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第12話「魔物の氾濫」

 息子がちゃんと家に向かったどうか、確かめている余裕はなかった。

 始まってしまったのだ。魔物の氾濫オーバーフローが。

 ここ最近、街の周りでは魔物の活動が活発になっていた。その原因はまだ解明されては居なかったが、夫と私の予想では、近くに《迷宮》が出来てしまったのではないか考えていた。

 それも、魔物を溢れさせてしまう程に成熟した迷宮だ。

 その懸念があったから、息子には家にいさせたくて、用事がある、なんて嘘をついていたのだが……まさか、今日こんなになるなんて。

 こんなになるまで、本当に誰も気づかなかったのだろうか? 冒険者を引退していた私ですら、魔物が活発化したと聞いて、予想が立てられたのに、現役の人間が気づかないなんて事あるのだろうか、と疑問が頭を過ぎるが、今は目の前の問題に集中しないといけないだろう。

 こんな非常時だ、私は息子の事が気になった。しかし、少なくとも家までは安全なはず。通り道付近に不穏な気配はなかった事を思いだし、強引にそうと納得する。そうでもしなければ、今すぐ踵を返して、息子を抱え上げ、安心させたくなってしまう。

 つい先ほどの、息子の姿を思い出す。まともに戦いをした事もない子供が、ゴブリン四体を相手にし、その内三体を屠ったのだ。天才、という言葉で片づけるには、出来すぎな気がした。あの子は愛されている。何に、と言われば、神に。かつての自分なら、鼻で笑ったろうが、あの子の成長を見ていれば、そう思わずには居られない。

 私は、自分の顔が緩むのを止められなかった。


「あなた。私たちの育て方は間違ってなかったわ。アルドは良い子に育ってる」


 5才にして、ゴブリンを退けるだけの戦闘の才能。そんなものよりも、私はもっと嬉しい事実がある。


 息子の友達であるオリヴィアちゃんが、家に来て、アルドの焦った様子を伝えてくれた後、私は家を出て息子の姿を探した。途中、泣きじゃくるクリスちゃんを見つけ、事情を聞けば、息子は、彼女を助けるためにゴブリン相手に囮になったという。

 初めは、背筋が凍った。自分の息子が、私より先に死ぬのではないのかと。

 ゴブリンの死体に囲まれながら、最後の一体のゴブリンに斬られそうになる息子の姿を見たときは、身体の奥がカッと熱くなった。

 息子が生きているという安堵と、絶対に死なせはしないという覚悟。激情といっても良いほどに渦巻く思いが、私の身体を駆けめぐり、かつて無いほどに魔力を高め、身体を動かす活力となった。

 私は寸での所で息子を助け、息子に優しく声をかけ、胸に抱いた。

 本当は、叱るつもりだったのだ。早く帰ってきなさいと言ったでしょうと。無茶をするんじゃありませんと。しかし、息子の姿を見たとき、一番最初に思った言葉が出たのだ。良く頑張ったわね、と。


「ふふ……女の子を身を挺して守るなんて、流石私とあの人の息子ね。帰ったらもう一度、ちゃんと誉めてあげないと」


 そう、呟きながら走り続けると、東門が見える。それと、門の惨状が目に入った。門が破られ、そこからゴブリンが溢れている。

 この様子では、衛兵はこちらに回る余裕がないという事だろう。


「面倒ね……早くあの子の元に帰りたいのだけど!」


 魔物の中では下級にあたるとはいえ、数が油断できない。私は気を引き締める。


(数が多い……まさか、支配級ルーラークラスがいる? 急いで片づけるべきね)


 構えた剣に魔力を通し、私は手始めに、間合いに近いゴブリンを一刀両断にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 俺とアリシアは、母さんと別れたあと、母さんの指示に従って家に向かった。


「アルド! ぶじだっだんだねぇぇぇ!」


 家で出迎えてくれたのは、顔をぐしゃぐしゃに歪めたクリスで、ゴブリンの血に汚れた俺の姿に気にもせず、抱きついてくる。


「うわっ」


 体力が限界だった俺は、受け止める事も出来ずに、一緒になって玄関先に倒れ込む。


「わだじ、なん、なんにもでぎなぐで! ごわぐで! アルドが、アルドがぁ……」


 何を言っているのか、半分も解らなかったが、俺の胸で泣き続ける彼女が、俺を心配してくれていた、というのは十分に伝わって来た。


「アルド、さん……!」


 クリスが飛び込んで来た後は、オリヴィアが駆け寄ってきて、俺のすぐ側まで寄ってくる。


「クリスさんから聞きました……! なんで、そんな無茶したんですか! アルドさんと、クリスさんに何かあったら、わたくし、わたくし……!」


 オリヴィアは、俺の手を取りながら、怒ったような、泣いてるような、複雑な表情を浮かべた。

 戻ってこれて、良かった。俺は、心底そう思った。こんなにも心配してくれる彼女たちを、悲しませなくて済んだ。


「うん……うん。ごめん。2人とも、ありがとう……」


 さっき、さんざん母さんの胸で泣いてきたというのに、俺の目から涙が止まる事はなかった。




「これから、どうするんですか……?」

「うん。上層街に行こう」


 どこか怯えながら、オリヴィアは俺にそう聞いてきた。俺は、盾と鎧を身につけながら、いつもよりもはっきりと答える。ここで俺が、恐怖や、優柔不断な態度を見せれば、彼女たちにそれらが伝染すると思ったからだ。


