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第29話「三頭飢狼(ケルベロス)」 ※イラスト付き

 先陣攻略組の潰走の知らせは、俺たちの耳にも届いた。

 そして今、俺はギルドからの要請を受け、クリス、オリヴィアを連れてギルドマスターの元に集まっていた。ギルドの一室には、早朝だと言うのに、俺たちの他に、数パーティの冒険者たちが集められており、皆ぴりぴりとした様子で、ギルドマスターの報告を待っている。

 集められたパーティの中には、ガラベラ達、《鷹の目》の姿もあった。


「先陣攻略の冒険者と聞いて、ひやっとしましたよ」

「そりゃ、あたしらもさ。新しい武器をならすために、少し日にちをずらして……って考えてた矢先にこれさ。少し間違えれば、間に合わせの装備なんかで迷宮に向かっていたかと思うとぞっとするね」


 ガラベラたちは、今回すぐには参加せず、俺からの《依頼》をこなしながら、購入した装備を慣らしていたそうだ。そのおかげで今回の魔物との遭遇を免れたらしく、ガラベラは胸をなで下ろしていた。メンバーは装備も新調したし、どんな魔物でも負けねぇ! と息巻いているが、ガラベラ武器の使用感が弓から大きく変わってしまったため、威力があっても不安があるらしい。


「そうそう。言われた通り、《依頼》の魔物の血は工房に運んでおいたよ。しかし、こんな時にあれを運ばせるなんて、何かに使うのかい?」

「そうですね。あれは……」


 運んで貰った魔物の血は、今回使うかどうか解らないが、もしもの時のため、魔導甲冑に積んだ魔導炉の燃料として使用する予定だ。

 勘の良いガラベラに、どう答えようかと迷う。ここまで来れば隠すような物でも無いが、ガラベラは自分が作った武器の威力を知っている……話して、あてにできるかも解らないものに期待させたくはなかった。

 そんな逡巡をしていると、部屋の扉が開き、そこからギルドマスターの姿が見える。


「揃っているようだな」


 現れたギルドマスターの顔には、濃い疲労の色があった。先陣攻略組が、魔物に襲われたという知らせは、昨日の内にギルドに来ており、そこから緊急の召集をこの街の全冒険者に、早朝には行き渡らせている事から、かなりの無茶をしたのだろう。


「皆、緊急の召集に、よく集まってくれた」


 俺とガラベラは話を切り上げ、ギルドマスターの言葉に耳を傾ける。言い訳を考えずに済み、俺は内心で喜んだ。しかし、その喜びも、ギルドマスターの言葉で凍り付く。


「すでに耳の早い者は情報を手にしているかもしれないが、昨日先陣攻略のために迷宮に向かった数パーティが、新種と思われる魔物と遭遇。全滅した。生き残りは数人。そいつらも冒険者引退となる重傷だ。この凶悪な魔物を≪三頭餓狼ケルベロス≫と名付け、ギルドは緊急の≪依頼≫を発行した。内容は、この魔物の討伐だ」


 ギルドマスターの言葉に、ある程度情報を手にして者たちも俄には信じられず、騒然となる。向かったパーティは試験によってふるいにかけられた猛者ばかり。全滅した、と言われてそう簡単に信じられるものではない。俺も、全員が引退を強いられるような重傷を負っていた事実に戦慄していた。


「静かに! 信じられんかもしれんが、これは事実だ。それを踏まえ、お主たちに問おう。逃げるか、戦うか。逃げると言っても、責めはせん。お主ら冒険者たちは、この地を守るための戦力ではないからな」


 そうギルドマスターは区切り、全員を見渡す。その目には、強い力があった。


「だが、どうか頼む。この街を守るために、お主らの力を貸して欲しい」


 ギルドマスターが頭を下げ、それに困惑する冒険者たち。


「……この街の兵士は何をしてるんだ?」


 一人の冒険者が、ギルドマスターにそう質問を投げかける。その声には少なからず、面倒事はごめんだ、この街の事は、この街の奴が何とかすれば良い──そんな響きがあった。


「この街ですぐに動かせる兵力300の内、200はすでに、魔物討伐のために編成されている。本日の昼過ぎにはこの街を出て、迷宮に向かうそうだ。残りの100は、幾つかに分け、万が一のために増援の要請と、街の住民の避難誘導を行う」


