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第17話「魔導甲冑」

「坊主……こいつは、いったい何なんだ?」

「そうですね……あえて名付けるなら、魔導甲冑、というものでしょうか」


 俺は、モニター代わりにしている魔力を薄く広げる。

 すると、ガストンさんの前に、鎧のような、しかし、どこか面差しが違うものが映し出されている。

 これを前世にいた人間がみたら、十中八九こう答えるだろう。ロボット、と。


「これは、鎧にパワーアシストを付けて、装着者の力を補助、あるいは増加させるための機構を付けたものです」

「装着者の力を増加……!? そんな事ができるのか!?」

「確実に、という訳ではないです。そう出来る可能性がある、とだけ。実際にできるかどうか、モノを作る必要があるので、その実験の手伝いをお願いしたいんです」

「ふーむ」


 ガストンさんはそう言って押し黙る。断られたらどうしようか? ネガティブな考えが頭を過ぎるが、元々、一人で一から全部やろうとしていたんだ。前に戻るだけだ、問題ないと言い聞かせる。

 一人だと時間がかかるが、ガストンさんのような、鍛冶の知識や、経験のある人に手伝って貰って、意見を聞いた方が、後々早いのと、発展性が見込めると、俺は考えている。

 一人で出来る事には、限りがある──それは、この前のオーガ戦で、嫌と言うほど経験もしていたし。


「……」


 押し黙るガストンさんに、俺は知らず、生唾を飲み込んでいた。自分が考えた内容を、人に見て貰うのは、魔物相手をするのとは、別種の緊張感があった。


「うむ。わしが力になれるのなら、手伝おう」

「や、やってくれるんですか!?」


 自分でも、半信半疑だったために、思わずそんな風に聞いてしまう。ガストンさんは、そんな俺に苦笑を浮かべる。


「もちろん、坊主の言葉を鵜呑みにした訳じゃない。だがな、お前さんはオーガを前に見たこともねぇ魔法を使って、互角にまで戦ったんだ。そんなお前さんなら、俺に理解できないような何かでも、やり遂げちまえるんじゃねぇかと思ってな」