「上層街……? なんで?」


 すっかり萎縮し、元気を無くしているクリスが、そう聞いてくるが、俺も理由までははっきりと聞いていない。

 が、言いよどんだりせずになるべくゆっくり、自分の考えを述べた。


「母さんがそっちに逃げろって。たぶん、こういう事態になった時に避難できる何かがあるんだと思う」


 予測だけど、間違っていない筈だ。上層街には、貴族が住んでいたはず。なら、逃走経路なり、防御する設備なりがきっとある……はずだ。

 それに、このタイミングで意味もなく、母さんが上層街に向かうとは思えない。


「……そういえば、有事の際は、上層街に立てこもる事ができると、以前父が言っておりました」

「なら、たぶんそれだ。……周囲に気を付けながら、急いで行こう」


 俺は身支度を整え、ついでにゴブリンの剣も持つ。少しは身体を動かせるが、武器を使えるかわ微妙な所だ。しかし、牽制程度にはなるかもしれない。

 人の気配を感じない街を、俺、クリス、オリヴィアは進む。彼女たちは、俺の両手を強く握っており、邪魔になった剣と盾は、盾のベルトを使って背中に固定した。

 俺個人としては、盾も剣も構えた状態で居たかったが、これで彼女たちが安心できるなら良いか、と思い直す。

 

「あ、あそこが上層街の入り口です!」


 オリヴィアが安堵の息を吐きながら、上層街の入り口を指さした。

 そこは、東門のよりもしっかりとした作りの壁がある一角で、門自体も、外と繋がる東門とは作りが違う。確かにここなら、安全かもしれない、と石造りのそれを見上げながら思った。


「あそこなら、大丈夫そうだな」

「う、うん」


 クリスにそう言い聞かせながら、俺も内心では安堵していた。あそこならそうそうに打ち破られそうにないし、母さんが戻ってくるまで安全だろう。


「中に父と母がいる筈です。ここからは、わたくしが案内いたしますね」


 オリヴィアの言葉に頷き、彼女に手を引かれながら、門に向かう。てか、今何気にオリヴィアが貴族だって事が発覚しなかったか? 先に避難してる、って可能性もなくは無いだろうが、それにしたって、彼女は中に両親がいる事を疑ってない。

 ……これまで、随分失礼な態度でいなかったろうか。罰せられたりしないか?

 俺は、さっきまでとは全く違う理由で顔を青くさせていた。


 門はあっさりと通れた。

 門には衛兵が辺りを見回すための溝があり、そこから見張りをしていた衛兵2人にオリヴィアが事情を話して、中に入れてもらったのだ。


「オリヴィアお嬢様……! ご無事でしたか!」


 うん。今お嬢様って言っちゃったね。貴族確定だよね。手を離したり下方が良いんじゃないかと思ったが、オリヴィアがぎゅっと握っていたので、離したくても離せない。


「坊主たちも良く無事だったな。向こうで休める場所がある。そっちでゆっくり休みなさい」


 衛兵に案内されながら、上層街の広場に向かうと、そこには街の人間が集められていた。一人の貴族らしい人物が、衛兵に何やら指示を飛ばしている。指示を受けた衛兵たちは、街の人に飲み物を配ったり、イライラしている街の人間を宥めたりしていた。


「お父様!」


 オリヴィアが、手を離して貴族らしい人物の元へ駆けて行った。彼女の事を見つけた貴族が、彼女の身体をぎゅっと抱き留める。オリヴィアの目からは、涙が流れており、安堵した表情を貴族に見せていた。

 邪魔したら悪そうだな。ここに居たら、オリヴィアと話す時間はあるだろうし。


「クリス、どこか休める所を探さないか?」

「うん」


 小さく頷くクリスの手を引き、広場を適当に歩き出す。どこも人がおり、落ち着ける場所が中々ない。そんな時、少し目立つ赤毛をした、恰幅の良い婦人と、その夫らしい人物を見つけた。


