悪夢と破滅_中篇≪亡命≫
前回の続きです
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「宰相様、宰相様!」
ドンドンドン、と扉を叩く音と冷静を欠いた衛兵の声が聞こえた
「…………んん?」
慌ただしい。
一体なんなんだ?
眠い。どうせくだらない用事だろうし、無視しても問題ないか…
それに、まだ朝早い。
「宰相様!宰相様!!」
眠い。寝かせてよ。寝かせなさい。寝かせろ
宰相様、ご起床してください!国王陛下が!!」
…………国王?
……あぁ。エジャがやったのね
………エジャ?
ユイはそこで弾かれた様に、ガバッと起き上がった
「あンの、馬鹿悪魔ぁっ!!!」
「さ、宰相様?!」
流石防音の利いているこの部屋でもユイが大声を出したのがわかったらしく慌てる衛兵の声が聞こえる。
ユイはとりあえず着替えてから部屋を出て衛兵をみると、昨日執務室に来た衛兵だった
「一体なに?グラスターさん以外は私の部屋に近寄らせないでって言ったでしょう?」
「も、申し訳ございません!グラスター様は…その、外せない用事がありまして……」
「……………そう。わかったわ。
で、何?国王がどうかしたって話らしいわね」
「あ、はい!それが、国王陛下は悪夢にうなされた様に呻き、起床されたらいきなり何かに怯えたように宰相様の名をしきりに呼んでいたのです」
「は?」
あの国王が?
ありえない。
「衛兵。冗談にしても質が悪いわよ?
なぜ国王様が私の名前を呼ぶの?」
「し、しかしこれは事実なんです」
「…………分かったわ。すぐに行くから待ってなさい」
「は、はい!」
ユイはそう言って部屋に入ると、昨日と同じ様ににこにことソファに座っているエジャがいた
「やぁ、ユイ。昨日振りだね。いい夢は見れたかい?」
「やっぱり……あの悪夢はアンタの仕業だったのね………」
「悪夢?おかしいなぁ…。君のはいい夢にしといた筈だけど?」
何を言っているのかな?と笑みを崩さずに言うエジャにユイは壁に背中を預けたままジロリと睨み付ける
「最っっっっっっっ悪な夢だったわよ」
「そんなに子供の頃の記憶が嫌いかい?」
「えぇ。記憶から抹消したいくらいにね」
「それは、悪い事をしたね」
「そう言っておきながらもう4回目じゃないの」
「もうやらないとは言っていないからね。それに、あの夢を見ている時の君は年齢相応の表情をしているしね」
「………いい加減にしないと、その耳引き千切る」
「こっ、コワ………わかったわかったよ。もうなるべく子供の頃の夢を見せないよ。」
「絶対。」
「ぜ、絶対、だ。」
大抵の事では応えないらしいエジャも、大声を出さずに睨み付けながら静かに言うユイに恐怖を覚えたらしく冷や汗をかいている
「破ったら二度と食事をできないようにしてやるわ」
ドンドンドン
「宰相様、まだですか!?」
「………………。
あんたとの話は後回しね。」
「あぁ。行ってらっしゃい」
「人払いはしてはいるけど消えてなさいよ。
ついでに部屋の外には出ない様にしときなさい。貴方が目撃されたら色々と面倒だわ」
「了、解。」
「………ふぅ。ホント、退屈しないなぁ」
ユイが行った扉の先を見てエジャは目を細めて笑った
(…でも彼女の機嫌を損ねるのはやめとこ。)
「あ。昨日グラスター、だっけ?に会ったって言うの忘れてた。」
〓廊下〓
「宰相様、何やら話していた様ですけど、誰か客人が?」
突然衛兵の言った言葉にギクリとした
もしかしてエジャとの会話が聞かれた?
まさか。あの部屋の防音設備は完璧だし、余程の地獄耳じゃないと精々ぼそぼそと声が聞こえるくらいで何を話しているかなんてわかる筈がない。
「別に違うわ。今日の会議の議題内容と要点を復唱していただけ」
「あ…。その会議なんですが………」
「?」
なに?何か嫌な予感がする…
「その…中止になりました」
「中止………?」
確かにエジャは巧く国王に悪夢を見せたみたいだけど
「会議が中止になる様な事が何かあったの?」
「そ、それは………
し、執務室につきました。会議については、中の方々から…………」
「そうね。ご苦労様」
〓〓〓〓〓
衛兵が言い淀む程の出来事が?いや。衛兵だから言い淀んでいるのか?
「失礼します。」
「宰相殿!」
「グラスターさん…?」
「宰相殿…わしはどうしたら……」
「落ち着いてください。どうしたんですか?」
入った途端縋りつく様に寄って来た彼にユイは内心驚きながらも冷静に対処する
いつも落ち着いているこの人がこんなにも慌てふためき乱れることがあったの…?
「一体どうしたんですか?」
「わしは、わしは、悪魔を見たのですぞ!」
「悪魔?……どういう事ですか?」
………まさか、エジャを見られた?
私はグラスターさんを座らせて何があったかを聞く
「昨日の事でしたぞ。
わしは国王陛下に言いつけられ深夜にお部屋に伺ったのです」
「深夜に?」
「はい。」
「…それで?陛下に呼ばれてどうしたのですか?」
「書類を取りに来いという言いつけ通りに行いました」
「そこで、何か見た、と。そう言うことですか?」
ユイが尋ねるとグラスターはこくこくと頷いた
「そうなのです!ふと見ると陛下の枕元には青年が浮かんでいたのです!」
…………本当に見られてやがった
ユイは一瞬額に青筋が浮かんだが、すぐに我に帰って言う
「幻じゃないのですか?」
ここは何とかしてグラスターさんの見たエジャを気のせいと思わせなくては
「違います!決して幻などではないのです!!」
「では、何かを見間違えたなどは?」
他の重役が横からいう。それを聞いてグラスターさんはその人物に食らいつく様に掴み掛かる
「違う!なぜ分からんのだ!?」
(………暫く落ち着きそうもないわね…)
私はグラスターさんを他の重鎮に任せて国王のいる部屋へと向かう
〓〓〓〓〓
「国王陛下、お呼びとお聞きしました」
「…………!」
「…………………………」
なんなんだ。あれが国王の姿か。
確かにエジャは壊したのか。
しかし、何かが違う。
言いにくいが壊れていない。怯え?
………いや、違うか
国王は黙っている私に予想外の言葉を発した
「……………なぜお前はここに来たのだ?」
「……?国王陛下が私をお呼びになられたと聞いています」
「違う。お前じゃない。誰でもない、わしが呼んだのは……………」
ああ、尊大な言い様だ。
しかし、国王なのだから仕方がない。
「………。」
国王は怪訝そうな表情をする
まさか伝達の聞き違いか?
ならものすごい失態だ………
「お前、名はなんと?」
「………………ユイ、です」
「ユイ………?」
「はい」
「ゆい、ユイ、ユイ、ユイ、ゆい、……………」
「……………」
あぁ、なんだ。急に人の名を連呼して
気味が悪い
「国王陛下、御用件がないのならば、私は下がらせて頂きます」
「ゆい、あぁ………ユイ…」
(本当に、気味が悪い)
人の狂った言葉のかき方がわかりません。
『悪夢と破滅』はあと後篇だけです