第25話「新しき魔導の技術(わざ)」
売り上げからガストン工房を増設し、俺専用工房として割り当てられた一室で新たな技術が芽吹いた。
魔導炉が、ついに完成したのだ。
といっても、まだ、自分の予想通りにちゃんと動くのか解らないのだが。それを、今から検証しないといけない。
魔導炉は、血液を消費して魔力を生み出す魔力生産機構だ。
「魔物は、どうやってその身の魔力を増やすのか」
考えをまとめるために、あえて口に出す。
自分の中ですでに答えはでていたが、口に出すと、考えがより鮮明になる気がした。
「魔物は、血液と魔石を使用して、魔力へと変換している」
魔石は、魔力を生み出す臓器の一種だ。人間にはあり得ないほどの魔力を一瞬にして生み出せるのは、この器官のおかげだと昨日のオルトロスの戦闘を何度も《解析》魔術と魔力演算領域で戦闘を何度も再現した結果、判明したのだ。
血抜きした際の血液の量少なさや、取り出す際にまるで臓器のように、腹腔の奥深くに存在した魔石の存在位置も、その推測を後押しした。人間でいうところの、結石のようなモノかと思っていたが、そんなのは大きな間違いだった。
「魔物は、魔石を第二の心臓として、魔力を発生、循環させている」
これが、俺の出した結論だ。あとは、それをこの魔導炉によって証明する。
「それじゃ、実験開始といきますか」
誰もいない工房の一室で、自分の作ったモノの前で呟く。ともすれば怪しい人だろうが、関係ない。
親指の先を噛み切り、少し血をにじませる。
魔力の通りの良い、木材を中心にして作られた魔導炉。アクセサリーか何かのように、魔石が簡単にはめられているだけのそれ。
しかし、これには俺がこれまでため込んだ知識と技術をつぎ込んでいる。前世で持っていた科学の知識、技術に、これまでため込んだ魔術の知識、技術それらを合わせた結晶。
俺はそれに、ぽつぽつと滴る血を垂らし、魔導炉の起動スイッチを押仕込んだ。
魔石の変化はゆっくりと現れた。血よりも紅い魔石に、血液が垂らされると、脈打つように魔力が一度、発せられた。
そして、血は、急速に、水が乾いていくように魔石に吸い上げられ、次の瞬間には波打つように魔力が発生する。その魔力に応じて、仕込んでおいた結界魔術が起動する。
魔導炉全体を結界が覆う。簡単な術式だというのに、それを補ってあまりある高純度の魔力が、スペック以上の結界を形成している。
「──ぃよしっ!」
上手くいく、そういう確信に似た思いはあった。
しかし、現実でちゃんと動いているのを見るのは、格別な思いがある。達成感と、充実感。そして、自分の考えが間違っていなかった、そう裏付けが取れた事からくる自信。これだから、ものを作るというのはやめられない。
興奮さめやらぬ状態で、《解析》魔術も使用して魔導炉の状態を確認する。発生した魔力は、台座で精錬され、魔術式から作った回路を循環し、魔術として起動している。
これは、使える。すぐに次の開発に移ろうと、魔導炉を持ち上げようとしたところで、俺は気づいた。
「あれ……これ、どうやって切るんだ……?」
魔導炉全体を覆う結界。
スイッチは、その中。魔力は、新たに生成されてはいない──が、魔導炉は、現在の魔力を循環させることで魔力の拡散を防ぎ、魔術を維持し続けている。すこしづつ魔力は減っているが、今すぐ消える、という事はなさそうだった。
実験成功、おまけに効果も上々。しかし、俺はすぐに次の行動に移したい気持ちに、お預けをくらった。
そのまま30分ほど、魔導炉の稼働データを取りながら、完全停止、結界を維持できなくなるのを眺めていた……
もののついでで稼働データを集めた俺は、完全停止した魔導炉を持って、ガストン工房の最も広い区画へと向かう。
ガストン工房はこの数年で大きさを増し、ちょっとした工場のような広さになり、複数の炉を稼働させ、その炉を、ガストンさんの弟子達が数人掛かりで運用し、武器を作っている。当のガストンさんはというと、弟子の監督をしながら槌を振るって新作を作りあげる事に心血を注いでいる。
