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第2話「転生したら異世界でした」

 転生してから、数ヶ月がたった。

 どうやら、自分は一歳を迎えるらしい。らしい、と曖昧なのは、まだ俺がこの世界の言葉を良く理解できておらず、分かる単語と単語を繋いでようやく、誕生日を祝ってくれている、らしいというのが解ったからだった。

 その事を考えると、異世界転生した、と気が付いたのは、生まれてから何ヶ月かたってたんだな。


「だぶー」


 俺はそんな事を考えながら、あてがわれたベビーベットの上で、誕生日プレゼントらしきそれを掴む。

 紅い宝石みたいだ。装飾されており、銀のチェーンが繋いであり、首にかけられるようになっている。なんの意味があって贈られたのかは解らなかったが、両親を見るとそれは大事なものらしい。


「好き? アルド」


 いや、今のはニュアンス的に気に入った? かな? と母の言葉を注意深く聞き取る。アルド、というのは俺の名前だ。最初はこの単語すら何か意味があるのかと考えていたが、ここ最近、どうもそれは自分の名前らしいと気づいた。やっぱ外国語って難しい。あ、ここ異世界だっけ。


「あーぅ!」


 宝石を掲げて、気に入ったよ、と見せようとし、重すぎてそれが適わず振り回す。そんな姿を見ながら、母は笑い、隣に寄り添う父も幸せそうにほほえむ。

 ちなみに父については特に語らない。あえていうなら、リア充爆発しろイケメンが! ってところだ。俺にもその遺伝子が受け継がれてるなら少しは許してやる。今の指の関節もないようなぷくぷくボディでは自分がイケメンかどうかも解らんし。そもこの部屋には鏡ないし。

 しかし、これはほんとに嬉しい。ここ数ヶ月、見えるのは知らない天井(まぁもう俺んちなので諦めるしかないが)を眺めるか、はいはいができるようになった程度で、この部屋の外がまったく解らないし、とにかく暇だったのだ。これで時間がつぶせる!

 それに、異世界だと自覚すると、この宝石も地球にあった物質とは別の物質かもしれない。そう思うとワクワクするな。もし違うと仮定するなら何かな? ルビーっぽく見えるけど。加工技術も気になる。結構綺麗な楕円形だ。どうやって加工するんだ? やっぱ手で研磨するのかな。


「あぃー」

「気に入ったみたいね」

「そうみたいだね」


 俺の思考は口から漏れていたが、それは言葉にはならず、両親はそれを、俺が気に入った、と解釈したらしい。あってるけど。

 しかし、見れば見るほど綺麗だ。紅く、透き通るようなそれを両手で持ち、うっとりと眺める。そして、その次の瞬間には。


「だ、だめ!」

「こ、こら!」


 宝石を口に含んだ。両親はそれを見て、慌てて俺から宝石を取り上げる。


「あぶぅ! あだぁ! あぶぁ!(あぁ! これはただの興味で! 飲み込まないから!)」


 俺は当然抗議したが、この未熟な声帯と舌はまともな言葉を発せず、意味のないものになってしまう。当然両親は俺の抗議を受け入れず、宝石を取り上げ、俺の手の届かない棚の上においた。


「あー! あー!」


 俺はその後も、あれは誤飲を招くような行動ではなく、単純な興味として口に含んだだけで、飲み込む意志はなかったのだと主張したが、伝わらず。抱き抱えられて、母にめっとされて終わった。


 あぁ、俺の宝石おもちゃ……良い暇つぶしになると思ったのに。俺は、意気消沈してうなだれた。


 ベッドに戻されたあと、おねむになった俺は、まどろみの中で夢を見た。そこは、この世界のベビーベットで、俺のベットの側にある棚で、一人の少女がいる。


『ばっちぃ……赤ちゃんの涎……ばっちぃ』


 やけにリアルな夢……つかこれ夢じゃねーわ。俺が現実逃避してただけだわ。銀髪のツインテールに、金の瞳をした12、3歳くらいの少女がいる。服装はフリルのついたワンピースで、所々にリボンが装飾されており、少女に似合っていてかわいらしい。

 その西洋人形を思わせるような、端正な顔立ちの少女は、無表情に宝石を持ち上げ、ベットにあった俺の掛け布で拭いている。地味に寒いよ。今季節は春先っぽいんだけども。

 そして、ここが一番肝心なところなんだが、少女は少し浮いている。

 あぁ、浮いてる。大事な事だから二回言っとく。見間違えかと思って二度見して、瞬きしてみたが完全に浮いてる。伸ばしきったつま先は地面についておらず、ゆらりゆらりと揺れている。

