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3話

 あれから五年。リョウは、友人であるアキに会うため、満ち潮で洞窟に海水が入っているところを狙って来ていた。まだアキは来ていないが、ピイピイと鳴く生き物を見つけた。渡り鳥の巣に、今年も新しい命が生まれたらしい。


「フフ…」


 眺めて、小さく笑みを溢す。ふわふわとした羽毛に包まれた小さな鳥。地上の生き物のなんとかわいらしいことか。


「すまない、待たせてしまったか」


 申し訳なさそうに、アキが地上に繋がる穴から出てきた。


「構いませんよ。この子達を見て楽しんでました」

「あぁ、渡り鳥か。今年も来たのだなぁ」


 出会った時に触れてはいけないと言われた生き物。鳥、という名前だとアキに教わった。何でも、人間の匂いがつくと親鳥が寄り付かなくなってしまうかららしい。リョウは人間ではないが、他の匂いがついて親鳥が寄り付かなくなったらこの子達は死んでしまうだろう。ふわふわとした感触を味わえないことを残念に思ったが、アキと話すほうが楽しいのでリョウはあまり気にしていなかった。


「それにしても…」

「何だ?」

「いえ…最近暑くなってきましたね…」


 アキはあまり肌を露出するほうではないが、今日は気温が高めのため、比較的薄手の洋服を着ている。体のラインがくっきりとわかった。


「育ったなぁ…乳…」

「?どうしたんだリョウ」

「何でもありませんよ…」


 最初は口調や、深く被った帽子のせいで、綺麗な顔の少年なのかと思っていた。女の子と知った時、あまり驚きはしなかったが。驚くべきは、あの小さかった子どもが年々成長していき、ざんばらだった黒髪も伸び、出るところは出てしまるところはしまっているメリハリボディの素敵な女性に進化したことだろう。

 一方、出会った頃からほぼ姿形が変わっていないリョウ。人魚として、若者ではあるが成長期はほぼ終えている。リョウは自分の胸に手をあててみた。一言でいえば、平。


「切ない…」

「ほ、本当にどうしたんだリョウ」


 人間のアキと人魚である自分の時間の流れの差に、あまりにも違う生き物なのだと思い知らされ悲しくなっただけだ。決して自分の平坦な双丘と比べて虚しくなったわけではない。断じて。

 うつむいて嘆いていると、アキが焦ったように手をバタバタさせつつ話題をふってきた。


「そ、そうだ、リョウ!今日はこの国の王子の十七歳の誕生日でな、今夜海で花火があがるらしい」

「…ハナビ?」


 聞いたことのない名詞だ。前に、アキが見せてくれた花という植物に名前が似ているが、その仲間だろうか。


「えぇと、花火っていうのはな。ヒューってなるだろ?そしたらドーンってしてピカピカしてキレイなんだ!」

「なるほど、わかりません」


 抽象的な表現に、リョウはきっぱりとそう言い放った。少しショボくれてうつむくアキに、リョウはこう続けた。


「でも、アキさんがそう言うくらいなのだから、きっととても綺麗なのでしょうね」


 アキが綺麗だと言ってリョウに見せてくれるものは、全部そうだった。それは地上に咲いているらしい白い花だったり、鳥の羽根だったり、キラキラと光りを反射させるびいどろの玉だったり。アキが見せてくれるから余計に綺麗なのだろうな、とリョウは思う。なにもかも海の底にはないものばかりだった。



「…よかった」

「何がですか?」

「リョウが笑ってくれた。リョウは笑顔が一番いい」


 勝手に落ち込むリョウを気遣って、元気の出そうな話をふったのだろう。安心したように、ニッコリと笑うアキ。

 あなたがそれを言いますか。リョウは感極まってアキに抱きついた。


「もう!アキさんめ!もう!もう!」

「な、何だ?」

「アキさんが可愛すぎるのが悪い!黙って私に撫でられてください!」


 リョウがアキの頭を撫で付ける。リョウと一緒に海に入ることもあり、日の光りをよく浴びるために傷んだ黒髪だが、リョウはアキのそんなところも好きだった。


「ハナビ…見てみたいですね。アキさん、一緒に見ましょうよ」

「ごめんな、リョウ…私は一緒にいけないんだ…」


 深刻な顔で、アキは目を伏せた。何か特別な理由があるのだろう。


「ほら…夜は、眠いだろう…?」


 目を伏せて、悲しげに言うアキ。長い睫毛で、目元に影ができる。色っぽい表情なのに、言っていることはこれだもんなぁ、とリョウは微笑ましくなった。


「私、アキさんのそういう自分に正直なところ、嫌いじゃないですよ」

「そうか?」


 アキが照れたように頭を掻く。いくら見た目が変わろうと、会ったその日からなにも変わらないアキの素直なところがリョウは好きだった。


「リョウはやっぱり見に行くんだろ?」

「そりゃあ、アキさんが綺麗と言ったものは見ておきたいです」

「そうか」


 アキがリョウの肩をつかんで向き合う。その目には、心配の色が伺えた。


「リョウ、私がすすめておいてなんだが、絶対に人間に見つからないようにするんだぞ」

「夜の海に人間が来るのですか?」

「王子の誕生日パーティーを船でやるんだ。その時花火もあがる」

「へぇ、ハナビってめでたい席でやるものなんですか」

「そうだけど、言いたかったのはそこじゃない。夜の海は暗くて見えないだろうけど、ちゃんと気を付けてほしいんだ」

「大丈夫ですよ、伊達に海底から抜け出してここまで遊びに来てません」


 リョウは不敵に笑う。五年前、その強い好奇心のせいでアキに見つかった彼女に説得力などない。しかし残念ながら、アキはそのことに気づかなかった。


「じゃあ気を付けてな。本当に見つかっちゃ駄目だぞ」

「心配性ですねぇ、大丈夫ですよ」


 アキは、日が暮れる前にと帰っていく。リョウも、いつもは海底に帰るのだが今日は違う。ハナビを見るために、沖へと向かっていった。








 日が沈んで、夜。すっかり暗くなっていたが、元々海底に住む人魚であるリョウには関係ない。夜に海面にでるのは初めてだが、真っ暗な空に丸くて黄色い大きな光と、無数にちりばめられた小さな光達。あれにも名前はあるのだろうか。今度アキさんに聞いてみよう。そう思いながらリョウは海に浮かぶ大きな船に近づいた。

 ここまで大きな船は初めて見る。あれに、たくさんの人間が乗っているのだろう。こんなところで祝い事をするとは、人間の王子とやらはずいぶん大層な人間なのだろうな、とリョウは思う。

 さて。ハナビとやらはどこにあるのだろう。周りをキョロキョロと見回してみると、突然、ドンッと激しい音がした。内臓まで響いてくる衝撃音に、一度海の中に身を隠す。水中から様子を伺うと、夜空にキラキラとしたものが見えた。元々浮かんでいた光とも違う。あれは何なのだろう。好奇心にはやはり勝てず、リョウは海中から顔を出した。


「うわぁ…!」


 夜空に打ち上げられる、様々な色をした無数の光。激しい音に圧倒されながらも、その光に魅せられるしかなかった。


 これが、ハナビ。綺麗だ。とてもとても。隣にアキさんがいたら、もっと綺麗だったろう。カズマくんにも見せてあげたい。いつか、一緒に。


 夢見てしまうくらいには、リョウはうかれていた。




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