最近は特に、俺のうろ覚えの知識から刀を作るのにご執心で、弟子がほったらかしになり、頻繁に足を運び、かつガストンさんと仲のいい俺に、弟子から愚痴を聞かされるようになったりしていた……そこは弟子にまかせて監督に回るとかじゃないんだろうか。普通。本人が楽しそうにしているし、弟子達もなんだかんだ言ってそれでもとガストンさんの下にいるので、俺が突っ込む事ではないんだろうけど。
また、弟子達には俺の方から、魔術式の防具を作って貰っている。魔術を習って貰おうかとも思ったが、魔術が禁術扱いらしいこの国で、どんな罪に問われるかも解らないので、理論など教えず、こっちが提示した通りに作って貰っている。
これは、同じ物作りの人間としては、機械的にさせるようで心苦しいかったのだが、杞憂だった。
弟子たちの方は、やりようによっては、武器や防具も、その性能を変える事ができる、と熱心な者達が中心となって、魔法に頼らない盾や鎧、武器なんかも考案し始めており、何かしら刺激にはなっているようだった。
俺もたまにアイデアを出し合ったりしているので、そういうのは非常に楽しい。
と、そんな事を思い浮かべていると、すぐに目的の区画についた。
一際広い一画は、俺とガストンさん、そして出資者のフェリックスさんのみが入る事が許された一画。
扉に手を触れると、魔術式が一瞬起動し、扉が自動で開く。これは、特定の魔力を持った人間だけが入れるようにした自動ドアで、この技術だけでも、フェリックスさんが血相を変えるほどの技術が使われている。
貴族というのはどうにも危険な役職なようで、この自動ドアは、ガストン工房の他には、フェリックスさんの自宅、俺の家に存在する。
当時は、ガストン工房の防犯のためにあれば……と思ったが、フェリックスさんが何度も俺に言ってくるので、自宅にもついている。
なんでそこまで? と当時は思ったが、ガストン工房製の武具が売れるにつれ、それを聞きつけた貴族や商人たちが、その秘密を明かしてやろうと密偵をおくり込んできて、それを母が毎回容赦なくぼこぼこにするため、最近ではその認識を改めている。仲の良い弟子達にも詳細は話さず、ここにあるモノは一つも公開していない。
「《操り人形》《並列起動》」
いつも、自分の体を操作するのにつかっている《操り人形》を複数同時展開。工房の隅に転がしてあった人型が、のそりと動き出した。
背は俺の半分程度の、ずんぐりむっくりな、どこか騎士然とした容姿の金属人形。前世でいったら、SDサイズのロボット、とか言えば解りやすいだろうか?
それが三体。これは、魔導甲冑を作る際に、サンプルとして作成した魔導人形で、大きさと、中に人間が入らない点を除けば、魔導甲冑と同じ構造をしている。ずんぐりむっくりのデフォルメなのは、スマートにしようと細くすると俺の要求する動作ができないため、体の厚みを増し、最大出力をあげているためだ。
そう。この魔導人形は、初期作品で、現在も現役なのだ。
俺は、ちょこちょこと歩いてきた魔導人形に、魔導炉を渡す。一体がそれを受け取り、残り二体は、大きな荷台を引いてきた。そこには、巨人が横たわっている。
「うっし。じゃあ魔導甲冑製作、最後のつめに取りかかるぞ!」
俺が意気込んで声をあげると、手の空いた2体の魔導人形が歓声をあげるように拳を天に突き上げた。
まぁ、俺がそうさせてるんだけど。情報規制のためとはいえ、1人で作業ってのは、やっぱ地味で寂しいもんだなぁ……
◇◆◇◆
私は街を歩きながら、ちらりと怪我をした自分の左腕を眺め、ため息をついた。
「こんな大事な時に、怪我なんて……」
街に来ていたが、行き先なんて決めていない。自然、歩き慣れた道を進んでしまい、ギルドの前まで来てしまう。
「……依頼、何か見て帰ろうかな」
思わず言い訳じみた事を呟いて、ギルドの建物の中へ。家に帰るという選択肢は選ばなかった。
家には彼が……アルドがいる。気にするな、と言ってくれていたが、普段通りになんていられない。逃げるように出てきたは良いが、結局きたのは、つい先日苦い思いをしたばかりのギルド内部。
