第26話「≪依頼(クエスト)≫」
「《依頼》って、何を出すの?」
「簡単に言えば、採取かな」
クリスに小突かれながら、俺はギルドの受付に向かっていた。
もちろん、先ほど話した《依頼》のためである。今回は自分が依頼主として、いくつか依頼を出すつもりだ。
理由は二つ。魔石と魔物の血だ。
魔導炉は完成した、しかし、それを動かす燃料がない。それに、その燃料も、血でなければならないのか? というのもこれから調べなければならない。人間の血と、魔物の血での起動確認はできたが、本当に血でなければならないのか? というのはこれから調べるつもりだ。その前に、魔導甲冑の完成を急ぎたいので、いったんは見送りになるが……
魔石の方は、量産化を視野に入れているためと、どの程度の魔石が、魔導甲冑にちょうどいいのか、調べるためだ。最低でも二頭黒狼くらいの魔石でないといけないのか? もっと小さいのでは? あるいはもっと大きいものに代えたら?
調べたい事はたくさんある。それらを一人でやっていたら、時間がいくらあっても足りない。そのための《依頼》だ。
「いらっしゃい。今日はどんなご用で?」
さっき食堂で分かれた受付嬢──ティアさんが、面倒臭そうにこちらを見ていた。
「今日は《依頼》を出したくて」
「《依頼》を? 珍しい事もあるんだね」
「珍しい……っていうか、初めてかもね」
記憶を探ってみるが、確かにティアさんが驚く程度には、俺は《依頼》を出した事はない。クリスやオリヴィアは、親の使いでたまに《依頼》を
出しているらしいが、俺は出したことはなかった。
「で、どんな《依頼》を出すの?」
「採取かな。欲しいのは、魔石と、魔物の血」
俺の言葉に、素早く羊皮紙と、ペンを取りだしていたティアさんの手が、ぴたりと止まる。
「魔物の血に、魔石……って本気?」
「うん。本気だけど……なんで?」
何かおかしい事をいっただろうか? 確かに魔物の血は普通、捨てるようなものだし、魔石と言えば、Cランク以上の魔物が、たまに体内に持っているものだ。強力な個体ほど、持っている確率は高く、B、Aとあがるにつれて、必ず存在するらしい。
確かに魔石は面倒そうだけど、迷宮区なら、簡単に集まりそうな気がする。
そんな事を伝えると、ティアさんはため息をついて教えてくれた。
「あのねぇ……確かに迷宮区ならそうかもしれないけどね、魔石っていうのは凶悪な魔物が持っているのが普通だし、持っているかも解らないのさ。何匹も倒さないといけないかもしれないのに、報酬が安かったりしたら、依頼を受ける側は、採算とれないんだよ?」
「なるほど」
言われて見ればそうだ。Cランク以上の魔物、といえば熟練のパーティで挑むのが普通だ。昨日、二頭黒狼に苦戦したばかりだが、魔導炉のせいですっかり忘れていた。
「魔物の血は……逆だね。簡単に手に入りすぎる。こんなの出したら、あっという間に受け付けカウンターがいっぱいになるだろうね」
ティアさんが補足するに、魔物の血は、普段は不要で重くなるために捨てられているが、これが金になると解れば、金に困っているパーティなんかが、こぞって集めて来て、混乱が起きるだろうとのこと。
「カウンターいっぱいになるくらいの魔物の血、いる?」
「要らない。多少は多めに……っていったって、100リットルもあれば充分かな」
「……思ったより必要になるんだね」
「ちょっとね」
消耗品だし。燃料だし。燃費も解らないので、多めには欲しい。
「んー解ったけど、そんなに報酬がだせるのかい?」
「もちろん出すよ。魔石は相場通りに。魔物の血は、そうだな魔物の肉より少し安いくらいに設定で、リットル単位で欲しいな。あと、魔物のランクによって、多少買い取り額をかえたい。買い取った魔石、魔物の血は、魔物のランク別に管理して欲しい。……こんなとこかな。と、依頼料はこれね」
と、ティアさんから羊皮紙をひったくって額だけ記入し、返す。
「勝手に……ってこんなに!?」
