第22話「異形の魔物」
は? と思わず俺は声をあげていた。
「パーティですか?」
「そうだ。あんたも、気づいているんだろう? この森の状況に」
言われなくても、森の異変は感じている。
歩いても歩いても、森には動物の気配を感じない。
「その様子だと、気づいているようだね」
「ええ。まぁ……静かだな、とは思いますよ」
視界に入らない、のではない。気配を感じないのだ。
たとえば鳥の声。耳鳴りがするほど静かな森には、時折、風に揺られる木々のざわめきと、自分が発する、呼吸や足音などの音だけが聞こえてくる。
そして、辺りにある戦闘痕。大型の獣の足跡以外にも、気になる点が幾つかある。焼け焦げたような、後と、不自然に抉られた地面。何をどうすれば、こんな後ができるんだろうか。俺の記憶にはない。
「そう。静かすぎる。こんなのは、長いこと冒険者やってるあたいらだって初めてだ。つい先週、この森に入った時は、こんなんじゃなかった。正直なところ、今の森は不気味だね」
「それで、一緒になって原因を探ろうって感じですか?」
「概ねそうだね。森全体がこうだとすれば、これは異常事態だ。別々に分かれて行動したりせず、一緒になった方が万が一の事態が起きたとき、連携が取れた方がいいだろう?」
そこまで見ての判断か。確かに、彼女の提案はこちらとしても助かる。
「それでも、遠慮しておきます。上手く連携が取れるとも思えないので」
「あんだぁ? 俺らの実力に不満でもあるのかよ?」
まだ敵意をむき出した男が、俺を睨む。言い方が悪かったが、別に訂正はしない。その可能性もあるからな。
「いえ。そうではなく。俺はあなた方がどんな連携を取るのか知りませんし、あなた方は、俺がどんな風に戦うか知らないでしょう? 足を引っ張りたくはありませんし、遠慮しておきます」
男が何か言おうとしたが、ガラベラが睨みつけて黙らせる。
「まぁ、その可能性はあるかもしれないがね……そこまで気にする事かい?」
「はい。俺の戦い方は、独特なので。上手く連携取れなければ、敵味方混乱しますよ。ちなみに、俺がどんな戦い方をすると思います?」
「……試してるのかい? そうだねぇ、変わった剣だが、使い慣れているように見える。それに体捌きが独特さね。回避主体の、一撃離脱の剣術ってのがあたしの見立てさね」
おお。すごい。そこまで見るか。手の内晒されたみたいでちょっと悔しい。
「すごいですね。でも、半分正解ってところです。俺は魔法主体なんで、近接はあくまでおまけですよ」
《鷹の目》のメンバーたちが目を見開く。
「嘘ついてんじゃねぇ! 魔法使いが何だってこんなとこにいやがる!」
魔法使いの冒険者はほとんど存在しない。自分が魔法使いだって名乗る奴は、嘘つきか、魔力が少し扱えるだけの、自惚れた素人だ。
俺を怒鳴った男は、前者だと判断したようだ。さっきは魔法を使ったとは言え、身体強化の魔術と、少し変わった使い方をした魔法、《雷声》だけだ。これなら、少しランクの高い冒険者たちなら、無意識にできるレベルのこと。嘘つきだと判断してもおかしくは無い。
「なるほどね、魔法使いだってんなら、あたしらもどう立ち回って良いか解らないねぇ。それに、そんなにあっさりバラすって事は、他にも何か隠してるんじゃないかい?」
「さぁ。それはノーコメントって事で」
ばれてる。ガラベラは、こちらが何を隠しているかまでは解らなくても、こちらが魔法を使う変わり種の剣士、というのが正体ではない事を察している。これが経験の差って奴なんだろうかと、ふと思う。
「ふ~ん。まぁいいさね。冒険者にとって、自分の戦い方は飯の種でもあるからね。無理にとは言わない。最後にもう一度だけ聞くが、1人でも大丈夫なんだね?」
「はい。逃げるくらいなら何とか……!?」
会話の途中で、違和感を覚える。
俺は、《鷹の目》から目を離し、腰を少し落として、右手で軽く鞘を握り込む。
俺が警戒を浮かべ、警告を発するよりも早く、《鷹の目》のメンバーたちも各々の武器を抜き、構える。
そんな時、背後から
どっ
と重たい音が響く。
「っ!」
《鷹の目》メンバー達から息を呑んだ気配を感じる。
が、俺はそちらの方を見なかった。《探査》の魔術で、形状を把握していたし、何より肉眼で見て、動揺したり、隙を見せたりしたく無かった。
