友達の危機 りかに異変
第二話をお読みいただきありがとうございます。前回、初詣の近道から謎の社へ迷い込んだ春馬は、戦国の侍・塚原一に取り憑かれてしまいました。強引で豪快な塚原と、軽口ばかりの春馬。正反対の二人による奇妙な一心同体生活が、いよいよ本格的に始まります。今回は、連れ去られたひろしを救うため、怖がりながらも春馬が一歩を踏み出します。一方、春馬との曖昧な関係に悩むりかにも、謎の紫色の光が現れました。二人の光は何を意味するのか、塚原を殺せと告げた女は何者なのか。春馬の冗談と塚原の説教を楽しみながら、物語の裏で動き始めた因縁にも注目していただければ幸いです。始まったばかりの二人の物語を、最後までお楽しみくださいね。
深夜のパーキング。
コンビニへ向かったひろしが戻らないまま、二十分ほどが経過していた。
春馬「遅くね? あいつコンビニで焼きそば作るところから始めてんの?」
塚原「先ほどから何をそわそわしておる。厠にでも行きたいのか?」
春馬「違うわ! ひろしだよ。コンビニ行ったまま全然戻ってこねーんだけど」
塚原「腹でも下したのであろう」
春馬「お前、心配の仕方が雑なんだよ。てか俺の体から出て運転席に座るのやめてくんない? 青白いオッサンが隣にいる車とか職質されたら説明できねーから」
塚原「ワシはお主以外には見えぬ」
春馬「それならそれで俺が誰もいない運転席にキレてるヤバい奴になるだろ!」
春馬はスマートフォンを取り出し、ひろしに電話をかけた。
呼び出し音が続く。
春馬「出ろよ……何してんだよ」
六回目の呼び出し音で電話がつながった。
春馬「あ、ひろし? お前おせーよ。肉まん蒸すところからやってんの?」
電話の向こうから低い声が返ってくる。
雅也「残念。ひろし君じゃありません」
春馬の表情が凍りついた。
雅也「さっきは世話になったな」
春馬「……雅也君?」
雅也「君付けすんなよ。お前、今どこにいる?」
春馬「いや、えっと……どちら様でしょうか。僕、赤井春馬じゃないんで。赤井の友達の青井です」
雅也「ひろしの携帯に、お前の名前が出てんだよ」
春馬「最近の携帯、個人情報出しすぎだろ……」
電話の奥から、ひろしの声が聞こえる。
ひろし「春馬! 来んな! 絶対来んなよ!」
誰かに殴られたような鈍い音がした。
ひろし「うっ……」
春馬「おい! ひろし!」
雅也「三十分以内に神社の裏に戻ってこい。来なかったら、こいつがどうなるかわかんねーぞ」
そこで電話は切れた。
春馬「……」
塚原「今の者が、先ほどのお主の連れか?」
春馬「捕まったっぽい……」
塚原「ならば助けに行くぞ」
春馬「ちょっ、待って。相手何人いた? 六人? 七人? しかもナイフ持ってた奴もいたし。警察に電話した方がよくない?」
塚原「仲間が危機に陥っておるのであろう」
春馬「そうだけどさ! 俺が行っても二人そろってボコられるだけだろ。さっき戦ったのは俺じゃなくてあんただし!」
塚原は黙って春馬を見つめた。
春馬「なに、その顔」
塚原「お主は、あの男を友と申したな」
春馬「友達だけど……」
塚原「友とは、都合の良い時にだけ笑い合う者ではない。窮地に背を向けておきながら、何が友か」
春馬「いや、正論みたいに言ってるけど、あんたが暴れたせいでこうなってんだからね?」
塚原「ワシは刃を向けられたゆえ応じただけじゃ」
春馬「火かき棒で全員ぶっ飛ばす必要あった⁈」
塚原「加減はした」
春馬「大体の加減でしょ? その“大体”で俺のひい爺ちゃん死んでるから!」
塚原「それとこれとは話が別じゃ!」
春馬「一緒だわ! 加減の話が出た時点で全部一緒だわ!」
塚原は腕を組み、しばらく黙った。
塚原「……怖いのか」
春馬「怖いに決まってんだろ」
塚原「ならば、なおさら行け」
春馬「どういう理屈だよ」
塚原「恐れぬ者が前へ出るのは容易い。恐れながらも誰かのために足を出す者を、真の勇気ある者と申す」
春馬「急にいいこと言うのやめて。断りづらくなるだろ……」
塚原「男たる者、友一人守れずして何を守る」
春馬「出たよ、男たる者。令和ではその説教、取り扱い注意なんですー」
塚原「れいわなど知らぬ! 早う車を出せ!」
春馬「俺、運転できねーの! 免許取りに行って絡まれて、怖くて行けなくなった奴なの!」