 そう言って、少し言葉を区切ってから、ガストンさんは、がははは! と笑う。


「まぁ、簡単に言やぁ、お前さんを信じるってこった。そんなんで、よろしく頼む!」

「……ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします!」


 俺は、そういって勢いよく頭を下げる。ガストンさんはくすぐったそうに笑った。


「まだ、実際に作業をお願いするのは先になりますが、その前に、一度サンプルをお見せします」

「さんぷる?」

「あ、えっと……実際、こういう風に動かす模型と言いますか、完成は大きなものなので、小さいもので作って、完成イメージを固めて、それを共有したいんです」

「ふぅむ? よく解らんが、坊主の好きなようにやってくれぃ! 俺はお前さんの言われた通りに作ってやる!」


 うん。頼もしいけど、解ってないな。早くサンプルを作ってしまおう。

 俺は、その後も少しガストンさんと魔導甲冑について話した後、解散となった。


「それでは、ガストンさん、またお伺いします。その時は、きっとサンプルをお持ちしますので」

「おう! 楽しみにしてる」


 俺は、玄関先でそうガストンさんに挨拶して、少し迷う。

 玄関先には、ガストンさん、俺、クリス、クリス母がいる。クリスはクリス母の後ろに隠れるようにしており、ガストンさんをばか呼ばわりしてから、しゃべっていない。

 彼女は何か喋りたがっていたはずだが、タイミングを逃してしまい、拗ねてしまったようだ。

 今日は聞けそうにないな。


「じゃ、今日はありがとうございました。これで失礼しま──」

「ちょいと坊や。待ってくれないかい?」


 クリス母が、俺の言葉を遮って、自分の腰にひっついていたクリスを引きはがし、クリスを俺の前に差し出した。


「さ、坊やに言いたい事があるんだろう? ちゃんと言ってきな!」


 クリス母に、押し出されたクリスは、ちょっとつんのめりながら、俺の前に一歩でる。すると、しおれていた彼女は、何かを決意したように、キッと目をつり上げる。


「アルド! 私に魔法を教えて!」

「えっ?」


 急な申し出に、俺は困惑する。俺の困惑を余所に、クリスは続ける。


「私……あの時、怯えてるだけだった! そんなのはもう嫌なの! お父さんやお母さんを守りたいの! それに、アルドを、守りたいの……」


 最後の方は、つっかえつっかえな上に、ごにょごにょと口ごもり、よく聞こえなかった。けど、そうか。クリスも、強くなりたいと思っていたのか。


「だから、私に魔法を教えてください!」


 ばっとクリスは頭をさげる。堅く手を握った彼女は、俺に断られる事を考えているのか、緊張している。


「坊や、魔法使いに、こんな都合の良いお願いなんて、ほんとはしないべきなんだろうけど……あたしからも、お願いできないかね?」


 俺の沈黙をどう取ったのか、クリス母にもそう頭をさげられた。俺は焦って、二人に顔をあげるようにお願いして、弁明する。


「あ、ち、違うんです。ダメじゃなくて。俺なんかの魔法でよかったのかなって」

「アルドのが良いの!」


 クリスが即答する。

 俺の厳密に言えば、魔法じゃないからなぁ……かつては禁忌とまで言われたらしい魔術。おいそれと教えて良いのか悩む。


「だめ、なの……?」


 クリスが瞳を潤ませ、声を詰まらせながらこちらを伺う。

 俺は、うっ、と息を詰まらせた。別に、悪い事をした訳でもないのに、罪悪感に襲われる。


「……解った。どこまで教えられるか解らないけど、教えてあげる」


 禁術と言われた魔術を教えるかどうかは、クリスが大きくなったとき、本人と相談する。俺は結局、問題を先送りにすることで事態の解決を計った。

 頑張れ、未来の俺! お前ならきっとできるさ! ……結局自分がやることは、変わらないのが憂鬱ではある。

 じゃ、明日から、魔法を教えてあげるから、とクリスと約束を交わして、俺はガストン工房を後にした。

 身体もずいぶん軽くなり、気持ちの方もだいぶ良くなった俺は、家に向かって歩き出す。

 ふと、玄関の扉に手をかけた所で、親に黙って出てきた事を思い出す。


「怒られる、よな……?」


 あれだけ泣くほど心配してくれた両親である。怪我は治ったとはいえ、病み上がり。そこで黙って出てくれば、怒られるなんて事は容易に想像できる。


「! 親が気づく前に、部屋に戻れれば、アリバイを証明ごりおしできるかもしれない」


 アリシアが居れば「いや。無理」とでも言われそうだったが、突っ込みを入れてくれる人間はここには居ない。冷静な頭なら、こんな穴だらけの答えを出すことも無かったかもしれないが、病み上がりで少なからず疲れているせいか、気づかなかった。

 別に、母を恐れて、焦っていたなんて事は無いはずだ。

 俺は、某スニーキングミッションの動きを、《マリオネット》で再現する。扉を音を立てずに半分ほど開いて身体を潜り込ませ、家に侵入。内側からそっと扉を閉じる。

 そして、すぐさま《解析》の魔術を薄く広く展開して、両親の居場所を確認する。両親は居間に居り、どうやら一人の客に接客中らしい。


 チャンスだ! 今のうちに部屋に入り、ベッドの中に入る!


 俺は《マリオネット》の魔術を使用したまま、そっと廊下を進む。一番危険度が高いのは、居間に繋がる廊下。そこを通らねば部屋へと戻る事はできない。

 居間に繋がる場所には、扉はない。

 そこが最も危険な場所だ。しかし、そこを無事抜けさえ行けば、後は障害は無い。玄関の扉を開けたように、部屋の扉をあけて、侵入するだけ。

 俺は、祈るような気持ちで、居間の前まで近づき、中の様子を確認する。《解析》魔術で大まかな方向などは解っているが、それでも確認したくなるのが人のサガ。それに、来客も気になる。

 さっと顔だけ居間の方にだして、姿を確認したらまた隠れる……そのつもりで、顔を出したその時。


「おかえり。アルド」


 ちょうどいいタイミングで振り返った父と目があった。

 振り返った父は、椅子に座っている。父の定位置だ。母はその隣。来客は、その向こう側に座っているようで、姿が見えない。

 そこまで一瞬で思考し、俺は逃げる算段を考える。ここまで来て、謝る、という殊勝な選択肢は生まれなかった。

 母が、父の言葉に、ばっと振り返る。ちらりと見えたその顔は、なんというかその、夜叉とか、妖魔とかいう言葉が浮かぶ凄まじい形相で、俺はビビる気持ちを何とか押さえる。

 まずは、逃げるのが先──、とそこまで考えた所で母の姿がブレ、椅子から消える。

 はっ? と疑問に感じるより早く、俺の身体は、宙に浮かされていた。

脇の下には誰かの腕が通され、反抗できないように無力化される。


「わっ……?」

「おかえり、アルドちゃん。今はお客さんがいるから、後でゆっくり、お母さんとお話しましょうね?」


 いつもと変わらぬ、いや、いつも以上に優しく聞こえる母の声。さっきの形相をみた後では、俺は顔を動かし、母の表情を確かめる勇気はなかった。はい……と小さく返事をし、せめて、父は同席してくれないかと、助けを求めるように父に視線をやる。