俺は、森の一点を睨み、殺気を放つ。
「おいおい。まさか、当たりって事かい?」
ガラベラの震える声が聞こえた。どうやら、彼女は飛んできた物体を見てしまったらしい。
それは、探していた魔物、オーガの首だった。
姿の見せないその「当たり」の魔物は、オーガを殺せるだけの力を持つ魔物。
そして、この場の全員がオーガの首に意識が行っていれば、すぐさま襲ってくるだけの、狡猾さを持つ魔物。
俺が今、殺気を飛ばしながら牽制していなければ、今のタイミングで襲われていたかもしれない。
未知の魔物との戦闘の幕は、静かなまま、切って落とされた。
◇◆◇◆
「ふぅー……」
私──クリスは、一つ息を吐いて呼吸を落ち着けた。自分が、緊張とプレッシャーから、身体を強ばらせている事に気づいたからだ。
私は今、迷宮探索のために試験に臨んでいた。
私の師であり、親友のアルドの母でもある人物が私たちに提示したのはオーガの討伐。そのために、今、オーガの痕跡を追って森に入り込んだ。
恐らく、師匠はパーティでの討伐を想定しているとは思う。でも、私は、個人での試験参加、オーガの討伐をしたいと、一緒にパーティを組んでいる、アルド、オリヴィアに我が儘を言った。
魔法の師でもあるアルドは、何か考えていたようだが、解ったと言ってくれた。オリヴィアは最後まで危険だと反論していたが、自分の考えをこっそりと彼女に考えると、寧ろ賛同してくれた。アルドは少し知りたがったが、彼には秘密だ。
だって、彼の横に並びたいから、なんて理由。彼に言える訳ない。
私は、7年前、アルドに魔法を教えてくれるように頼んだ。しかし、私にはそれほど、魔法の才能はなかった。魔力量は多い。しかし、それを形に成すためのイメージが、弱いのだと、アルドは言っていた。
彼は色々と教えてくれたが、難しすぎて良く解らなかった……私のイメージだと、魔法はばっとやってどかんという感じなんだけど、彼はそうではないらしい。
私としては、これ以上ないくらい、解りやすくかみ砕いた説明だったんだけど……アルドもオリヴィアも首を傾げただけだった。何だか腑に落ちない。
あげく、アルドからは、あまりこうは言いたくないが、恐らく、彼と同じ魔法は使えない、と言われてしまった。彼は非常に悔しそうな顔をしていたが、私はもっとショックを受けた。
その頃、オリヴィアが魔法をめきめき上達させ、アルドと同じ魔法──魔術を使えるようになったと聞いて、さらにショックを受けた。大好きな母のクッキーが、喉を通らなかったくらいだ。
それでも、何かできるようになりたいと、魔法を頑張って覚えていたとき、アルドのお母さん──師匠が、「アルドと一緒に練習してみる?」と声をかけてくれたのだ。
後から聞いたら、魔法の訓練が思うようにいかず、剣を振るアルドの姿を食い入るように見ていた私を見かね、声をかけてくれたらしい。
気分転換のつもりで握った剣。それが、今の私を作っている。
師匠に言わせれば、私には剣の才能があったらしい。
オリヴィアが一つ、魔術を覚える頃に、私も一つ、技を覚える事ができた。魔法とは雲泥の差の進歩。
身体が小さいために、非力だったが、そこは豊富な魔力と技で補うように言われ、訓練した。
だけどそれでも、アルドには追いつけなかった。アルドは私が一週間かけて形にした剣術をたった一目見ただけでものにした。
師匠を疑う訳ではなかったが、自分には、才能が無いのだと思った。少なくとも、アルドの隣に並べるようなモノはもっていないのだと。
それでも、諦めたくなかった。
彼の横に並ぶために、必死になって訓練した。魔術と剣術、分野は違うが、積極的にオリヴィアとも意見を交わして、剣術の中に、魔法を取り入れるようにもなった。
アルドとオリヴィアと三人でパーティを組み、幾つかのクエストをこなした。
強くなったと思う。無力だった自分から、少しは変われたと思う。
その証明がしたい。
強くなった。彼の隣を歩いても良いのだと、誰よりもまず、自分に胸を張って言えるように。そのために、この試験を1人で臨む。
「やってやるわ……」
意気込みを口にし、私は神経を集中する。考え事をしていたが、身体が何かの気配をとらえたのだ。肌で、耳で。まず間違いなく、相手はオーガ。相手は一体。やってやれない事はない。
