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第15話「決着、そして別れ」

 それは、一歩間違えば即死の、まさしく死闘だった。

 オーガの攻撃は、魔術で強化し、盾の機能を十全に発揮した状態でも、身体の芯にずしりと響き、ダメージと疲労を蓄積させる。

 俺は二撃目以降の攻撃を受けまいと、回避に専念する。

 オーガの一挙手一投足を《解析》魔術で追い、安全圏を算出する。その安全圏に素早く身を滑り込ませ、敵の攻撃をやり過ごし、時には盾を使って、敵の攻撃を防ぎ、自分を無視して魔法陣に踏み込もうとした時は、魔力にモノを言わせて盾を使った体当たりで押し返す。


「子供に先陣を立たせる訳にはいかん! 皆の者、私に続け!」


 俺の戦いを見ていたオリヴィア父が、そう声をあげ、志気が折れ掛かっていた衛兵たちを、再びまとめあげる。オーガが開けた穴から、わき出るゴブリンを処理しながら、オリヴィア父は、俺と一緒にオーガを相手取る。


「子供扱いしておくには惜しい存在だな、君は! 名は!?」

「アルド、です!」

「私は、フェリックス、という!」


 オリヴィア父──フェリックスが、オーガに一太刀入れながら、俺に声をかける。俺は、オーガがラインを超えてこないように、オーガをシールドバッシュで弾く。オーガの巨体が、爆発するように魔力を発散する盾によって揺らぎ、後ずさる。

 上がる息を、魔力を使って無理矢理に動作を制限し、整える。

 身体はとっくに限界だった。自分の意志だけでは、指一本ですら動かない。

 今は、過剰に供給される魔力によって全身を操っているに過ぎない。その供給される魔力量も、全体の3割消費している。半分を切れば、倒れる人間も出てくるはずだ。

 俺は、汗ももうでない程に身体が乾いており、手足も白くなるほど、青ざめている。恐らく、顔色も似たようなモノだろう。魔力が切れる前に、俺が倒れるのが先かもしれなかった。


「このままでは、埒が明かんな……!」


 フェリックスが、オーガの攻撃をかいくぐり、距離を取りながら、そう悔しそうに呟く。分厚い皮と脂肪は、剣で何度切りつけても骨や内臓に届かせる事はない。おまけに、徐々にだが、目に見え、それと解る範囲で傷口が盛り上がり、再生していく。長期戦をするには、最悪過ぎる相手だった。

 そして、オーガは俺が、この円から動けない事を気づきつつある。


「フェリックスさん、俺に策があります。あいつを、何とかこの魔法陣に近づけられませんか?」


 残りの魔力、その2割ほどを使って攻勢をかける。それ以上魔力を削ったら、強制的に魔力を徴収している街の人に何が起こるか予想できないし、そもそも、このペースでは、魔力を枯渇させる前に、俺が魔術を維持できない程に磨耗するのが早い、そう判断した。

 今ならまだ、攻勢に回すだけの力が残っている。勝負の時だと決断する。失敗のリスクを考えると、足が震えそうになり、心臓が鷲掴みにされるようなプレッシャーを感じる。しかし、俺は目を逸らさずにフェリックスを見た。


「……解った。子供の君に任せきりになるのは、心苦しいが、やってみると良い」

「ありがとうございます」

「どうせ、他に策はないのだ。自由にやってみたまえ」


 フェリックスさんの気遣いに頷き、俺は術式の準備を始める。

 といっても、俺が用意した術式は、元々《狂戦士》一つ。この機能が万全に効果を発揮するように、足りなかった魔術式を追加する。

 俺は、ここまでまったく使わなかった剣に魔力を通し、術式を書き始める。


「さぁ、こちらの準備が整うまで、しばらくお相手願おうか!」


 フェリックスさんが剣が舞い、跳ねるようにその身を踊らせる。

 一つの完成された演劇を見るような、安心感のある動き。俺は、それに見とれないように注意しつつ、こちらの準備を進める。


「フェリックスさん!」

「任せたまえ!」


 打ち合わせもほとんど無かった俺の合図に、フェリックスさんは答え、動きの質が変わる。舞うような優雅な動きから、荒れる濁流を思わせる力押しの動き。


「おおおおおっ!」


 吼えるフェリックスさんの猛攻に、オーガが押され、魔法陣に向かって下がってくる。


「しぃっ!」


 大気が震え、離れた俺の腹に響いてくる程の、猛烈な一突き。オーガはそれを、岩棍棒を盾代わりにする事で、防いだ。

 岩と、金属がぶつかる異音。初めて聞くその音は、異質だった。

 一撃は岩を削り、オーガの腹に食い込む。オーガは悲鳴をあげて下がった。

 俺が描いた、大円の内側に、オーガの巨体が踏み込む。


「あああああああああっ!」


 たがが外れたように俺は叫び、頭の中で動作を明確にイメージする。それは、たった今放たれた強力な突き。満足な斬撃を放てない今、過去見たもっとも強力な一撃を再現するつもりだった。