「もちろん、魔石の額は、二頭黒狼レベルでないと満額払えないから。そこはきちんと説明して受けて貰ってね」
「高い、とは言っても、あの大きさの魔石に、魔物相手……やっぱり冒険者は、命がいくつあっても足りないんだね……ボクならごめんだね」
「まぁ、そこは各自実力と相談して欲しいけどね」
「金に目が眩んだアホが、たくさん集まってくると予想するよ、ボクは……はぁ。これ、ランク制限設けても良いかい?」
「任せるよ。魔物の血の方は……」
「それ、あたしらを指名してくれないかね?」
適当に任せる、とティアさんに言おうとした言葉は、突然割って入った人物に遮られた。黙っていたクリスが、割って入ってきたガラベラに、睨みを入れていたので、知り合いだから、となだめる。昨日は、自己紹介とかはしなかったしな。
「ガラベラさん」
「……まだ発行されていない《依頼》内容の盗み聞きは、マナー違反ですよ。ガラベラさん」
ティアさんが顔をしかめながら、ガラベラをたしなめる。
「すまんね。最初はただ声をかけようと思っただけなんだが……話を聞いてしまってはね。今は金が入り用で、助けて欲しいとこなんだよ」
冗談っぽく両手を合わせているが、目がマジだ。よほど困っているらしい。こちらとしても、直に注文できたり交渉できるので、知り合い、っていうのは別に悪い話ではない。OKしようとするが、一つ思いつく。
「いいですけど、条件があります」
「なんだい?」
「指名依頼として優遇させていただくので、魔石一個の納品を義務づけさせて貰うのと、血に関しては、なるべく多くの種類の魔物の血が欲しいって事です。具体的には、同じランクの魔物の血を最低三種できれば10リットルずるくらいで。それを取れる範囲のランクで、どの魔物から取ったか、という資料と一緒に提出して欲しいです」
「な、なかなか面倒な内容だねぇ……」
「もちろん報酬ははずみますよ」
といって、ティアさんに頼んで、追加報酬、という欄に数字を記入して貰う。ティアさんはため息をついて無言の抗議してきたが、しぶしぶ額を記入。それをガラベラに見せると、目の色を変えた。
「乗った! やらせて貰おうじゃないか。魔石はたくさん手に入れた場合はどうするんだい?」
「最初の魔石も含めて、ランクと魔石の質と相談ですね。割れたりしてたら、買い取りはしますが、屑魔石として、一律で値段設定させてもらおうかと思います」
「わかった」
「……じゃ、依頼主がそうおっしゃっているので、ギルドとしてはそのように《依頼》作成しますよ……まったく。どちらも、今回限りだからね。悪質な場合は、ギルドの使用停止なんかもありえるんだよ」
そう言いながらも、ティアさんは羊皮紙に依頼をまとめ、掲示板に張り出す。目敏い冒険者がそれを目に留め、驚いて仲間を集めたりしていた。
それを見ながら、用が済んだ俺は、ガラベラさんとクリスを引き連れてカウンターを離れる。羊皮紙に目を落としながらも、ひらひらと手を振るティアさんに礼を言いながらその場を後にした。
ギルド入り口まで出ると、ガラベラの仲間である、《鷹の目》のメンバーが集まっていた。
「これからどうするんですか?」
正直なところ、すぐにでも魔物の血集めに行って欲しい……なんて思っていたが、ガラベラは困ったような顔をした。
「魔物狩りに……って言いたいとこだけどね。装備が欲しい。オススメの店があったら教えて欲しいと思っていてねぇ。あたしら、最近ここに来たばっかりで疎くてね」
「なるほど」
良いカモです。とは口にせず、笑顔を浮かべる。
「なら、オススメがありますよ。ついて来てください」
「……アルド、悪い顔してる……」
クリスが小さく何か呟いていたが、俺は無視。
いやいや。この近隣ではクリスの父のお店が一番ですし。俺はそれをオススメしようとしているだけなんですよ。後、お店に関わってる人間としては、ちょっとお店にお礼な感じで試作品とか試して貰おうとか思ってるだけでね?