気持ちの高ぶりに応じるように、魔力が漏れ出す。
「ダメダメ。落ち着け、落ち着け私……」
漏れ出した魔力を、すぐに抑える。師匠からは問題ないと言われているが、オーガは一般的にはパーティ単位で当たるのが普通の、格上の相手。
速度や技術、魔法などで優位に立てるが、それを覆されかねない力と、生命力がある相手だ。全力で当たらなければ、足下を掬われる。
気配を殺しながら、静かに、魔力を練り上げていく。身体の外に、高めた魔力が漏れ出さないように気をつけながら練っていき、気配を感じた方に進んでいく。
見つけた。
声を潜め、オーガの動きを見る。オーガはどうやら、木になっている実を採り、食べているようだ。
食事に夢中で、辺りを警戒していない。警戒していない理由は、彼らオーガが、ここら一帯でもっとも力を持っているせいかもしれないが。どちらにせよ、好都合だ。
認識外からの一撃離脱で決める。
相手は一体、こちらを認識していない。この好機を逃す手はない。相手は格上の存在。しかしそれは、真正面から真っ向勝負をしかけた場合だ。隙をつく事ができれば、敵ではないはず。
オーガを視界に収めながら、風上に立たないよう、相手に見つからないように注意しながら距離を詰める。木の陰、岩の背に隠れながら距離を詰めていき、残り10歩の距離まで詰める。
茂みに隠れ、息を潜め、オーガを観察する。
まだ遠い……が、これ以上は気づかれる恐れがある。ここから一気に間合いを詰めて、仕留める。
距離を詰めるのに障害になりそうなものを視界におさめ、自分が一気に近づき、攻撃を加えるイメージを固める。
オーガが大口をあけ、注意が食事に向いていて、こちらに気付いてもすぐには行動できないタイミングで、隠れていた茂みから飛び出す。
一歩、二歩、三歩。まだ気づかない。
四歩。音が鳴る。オーガがその音に気付いた。
五歩。オーガがこちらを向く。相手がようやくこちらの姿を見つけた。
六歩。オーガが咆哮をあげようと口を開く。遅い。私は残りの距離を詰めるべく、溜め込んだ魔力を爆発的に膨らませ、足に流し込んだ。
身体が急激に加速し、オーガとの距離を食い潰す。
私は距離を数えるのをやめた。そこはすでに、私の間合いだからだ。
「グルォ」
オーガの口から咆哮が漏れ出す。私はその無防備な喉に向かって、刀を振りぬいた。
魔法剣技≪轟一閃≫
鞘に溜め込まれた魔力を使い、刀を加速しながら鞘から弾きだし、その速度を殺さず、全身の連動によって振りぬく。
「ォォっ……」
オーガの咆哮を遮り、雷鳴の如き轟音が響く。轟音を齎したのは私の刀だった。斬線はオーガの首を切り落としただけでは飽き足らず、背後にあった木を斜めに切り裂き、倒した。
遅れたように、オーガの身体から鮮血が飛び、私は慌ててそれを回避。
「あれ?」
余りにあっけない幕切れに、私は思わず首を傾げる。予定通り、イメージ通りに行ったのだが。手ごたえがなさすぎて、これで本当に終わったの? という感じだ。
何か納得がいかないが、これで試験が終わったのなら、問題ない……はず。
「うん。問題ない。問題ない……よね」
不安になったが後はオーガの討伐証明として、首を持ち帰れば終わり。そう思って、気を抜いた。
「グルォッ!」
「……っ!?」
背後から獣の鳴き声。気を抜いていたが、刀を収めていなかった事が幸いした。背後を見る余裕もなく、身体から抜けきっていない魔力を用いて振りぬく。
「ギャイン!」
固い手応えと重い感触。そして、獣の悲鳴。そこでようやく、私はその獣を視界に収める。
「双頭の狼……!」
その獣は、魔物。それも、≪双頭黒狼≫と呼ばれる危険な魔物だった。魔物のランクはCランク。身体の大きさは、全高だけで私の身長程もある巨狼。この魔物は、狼型の魔物の群れを率いる事が多く、群れを率いている場合はBランク相当の危険度にもなる。
オルトロスは頭の一つに傷を負い、こちらの様子を伺っていた。
冷汗が流れる。正面から戦って、勝てるかどうか分からない相手。
逃げるにしても、相手を撃退できなければ、ただ敵に背を向け隙を見せるだけ。私は覚悟を決めて、刀を持つ手に力を込める。
ダンジョンは恐らくもっと危険な場所。そして、アルドの隣を歩くには、これくらいの危機を乗り越えられなければ、きっと並べない。