 その時、俺は一つの結論を見出した。


「ぶぎゃ、ぶげゃぁああああ!(幽霊じゃねぇか! もうやだ異世界!)」


 現代科学信仰の俺には、ショッキング過ぎる事実。俺はこの世界に来て二度目のぎゃん泣きを敢行した。

 両親がどたどたと近づいてくる足音を聞きながら、俺は全力の絶叫に体力を使い疲れ、程良い疲労に任せるように、意識を手放した。



 ちなみに、ぎゃん泣きをして以来、幽霊少女は俺の存在に気づいたようだ。正確には、俺が彼女を認識できる、という事に気づいたようで、何が面白いのかベビーベットの周囲をふわふわ漂っている。


『ぷくく。あほ面。赤ちゃんあほ面』


 そしてすげー腹が立つ奴である。最初の数日こそ取り憑かれたのかとびくびくしていたが、幽霊少女は無表情なだけで饒舌で、いろいろと話しかけてくる。暇つぶしとしては申し分の無い相手なのだが、声帯が発達しておらず、言葉も中途半端にしか解らない俺には、意志疎通できず言われたい放題。

 掴んで引きずり降ろしてやる! と意気込んで両手をあげる。


「あぅー! うぁおー!」


 俺の気合いが、思わず口をつく。幽霊少女はくすくすと笑い(と言っても口でくすくす言ってるだけで表情は動かないんだが)俺の手が届きそうで届かない位置をふらふら漂っている。


『むだ。赤ちゃんむだだよ』


 腹立つ──! 人の事赤ちゃん赤ちゃん言いやがって! 俺の名前はアルドだっての! 怒りが頂点になって、そう強く思うと、少女の動きがぴたりと止まった。


『アルド? 赤ちゃんの名前?』


 あれ。なんか俺の思考が伝わったっぽい。もしかして、意志疎通可能? 両親が幽霊少女の姿を認識しておらず、言葉も聞こえていない事は解っていたが、俺の言葉は聞こえるんだろうか。


『赤ちゃんもう一回。名前教えて?』


 幽霊少女が初めて、俺を認識して話しかけてくる。今までは独り言レベルだったからな。俺は嬉しくなって手をばたばたさせながら、あぅーうぉーと自分の名前を繰り返した。


『?』


 が、幽霊少女には伝わらなかったらしい。小首を傾げる仕草が似合いすぎて、憎たらしい。

 しかし、なんでだ? さっきは伝わったみたいなのに。もう一度、挑戦してみる。さっき伝わった時の状況を思い出しながら。それと、言葉はまだ理解しきれてないので、なるべく簡単な言葉を選ぶ。


『アルド! 俺、アルド!』


 幽霊少女が顔をしかめた。どうやら伝わったらしい。しかし、なんで顔をしかめるのか。


『わかった。アルド、ちょっとうるさい。思念こえ小さくして』


 と、言われた。思念? 小さくってどうするんだろう。今度は俺が首を傾げる。


『ふぅん。アルド、私の言葉は理解はしてる。けど、方法が解らない?』


 幽霊少女の言葉に、俺はうなずく。すると、驚くように目を見開いた。


『これは異常。……でも面白いから良い』


 まぁ、通常仕様ではない事は認めるわ。俺転生者だし。元異世界人だし。


『もっとお話しよ? 私がいろいろ教えてあげる』


 幽霊少女が両手を広げ、俺の顔を包む。触れられた感触はしなかったが、ひんやりとした空気を感じた。 

 うん。それはありがたいな! けど、それは明日以降だ。すごく眠い。


『アルド、もうおねむ? 起きたらいっぱいお話しよう』


 幽霊少女が何か言っている。やっぱり、人寂しいのかな……。




『違う違う。もっと魔力の流れを感じないと』

「あぅー……(そうは言ってもなぁ……)」


 幽霊少女に話かけられるようになって数日、俺は彼女──アリシアから魔力の扱いを習っていた。本当は会話したかったのだが、彼女と話すには、念話という特殊な技術が要るらしい。その収得に、魔力が必要になるために、先にそれを習おう、という事になった。

 そう。魔力だ。地球になかった不思議エネルギー。魔力を感じろ! とか言われても、地球で気を感じるんだ! とか言われるくらい無茶を言われている気がする。

 今は、ベビーベッドに足を投げ出して座りながら、アリシアが宿っているらしい宝石に向かって魔力を飛ばし、それを手元まで動かそうとしているところだった。

 いわゆるサイコキネシスって奴だろうか。魔力はきちんとコントロールすれば、魔術と呼ばれるような物でなくても、世界に干渉できるらしい。地球で証明されたなら、ポルターガイストとかラップ音とかが全部、魔力の一言で片づきそうだな。ここには魔力が滞っておる! とかインチキ霊媒師みたいな人がいってそう。


