第23話「双頭黒狼(オルトロス)」
その戦いは、すでに始まっていた。
「ここはあたしらが……」
「迂闊に動かないでください。俺たちはすでに敵の間合いにいますから」
ガラベラの状況が読めていない言葉を、俺は遮った。食い止める、とでも続けたかったか、それとも手を出すなとでも言いたかったか。相手はそんなに弱くない。
「さっきの話、こっちからお願いしても良いですか? 簡単に逃げられる相手じゃなさそうだ」
「な、何を言って……!?」
「あんまり、打ち合わせしている余裕は無いみたいです。……来ますよ!」
そう俺が声をあげるのと同時、森の影から大きな影が飛び出す。ちらりとガラベラ達を見る。まだ、向こうは体勢を整え切れていない。
俺が出て時間を稼ぐべきだな。
「《身体強化》起動」
《神速の足》ではなく、《身体強化》の魔術を即座に起動。魔法での身体強化ではムラがあるので、専用に調整したものだ。速度に特化した《神速の足》のように劇的に効果があるものでは無いが、ムラが無い分、使い勝手が良く、汎用性が高い。
魔術起動と同時に、飛び出した影に打って出る。迎え打つためその影を視界に収めると、改めて大きさが解った。でかい。自分の背丈と変わらない全高をした、四脚の魔物。
一瞬ではそのくらいしか解らず、そこまで解れば後は間合いを計り、放たれた矢のごとく技を放つのみ。
「《三閃》」
敵はすでに、こちらの動きを察知して動き始めている。ならばと俺は、相手の退路を塞ぐように二度、逃げ込む先に一度、剣閃を振るう。
「ギャン!」
「チッ」
魔物の、甲高い悲鳴が聞こえた。
しかし俺は思わず舌打ちするほど不満だった。身体強化して、退路を立つように技を放ち、その通りに相手が動いて、仕留めるために技を放った。しかしそれでも追わせた手傷は、魔物の耳一つ落としただけ。
つまり相手は、こちらを見て動ける程の反応速度、敏捷性を備えている。
「オ、オルトロス……!」
四脚の魔物の耳を一つ落としても、三つ耳が残っていた。なぜなら、その魔物の頭は二つついている。色々異世界と自分に言い聞かせてきたが、常識が揺さぶられるような気がしてならない。
「頭二つ、変わってるな。お前」
「そろそろ手助けして貰ってもいいですか? 1人じゃ手が余りそうです」
軽く言ってみるが、1人では逃げるのも難しい相手だろうと俺は感じていた。相手は自分より力と速度に秀で、おまけに体力でも勝負にならない。長期戦なんて考えられないが、焦って避けられれば、こちらの体力を削って終わるだけ。切実に《鷹の目》の援護がいる。
「……解った。あんたとなら倒せない事もなさそうだしね。子供にばっか
前に立たせるってのも、ウチのやり方じゃないんだ。良いかいやるよ! 野郎共!」
『おう!』
《鷹の目》のメンバー全員がようやく戦意が整い、声を合わせる。
「魔法使いなんかに負けてられねぇ!」
「はいはい。お前は右な。俺は左」
それぞれ剣を構えた《鷹の目》性格が正反対そうな前衛の2人が、勢いよく飛び出す。身体強化しているらしく、瞬発力以上に、力強さを感じる動き。変に踏み込んでは邪魔になると判断した俺は、お手並み拝見と後ろに下がって、2人の動きに集中する。
「おらぁ!」
「こっちだ、化け物!」
男二人で頭一つずつを相手にする。成る程。1人だから気づかなかった。選択肢すら浮かばないと言うことは、俺が常にチームワーク、連携が意識出来てないって事だな。注意しないと。
オルトロスは、左右に分かれた男達に挑発され、それぞれ別方向に進もうとし、お互いの足を引っ張りあう。
「しっ!」
