ヒーロー
富田くんは人気者。明るく優しく格好良く、頭も賢い。漏れ聞いた噂によると豪邸に住まうお金持ちの生まれだとか。
嫌みなく誰からも好かれる富田くんを、もれなく私も好意的に見ている。彼は親切だ。日直で教材室から資料を運ぼうと、薄暗く埃っぽい室内で重たいそれらと格闘していたときも、どこからともなく颯爽と現れ手伝ってくれた。というかほとんどやってくれた。やり忘れた宿題を、早朝の誰もいない教室でガリガリやっていたときも、偶然いつもより早く来たという彼が手伝ってくれた。というかほとんどやってくれた。体育委員で授業で使った用具を…以下略。
彼はヒーローのように、困っている人の元へ突如現れ、なにがしかの善行と笑顔を残して去っていく。
ところで人気者ヒーロー富田くんには幼馴染みがいる。富田家よりかは幾分小さいけれど、凝った造りと噂される豪邸に住まう令嬢、林田さんだ。私が思うに彼女はツンデレである。とある休み時間、さてトイレに行こうと立ち上がり、数歩進んだところで何かに躓いた。林田さんの長いおみ足である。勢い良く前方へつんのめった私は、そのままスッ転ぶかと思いきや誰かにぶつかって、顔面強打を免れた。
「花田さん、大丈夫?」
「おぉ富田くん。助かったよどうもありがとう」
ヒーロー登場、と内心で呟きながら体勢を立て直す。
「どんくさ」
可愛らしい声に振り返れば、林田さんがツンとした表情で仁王立ちしていた。
「林田さんごめんね。引っ掛かっちゃった脚、大丈夫?」
「花田さん気にすることないよ。どうせわざとだし」
「いやいやそんなわけないでしょう」
富田くんの意味不明な発言にとりあえず突っ込んでから林田さんへ再び謝罪をすると、小さい顔を歪めて悔しそうな表情になった。
「なによっ!私は悪くないんだからね!弘樹、そんな子構ってないであっちで話そう?」
「やだよ。俺は花田さんと話すんだからお前があっち行けよ」
「…っ!じゃあ私もここにいてあげるわ!」
出た!ツンデレー!
いつもより若干クールな富田くんも併せてごちそうさま。それにしてもこの二人、並ぶと絵になって眼福ですなぁ。
なんて思いながら二人のやりとりを眺めていると、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴ったのですみやかに着席し、次の時間の準備を始めた。トイレに行きたかったのだけど仕方ない。
「はなこ、今日富田くんとなに話してたの?」
放課後、友人の郁美と帰宅している途中で唐突に質問された。ちなみにはなこ、とは私のアダ名である。はなだかなこ、の頭とお尻を取ってはなこ。普通にかなこと呼んでくれればいいのに、とは今さら思わない。なにせ小学生のときからの呼び名なので。
「特になにも話してないよ。転びかけたところを助けてもらったの。さすがヒーロー」
「また林田さんになんかされたんでしょー?」
「いや?単に私が彼女の脚に引っ掛かっただけだよ?」
「ふ~ん。まあいいけど」
富田がヒーローねぇ、と異議のありそうな言い方をする郁美が心底不思議で仕方ない。
「郁美は富田くんに助けられたことないの?」
「特に思い浮かばない。むしろはなこはどんなことされたわけ?」
「いろいろ助けてもらったよー。昨日なんて、ついに学校だけじゃなくて家で困ってたところを助けてもらっちゃった」
「…ちなみに?」
「お母さんがお米を買い忘れちゃってね、買いに行けって言うからごねてたんだけど、夕飯ないわよって脅されて、諦めて支度して行こうと思ったら、富田くんが玄関の前にお米持って立ってたの!」
「で?」
「なんか福引きでもらったんだって。持って帰るの大変だからもらってくれない?って言われてもらった。しかも10㎏!」
「…(…盗聴?)」
「お礼は手作りのお菓子をご所望だったから、平野さんとこ(ご近所の手作りケーキ屋さん)の手作りクッキーあげた!」
「…それは、あんたが作ったお菓子がいいって意味じゃないの?」
「えー?そんなこと言ってなかったよ」
「…まぁいいや」
刺激しないように気を付けなさいよ、と意味不明な言葉を残した郁美と別れて自宅へ向かう。家の前まで辿り着くと、富田くんが立っていた。
「花田さん、おかえり」
「富田くん?どうしたの?」
「…おかえり」
「ただいま?」
富田くんは、たまには直接言いたくて、と郁美と同じように意味不明な言葉と、いつもの爽やかな笑顔を残して去っていった。次の日郁美にその話をしたら、そっちだったか、となんだか一人で納得していた。
終わり
誤字等ご容赦ください。