何やってるんだろう……私。
依頼を受ける事はできないので、受付の脇をぬけ、食堂となっている区画に向かう。気持ちは上向かないが、お腹は空いていた。何か口にすれば、少しは気が晴れるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、席に着く。
食堂はすでに閑散というほどではないが、まばらに人がいた。時間的には昼を回った頃。普通、依頼は昼間片づけることが多いので、今日この場にいるような冒険者は、日掛けの依頼を片づけ、食事をとっているくたびれた様子の冒険者か、日頃の疲れを酒や食事で癒している者たちだった。
私もそうしようと、ウェイターに声をかけた。
「いらっしゃいませ。ご注文は……なんだ君か」
ウェイターの女性の完璧な営業スマイルは、最後まで完遂されなかった。見知った相手とはいえ、それはどうなんだろうと私は思う。
いつも世話になっている受付嬢──ティアだった。
「私だって食事くらいするわ」
「それはそうだ。しかし、珍しいね。今日は1人かい?」
「別に……いいでしょ。1人だって」
気まずいところを尋ねられ、思わずぶっきらぼうに返してしまう。
ティアは、少し思案するように顎に手を当てると、
「ふむ……少し待っていてくれ」
そういって、何も注文を聞かず、下がってしまった。
「えっ、ちょっと注文……! なんなのよ、もう」
他のウェイターを呼ぼうかとも思ったが、待つように言われた手前、若干の苛立ちを抱えながらも待つことしばし。ティアは食事の乗ったトレイを持って、現れた。何故かトレイは二つある。そして、ティアは受付嬢の制服から、私服へと着替えていた。
「えっと、これは?」
ティアの手から、私の前に置かれた定食を指さし、聞いてみる。
「うん。君の分。これはおごりだよ」
嫌いなものでも、返品は受け付けないけど。そう付け加えながら、彼女は私の前の席に座り、自分の前にも同じ定食をおいた。
「急に、どうして?」
「せっかくだから、休憩につきあって貰おうと思ってね」
なんで、と思ったが聞かないでおくことにした。おごってくれる、といっているなら、水を差す事もない。
ティアはそれっきり黙り、食事に口を付け始めたので、私もいただく事にする。
目の前にあるのは、別名、冒険者定食なんて言われているボリュームのあるメニューの定食。
スープにサラダ、そしてステーキにパン。ちょっと軽く食べたい、というには余りに重い。が、それは冒険者には通用しない。この定食は実はここの食堂では、下から数えた方が早いメニューである。
ステーキはすでに一口サイズに切られていた。あれ、と思いティアのステーキを見てみるが、ティアの方には分厚い一枚のステーキが、ドンと鉄板に乗せられている。どうやら、時間をかけて出てきたのは、料理を着替えと料理の受け取りのほかに、こんな事をしてくれていたらしい。
「ありがと」
「いいから食べなよ。冷めちゃうから」
お礼を言ってもしれっと返されてしまう。ティアは黙々と食事に戻り、私もそれにならって、切り分けられたステーキを口にする。
脂と肉の歯ごたえをしっかりと感じさせながら、舌に乗せると溶けるように解れるステーキに舌鼓を打つ。
それからしばらく、私たちは黙々と食事を済ませ、私は食べ終わってから一息つくために、水差しからカップに水を入れる。
「で、今日はどうしたの? アルドの奴と喧嘩でもしたのかな?」
いきなりそんな事を言われ動揺してしまったわら氏は水差しの水をカップに移せずこぼしてしまった。
「そ、そんな事ないわよ」
そっと差し出された布巾でこぼれた水を拭き取りながら、なるべく平静を装う。ティアは私をのぞき込みながら言った。
「ふ~ん。喧嘩はしなかったと。でも、動揺する程度には何かあったんだ?」
「うぐっ……」
誤魔化そうにも、相手の方が一枚も二枚も上手。今のやり取りだけでも、そうはっきりと感じ取ってしまい、私は押し黙る。
