第21話「試験開始、魔物の影」
「ふん。揃ったようだな」
小馬鹿にするようなギルドマスターの声。それに身を竦ませたのは、一部の冒険者たちだった。ギリギリになってから受付を済ませれば良いだろう──そんな考えだった彼らは、ギルドマスターの温情で、何とか参加を許されている状態で、冒険者同士からは、恥をさらすな、というような視線を飛ばされており、受付の方からは、余計な手間を増やしやがって、という視線が、飛ばされていた。
「先陣試験の内容は依頼書に書かれていた通り、本日この時間から、外壁の門を閉じる夕刻までに、オーガを一頭討伐すること。パーティで先陣参加を希望する者は、パーティの人数分オーガを討伐する事。以上だ」
参加者達は黙って聞いている。内容は、さっき見た通りで、変更はなし。意地の悪い依頼主なら、このタイミングで何か付け加えてくる事もあるが、そういう事は無いようだ。それには安心する。
「あぁ、当然だが、不正は許さん。発覚次第、試験参加はおろか、ギルドランクの剥奪になる。……まぁ、不正をするような輩が、試験を突破できるとも思わんし、その先、生きて居られるとも思わんがな。これで本当に以上だ。質問はあるか? ……なければこれから試験開始とする! 諸君の武運を祈る」
そう言って、ギルドマスターが背を向けるのと、冒険者達が我先にと扉に向かっていくのを見送る。あそこに割いって怪我などするのはバカらしい。しかし、悠長にしている時間はなさそうだ。仮に、この場にいる全員が、オーガを狩る実力があるならば。この当たりには100人近い参加者全員に行き渡る程のオーガは居ない。
それこそ、この近辺を刈り尽くしても難しいだろう。遠くにいけば居るには居るが、そうなると時間が無い。これはなかなか、厳しい試験だな、と今更ながらに思う。
倒せるだけの力量もそうだが、獲物の奪い合いになる。素早く見つける事ができるかどうか、これが肝になりそうだ。
「じゃ、お互い頑張ろう」
「絶対受かって見せるわ」
「資格を取ってお待ちしてますね」
それぞれ、試験に対する自信を見せて、人が減って少し落ち着いたギルドの入り口から、駆けてでていく。俺は東に、クリスは西に、オリヴィアが南に。目標を奪い合いしないために、最初に決めておいた事だ。オーガの行動範囲は、ここ最近、迷宮のおかげかかなり広い。そして、7年前よりも明らかに増えていた。かつてはこの付近では、ゴブリンくらいしか見かけなかったのだ。ただ、それでも全員が試験を通れる程は見たことがない。仮にそれだけの数がいたとすれば、戦争レベルでの戦闘があっただろう。
試験で巣を狩りに行くにはあまりに危険だし、何より距離がある。そんな遠くまで行っては時間内に帰ってこれない。そこまで話し合って、それぞれ別の方向でオーガを探して狩ってくる、そう決めていた。
開かれた門に殺到する人間に混ざり、俺も都市の外に向かって走る。都市の大動脈とも言える大きな通路は、走る冒険者であふれかえっていた。
冒険者達が、石畳を蹴って駆けていく。通行人は驚いて道をあけ、迷惑そうな視線を俺たちに投げかけていた。
俺は、そんな中で、中層グループのパーティの後ろを走る。前を走る冒険者をかき分け進むパーティは、場慣れした感じといい、落ち着いた風格といい、強そうな雰囲気の4人組パーティだった。
外に向かう冒険者たちは、ただ走っていた訳じゃなかった。すでに試験は始まっている。他の試験者の妨害、という形で。
前を走るパーティは、壁役らしい大盾を持った冒険者を先頭に、V字の陣形を組んで進んでいく。壁役が前を塞ぐように走りながら、妨害をしかけようとする他の冒険者たちをブルドーザーのように脇によけていく。脇によけられた、哀れな妨害者たちは、両斜め後ろに控えた、戦士だか剣士のような格好をした冒険者たちに、千切るように投げ捨てられていく。
その後を弓と大量の矢を背負った女性が、ぴったりとついていて、その冒険者たちに守られるように進んでいく。
「ちっ!」
ふと、右側にいる男と目線が合う。俺は前のパーティを完全に露払いとして使っていたため、それに気づいた男が顔をしかめる。
俺に構っている事もできず、前を向き直った男を見れば、男は俺に構う事を諦めたわけではないようだった。
「おらぁ!」
かけ声と共に前を走っていた男が、妨害を行おうとした冒険者の1人を、俺に向かって投げつけた。
投げた、といっても重たい人間。飛んで来たりはせず、石畳を転がって、俺を巻き込むようなコースをとる。
「おっと」
「ちっ」
俺が余裕を持って転がってきた冒険者を躱すと、男はまた舌打ちした。俺の背後を走っていた別の冒険者が、それに巻き込まれて盛大に転んだ。
「やめときな」壁役の後ろを走る女が、仲間の男を諫める。
「雑魚を相手にしてる暇はないんだ」
お。挑発ですか? 買っちゃうよ? その挑発乗っちゃうよ?