 しかし、俺はこの時すでに、ミスを犯していた。

 オーガは俺の声に気づき、俺を視界に入れていた事、再現した一撃は、たった今オーガが、その目に焼き付けた一撃であった事。

 経験豊富な戦士なら、同じ技を使わなかっただろう。あるいはわざと使う事で意識を誘導するか、フェイントを用いてから、その技に繋げたに違いない。しかし、俺はそれらをせず、ただ愚直に剣を突き出した。

 術式で強化された剣は、その刀身を青白く輝かせ、その長さを倍以上ににまで延ばしている。これなら、分厚い皮に守られた、心臓を貫く事ができる。俺はそう信じて、突き出していた。

 

「グルァアアアアッ!」


 オーガの顔が、恐怖に醜くゆがむ。

 オーガを守る、盾となるものは、すでに存在しない。しかし、オーガは諦める事無く、その両腕を交差し盾となし、俺の放った突きを受ける。

 俺の胴程もある両腕が、剣を止める。

 両腕を貫通した俺の青白い刀身は、オーガの胸に刺さっている。しかし、内臓には届いていない。


「なっ──!」


 うち放った最高の一撃。一挙に消費した魔力の反動に、俺は身体の制御を失う。


「グラァァァ!」


 オーガは、そんな致命的な俺の隙を、見逃さなかった。

 両腕を刺し貫かれ、縫い止められてなお、闘志は衰えず、オーガは俺の身体を蹴り上げる。

 衛兵を蹴り殺した一撃が、盾に当たったのは偶然だった。身体の制御はまだ取り戻せていない。一度に大量に消費したとはいえ、未だ供給され続ける魔力は残っており、それが盾を稼働させ続け、俺の身を守った。


「がっ……!」


 しかし、満足に受け流す事もできず、俺はボールのように蹴り飛ばされ、地面の上を二転、三転して家屋に激突して止まる。


「う、ぐ、あぁぁ!」


 盾と同じ機能を持った鎧の効果で、ある程度衝撃を分散したが、身体がバラバラになりそうな激痛に見舞われる。

 魔法陣から遠く離れた今は、盾と鎧から魔力が失われ、光を失った木の盾と鎧が残される。

 俺は、身体はおろか、頭を動かすのも難しく、目だけでオーガを見る。

俺という盾を失った街の人間には目もくれず、オーガは俺に向かって歩いてきていた。腕に刺さっていた剣は、強化していた術を失い、オーガは腕に刺さったままのそれを、棘を抜くように引き抜いて、投げ捨てた。


