第13話「オーガ」
「ん……」
目が覚めると、俺は何時の間にか毛布にくるまって寝ていた。自分の近くには、誰かはずしてくれたらしい鎧がおいてあった。
日はすっかり落ち、辺りは松明で照らされている。今日はここで一晩明かす事になりそうだな……。母さんは大丈夫だろうか。何かあれば、呼ばれそうな気がするが。
俺が目を覚ました事に気づくと、アリシアが笑みを浮かべる。
ずっと覗き込まれていたのだろうか。アリシアは横にはなっているが、そこは空中、立っているなら見つめ合うような格好でずっと見られていたと思うと、少し、いやかなり恥ずかしい。
『よく眠れた?』
『うん。ちょっとばかり身体が痛いけど、頭はすっきりしたかな』
俺は赤くなった顔を隠すように横を向きながら、辺りを見渡す。クリスは母親の元に座って何か話している。クリスの父親の方は、俺がもっていた小剣を持ち込んだらしい機材で研いでいた。
邪魔したくはなかったし、また囲まれて話すのもちょっと遠慮したいところだったので、毛布にくるまったまま寝たふりを決め込む。
『アリシア、俺もっと強くなりたいよ』
『……アルドは、五才にしては異常なくらいに強いよ』
『でも、思うんだよ。前世の記憶を使えば、もっと上手く戦えたんじゃないのか? とかさ』
俺が、そう自分の気持ちを吐露すると、アリシアは、身体を俺の方に近づけながら、至近距離俺の目を見つめた。
『アルドは、何様のつもりなの? あなたはあの時、最高の結果をだせた。ほとんど無傷でゴブリンを撃退した。幼なじみを助けられた。結果としてはこれ以上ないくらいだった。……下手をすれば、あなたは死んでいた。解っている?』
『結果論、って気がするんだ。何か一つでもボタンをかけ間違えていたなら、俺はあの時死んでいた。だからこそ、あの時もっと何かできていたら、そう思ってしまうよ』
『いくら前世の知識があったとしても、突然何か出来る訳ない。もてる技術でどうにかするしかなかった。その中で、あなたは最善をつくした』
『うん……』
『でも、それらを踏まえて、もっと強くなりたいというなら、できる事を少しづつ増やしていくしかない』
『……うん、そうだね』
もやもやと感じていた物が、すとんと胸の内に落ちるような感覚。いじけてた気持ちが、前を向き始めた。
『よし! 新しい魔術を考える! やっぱり、身体を動かすためのだけだと、魔術師としてどうかと思うんだよね』
『良い心構え。でも、アルドは自分の実力を良く把握すべき。たったあれだけの魔力で空っぽになるなら、工夫を凝らす必要がある』
『ぬぐっ……み、見てろよ! きっと驚く魔術作ってやるから!』
『期待している』
にやっと笑う(といってもほとんど表情筋は動かしていない)アリシア
に、何となく敗北感を覚えながら、俺は頭の中にある、演算領域内に、新魔術の骨子を作っていく。
『アルド、それだと自分で使えない』
『わ、解ってるし……! ここからブラッシュアップするんだし!』
結局、丸一時間くらいかけて出来上がった術は一個。おまけに自分で使えないという。
元にした魔術が、初めてみた攻撃魔術である、アリシアの魔術をベースにしているので、かなり使用魔力が多い。それに、追加するような形で魔術を構築しているので、元々足がでていた魔力量が、さらに増加している形になる。
『ここを……減らせば……』
俺がそう言って記述をいじり、魔術を改変すると、
『それだと、構成が甘くなる』