 街の大きさに対して、かなり少ない兵力ではある。だが、常備軍、という存在のないこの世界では、多い兵力ではある。普通はこれに、街の住民が徴兵されて軍に編成されるためだ。


「力を貸せって話しだが、具体的には?」


 誰も聞かなかった事を、ガラベラが問いかける。ギルドマスターは静かに頷いた。

 

「お前たちは予備兵力として、部隊の後ろに配置される事になる。しかし、魔物の正確な場所が解らない以上、行軍中に魔物に襲われる事も考えられるため、どこも安全とはいえん」


 つまり、死ぬ。そういう可能性がある。

 冒険者の中には、安全に利益をあげるために、迷宮に潜る際など、自分のパーティよりも敵が弱く、長く居られる階層を選んだりする事があるらしい。

 所謂、安全マージンという奴だ。それを取っている冒険者たちにとっては、到底受けられない依頼なのだろう。苦い顔をしているものも多く。沈黙は重い。


「なぁ、当然、報酬は良いんだろう?」


 そんな中で、軽く切り出したのは、《鷹の目》の前衛の男だった。


「そうだな。ギルドからの他に、領主からも報酬がでる事になっている。参加者には金貨10枚。貢献度に応じて、最大で300枚の報酬が出る」


 冒険者たちが再びどよめいた。

 冒険者たちの日の稼ぎは、平均で銀貨5枚程度。それで、寝るだけ、というような安い宿に一泊ないし二泊できる程度の稼ぎだった。

 金貨一枚の価値は、銀貨の約10倍。参加するだけでも、汗水流して働いた日銭の約20倍。ただついて行くだけで、それだけ稼げる可能性がある──そんな皮算用をした冒険者もいたのか、俄に活気づく。


「どうやら、やる気になったようだな。この後依頼の発注が行われる。討伐に参加するものは必ず依頼を受けてから参加するように。出発は4時間後。質問はあるか?……なければ解散だ!」


 ばたばたと部屋から出る冒険者たちを見送り、俺は、自分のパーティの方針を決めるべく、クリス、オリヴィアの二人に向き直る。


「パーティの方針を決めよう。俺たちオーガキラーは、この依頼を受けようと思う。ただし、出るのは俺とオリヴィアの二人だけだ」


 恐らく二人は予想していたのだろう、オリヴィアは頷き、クリスは苦い顔を浮かべた。


「私も……」

「ダメだ」


 クリスの言葉に被せるようにして却下。次の言葉は解ってる。連れていって欲しい、だ。


「足手まといだって事は解ってる……! でも、ただ見てるだけなんてできない! もう私は、何もできない私とは違う……! 私にできる事を、させて欲しいの!」

「今のクリスに、何ができる?」


 自分でも冷たい声音に少し驚く。

 クリスは俺の声を聞き、身体を少し震えさせた。だが、赤い目には強い意志が宿っており、絶対に退かない、そんな意志が見える。


「剣は満足に振れない。でも、前で戦えなくても、後ろで魔法を使ってなら戦える。最悪、囮になるくらいならできる」


 目を逸らさずにはっきりとそう言った。自分の状態はちゃんと把握できているらしい。


「……」

「はぁ……」


 俺の方が目を逸らして、ため息をついた。オリヴィアを見ると、困ったような顔をしている。たぶん、俺も似たような顔をしているんだろう。


「アルドさん……」


 オリヴィアが、連れてってあげられませんか? と目線で訴えていた。


「解ってる。どうせ、待ってろって言っても、聞かないだろうし」


 クリスがぱっと破顔する。


「それじゃ……!」

「全員で参加する。ただし、クリスは俺の指示に従うこと。戦闘になったら、前線で戦おうとはせず、オリヴィアと後衛に回ること」

「解った!」


 返事だけは良いんだよな……

 方針を決めた俺たちは、ごった返すカウンターで依頼を正式に受けたあと、討伐準備のために、一度ガストン工房に向かった。


◇◆◇◆◇◆


「これは……いったい何だい?」

「何って……竜車?」

「いや、疑問系で言われてもねぇ……それに、これは竜車とは……まぁ、今更かね」


 ガラベラが唖然とした様子で、大きな草食竜を見つめている。竜車、と呼ばれる馬車のような物を牽くのに飼育されている竜で、前世でいうなら、これは牛車のようなものだった。馬車よりも重たい物を運べる上に、その足は人間の徒歩より少し早く進める。