その隙を逃さず、ガラベラが矢を放つ。一度に4本。もはや曲芸だ。矢は吸い込まれるように、二つの頭に向かって飛ぶが、厚く、堅い毛に阻まれ弾かれてしまう
「ちっ……やっぱり矢は利かないかい……!」
ガラベラが舌打ちする。魔力による身体強化があるとは言え、女性では強力な弓が引けないのだろう。それに、こちらに魔力強化がある、という事は、同じ生物でもある向こうにもそれが当てはまる。それでは、いつまでも経っても矢では貫けない。
しかし、ガラベラは諦めてはいないようだった。流れるような動作で、新たな矢をつがえようとする。
「ちっ……!」
ガラベラが、再度舌打ちする。オルトロスは、矢で傷を与えられなかったとはいえ、ガラベラを無視しなかった。いや、自分を殺せないと理解したせいか、標的をガラベラ1人に絞る。
挑発を続ける男二人を無視して跳躍し、ガラベラに迫る。
俺の位置からでは、間に合わない。焦るガラベラの表情が目に入る。俺は、冷や汗が浮かぶのを感じた。
「ふんっ!」
しかし、想像した凄惨なイメージは、厳つい声によって遮られる。壁役の男が、その仕事をきっちりとこなし、ガラベラに危害を加える前に、身体を張って受け止める。
「ぬっ……」
しかし、自分より体格の大きな相手だけあり、どれだけ魔力を込め、踏ん張っても時間稼ぎにしかなりそうにない。おまけに、壁役の男が抑えられたのは、頭一つ。空いたもう片方が、男に襲いかかる。
「ぐっ……!」
鎧に覆われた肩口に食らいつき、バキバキと音を立てて鎧を砕いていく。壁役の男は、それでも仲間を守るため、踏ん張って耐えた。
「俺がいきます!」
前衛二人と、ガラベラにそう叫び、俺は壁役と、オルトロスの側面から駆ける。勢いをつけ、オルトロスの死角から、必殺の一撃をお見舞いする。
「《轟一閃》」
空気を叩ききる轟音をまき散らしながら、白刃は、壁役の男に噛みつくオルトロスの片頭に吸い込まれる。ろくな手応え一つ残さず、斬閃は上から下へ、滑るように流れ落ちる。
「──……!」
オルトロスの片頭は笛の音のような音を、喉だった辺りからもらし、その重たい頭を地に沈めた。残った頭を狂ったように振り回し、オルトロスは壁役の男から離れる。
「やったのかい……!?」
「いえ、止まりそうにないですね」
さすがに伊達に頭が二つあるわけではないらしい。オルトロスは苦痛にうめきながらも、まだ十分な力を持って暴れている。前衛の二人が追いつき、オルトロスを囲んでいるが、自分が巻き込まれ、怪我をしないだけで精一杯らしい。ガラベラも加勢し、矢を放つが、暴れるオルトロスに、小枝を払うように矢が落とされてしまう。
「なんとか、今のをもう一度当てられないかい!?」
ガラベラが俺に向かって叫ぶ。現状、俺だけが致命傷を与えられるは、俺の技だけだからだろう。手傷を与えたとはいえ、《鷹の目》だけでは荷が重いと判断したらしい。いや、手傷を与えたからこそ、かもしれない。
「解りました。任せてください」
そういって、魔力を練る。別に、慢心でも何でもなく、ただ事実としてそう《鷹の目》のメンバー達に伝えた。前衛二人は、暴れるオルトロスに少しずつだが傷をおわされ、壁役の男は、さっきのオルトロスからの一撃のせいで、ガラベラの側にうずくまっている。
オルトロスは、万全状態なら、本来逃げるのも難しい相手だろう。しかし、今は余裕を持って対峙できる。それは、《鷹の目》のメンバーが俺のためにお膳立てしてくれているからに他ならない。
その状態で、きっちり決められないなんて情けない真似、できる訳がなかった。
「グルァァァァ!」