と即座に指摘がはいり、俺はそれにすぐに対応していく。
『ぐぬぬ……なら、こうして……』
『それだと、こっちとこっちで、バイパス構築に失敗する』
『なん……だと……?』
俺はアリシアとそんな事を言い合いながら魔術をブラッシュアップしていき、もう一時間ほどかけて形にしていく。
『しかし、アルドの魔術は欠陥品であった』
『そういう注釈入れられるとへこむから……』
『自分で使えない術なんて、無いも同然』
『だから、一応機能をオミットしたものもあるって……』
アリシアに辛口評価をいただき、精魂尽き始めた頃、声がかかった。
「おう、坊主、起きてるか?」
のっしのっしと足音を響かせながら、クリス父が近づいて来ており、俺は身体を起こした。
「はい。起きてます」
俺は答えながら立ち上がり、クリス父に向き直る。
ずいっと俺の前に、鞘に入った小剣が差し出された。俺は、一瞬何が何だか解らなかったが、無言の圧力を感じ、クリス父からそれを受け取る。
「これは……?」
「預かっていたお前さんの剣だ」
「えっ!?」
俺は受け取った小剣を鞘から抜き出す。皮製の、質素だが作りの良さを感じさせる鞘から出たのは、俺の顔が映る程に磨き上げられた白刃。松明の明かりを、鋭く返している。
柄も新しい握り布が巻かれており、俺の手によく馴染む。柄と刃のつながりが緩く、振ればかちゃかちゃと音がした剣は、今は一体化したようにブレがない。そして、ここは個人的に肝心な事なんだが、酷い臭いがせず、なめされた皮の匂いと、鉄の匂いがする。
いやいやいや。別物だろ! 思わずそう思った。鞘だって、さっきは無かったし、剣本体なんて別の剣だと言われた方がなっとくできる、そんな仕上がりだった。
「どうした。不服か。しかたねぇな。手持ちの機材と材料じゃ、そんなモンが精一杯だ。それでも、手抜きはしてねぇがな」
「い、いえ! その、素晴らしい出来だと思います!」
俺の言葉に、クリス父はニヤっと笑った。
「そんなんで驚いてたら、お前に打ってやる剣はもっとすげーぞ。楽しみにしとけ」
「はいっ! 楽しみにしてますっ!」
俺は思わず、そんな風にはしゃいだ声をあげてしまった。それほどのできだったのだ。俺は、クリス父を馬鹿にしていた訳じゃないが、精々、錆が落ちるくらいの物だろう、と思っていた。
前世でそういう職人の仕事を見て知らなかったとはいえ、完全に見くびっていた。
俺が小剣を鞘をしまい、腰に付けられるようにと紐がついた鞘を、自分の腰に括り付ける。何だか新しいおもちゃを与えられたようで、はしゃぎたい気分になる。
「それと、こっちの盾も返すぞ。こっちは取っ手が鍋の蓋とか、フザケた事になってたからな。ちゃんとした取っ手を付けてある。ほんとは、盾表面も磨きをかけたりしてやりたかったんだが、盾に何か細工されてる、ってのは解ったが他は触ってねぇ」
「そんな事までしてくれたんですか!?」
「つい、な。勝手な事して悪かったな。表面の出来は良いが、中途半端になってる部分が気になって仕方無くてな……」
「すみません……取っ手とか作った事無くてですね」
俺の言葉を聞いて、ん? とクリス父が首を傾げる。
「つくった事がねぇっておめぇ……もしかして、こいつはおめぇがつくったのか?」
「はい。そうですが……」
あれ、さっき、意識を失う前にそんな事を言ったような気がしたけど、勘違いだったろうか。それとも、このおっさん興奮しすぎて気づかなかったとか?
