第1話「転生したんだけど」
あぁやっちまった。
目の前に迫るワンボックスを見つめながら、俺はひどく冷静な頭でそう思った。
身体は、びびった猫みたいに強ばっていて動かず、動いているはずのワンボックスは酷くゆっくりに見えた。
血の気が失せる。両手いっぱいの機材は、ちゃんと持っているはずなんだが、重さを感じなくなった。ドライバーのチャラいにーちゃんの顔が見える。焦ってハンドルを切ろうとしているが、タバコを持っていたせいか、随分と切り始めるのが遅い。
どんっという衝撃が走った。痛みはなかった。
天地が一回転して、地面に叩きつけられても、痛いというより困惑が先で、目眩を強く覚えた。焦点の合わない瞳が、ようやく像を結ぶと、目の前には自分が出した血だまりと、それに汚れ、事故の衝撃で壊れた機械があった。
あぁ。みんなごめん。せっかくここまで作ったのに。
最後に思ったのは、そんな事だった。それを最後に、俺の意識はゆっくりと闇に落ちていく。
2034年5月のロボットフェスタ開催会場前で起こった、新聞の隅にしか乗らないような、そんな事故だった──。
と、俺の人生はそんな感じで20余年の短い人生を終わらせたはずだったんだが。
今、俺は金髪碧眼の美少女(美女ではない。ここ大事)に抱き抱えられている。
場所は見覚えのない建築様式の木造住宅。どことなく、古さというか、歴史というか、そんな感じを受ける。
これはもしや、アニメやラノベで良くある転生? 記憶を持ったまま新しい人生がやり直せちゃうあれか!?
母である少女の、ふんわりとした柔らかな身体に抱えられ、その匂いに
包まれながら、俺は興奮に目を見開いた。
なら、今度こそ俺は夢を実現して見せる!
母の髪色から、日本じゃないのはなんとなく分かった。でもそんなの関係ねぇ。ネットが充実してる現在じゃ、国境の差なんて些細なもんだ。それに、俺の夢は日本じゃなくたって叶えられる。
人型ロボットを今度こそこの手に!
俺は求めるように、母の腕の中から、両腕をのばす。
窓の外に向けられた俺の腕を見て、母は俺が、外に興味を持ったと思ったのだろう。
母が、俺を楽しそうにあやしながら、ゆっくりと近づく。
窓から差し込む太陽の光に、目がくらんだ俺は、目を細める。
そして、それが目に入ってきた。
西洋ヨーロッパ風の街並み。そして、整備された──といっても、東京の定規で測ったみたいな区画整備に比べたら雑だったけど──街道を走る、馬車のような乗り物。
なんで馬車のような、だって? だって馬が牽いてねーもん。なんか見たことない、恐竜みたいな奴が二本足で立って、しっぽを振りながら牽いてんだもん。御者は、今現在では骨董品の価値しかなさそうな剣を腰に帯びてるし!
「○☆△●※?」
母が、固まった俺を面白そうに見て、俺に聞き取れない言語を語った。
あーうん。この美人で若いお母様が、聞き慣れない単語をしゃべってたから、予想はしてたさ。ここが日本──いや、地球じゃないかもってことくらいさ。でもさ、海外って可能性もあるじゃん? いや、あったじゃん? だからさ、極力考えないようにしてたんだよね。でもさ、限界だわ。
すぅっと、俺は深呼吸した。そして、ありったけの思いをぶちまけるように吐き出した。
「おぎゃぶ! ぎゃぁぁぁぁぁ────────!(機械の機の字もねぇじゃねぇか! 俺のロマンを返せぇぇぇぇ────────!)」
俺の突然の大号泣に慌てた母が、涙目になりながら俺をあやし、
「★▲●? ※☆★▲●!」
何か素早く呟く。すると、きらきら光る玉が中空に現れ、俺の周りを旋回し始めた。母はそれで俺の注意を引き、泣きやませたかったのだろう。確かに、俺の精神状態が普通だったら、効果があったかもしれない。それは、幻想的な光景で。それだけに俺に、異世界だと強く認識させることになった。
「ぶぎゃ、ぶぎゃぎゃ、ぎゃ──!(しかも、剣と魔法のファンタジー世界じゃないですか、もうやだ帰る──!)」
盛大にわめきながら、俺は体力が続くまでそれを続け、憔悴し、俺を抱えたまま座り込んでしまった母に申し訳無く思いながら、泣き疲れた俺は、ゆっくりと目を閉じた。
あと20年後の現世だったなら、俺が見たかった、人型ロボットがみれたはずなんだ。
俺が見たいのは、剣と魔法のロマンじゃなくて、機械と油にまみれた、そんなロマンなんだ。