『集中してない。アルド、集中しなさい』


 むにゅーっと頬を引っ張られて、俺は妄想から現実に引き戻される。引っ張られた、といってもアリシアは実体の無い幽霊。当然、引っ張ったのは魔力だ。

 正確には、アリシアは幽霊ではなく残留思念らしいのだが、宝石に蓄えた魔力を使用して、半実体化しているらしい。半実体といっても姿が人に見えない(父と母は見えていないようだった)のは、実体に使う魔力が非常に微量で、魔力の波長が合う人間でないと見えないかららしい。


『魔力の波長はあってる。だから、宝石なら媒体にしやすいはず。宝石を起点に、魔力を集めて、物質に干渉するの』


 というのが、今行ってる内容だ。アリシアさんマジスパルタ。俺は朝からずっとこの調子である。暇がつぶせるし、魔力というのに興味もあるのだが、いかんせん魔力が感じられないために、どうしても上手くいかない。

 魔力とか、全然解らないんだよな。科学マンセーな地球じゃ、そんな不思議パワーはインチキ番組でしか見たことないし。どちらかと言えば、インチキなんじゃねーの? って意識が強い。

 だが、俺も科学者の端くれ。目の前に実物がある以上、否定しては意味がない。これを解明し、自分の役に立ててこそだろう。

 よし。なら、検証だ。自分の体を使ってこの魔力って奴を実験してやる! その次は魔術!


「あぅ~!」


『! そうそう。良い感じ』


 横でアリシアが何か言っているが、聞こえなくなるほどに集中し始める。イメージするのは、古いアニメにあった、魔砲少女なアニメだ。

 確か、あのアニメでは周囲に漂っていた魔力を集めて放っていた気がする。うろ覚えだが。自分の魔力が云々、というよりは、周囲の空気ごと、その魔力って奴が集まって玉になるほうがイメージしやすい。

 よし。と俺は気合いを入れ直し、両手を広げ、前に突き出す。そして、その先に、魔力とやらが集まるイメージを作り上げた。鮮やかなライトエフェクトを生み出しながら、魔力が嵐のように渦巻き、球となる。

 おお! なんか良い感じだぞ! 高まってきた! イメージ通り、光が集まる。それは圧力を高めながら、乱回転していく。


『す、ストップ!』

「あだぁ!?」


 限界まで力の高まりを感じたところで、魔力の流れが唐突に自分の制御を離れた。離れた魔力は荒々しく渦を巻いて、ベビーベッドの掛け布を巻き上げる程の風をおこす。制御を離れた自分の魔力に、俺は冷や汗をかく。これはまずい、そう本能が叫び出す。

 自分の許容量を超えた現象に、俺はただ目を閉じることしかできなかった。

 一秒、二秒。ぎゅっと目を閉じているから、何も解らない。音は止み、辺りは静か。気配を読む、なんて漫画みたいな真似はできないから、自分が今どうなっているのかも解らない。

 怖くて目をつぶったが、目をつぶっていることが怖くなって、俺はゆっくり目を開けた。

 思わず安堵のため息が漏れる。目を開ければ、そこは見慣れた部屋だった。魔力が起こした風のせいか、少し散らかってはいる。しかし、それだけだ。身体に異常もない。


『アルド、やりすぎ』

「あだぁ!」


 額に軽い衝撃を受けて、俺は涙目になった。


『物を動かすのにそんなに魔力は要らない。今のは、私が魔力を霧散させなければ、大事故になってた』


 かもしれない。俺もそれくらいの恐怖を覚えた。俺は素直に反省の意を示した。


『それに、そんなに一気に魔力を使ったら、枯渇して大変な事になる。最悪死ぬ。……アルド、体調は?』


 説教モードで饒舌だったアリシアが、トーンを変えて俺を心配してくる。相変わらずの無表情だったが、アリシア表情読歴数日の俺でも、彼女が本気で心配してくれているのが解った。


『大丈夫』


 だから、俺は念話を使って大丈夫だと伝える。これを覚えるために魔力を動かせるようになろうとしてるんだが、魔力の扱いよりも、まだ何となく念話の方が難易度が低く感じている。しかし、一言だけでもものスゴく疲れる。カラオケで全力歌唱したよりも辛い感じだ。


 あれ? そうなると、さっき集めた魔力は、なんで疲れなかったんだ?

 念動って奴はスゴい燃費良いのだろうか。


『ほんとに? 嘘ついてない?』


 俺の思考は、ずいっと寄ってきたアリシアに遮られた。もう少しで、何か解る気がしたんだが。


『うん。ほんとう。でも、眠くなってきた……』

『……そう。ゆっくり休むといい』 


 少しだけ、アリシアが寂しそうな顔をした気がする。表情が動かないから解りづらいが。俺は、アリシアともっと喋れるように、念話を練習しよう、と心に決めて、眠気に身を任せた。

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