「おお! 本当か! 坊主! あれはどうなってやがる!? 素材はただの木なのに、強度が木には思えねぇ。どんな仕掛けしてやがるんだ!?」
「うぉ、おぉぉ!?」
俺はいつの間にか、両肩をがっしと掴まれ、ぐわんぐわんと肩を揺すられる。
「ちょっとあんた! アルドちゃんに何してんだい!」
クリス母が興奮したクリス父を抑え、俺はシェイクから解放されて一息つく。
「お、おう。すまねぇ。ちょっと興奮しちまった。何か細工されてるか、ってとこまでは俺の目でも解る。木材の割に、それを超える強度を持ってるって事もな。だがな、そっから先が解らねぇ。バラしたら何か解るかもしれねぇが、それをすると、確実に元に戻せねぇからな」
「……」
おお。俺の日曜大工がそこまで評価されるなんて! 感慨深いものがあるな。
「いや、わりぃ。細工の種を教えるなんて、そんな事できるわきゃねぇよな。忘れてくれ」
「い、いやいや! そんな大した事じゃありませんから。お教えしますよ」
「本当か!?」
そこから、二人で適当に座り込み、盾を持って解説しながら、質疑応答した。
「こいつは……! すげぇ! 防具の革命だ!」
「えぇ!? 大げさですよ」
「いや、こいつは魔導具として見てもなんの遜色もねぇ! 坊主! 頼む! これを俺の店に並ばしてくれねぇか!?」
クリス父が、俺に向き直って、手を突いて頭を下げる。つか土下座!? 子供相手に!?
「い、いや、そんな……どうして」
「俺はこいつを広めてぇ! これがあれば、冒険者駆け出しの奴らが死ななくて済む! 今日みたいな時に、金が無くて装備がなく、ゴブリンに倒されたような奴らを、減らしてやる事ができる! だから頼む!」
俺は驚き、思わずアリシアの方をみた。
『あれは、アルドが考えたもの。アルドが好きにするといい』
俺の中では答えは決まっていた。が、元々はアリシアが持っていた魔術論を俺なりにアレンジした物が組み込まれていたのだ。アリシアの許しを得て、クリス父に、顔をあげて貰うように伝える。
「……解りました。クリスさんに製法をお教えします」
「すまねぇ! 助かる! もちろん、タダとは言わねぇ。お前さんには売り上げの三割を出す!」
「えぇっ!?」
お金もらえるの!? むしろタダで教えてあげようと思ったんだが。
「ダメか!? なら4割払おう!」
いや、むしろそんなに貰えませんって! そう言い掛けた所で、アリシアに止められる。
『ただで教えるのは、やめた方がいい。対価無しで仕事をするには、あれの価値は高すぎる。この街に魔導具を作る人間がいたとすれば、商売あがったりになる可能性もある』
そ、そんなにか……もっと慎重にしなければならなかったのか。俺は、アリシアの言葉に頷き、クリス父に答えた。
「解りました。それでお受けします。この一件が終わったら、書面に残させてください」
「ありがてぇ!」
クリス父ががばっと身体を起こし、俺の手を握る。がっしと手を握りあって、クリス父と契約を交わした。
「お父さん、お話終わった?」
「おやおや。難しいお話は終わりかい? なら、飯にしようか!」
それを聞いたら、俺のお腹がぐぅ、となった。
「アルド、お腹空いたの? 私もお腹すいた!」
「おやまぁ。なら急がないとね!」
「がははは! 子供は遠慮せずに腹一杯食え!」
衛兵によって炊き出しが行われ、俺はクリス一家と団欒を過ごした。
ご飯が終わり、クリスがウトウトし始め、クリス母に寝るように言われ、毛布を受け取る。受け取った辺りで、周りが妙に騒がしくなった。
「ん……」
ゴシゴシ目をこすりながら、そちらを向くと、大人達が騒ぎ街壁の一角に集まっている。
嫌な予感がした。昼間、クリスの後を追いかけていた時のような、焦燥感。胸を抑えつけられるような、息苦しさ。
がん。がん。固い何かをぶつけるような音が響く。
「お、おい! 崩れるぞ!」
大人の1人が、そんな声をあげる。それを皮切りにしたように、内から爆ぜるように、壁が崩れる。
崩れた壁から、大きな石の塊を担いだ、大きな人影が見える。
「お、オーガだ……!」
誰かの絶望的な呟きが聞こえた……
すみません。遅れました……