「担当の受付としては、そこんとこ気になるんだけど? 話しづらい内容なら話さなくても良いけど、話してしまえば楽になるようなことだってあるよ」
ティアは、それきり、また黙ってしまい、私は、詰め寄られるよりもプレッシャーを感じた。プレッシャーに負けた、という訳ではないが、誰かに話してしまいたいという思いもあり、怪我をしたこと、それによって、アルドが楽しみにしていた先陣攻略の足を引っ張ってしまった事、そのせいで昨日からアルドに話かけづらくなってしまった事を打ち明ける。
「クリス……君、おバカさんでしょ」
「な、なんでよ! 人が真剣に相談してるのにそう言う事言う!?」
だってねぇ、と前置きして、ティアは私に語り始める。
「確かに、アルドが先陣攻略を楽しみにしてるっていうのは知ってるよ。確か、迷宮核を手に入れるって息巻いてたし。さすがに冗談だろうけど」
すっごい本気でした。私とオリヴィアも迷宮の奥にいるという迷宮主を想定してそれを倒すための訓練を積んでいたし。
「でも、その道が途絶えたからって、諦めるような奴だったかな。彼は」
「えっ」
「彼と付き合いが長い訳じゃないから、絶対とは言わないけど。彼は、ダメだって言われたら、すぐに別の代案を持ってきちゃうようなしたたかな人間だと思うな。ボクは」
「そうかな……」
口で否定してみるが、言われてみれば、彼はそんな感じかもしれない。アルドはいつも、あるもので何とかしようとしている。妥協、というのとは違うのだが、なければ無いで、次の何かを探して、いつも最善と思われる一手を打っていた気がする。
彼がいつも先を歩いているからこそ、その背中に追い付きたかったんじゃなかったんだろうか。私は。怪我をして、少し気分が滅入っていた
「いや、そう、かも」
「答え、出たみたいだね、じゃさ。さっそく聞いてみなよ」
「えぇ!? さ、さすがにそれは無理だよ!」
「んー。でも、本人はこっちに向かってきてるよ」
う、嘘! 私は慌てて、言われた方を見れば。アルドが手を振りながらこちらに来ていた。
「クリス! ギルドに来てたんだ。おはよう。ティアさんもおはようございます」
「うん。おはようアルド。クリス、ボクはそろそろ休憩終わるから。じゃ」
「え、ちょっと、ま……!」
私が引き止めるよりも早く、さっさと二つ分の食器を片付け、ティアは食堂の奥へと消えてしまった。その場に残されたのは、アルドと私。アルドは、私の心の混乱を知ってかしらずか、いつも通り、普通に話しかけてきた。
「あ、ごめん。なんか邪魔しちゃったかな? ティアさんもなんか逃げるみたいに行っちゃったし」
「ううん。たぶん大丈夫……私も、彼女の休憩に付き合ってただけだし。ほんとに仕事に戻るだけだと思う」
「そう? なら、迷惑ついでに≪依頼≫の処理もお願いしてみようかな」
アルドがあまりにいつも通りな事に表紙抜けして、私は何に悩んでたんだろ、と少し馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
「≪依頼≫ってどうするの?」
「うん。ちょっとね。迷宮核の代用になりそうなものが見つかったから、いくつかそれを取って来てもらう≪依頼≫を出そうかなって」
自分で行く時間がないんだよね……とアルドは呟いていたが、私はアルドの言葉に、内心放心気味だった。迷宮核が、なんて? 私はそれじゃ、何に落ち込んでいたの?
「あれ? クリス、どうかしたの? 嬉しそうな、でもなんか怒ってるような変なか、い、痛っ!?」
「何でもないの!」
「いや、そんな筈ないんじゃ」
「何でもないったら!!」
私はアルドの脇を、自由に使える右手で殴りつけ、この恥ずかしいような、ほっとしているような、もどかしい気持ちを誤魔化した。
すみません。お待たせいたしましたー!!!
仕事がようやく落ち着いてまいりましたので、これから週一ペースには戻したいと思います。そこから、できれば最初の2、3日に一回ペースに戻したいなと。
これからもロボ厨をよろしくお願いいたします。




