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第14話「デッド・ライン」

「お、オーガだと!?」

「なんで、支配級ルーラークラスの魔物が……!」


 石の塊、いや、棒状の岩と表現した方が良いだろうか。棍棒のようにも見えるそれを、片手で操る人型の魔物。

 俺が魔物、と断言できたのは、人間ではあり得なさそうな深い緑色をした肌と、頭についた二本の角のおかげだった。

 俺の胴体を超える太さを備えた腕、それを違和感なく納める太鼓腹と、太い短足。汚い腰布だけを巻いたその姿。

 俺の頭に、鬼、という単語が過ぎった。ほとんど反射的に、いくつかの魔術を起動する。この世界にきて、何度か死にかけた経験が、俺にその選択をさせた。


「オーガを取り囲め!」


 誰しもが圧倒的な存在感に呑まれ、動きを止める中、先陣切ってそう怒鳴り声をあげたのは、ここに来る際、見かけた貴族──オリヴィアの父親だった。


「攻撃せよとは言わん! 槍を持って囲み、牽制せよ!」


 言いつつ、腰にさげた流麗な剣を抜き放つ。掲げた剣が、松明の明かりを弾いて煌めく。


「私が奴の相手をする! 他の物達は、オーガを領民達に近づけるな!」


 オリヴィア父は勇ましく言い放ち、剣を構えてオーガを威圧する。オーガは、オリヴィア父を鬱陶しいと感じたか、担いでいた岩棍棒を振るう。

 ゴオッ! と空気がひしゃげ、突風を生む。オリヴィア父は風に揺られる柳のようにふらりと揺れたかと思うと、その驚異的な一撃を避け、オーガの懐に潜り込む。


「しっ!」


 オリヴィア父が、その手に持つ剣で、オーガの腹を横薙にする。オーガの皮が断たれ、血が舞う。


「グォォォッ!」


 オーガがその顔を怒りに染めながら、地面を蹴り上げるように、足を振り上げる。オリヴィア父はそれを難なく躱した。しかし、運悪くその背後にいた衛兵の一人が、オーガが蹴りあげた土砂の固まりを受け、吹き飛ぶ。


「くっ……!」


 オリヴィア父が、自分が攻撃を受けたかのように、苦悶の表情を浮かべる。そしてその動きが、鈍る。

 まずい。と俺は思った。オリヴィア父は、この状況の中、周りの衛兵や、その背後にいる俺たちを気にしている。そして、衛兵はオーガに集中し、領民はただ怯え、その場から離れることに躍起になっている。ここは街壁の中、逃げるに逃げられない。


「坊主! ここに居たら巻き込まれるかもしれねぇ! 逃げるぞ

!」


 クリス父が、俺の肩を強く掴んだ。そのまま後ろに引かれそうになるところを、俺はその手を振り払う。クリス父が、驚きの顔を浮かべ、クリス母がクリスを胸に抱きながら、顔を強ばらせる。


「ダメだ!」


 俺は思わずそう叫んでいた。状況は悪い。何故ならここは監獄だ。《解析》の魔術を使えば解る。街壁に囲まれ、逃げ場のない狩り場と化したこの戦場に逃げ場はない。扉の外までは判別できないが、オーガが現れる程だ。でればやられる。そう確信が持てる。


「あそこで戦ってる貴族の邪魔になっちゃダメだ! 勝手に逃げても回り込んで殺される! 危険を覚悟で、一カ所に固まるべきだ!」


 俺は周りの人間に聞こえる程、大きな声でそう言った。クリス父は、そんな聞き分けのない子供である俺に、怒鳴るでもなく、ただ問うた。


「坊主。固ればそれだけ、まとめて殺される確率があがるって事だぞ。解ってるのか?」


 静かな言葉。周りにいた何人かが、固唾を飲んで見守る程、発散される威圧。俺は、それに真っ向から答えた。


「策ならあります、俺が、皆さんの盾になります。壁になります」


 子供の妄言なんかじゃなく。俺は俺の出来る手札の中で、勝算を弾き出してそう宣言する。


「でも、時間がかかります。お願いします。その時間をください」 

「いくらいる?」


 何も聞かず、ただ頷いてくれるクリス父の言葉が、俺には力強かった。


「5分ください。そして、広場の真ん中に、全員を集めておいてください」

「おい! 全員聞け! 生き残りたかったら俺の言うことを聞け! 広場の中央に集まるんだ!」


 俺はその声を聞きながら、弾かれたように駆け出し、盾と鎧を装備し、剣を腰から抜き放ち、地面に突き立てる。そして、一心不乱に地面に文字を刻み始めた。

 文字で円を組み上げると、アリシアがそれをみて、愕然とした表情を浮かべる。


『これは……! アルド! 解ってるの!? 相手はオーガ、アルドがやろうとしてる事は、下手をすれば全員を殺す事になる! 何より、貴方が危険すぎる!』


 アリシアの言葉に、ぎりっ、と歯を食いしばる。解ってる。でも、やらなくても、恐らく誰かは死ぬ。それは俺かもしれないし、クリスかもしれない。そのご両親かもしれない。オリヴィアかもしれない。