俺が魔力を蓄え始めたことに気づいたオルトロスが、更に暴れ始める。暴れてなお、その目は俺から離れることはなく、向こうも、俺を殺さない限りはここから逃げられないことを理解していると解る。重傷を負い、動きの鈍ったオルトロスなら、逃がさないくらいの手はある。
オルトロスは、その辺りをきちんと理解しているらしく、逃げるためか、はたまた最後の力でこちらを攻撃をするためか、魔力を練り始める。
ある程度は予想していたが、やはり魔力を使う──そこはいい。だが、その魔力量が問題だった。
「ば、化け物め……!」
前衛の方から、そんな呟きが聞こえた。その声には絶望すら滲み、悲壮感が漂っている。気持ちは分かる。俺も、予想を超えて上昇を続ける魔力量に、驚き、額に一筋、汗が流れる。それでも、俺は自分の魔力を練ることに集中しつづけ、揺らさない。平静さを失えば、そこで相手に攻め込まれ、死に至る。魔術を使って相手を探らなくても、それくらい予想できる魔力量。たれ流されている魔物の魔力が、俺の肌を刺し、攻撃の機会を教えてくれる。
「ウォォォォォン!!」
「そう、くるかよ!」
俺は思わずそう叫んだ。
オルトロスが攻撃する機会。それは読めてたが、攻撃方法までは解らなかった。オルトロスは、その身から溢れる魔力を声に乗せ、まるで砲撃のように放ったのだ。
躱そうと身体を動かしかけ、気づく。自分が、避ければ、その攻撃がガラベラと壁役の男を巻き込む。
「《守護盾》!」
起動文言を唱えながら、左腕の腕輪に魔力を流し込む。腕輪に仕込まれた魔術式が、即座に起動し、幾何学模様が俺の正面で像を結ぶ。
盾となったそれが、オルトロスが放った、冗談のような魔力流とぶつかる。
ばじゅぅ! と盾に弾かれた魔力が、地面を蒸発させる勢いでぶつかってくる。自分の後ろ二人はともかくとして、前衛の二人が巻き込まれていないか一瞬気になったが、それに意識を割っているだけの余裕がなく、すぐさま思考の外へ。未だ魔力を練り続けながら、盾が消滅しないよう、腕輪に魔力を流し続け、盾を維持する。
二秒、三秒。体感の時間では数分は耐えた気分だったが、魔力演算領域は正確な刻を俺に教えている。
「グルォォォ!」
オルトロスが、自分の放った咆哮に紛れて俺に牙を向く。しっかりと把握していた俺は、迎え撃つために、これまで溜めに溜めた魔力を用いて技を放つ。
「《轟一閃》」
雷鳴が響く。音を超える、目に見えない速度の斬撃。
しかし、オルトロスは一度見ただけあり、その一撃を警戒しており、見事、《轟一閃》を躱して見せた。
見事、と言うべき動き。そして知性。この魔物は、相手の攻撃を学習するだけの力があった。これが、B級と言われる魔物。俺は、感心すらしていた。
だが、全てを諦めた訳ではない。渾身の一撃は躱された。だが、これはまだ終わりじゃない。俺も、バカみたいに同じ技を使った訳ではない。それを今から教えてやる。
「《静一閃》」
高速の、返しの一刀。最初の太刀、《轟一閃》に隠れるように放たれたその一撃は、先の一撃の余韻があった事もあり、音もなくするりと放たれる。
「ギャ……」
オルトロスが苦しそうな声を漏らしたあと、びたりと動きを止めた。
俺はそれを見て、ゆっくりと刀を納刀する。
「お終い。まさかこっちも使うとは思わなかった」
その言葉を言いきる前に、どうっと大きな音を立てて、オルトロスが倒れた。
《轟一閃》は、威力も申し分ない見せ技だ。相手に一度見せ、警戒させ、あの一撃が来ると困る、という状況を作り出す、いわゆる必殺技。
しかし、《轟一閃》は、それだけに相手に警戒をいだかせ、技を決めるのが難しくなる。そのため、裏となるこの技を作った。