 ずんぐりむっくりで大きな身体、どこか愛嬌のある竜は、今は車を牽いていない。代わりに、全身を大きな鎧のようなもので覆われており、その鎧の横には、コンテナのような物が接続されている。用途としてはまさしくコンテナで、馬車のように車を牽いて居ないのは単純に利便性の問題だ。

 その、竜車もどきが三頭、俺、クリス、オリヴィアがそれぞれ率いていおり、今回の討伐のための武器などを積んでいる。

 兵200名も編成されており、そこに予備兵力として集められた総勢50名程の冒険者たちがいる。

 どの人間もみな緊張した様子で、自分の装備の点検に余念がない。そんな中で、浮いている集団がいた──俺たちである。


「ねぇ、オリヴィア。この長いのって何だっけ? 重いし、積むのにバランスが悪いんだけど……なんかすっごいはみ出してる感じだし…………」

「えっと、それは確か、対大型魔物用のライフルって聞いてますよ……コンテナに横付けしてみますか? あ、クリスさん、そっちにシールドってありましたよね? パイル……? が付いてる奴です」

「あのでっかい盾よね? 杭が付いてるのならあるわ」

「あ、それです! よかった。これでアルドさんが言っていたものは全部みたいですね」


 まず、竜車を準備しているものが、俺たちだけだ。おまけに、そこに積んであるものも普通ではない。さっきからちらちらとこちらを気にしている兵や冒険者たちもいる。絡まれたり、声をかけられたりしないのは、それだけ自分たちの事で手一杯だという事だろう。

 ここに集まる前に、今回兵を指揮するというフェリックスさんの話では、速度を重視するため、荷物は最小限にするらしい。また、魔物相手では、兵が分断される恐れもあるので、荷物は専用の隊で管理せず、個人で管理させる方針なようだ。

 作戦は、完全に物量で押しつぶすつもりの用だった。前面に、ガストン工房製の盾を持たせた重歩兵を配置し、歩兵が足止めしている間に、矢と魔法で一気に勝負を決める腹積もりらしい。

 作戦らしい作戦とは言えないが、作戦を練る時間もない。それは、魔物が居座った場所に原因があった。

 魔物が居座ったのは迷宮入り口付近で、その辺りは濃い魔力が集まり、魔力溜まりという物ができているらしい。その状態で放置していれば、濃い魔力が魔物にどのような影響を及ぼすか解らず、今回兵をぶつけて、最低でも迷宮付近から魔物を引き離す必要があった。

 逆に、引き離しさえできれば、もう一度兵を再編しなおして、万全の状態で戦う事ができる、とも聞いている。


「最低でも撃退できれば良いって聞いたじゃないか。何がそんなに不安なんだ……?」


 俺は、自分自身を納得させるように、小さく呟いた。

 はっきりと、こちらの勝利条件が見えているはずなのに、何か胸の奥につかえるような不安がある。

 初の大規模戦闘なせいだろうか? それとも、もっと別の何か──


「──、っ! アルドってば! 聞いてるの!?」

「うあ!? ご、ごめん。聞いてなかった。何だっけ?」

「もう! こっちは準備終わったって言ってるの! 荷物の点検も終わっり! そっちはどうなの?」


 怒った様子でこちらを睨むクリスと、そんな俺たちを、少し不安げに伺うオリヴィア。一応、リーダーの俺がこんなんじゃだめだな。

 俺は意識を切り替えた。


「あぁ、終わってる。準備は万端って奴かな」


 そうだ、準備は万端、気にする事はない。

 

お読みいただきありがとうございます。


感想返信、遅れておりまして申し訳ありません……!読ませては頂いております。ロボのご意見とかいただけて、なんでフロートの意見がないの!? とか思ったりしてません。ほんとです。



挿絵(By みてみん)


前回のあとがきで言っていたイラストをいただきましたひゃっほい!

ヒロイン「クリス」のラフ絵になります!

三パターンもいただけて、かつどれも可愛いために非常に甲乙付けがたく……!読んでいる皆様にご意見など頂けたらと思います

感想か、下記メールアドレスにこのパターンでしょ!というご意見をいただければ、それを参考に、イラストを作成頂く予定です。


utumiriku@gmail.com


ご意見お待ちしております!

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