「で、なんで坊やがそこに居るんだい……?」
「いえ、一応店員ですよ? 俺は」
ガラベラに不審な目を向けられつつも、案内したガストン工房のカウンター内から、俺は《鷹の目》のメンバー達に声をかけている。クリスも抗議の目を向けていたが、諦めてカウンターに座っている。別の客もちらほらといるので、そちらの接客をするようだった。
「本当かよ……」
そう呟いたのは、よく俺に突っかかってくる男だ。だいぶ険はとれたが、ガラベラと一緒に不審そうな目を俺に向けている。
俺は、胡散臭いくらいの良い笑顔を向けながら、
「そっちのあなたは、体力、魔力量に自信がおありですね? では、こちらがオススメですよ」
そういって俺はカウンターの中にしまわれた一本の剣を取り出す。別段、普通のロングソード。しかし、こいつには当然仕掛けを入れてある。
「あぁん? 別に普通のロングソードじゃねぇか? 少し重いな……」
まぁ、色々仕込んでいるので。
「そっちで少し振ってみます? その時、魔力を込めて貰えれば、重い理由なんかも解りますよ」
「へぇー。武器を振れるスペースまであるのかい」
カウンターから見える、素振り用のスペースを案内する。
そこには、試し切り用の丸太人形がおかれている。こういう他の店ではやっていない所も、冒険者には好評であった。職人気質な鍛冶屋が売るなら、割と当たり前なのだが、迷宮都市ともなると、人が増え、客が増える。そうなると、鍛冶屋ではなく、商人が売ったりする。そういう場所では、見た目の良い粗悪品が売られていたりするので、それが買う前からある程度判断できる試し斬りは人気だった。
「魔力を込める、とか言ってたか? ……うぉ!?」
キィィィィ! と甲高い音がし始め、男は危うく、剣を落としそうになった。魔力を込めるのをやめたため、動作音が止まる。
「な、なんだったんだ。今のは……?」
「それが、この剣の特徴なんですよ。まずは、身体強化なし、魔力を流さずに、思いっきりあの丸太に切りつけて見てください」
「あ? それがなんの……」
「良いから、やってみな」
男が何か言い掛けたが、真剣な目で見入っていたガラベラが、それを制する。男は何か言い掛けたが、舌打ちして剣を構える。
堂に入った構え。戦場で磨かれた構えは、正当な剣術、というより喧嘩を思わせるが、隙はない。
「ふんっ!」
男はその状態から、剣を振りかぶって、丸太に切りつけた。
「おお。相変わらずの怪力……」
同じ前衛である仲間の一人が、丸太の惨状を見てそう呟いた。その前衛の言うとおり、男の一撃は、丸太の一番太い胴体を半ば以上切り裂いて止まっている。確かに、すごい一撃だ。俺だったら、同じ条件で、刀身が埋まった辺りで止まる。
「では、次に剣に魔力を込めて、身体強化はなし状態で」
男は、俺が何の反応もしないので、不満そうに睨みつけたが、素直に剣を引き抜く。いや、スゴいと思いますけどね。
構える前に、男が魔力を通すと、また、チィィィィ! という音が響いてきた。ガラベラは、それに目を細める。
男は、少しやりにくそうにしていたが、何度か手応えを確認するように軽く振ると、丸太に向かって切りつけた。
「はっ?」
最初は、手応えを確認するつもりだったのだろう。軽く振ったらしい一撃は、ジャッ! という擦過音を響かせながら、刀身を滑らせ、丸太をあっさりと両断した。
「ちょっと切れすぎるのが難点なんですけどね。通した魔力を鋸切り状にして、刀身で展開してます。その刃をさらに高速で刀身間を移動させているので、対象を一瞬で削り切るんです」
しれっとそんな説明をすると、目を丸くしている男。
「あ、魔力を通した刀身は触らないでくださいね。指くらいだったらあっという間に吹き飛ばす威力があるので」
「そ! そういうのは先に言いやがれ!」
今まさに触ろうとした男が、びっくりして手を止めた。魔力を通してなければ、大丈夫だってば。
しかし、男は気に入ったようで、魔力を通したり、やめたりをしながら刀身に見入っていた。まるで新しい玩具を手にした子供のようだ。
「あれ、俺にも扱えるかい?」
もう一人いた前衛が、同じ物をねだってくる。俺はもちろん、といって同じ剣を取り出して渡した。彼は男に混じって、丸太人形相手に剣を振るい始めた。
「こいつに合う、鎧はあるかい?」
ガラベラが、かなり真剣な様子で、昨日鎧を失った壁役の男を指さしながら、俺に聞いてきた。
「もちろん、とっておきのがありますよ」
俺は、会心の笑みを崩さずにそう答えた。
お待たせしましたー!
最近、新しい小説書き始めました。
http://ncode.syosetu.com/n5954cj/
タイトル:ソードブレイカー
友人たちとの企画で、テーマとキーワードを決めて、作品を書こうって事になりまして。11月30日までの期間内に、どんなもんが書けるか、っていうのをやってます。
検索キーワードで、なろうエッグカップって入れると、参加者が見れる予定(まだみんな上げてないんだ…orz)。
こちらの更新ペースは、取りあえずは週一ペースを守っていきたいと思っておりますので、なにとぞよろしくお願いいたします