「アルド、後でちゃんと、お母さんに話すんだよ」


 と、優しくお言葉をいただく。父はどうやら、顔にはでないが、大変ご立腹らしい。実は母より怒らせると怖いのかもしれない。

 俺は完全に観念して、母に抱かれたまま、父の隣までつれてこられる。母は俺を抱えたまま椅子に座り、俺を膝の上に載せた。

 ここまでくれば、来客の顔も見える。面白い見せ物をみた、というような顔をしているのは、見知った人物だった。


「えっと、こんな格好のまま失礼いたします。お久しぶりです、フェリックス様」


 俺がそう、フェリックスさんに挨拶すると、かの御仁はくくく、と笑って見せた。挨拶におかしなところがあったかと、俺は少し不安になる。前は、オーガを相手にしていた時だったし、思わずさん付けて呼んでしまったが、相手は貴族だし、今回はちゃんと様付けして、敬語なんだけど。


「うむ。立派な挨拶だな。これはきちんと返礼せねばな。……私は、フェリックス・キャニオンという。ちゃんと挨拶できたのは、これが初めてだな。アルド君」

「いえ、こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ありません。オーガ戦の時のお礼もありましたし、普通であれば、私の方から出向くべきだったと思います」


 そこまで返答して、フェリックスさんは堪えきれない、といった様子で笑いだした。俺は困惑した様子で両親たちを見るが、両親たちはなんというか、諦めたような顔をしていただけだった。


「く、くくく! いや、ほんとに大したものだな! 5歳児でこれほどまできちんと挨拶できるとは!」


 フェリックスさんはひとしきり笑い、俺たちは黙って落ち着くのを待った。


「いや、すまん。あの「剣姫」の息子が、こうもしっかりしているとな。あのお転婆で、冒険者の中では「荒くれ姫」と──」

「んんっキャニオン様、他にお話があったのではないでしょうか?」


 母が咳払いと、オーガに匹敵するほどの威圧を放つ。すぐさま逃げたい気持ちに駆られたが、たおやかなこの腕に、どこにそんな力があるんだろうという勢いで俺は母の膝に固定されており、どうする事もできない。

 フェリックスさんは、身体を強ばらせ、母の威圧に屈したように何度も頷く。なんだか慣れたようなこのやり取りに、母は昔、何をしていたんだろうと無性に気になる。

 

「そ、そうだな! いや、実はな、私の方が君にお礼を言いたくて、足を運ばせてもらったんだよ」


 んん? お礼。何かあっただろうか。オーガ戦では確かにお世話になったが、あれはどちらかと言うとこちらがお世話になった気がする。わざわざ向こうが出向いてくるような事ではない、ような気がする。


「解らない、という顔だな。言ったろう、娘が世話になっていると。あの日、オリヴィアを避難させてくれた礼がまだでね。ありがとう。……娘の姿が無かった時は、貴族の義務を放り出して探しに行こうと思った程だ」


 そういえば、オリヴィアと一緒にクリスを連れて、避難したんだった。あの時はオリヴィアがいたからすんなり入れた。……やっぱり、俺の方が世話になっている気がするが。

 そんな俺の考えが読めた訳ではなかろうが、俺がお礼を素直に受けとれていないことは伝わったらしく、フェリックスさんは苦笑する。


「それに、君は街を救った英雄だ。足を運ぶのは当然だろう?」


 そう言われて、くすぐったいというか、ちょっともどかしい気持ちになる。俺は英雄だなんて立派なもんじゃないのに。そう思っていると、母が優しく頭を撫でてくれた。

 母の手の感触に、心を解されるような心地良さを覚えたが、次の母の言葉と、フェリックスさんの言葉に、俺は冷水をかけらたような気分になった。


「ほんとは、それも建前なんでしょう?」

「……まぁ、な。今回、アルド君には巻き込んでしまった負い目があるし、事件の真相を話しておこうと思ってね」


 事件の、真相?

 オーガや、ゴブリンがあふれ出たのは、《魔物の氾濫》と呼ばれる現象だとは、クリス母に、お茶を貰いながら聞いた。あれは、数年から、数十年に一回ある、災害のようなものだと。

 だから、どうしようもない事なんだと、そう言われ、そう思いこもうと思ったのに。

 フェリックスさんの言葉に、俺の心は、荒れた海のように、感情が渦巻き始めていた。

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