんな……事が……』


 彼女になんて声をかけていいのか解らず黙ると、アリシアは軽く言い放った。


『そう。でも、気にしなくていい。あれは私であって私ではないから』


 なんか哲学的だ。彼女が言うには、オリジナルのアリシアと、思念体であるアリシアは完全に別人格、別存在らしい。


『それに、オリジナルは死んでない』

『えっ!?』

『魔術師ともなれば、自分の寿命もコントロールできる。魔法使いとは次元が違う』


 この世界の平均寿命は便利な魔法があるとはいえ、50年を切るらしく、一般的に長命と言われる魔法使いも、100年かそこららしい。


『復讐する気か、知らないけれど。たぶんめんどくさいだけ』


 処刑されかけておいてそれかよ。俺は復讐してしまうかもしれない。

 大人だな。


『そっか。なんか、アリシアってスゴい年上だったんだな。敬語とかつかった方が……いいですか?』


 ぴりっ

 空気がひり付いた気がした。たぶん気のせいだ。アリシアは、微笑を浮かべている……微笑?


『敬語は使わなくていい。あと、年の事は忘れるといい』

『いや、でも年上は敬うべきだと、前の常識が──』

『忘れるといい。ここは地球って世界じゃない』


 言い掛けた言葉にかぶせられ、妙なプレッシャーを感じ、俺は押し黙った。見かけ、12、3の彼女に、年齢の話は禁句だと、俺はその時学んだ。


 そんなカミングアウトした日から、俺たちは仲良くなれた気がする。

 俺が気になってた異世界うんぬんだが、彼女いわく


『オリジナルの私は常識を打ち壊した存在。私も、興味はあっても気にしたりしない』


 と、実にかっこいい事をいってくれた。オトコだ! 漢字の漢と書いて、オトコと読むオトコだ! といったら、伝わらなかった。カルチャーショックだった。おまけに、女の子にオトコとか言わない方がいい、とガチ説教をいただき、実にへこんだ。

 

 彼女との仲は、変わるどころか強固になったが、変わった事もあった。

 まず、身近なところでいくと、魔力。これの感覚がようやく掴めた。三日間、念話を使い込んだのがよかったらしい。使いすぎた魔力のせいで体中が火照り、そのおかげでどこの部位を使っているのか、どれくらい使うと限界なのか? というのが良く解った。

 代償に、一日熱をだして俺は寝込んだ。母が落ち着きがなくなり、俺の側を離れず、アリシアも気を使って話しかけてこなかったが、心配してくれたようだ。

 そんな経験のおかげで、魔力の流れを理解するにいたる。あれはどうやら、丹田の辺りから生まれ、血液のように全身を巡っているものらしい。魔法、魔術で使用する際は、丹田に一度ため込み、それを勢いをつけて循環させる。そうやって一時的に増幅したりもできる。

 それを理解したことで、急速に魔力を操れるようになり、念話の時間も延びた。また、これを研究することで、非常に有意義な時間を過ごせるようになっている。


 もう一つ変化があったのは、魔術だ。魔法ではなく。

 一度はアリシアに知らない、と言われた魔術だったが、あれは


『「この世界」の非常識を教えるほど、私は愚かじゃない』


 とても気を使ってくれていたらしい。子供に吹き込む事じゃないだろうと。最近は、俺の精神年齢を聞いて遠慮がなくなって来たが。さっきも「この世界」の部分がやたらと強調されていたし。


『じゃぁ、魔術を教えてくれる?』

『構わない。といっても、オリジナルとリンクしていた、150年くらい前までの魔術式でよければ』


 という事で、魔術を教わる事になった。


『でも、魔法も教える。これは絶対。魔術は一応禁術で、中には本当に危険なものもある。普通の魔法使いの振りをした方がいい』

『わかった』


 正直そこまで思い至ってなかったが、異論はない。俺はその日から魔法、魔術をアリシアを教師に迎え、学び始めた。


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