俺も、このまま後ろにいるのは芸がないと思っていたところだ。前を走っているパーティには、悪いと思っていたから、都市の外に出たら礼くらいは言おう思ったが、やめる。 さっき転ばせようとしてきたお礼もあるし、たっぷり思い知らせてやろう。
「アプリケーション《神速の足》起動」
門はすでに視界に入って来ている。礼をするなら、門をでる直前がいい。俺は、さっそく最新魔術を起動する。《解析》魔術で走りの効率化を突き詰め、《操り人形》で1ミリ以下の精度で身体を操作。魔力の流れすら、走りに特化させたその魔術を使い、俺は石畳を全力で蹴る。
だんっ!
という自分の蹴った足の音は、すぐそばで聞こえた。上半身は、落ちるように前傾させて、バランスを完全に失って転倒するのを、地を蹴った反動により相殺する。身体はそのまま立てず、地を嘗めるように疾駆する。
「なん……!?」
さっき妨害しようとした男が、俺を見下ろす。音に振り向いたのだろう男は、俺の姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。
俺は少し溜飲が下がる思いだったが、思い知らせたいのはそっちの女性もだ。それに、せっかくだからこの場にいる全員、少し釘付けしてやりたい。
前のパーティまでの距離を、たった三歩で詰め、俺は最後の一歩を踏み切りに、身体を宙に踊らせる。
「なんだい……!?」
自分の上を取った影に驚き、前を走っていたパーティは思わず、足を止める。
すでにこのパーティが最前列だったため、パーティを飛び越えた俺は必然、全ての冒険者の前に着地する。
そこはちょうど門の前。衛兵が驚いて俺の姿を凝視する。俺はそれを無視して、余裕をもって全冒険者を振り返る。
「やる気かい? 坊や」
弓を背負った女が、殺気すら滲ませて問いかける。
「ええ。もちろん」
俺はそれに、肯定で返した。態度で示すように、腰を落とし、腰に下げた太刀の柄に手を添える。これ見よがしに、殺気をまき散らして。
女は驚いた顔をしたが、すぐに弓を構えられるように備える。壁役の男が黙って盾を構え、左右に控える男2人は、1人は怪訝そうにしながら、もう1人は血走った目で俺をにらみ、腰に下げた剣に手をかける。
都市内でのいざこざは御法度。武器を抜くなんて持っての他だ。だが、相手が武器を構えた時に、武器を構えない、平和ぼけした冒険者など居ない。
一色触発の空気は、一瞬で破られる。
俺が、全力で一歩踏み込むと見せると、いよいよもって、パーティのメンバー達は自分の武器を引き抜くべく動き出す。
その一瞬を、俺は待っていた。
「かぁッ!」
魔法、《雷声》。これは魔術ではない。魔力を含んだただの大声。しかし、もたらした結果は、単なる大声、と片づけるには、なかなかそうは行かない内容だった。
今まさに武器を構えようとしていたパーティ達は、圧力を持って襲いかかってきた音に足をすくませる。その後ろから、パーティを追い抜こうとして追いついて来た、無関係の冒険者達が、あまりの音に驚き転倒するか、足を止める。
びりびりと石畳が揺れ、たっぷり数秒の余韻を、その場の冒険者たちが味わっている頃には、俺は都市の外へと飛び出していた。
武器を抜いた、法に触れるような真似をした人間は、あの場にはいなかった。