 俺は、そんなのは嫌だった。見ている事しかできないなんて。何か出来たかもしれない、なんて後から後悔するなんて。そんなの、前世だけで十分だ。


『解ってる……! だけど、俺はただ黙って見ている事なんてしたくない! 例え命を懸けてでも、出来る事があるなら手を打ちたい!』

『アルド……』

『ごめん』


 俺はそういって、アリシアとの会話を強引に打ち切る。これから試すのはぶっつけ本番の魔術。演算領域も、自分の手足も限界まで使わないといけない。

 俺は一心不乱に剣を使って文字を掘る。


「坊主の邪魔すんじゃねぇぞ! 全員広場に集まれ!」


 クリス父が、家族一丸となって、避難誘導を行ってくれている。


「私の父がオーガを相手しております! 皆さんには指一本触れさせません!」


 気づけば、オリヴィアが、怯える人達に、そう言い聞かせている。


「グルォォォォォ!」


 オーガがこちらの動きに気づいた。固まる餌を前にして、興奮したように叫びをあげる。


「こっちだ! オーガ!」


 その様子に、オリヴィアの父が間髪入れずにオーガの腕に一太刀入れ、注意を引く。


『アルド、そこの記述は前後逆に。その方が効率があがる』


 アリシアの言葉に、俺は無言でその位置を修正しながら、広場を一周するように文字を敷き詰めていく。

 皆が、一団となって時間を稼いでくれている。

 俺は、その事実に重圧を感じながらも、皆に感謝していた。


「──!」


 文字を全て書き終わり、俺は、突き立てた剣を引いて駆け出す。集められた人達を囲うように二重の円を描く。

 文字出来た円と、その円を囲う中円。最後に外周を囲う最も大きな大円。三つの円からなる巨大な魔法陣。

 中円と大円の幅は、約3メートル。

 それが、俺の用意した盾にして壁。

 それが、俺が稼いだ生と死の分岐点──デッド・ラインだった。


「グルォオオッ!」


 オーガが咆哮をあげて、衛兵が作った包囲を突破する。蹴り上げられた衛兵が、かんしゃくを起こした子供が、放り投げた人形のように中を舞い、べしゃりと嫌な音を立てて動かなくなった。

 オーガが、集まった人達に向かって走りだす。背後で悲鳴が聞こえた。

俺は、一つ息を吸って、自分を落ち着けるように吐き出す。


「アプリケーション《狂戦士ベルセルク》起動」


 俺の宣言と共に、魔法陣が起動。青い光が、地面から発せられる。俺が装備している盾と鎧にその光が集まり、木の盾と、木の鎧だったそれらが、蒼輝を纏う武具へと化ける。


「おぉぉっ!」


 燐光が尾を引きながら、俺の動きは加速する。中円と大円の間を一本の矢と化して駆け抜け、今まさに、魔法陣を抜け、集まる人たちを襲おうとしたオーガに、俺は全力で剣を振り抜く。


「グ、ガァァァァァァッ!」


 オーガから、悲鳴があがる。岩棍棒を持っていた腕を切りつけられたオーガは、俺に怒りに濁った瞳を向ける。


「ルガァァァ!」


 渾身の一撃ではあったが、オーガの戦闘力を削ぐには遠い。俺は、舌打ちしたい気持ちを抑えて、歯を食いしばって盾を構える。


「アルドぉ!」


 クリスの悲鳴が聞こえる。構えた盾に向かって、オーガの振り降ろしの一撃が迫る。

 周りに居た人間が、クリスのように、俺が岩棍棒に挽き潰され、ミンチになるのを夢想した。


 ギィン!


 しかし、それは所詮、幻想だ。現実の俺は挽き潰されたりせず、未だ盾を構えている。

 これが、盾にある機能と、新魔術、《狂戦士》の効果だった。

 こんなに早くお披露目するつもりはなかったこの魔術は、未完成ながらなんとか稼働している。

 大量の魔力によって使用者を強化。《マリオネット》の魔術を基礎に応用し、使用者に過去見た動作を再現させる事ができる。

 そして、盾と鎧を核とした防御術式は、敵から受ける攻撃の威力を減衰し、盾の表面で高速循環する魔力で敵の攻撃そのものを弾く。それが出来ない場合は身体の動作とあわせ、攻撃そのもの滑らせて反らす。

 意識の裏で、《解析》魔術で動く今の攻防が数値化されていく。

 俺は、理論通りの数値に安堵する反面、魔力の異様な減りに焦りを覚える。

 大量の魔力。これは、俺の魔力を使用していない。

 魔法陣の中──つまり、集まってもらった街の人間から徴収している。

 もちろん、魔力が枯渇して倒れる程奪わないように、魔力の流入量は常に監視している。しかし、このままのペースで消費してしまえば、あっという間に枯渇──最悪、搾り取られた人間は死に至る。

 守ろうとした人間を自分が殺すなんて笑えない。

 俺は、冷や汗をかきながら盾を構えた。

 剣にはもう期待できない。せっかく研いでもらった剣は、今の一撃で刃が半ば潰れてしまった。

 当然、過剰な魔力で補強していたが、そもそも魔力での補強を前提に術式で強化していた盾や鎧と違って、ただ流し込んだだけの強化では、オーガの強固な皮に歯が立たなかったらしい。

 刺突するには問題なさそうだが、それをすれば、隙も大きい。確実に決められるタイミングを見切らなければならない。


「ふぅぅぅ……」


 沸騰しそうになる思考の中で、平静さを保つために息を吐く。こんな風にプレッシャーを感じるのは、前世で仲間達と自作したロボットを、大会で、大勢の人間の前で発表した時以来だ。

 大会と違うのは、このプレッシャーに押しつぶされれば、失われるのは費やした時間や、機材なんかではなく、自分と、背後にいる人間の命だという事だった。

 技術屋として、大変名誉な事じゃないか。

 俺は半ば無理矢理に、そう思う。前世では、自分が作った人型のロボットが、人の役に立って欲しいと思っていたのだ。

 今は、自分が作った魔術ものが、人の命を守るために、一役買っている。


「こいよ、オーガ野郎! ここから先は一歩も通さねぇぞ!」


 俺は、オーガに向かって叫んだ。

 自分を奮い立たせるために。

 この生と死の分岐点を生き抜くために。

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