塚原「なんと情けない!」
春馬「さっきひろしから聞いただろ!」
春馬は運転席へ移動すると、キーを回そうとして手を止めた。
春馬「……これ、ひろしの車だよな」
塚原「ならば走って行くぞ」
春馬「戻るのにどんだけ時間かかると思ってんだよ!」
その時、駐車場の奥から一台のタクシーが入ってきた。
春馬「……神様、まだ俺のこと見捨ててなかった」
塚原「先ほど成仏させろと願った相手に、よく頼み事ができるのう」
春馬「神様とお化けは別窓口ですー!」
春馬はタクシーに向かって全力で走った。
◇
同じ頃。
りかは駅前にある小さな居酒屋で、バイト先の店長と向かい合っていた。
店長「珍しいよね。りかちゃんから飲みに誘ってくるなんて」
りか「たまにはいいじゃないですか。店長、彼女いないって言ってたし」
店長「それ、半年くらい前の話だけど」
りか「え……できたんですか?」
店長「できてたら二人で来ないよ」
りか「なんだ。びっくりした」
店長「その反応、少しは期待していい感じ?」
りか「さあ、どうでしょう」
りかは笑いながらグラスに口をつけた。
無理にでも笑っていれば、あの男のことを考えずに済む気がした。
店長「今日、何かあった?」
りか「別に。何もないです」
店長「何もない人は、そんな顔しないよ」
りか「……私、そんな変な顔してます?」
店長「笑ってるけど、目が全然笑ってない」
りか「店長って、そーゆーの気づくんですね」
店長「一応、毎日りかちゃんの顔見てるから」
りか「じゃあ私が本当に楽しい時もわかります?」
店長「今からそうしてみせます」
りか「うわ。店長、そんなキャラでしたっけ?」
二人は顔を見合わせて笑った。
春馬との関係に名前はなかった。
付き合っているわけでもない。
会いたいと言われれば会い、用が済めば帰っていく。
やめようと思ったことは何度もあった。
それでも連絡が来ると、断れなかった。
りか「ほんと、ばかみたい……」
店長「え?」
りか「なんでもないです。店長、次なに飲みます?」
その時、テーブルの上に置いていた携帯電話が鳴った。
画面には「おばあちゃん」と表示されている。
りか「ごめんなさい。ちょっと出ます」
店長「どうぞ」
りか「もしもし?」
祖母「りか、まだ帰らないのかい?」
りか「もうすぐ帰るよ。友達とご飯食べてただけだから大丈夫」
祖母「今日は冷えるからね。あんまり遅くならないようにね」
りか「わかってる。心配しすぎだって」
祖母「りかに何かあったら、おばあちゃんはお父さんとお母さんに顔向けできないからね」
りか「……大丈夫だよ。ちゃんと帰るから」
祖母「気をつけてね」
りか「うん」
電話を切ったりかは、画面を見つめたまま小さく息を吐いた。
店長「おばあちゃん?」
りか「はい。私、両親いないから。事故で亡くなって、おばあちゃんと二人暮らしなんです」
店長「そうだったんだ。ごめん、知らなくて」
りか「言ってないから知らなくて当然です。店長、そういう時どんな顔していいかわからなくなるタイプでしょ」
店長「完全に見抜かれてる」
りか「顔に出すぎなんですよ」
りかは笑った。
今度の笑顔は、少しだけ自然だった。
店を出ると、冷たい夜風が頬に当たった。
店長「送っていこうか?」
りか「大丈夫です。歩いて十分くらいなんで」
店長「じゃあ、家に着いたら連絡して」
りか「彼氏みたいなこと言いますね」
店長「立候補はしてる」
りか「考えときます」
店長「それ、一番期待できない返事だな」
りかは手を振り、店長と別れた。
住宅街に入ると、人通りはなくなった。
街灯も少なく、辺りは静まり返っている。
りかはコートのポケットに両手を入れ、白い息を吐きながら歩いた。
ふと、足元に薄い光が揺れた。
りか「……?」
地面に淡い紫色の光が映っている。
周囲に街灯はない。
携帯電話もポケットの中に入れたままだった。
りかは立ち止まって、後ろを振り返る。
誰もいない。
りか「なに……?」
一歩動くと、紫色の光も一緒に動いた。
光は、りかの左手の真下から伸びている。
恐る恐る左腕を持ち上げる。
コートの袖口から、かすかな紫色の光が漏れていた。
りか「え……嘘……」
震える右手でコートの袖をまくる。
左手の甲にある小さなほくろ。