適当な距離をとってから、俺は走っていたペースをゆっくりに落とし、魔術を止めて、歩きにする。
若干汗はかいていたし、使う必要もないような魔力も使っていたので、少し疲労感はあるが、それでも準備運動を汗をかくくらいしっかりやったという感じで、これから含む本番に、何の支障もない。
「じゃ、さくっと見つけて、さくっと試験を突破しますか」
……そう、思っていた時期もありました。
全然簡単じゃない。そう思った。理由は、何よりも遭遇率の問題だ。居ない。どこにも、草原で見かける事無く、俺は近くの森に、オーガの痕跡らしきものを見つけて追いかけてきたのはいいが、全然いない。気配もない。
いや、痕跡はある。数日前までこの地域にいたであろう足跡など、痕跡は事欠かない。しかし、いない。
そして、
「他の魔物に追いやられた……?」
オーガの足跡を追うと、戦闘痕だけが度々見つかる。相手が魔物、そう断定したのは、大型の四足獣と思われる足跡があるし、木々には大きな爪痕がある。爪一本が俺の小さい拳が入るくらいの大きな疵を残しており、オーガと比べても、遜色無いような大きさをしていると予想できる。
「熊……かな?」
「いや、違うだろうな」
独り言に対して、返事があったが、俺はさほど驚かなかった。《解析》魔術を分解して、動的物体の広域探査と条件に見合う存在の情報収集を専門にした魔術《敵性探査》を起動中だったため、声をかけた人物達が、俺に近づいてきていたのに気づいていたからだ。
「熊じゃないんですか? 森で大きな動物、といえば定番だと思ったんですけど」
オーガが見つからないため、森の、かなり奥まで来ている。そろそろ、大型の動物の気配くらい感じてもいいと思うのだが、それも無い。
「……なんだ。あたし達に気づいてたのか」
「えぇ。別に気配を消してなかったようなので」
声をかけてきた相手に、視線を合わせながら、俺はそっと刀の柄に手をかける。
「で、さっきの仕返しですか? できれば後にしたいんですけど」
「てめぇ……」
さっきの事を余程根に持っているのか、俺を妨害しようとした男が、睨みつけてくる。俺に迫ろうと、一歩足を踏み出した所で、弓を背負った女性が、手で制する。
「いや、そうじゃない。……正直、してやられたとは思っているがね。こっちも損害が無かったんだし、お互い挨拶が済んだってことにしておきたい。
あたし等は、≪鷹の目≫ってパーティでね。あたしがリーダーのガラベラだ」
「ガラベラさん、ですか。ご丁寧にどうも。俺はアルド、≪鬼殺し(オーガキラー)≫なんて呼ばれてるパーティの人間です」
俺がそう名乗ると、≪鷹の目≫のメンバーは驚いたようだった。正直、あまり好きな呼び名ではないが。自分たちでパーティ名は決めておらず、特に不自由がないから、と思っていたら、周囲の人間が、俺の功績からそんな風に呼び始め、それが定着してしまっていた。
「あんたが、≪鬼殺し≫?」
「別に、信じて貰わなくても構いませんよ」
「いや、信じよう。ただの子供に、あんな動きができるとも思わないしね。あんたみたいな子供がそう何人もいるんだとしたら、あたしら冒険者の商売あがったりさ」
そんな軽口を叩いて肩をすくめると、ガラベラは表情を一変させ、真剣な様子で切り出す。
「なぁあんた。一時パーティを組まないかい?」