「おかあさんっ!」


 クリスが、嬉しそうに走りだした。俺の手を握ったまま。俺はびっくりして引っ張られながら、赤毛の夫妻の元へ走る。


「ああ! クリス、クリス! 良く無事で……!」

「クリス! 無事だったか! おれぁ、心配で心配で……!」


 夫妻が、クリスを抱き留め、わんわん泣き始めたクリスと一緒に、涙を流している。


「おっ……坊主はどこの坊主だ?」

「あれま……親御さんはどうしたんだい?」


 夫妻が俺に気づいた。まぁ、未だにクリスに左手を握られてるしな。気になるよね。


「えっと、アルドって言います。クリスさんのお友達をさせて貰ってます」


 なんて言って挨拶していいのか解らないので、俺は思わずそんな自己紹介をしてしまった。正直後悔している。彼氏が、彼女の親に挨拶に行ったりしたら、これより居づらい感じになるんだろうか。


「おや、こりゃご丁寧にどうも……って坊主、血がついてるじゃねぇか! 大丈夫なのか!? 怪我はねぇか!?」

「おやまぁ! タオルで今拭って上げるから、包帯を──」

「だ、大丈夫です! 返り血ですから!」


 慌て始めた夫妻に、俺は落ち着いて貰おうとしたが、逆効果だった。


「返り血!? いったい何をやらかしたんだ坊主!」


 あ、まずったか。でも自分の血でないと解ったら、結局ばれるし、何て説明しよう……と思った所で、クリスが嬉しそうにしゃべり出した。


「アルドがねぇ! 悪いゴブリンをやっつけてくれたの!」

「何!? ゴブリンだって!?」


 再び夫妻(特に旦那さんが)慌ただしくなってしまったので、俺は、四苦八苦しながら、説明というか、言い訳を始めた……


「がっはっはっは! そうかそうか。こんなちっちゃいなりで偉いな、坊主は! 何にせよ、娘を助けて貰ったんだ。あらためて礼を言わせてくれ。ありがとうな」

「い、いえお礼なんて……俺も必死だっただけで」


 なんと言って良いか解らず、日本人的な感覚でついそんな事を言ってしまう。


「まぁ、こんなに小さいのに謙虚だねぇ……大人でも、ゴブリンを多数相手になんて出来ないのに、偉いわねぇ……」


 夫妻が落ち着いた、と思ったら褒め殺し状態。クリスも、俺の手を握ったままニコニコしている。正直いたたまれないです。ほんとに、必死だっただけだし、何か一つ間違えていたら、俺はクリスを見捨て、いや、クリスを囮に逃げていたかもしれなかったのだ。手放しに喜ぶ事ができなかった。


「しっかし、そんな装備でゴブリンと戦えたな」

「いえ、これはさっき家に寄って取ってきたもので……」


 なんだと!? と旦那さんが目を剥く。しまった。また口が滑った。この旦那さんはごつい身体をしていて、前世の体育教師とか、職人系の頑固オヤジを彷彿とさせる。そんな相手に、つい、反射的に正直に答えてしまっていた。


「そうか、武具も無しに……よし。壊れたナイフの代わりは、俺が後で直してやる。今持ってる小剣も貸せ。研ぎ直して、新しいのが出来るまでの繋ぎにしてやる」

「え? いや……」

「なぁに。これでも小さいなりに鍛冶屋をやっているのよ。ちゃんと研ぎ直してやるから貸してみな」


 そういって、旦那さんは半ば強引に、盾に括り付けていた小剣を俺から受け取る。


「お? なんでぇこの盾は、変わってやがるな」

「あ、はい。自分が作ったので……」

「坊主がか! お前さん、色々やってやがるな……ん!? なんでぇこいつは!」

「はぁ……まったくあの人はいっつもこんな感じでねぇ。アルドちゃんと、クリスは、そっちで休んでなさいな」


 旦那さんが何やら盾に熱中し始め、俺はようやく解放される。奥さんの方から、毛布を受け取り、それを地面にしいて、あぐらをかいて座り込む。ようやく落ち着けるようになると、クリスがこてん、と俺の膝に頭を乗せた。


「おい……?」


 文句を言おうかとしたら、クリスはすでに寝てしまっていた。異様な寝付きの良さだ。いや、限界だったのだろう。今日は色々あった。それが、両親にあって、落ち着けて、気が緩んだのだろう。

 毛布を掛けてやり、クリスが握ったままの手をそっと離そうとした。


「ん……」


 クリスはそれをむずがって嫌がり、俺の手を胸の方に引き寄せると、安心したようにふにゃ、と顔を歪めて、くぅくぅ寝息を立て始めた。

 俺は呆れながらも、少し貸しといてやろうと成されるがままにしておく。


『アルド、休まないの?』

『ん、休む……』


 クリスの寝顔を見ていると、俺も瞼が重くなってきた。俺は、声をかけてくれたアリシアに素直に頷くと、座ったまま、意識を手放した。


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