音速の一撃から、音もなく振るわれる、超高速の返しの一刀。速度は轟一閃に一段、二段は劣る。しかし、轟一閃が強力なために、それを防いだ、あるいは凌いだ相手は、少なからず油断する。その油断ごと断ち切る二段構えの技。正直、これまで使うつもりはなかった。
この技は、種が割れたらそれだけ防がれるリスクが高まる。隠しておきたい技だったのだ。手持ちの魔術、剣技でオルトロスを倒すには、《剣技解放》《桜花突き》しかなく、あまり変わった魔術は使いたくなかったため、《轟一閃》を選んだが、返し技を用意して居なければ、やられていた。
「ふぅ……」
オルトロスが倒れ、完全に動かなかくなったところで、俺は構えを解く。警戒は、正直解く気になれなかったので、《探査》の魔術だけは使用しておく。しかし、魔力がごっそりと失われたために、俺は疲労から、足元がふらついた。
「ちっ……」
「……ありがとうございます」
舌打ちをされつつも、前衛の男に支えられる。彼は、最初から俺に絡んできた人だった。少し意外に思いつつも、支えがなければ倒れていたかもしれないので、礼は言っておく。
「あんなもん見せられたら、認めざるえねぇ。お前は大した奴だよ」
「うわっちょっやめてくださいよ!」
頭を脇に抱えられ、がしがしと乱暴に撫でられたあと、解放される。
「あいつが認めるなんて、珍しいこともあるもんだねぇ……」
「そうなんですか」
俺は、解放され、ぼさぼさになった頭をいまいましく思いながら、手櫛で整え、ガラベラに返す。
「ああ。まぁ。それだけの事をやったってこった。大したモンだよ、あんたは!」
ばしっと背を叩かれ、俺は呻いた。
「はぁー……それにしても、試験は失敗かな……」
俺は、落胆のため息を付きながら、そう漏らす。オーガの討伐は、この疲労した身体では重い。時間ももうだいぶないし、野宿はしたくないので、帰るのが賢明だろう。
「そうさね……しかし、こんな危険な魔物が、この辺りには出るのかい? それを伝える義務もあるし、仕方ない事だね」
「そうですね……」
今回の試験には、かなりの意気込みで臨んだだけあって、納得は仕切れない。が、その言葉には賛同できた。
こんな強い魔物は、この近隣にはいない。こいつが一匹だけいただけで、オーガの数が激減するほど被害を被ったのだ。二匹も三匹もいれば、それだけで氾濫並みの被害がでる。流石に、それをギルドが見落としているとも思えなかった。
何か、起こってる気がしてならない。
「に、しても。あんたほんとに魔法使いかい? あたしには、凄腕の剣士だって言われた方が、納得がいくんだがね」
「それは言わないでください。ほんとに」
俺だって、自分が持つ魔法使い、魔術師像とは離れた戦い方に、ちょっと以上に思うところがあるのだ。他人に指摘されるまでもない。
「それより、あいつを回収して帰りましょう。もうくたくたです」
「言われるまでもないね! 野郎ども! 帰り支度をしな! 戦闘でろくに役に立てなかったんだから、獲物を運ぶくらいはしっかりこなすよ!」
俺は、それは恐縮だと伝えたのだが、ガラベラ達はがんと譲らず、結局《鷹の目》のメンバーに甘える形で、街へと戻る。
「アルドさん! クリスさんが……!」
街へと戻った俺を出迎えたのは、焦ったオリヴィアの、クリス負傷の知らせだった。
す、すみません。
今週は遅れてしまいそうだな…なんて思っていたら、自分でも予想以上に執筆時間が取れず……
今週もまた、不定期更新になってしまいそうなのですが、生暖かい目で見守っていただければ幸いです