「させんぞ!」


 フェリックスさんが、失態を犯した俺を守るために、剣を持って立ちふさがる。それに続くように、衛兵が何人か、オーガに向かって槍を振るう。

 オーガはそれらを蹴散らしながら、俺に向かってくる。

 一歩、また一歩と、自分が死に向かっているのを感じる。

 もう、何も出来ることはない、疲れた。もう休んでしまおう──

 そう諦めかけたところで、涙を流す、アリシアの姿を見た。


『アルド、よく頑張ったね。もう、大丈夫』

『あり、しあ。何を、言って……?』


 アリシアの目には、覚悟が見えた。

 己の命を賭してでも、何かを成そうする者の覚悟が。

 そんな俺の考えを証明するように、アリシアが己の覚悟を口にする。


『アルド、私の代わりに、術式を組んで。魔力は私が提供する』

『ダメ、だ……そんなの、ダメだ!』


 痛みに明滅する意識の中で、必死にそれだけは否定する。


『アルド……あなたが、今出来る事を全てしたかったように、私も、私が出来る事をしたい』

『それなら、もっと他の事だって……!』


 だだをこねるような、俺の言葉に、アリシアは優しく微笑んだ。


『アルド』


 俺は確信した。ここで俺が断っても恐らく、彼女が自分で別の術を組むだけだろう。

 なら、なら俺は、彼女のために、最高の術を、組んでやるべきなのだろうか。

 決断までの時間は短い。フェリックスさんがオーガの注意を引いているのにも限界がある。オーガは確実に、俺に向かって来ている。


『くそ、くそ……!』


 俺は、術式を組み上げる。これまで《解析》しつづけた情報から、オーガを仕留めるたる術式を、演算領域ないで高速で展開していく。

 涙で塗れる頬を拭う事もできず、俺は這い蹲ったまま、力強く宣言する。俺の意識と念話を通して思考を接続したアリシアが、俺と同時に、叫ぶ。


『アプリケーション《剣技解放ソード・リベレイション》起動!』


 魔法陣からの魔力供給が断たれた俺には、すでに自分で自由にできる魔力は、演算領域内のものしか存在しない。


 だから、俺は。


 アリシアの持つ魔力を、攻撃に特化し集約する。

 剣技の、魔術による完全再現。この目に焼き付けた、ありとあらゆる剣の軌道が魔術によって再現される。3対の光剣が、アリシアの手から咲き乱れるように放たれる。

 妖精の舞踊のように軽やかに剣が踊り、後には無慈悲な結果だけ残す。

 ぶっつけで作成された魔術は制御が荒く、剣は軌道こそ美しい弧を描くが、辺り構わず猛威を振るう。

 地面が裂かれ、家屋が断たれる。その威力は、アリシアがゴブリンに放った風の魔術を遙かに凌ぐ、鋭利な切断面をさらしていた。


『くっ……』


 アリシアの苦悶が聞こえる。俺は、思わず術を止めようとし、何とか思いとどまる。

 俺は、これ以上アリシアに負担にならないよう、術式を更に書き換えていく。魔力を使い切らなければ良いんだ。そう、自分に言い聞かせて。


『アルド』


 疲労と、ダメージの性で、思考が明滅する。誰かの、優しい声が聞こえた気がする。

 途切れ途切れの意識の中で、俺はただ術式を制御し続ける。維持する理由も頭から抜け落ちても、俺はそれだけは止めなかった。俺の大切なモノが、守れると信じて。


『アルド、ありがとう。楽しかった……』


 俺は、意識を闇に落とす寸前、儚く微笑む銀髪の少女と、その背後で、崩れ落ちる、オーガの巨体を見た。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 夢を見たんだ。

 親戚の女の子にせがまれて、自分の街を練り歩く夢。えっと名前は──なんだったか。

 親戚だったか、そうでなかったか、大切な子なはずなんだけど。不思議と思い出せない。まさか、親戚筋かもしれない相手に、名前なんだっけ? なんて聞けないし。

 俺は問題を棚上げした。目下の問題は、彼女に自分の街を案内する事。名前は、上手いこと言葉を繋げば呼ばずに済むんだと考えて。


 生まれて二十余年住んでるこの街の、何説明したら良いんだ、と思わずぼやくと、普段何してるのか知りたい、と少女は言ってくる。詰まらないとか、後悔すんなよ? と念を押して、歩き出す。追いついてきた女の子が、手にぶら下がるように、腕を絡めてきた。

 子供特有の、少し高めの体温と、柔らかさを感じて、俺はロリコンじゃないんだ、と言い聞かせる。それでも、手を振り退いたりしたらかわいそうだと、腕を組まれたまま歩き出す俺は、ロリコンなんだろうか? 


 最寄りの駅。その前にあるコンビニ。ゲーセン。映画館。行きつけの本屋、CDショップ、カフェ。思いつくままに、俺の休日をなぞっていく。


 どこの国のハーフだったか覚えていないが、その子は銀色の長い髪をツインテールにしていた。

 いつも無表情なので、見知らぬ国に来て緊張しているのかと思っていたが、俺の手をぐいぐい引っ張って街を回る彼女は、どこか嬉しそうだ。

 外国が珍しいのか、一々街の一角を指さして、あれは何だ、これは何だと質問してくる。そして、時折俺の方を見ては、ぷくく、と変わった笑いを見せてくれる。

 最後に、俺が作ってるものが見たい、と言い、普段親戚なんて絶対入れないような、仲間と作った秘密工房に案内する。

 秘密工房、なんていっても、街はずれにある貸し倉庫なんだが。なんか貸し倉庫、っていうのが味気なさ過ぎて、誰が呼び始めたか、仲間うちではそう呼んでいる。


 そこにあったのは、某ロボットアニメを参考に作った、白ベースに塗装した二足歩行のロボットだった。体長は、5メートルほど。

 現在の技術だと、二足歩行ならこの大きさが限界だろ! とか、ロマンを武器に立ち向かってくる仲間と口論した事が、ふと思いだされる。

 動いてるところが見たい、と女の子が言ったが、未完成で動かない、と答えると、頬を膨らませる。


「きっと、動くのを作ってみせるよ」


 俺は子供相手に、何を向きになって言ってるんだろう。言いだしてから、そう思った。


「うん。アルドなら、きっと出来る」


 女の子が、現世の俺の名前を言うと、日本人成人男性だった俺の身体が、五歳児の白人っぽい体型へと縮む。

 さっきまで手を繋ぐほどべったりだった女の子が、離れたところにいる。いや、親戚の女の子なんかじゃない。なんで、今まで思い出せなかったのか。彼女に名前を呼ばれたとたん、頭の中で答えが弾けるように、思い出せなかった彼女の名前が浮かんだ。

 俺は、名前を呼ぶより先に、駆けだした。彼女は、ふっと微笑むと、真っ白な地平先に向かって歩き出す。

 追えども、追えども追いつけない。懸命に走ってる俺とは対照的に、彼女はゆっくり歩いてる。それでも、彼女との距離は縮むどころか、開いていく。


「待ってくれ、行かないでくれ、アリシア──!」


 そういって、手を延ばしたところで、俺の夢は醒めた。


 頭の片隅では、最初から、夢だと解っていたのに、俺は、喪失感と共に目を覚ました。アリシアは思念体だった。アリシアがいるこの世界は異世界で、日本にはアリシアは存在しない。

 俺は、ベッドの上で、天井を見ながら、そんな当たり前の事を確認して、涙を流した。

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