闘志に火をくべ、魔力を練り上げる。手にした刀は、オルトロスに見せつけるように、ゆっくりと鞘に納める。
「来てみなさい。ただの餌だと思ったら、痛い目見るわよ」
挑発を理解した訳ではないだろうが、オルトロスが二つの頭を振りつつ迫る。
「≪三閃≫」
魔法剣技≪三閃≫
身体強化した全身のしなりを使って鞘走りさせた刀は、≪轟一閃≫ほどではないが、尋常ならざる速度でもって三度振るわれる。
二度避けられ、最後の一度は前脚を捉える。しかし、肉を断ち切った感触はなく、浅い。付近の魔物相手に避けられたことのなかった私の剣技だったが、簡単に躱された事に、動揺する。
「ゥゥゥゥ……!」
でも、動揺していられない。確実に技を決めなければ、ここから逃げる事もかなわない。オルトロスを睨みながら、鞘に魔力を溜めていく。まだ、時間がかかる。
「ルォォッ!」
オルトロスが、二つの頭を交互に振るって、牙による攻撃を仕掛けてくる。かしん、かしんと私が身を躱す度に大きな二つの顎が金属のような音を立てて閉じられる。
応戦するように、私は刀を振るう。基本的な技による牽制。魔法剣技も使わない。
鞘に溜めた魔力は、まだ温存しておく。今日一度使った≪轟一閃≫は、刀に負担をかけるし、何よりパーティメンバー内でも魔力量が自慢の私が、日に三度しか使えない技。それ以上は技にすらならない。
オルトロスの太い前脚を躱す。閉じられるアギトを間一髪で避ける。私は隙を見て刀を振るう。
そんな応戦を二度、三度と繰り返していると、精神がすり減っていき、思考に靄がかかり始める。アルドは、以前オーガを相手にしたとき、こんな辛い中で動いていたのだろうか。心臓が破裂しそうで、呼吸を求め、激しく動く胸が痛い。
「グルルルル!」
ただの餌と侮っていた相手に長引き、業を煮やしたか、オルトロスの気配が変わる。増える魔力が、次に来る攻撃の威力を物語る。
「良いわ。来なさい……! 後悔させてあげる!」
私は、自分を奮い立たせるためにそう叫び、練った魔力を全て、次の一撃につぎ込む事を決める。そうでなければ押し潰される。恐らく一瞬拮抗する事もできない魔力量。
「オォォォォォンッ!」
咆哮。そして、その咆哮そのものが技となったかのような魔力流。ブレス。そんな単語が一瞬頭を過る。
「なっ……!」
咄嗟に、身体を捻って避ける。無理に身体を動かしたために、バランスを大きく崩してしまった。
その隙を、相手が見逃してくれるはずもない。
「グルォッ!」
「くっ……」
私は崩した態勢から≪轟一閃≫を放つ。雷鳴が響く。しかし、それはどこか虚しく聞こえた。オルトロスは、双頭をかがめ、その一撃を躱し、お返しとばかりに前脚を振るう。
「がっ……」
咄嗟に盾のように掲げた鞘はあっさりと砕かれ吹き飛ばされる。ミシミシとなる左腕。痛みは感じないが、堪えがたい熱を感じた。
「くぅ……」
私は木に叩きつけられ、ずるずると崩れ落ち、意識が飛びかける。しかし、痛みに呻いている時間はない。オルトロスは、止めを刺すために動き出している。
「ま、まだよ……≪桜花突き≫!!」
この態勢でも出せる奥の手。二度に渡る≪轟一閃≫に、≪三閃≫で使った魔力はただ散らずに残っている。私は、それを掻き集めて、突き出す。
「ギャウ!」
起死回生の一撃は、半ば避けられた。しかし、全て無駄という訳じゃなく、オルトロスの双頭、出会い頭に傷を負わせた方の頭を穿つ。方頭、片目を貫かれたオルトロスが悲鳴をあげた。
オルトロスは痛みにのたうちながら、傷の無い頭で私をしばらく睨みつけていたが、私が簡単に倒せる相手でないと理解したのか、森の奥へと消えていく。
「助かった、の……?」
私は、オルトロスの姿が消えた後も、しばらく警戒を続け、鞘のなくなった刀を杖のように使い、オーガの首を苦労して回収して、街へと戻った。
すみません。大変に遅れました……お詫び、という訳ではないのですが今回はいつもの1.5倍の長さ。ええ。単にまとめきれなかっただけなんですが……!
また、今週もちょっと執筆のスケジュールが立てられそうになく、不定期更新となってしまいます。申し訳ありません。
P.S.
ついにPV20000、UUが5000超えました!! ご覧になっている皆様のおかげです!ありがとうございます!!