そこから、脈を打つように紫色の光が浮かび上がっていた。
ドクン。
心臓が大きく跳ねる。
りか「なにこれ……」
紫色の光が一瞬だけ強くなった。
その直後、聞き覚えのない女の声が頭の中に響く。
女の声「――見つけた」
りかは息を止めた。
周囲を見回しても、誰もいない。
りか「誰……?」
女の声「ようやく、血が目覚めた」
りか「やめて……誰なの……」
左手の甲から紫色の光が腕へと広がっていく。
細い血管をなぞるように、光がゆっくりと肘へ向かって進む。
りかは必死に手を振り、光を消そうとする。
りか「やだ……やめてよ……」
その瞬間、りかの頭の中に見知らぬ光景が流れ込んだ。
燃え上がる集落。
地面に倒れた何人もの侍。
血に濡れた刀。
そして、紫色に輝く石の前に立つ一人の女。
女はゆっくりと振り返り、りかを見た。
女の声「塚原を……殺せ」
りか「……つか、はら?」
◇
神社へ向かうタクシーの中。
春馬は何度もひろしの携帯へ電話をかけていた。
しかし、もう誰も出ない。
春馬「なあ……もし、ひろしが死んでたらどうする?」
塚原「縁起でもないことを申すな」
春馬「だって、俺のせいじゃん。俺があんな所に入らなければ、あんたが俺に入ることもなかったし、あの人たちと揉めることもなかった」
塚原「ならば、生きて連れ戻せばよい」
春馬「簡単に言うなよ……」
塚原「春馬」
春馬「なに」
塚原「ワシがおる」
春馬は一瞬だけ塚原を見た。
春馬「……信用していいんだよな?」
塚原「加減は大体わかっておる」
春馬「それ言わない方が安心できた!」
タクシーが神社近くの道路へ入る。
遠くに屋台の灯りが見えた。
春馬の手は震えていた。
それでも、逃げようとはしなかった。
塚原「よいか。今度は先ほどのように長く体を借りぬ。必要な時だけワシを呼べ」
春馬「どうやって?」
塚原「強く念じろ」
春馬「“塚原さーん、出番ですよー”みたいな?」
塚原「そのような軽い呼び方で応じると思うな!」
春馬「条件厳しいな! 緊急サービスならワンタップで出てこいよ!」
タクシーが止まる。
春馬は料金を支払い、車を降りた。
冷たい風の中、人気のない神社の裏手へ向かう。
暗闇の奥に、数人の男たちが立っていた。
その中央で、ひろしが両手を縛られ、地面に座らされている。
ひろし「春馬……なんで来たんだよ……」
雅也がナイフを手に、ゆっくりと前へ出る。
雅也「ちゃんと来たじゃん。偉いね、春馬君」
春馬「ひろしを返してくんない?」
雅也「まずは土下座しろよ。そしたら考えてやる」
春馬「考えるだけ?」
雅也「立場わかってんのか?」
春馬は小さく息を吸う。
体の震えは止まらない。
塚原「春馬。恐れを恥じるな。足を止めぬことだけを考えろ」
春馬「わかってる……」
雅也「一人で何ぶつぶつ言ってんだ?」
春馬は雅也を見つめた。
春馬「いや、お前みたいな奴に土下座する時、右膝からいくか左膝からいくか相談してた」
雅也「……ふざけてんのか?」
春馬「怖くて泣きそうだから、ふざけてないと立ってらんねーんだよ」
春馬は震える拳を握った。
春馬「でも、ひろしは連れて帰る」
その瞬間、春馬の両目が淡い紫色に光った。
同じ頃。
夜道に立ち尽くすりかの左手から、紫色の光が天へ伸びる。
春馬とりか。
離れた二人の紫色の光が、まるで互いの存在を探すように脈打った。
塚原「……この気配は」
春馬「どうした?」
塚原「まさか……もう一人、目覚めたのか」
第二話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。ひろしを救うため、逃げたい気持ちを抱えながらも神社へ戻った春馬。塚原の力を借りるだけでなく、自分の意思で友を助けると決めたことで、彼の中にも小さな変化が生まれました。同じ頃、りかの左手に現れた紫色の光。彼女の頭に響いた女の声は、なぜ塚原の命を狙うのでしょうか。そして、春馬とりかに共通する「血」とは何なのか。次回は、雅也たちとの対決が本格的に始まり、春馬が塚原の力と引き換えに負う危険も明らかになります。二つの紫が交わる時、二人の日常はもう元には戻れません。春馬と塚原の騒がしく危険な一心同体を、ぜひ、引き続き見守っていただけるとうれしいです。




