BLUE
韓国が舞台のBLです。
ある日突然の出来事が自分の人生を180度変えてしまう事がある。
たった一度の人生でそんなに滅多に起きる事ではない。だけど、この時ばかりは本当に自分の生きてきた全てを投げ打ってでも、そうでありたいと思った。
そう、あの人に出会ってしまったから。
出会いは、陽射しが肌をジリジリと刺激するような暑い日だった。
あまりの暑さにくらくらして、飲み物を買い日射しから身を守るように建物の影に入り、買った飲み物を飲もうとした時だった。
フラフラと歩いてくる人影が、同じように建物の影に入り込んできた。
あぁ、この人も暑さでやられたのか……
そう思って何気なく横目でチラリと見る。
少し目に掛かる前髪が汗で濡れ、薄手のTシャツからは綺麗な鎖骨が見えていた。
黒いスキニーを履きこなすスラリとした華奢な身体が美しいラインを描く。
男なのか女なのか……
どっちにしても中性的な美しさを秘めていた。
口に含んだ水を飲み込む事さえ忘れてしまう程、見とれていた自分に気付き、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。
その人はポケットからタバコを取り出し火を付け、壁にもたれ深く息を吸い込み天に向かって煙を吐き出した。
上を向いた時に、掛かった前髪が後ろへ流れ美しい横顔と綺麗な首筋が露わになる。
性別も分からないその美しさは、まるで天使のような……でも悪魔にも見える魅力があった。
こんな人間が居たなんて……
ある意味カルチャーショックを受ける。
見とれ過ぎて持っていた水のボトルをアスファルトに落としてしまった。その音に驚いたのか、こちらに振り向き目が合う。
まるで石化してしまったかのように身体が動かない。
あまりにも不審な俺の反応に怪訝な表情を浮かべ「何?」と尋ねてきた。
その声はハスキーなのに高音で、やはり性別が分からなかった。
「いや、何も……」
そう言うと、その人は壁から離れ立ち去ろうと歩き出した。
だけど足元がおぼつかない。ふらりと、そのまま倒れそうになった。
危ないっ!
そう思って、とっさに身体を支えると華奢な白い身体がこちらにもたれ掛かる。
「大丈夫か!?」
顔を上げたその表情は儚げな、何とも言えない目をしていた。
「ありがとう……」
俺の肩に腕を回し地面に腰を降ろしてあげ、急いで飲み物を買ってきて飲ませると、細く息をついた後、たくさん飲み過ぎたせいか「ごほっ!」と咳き込んだ。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「熱中症か何かか?」
「分かんないけど……もしかしたらそうかも?」
そう言うと、ふふっと笑った。
その笑顔に思わずドキッとしてしまった。
いやいや、性別も分からないのに……もしも、男だったらどうすんだ?
そんな事を考えていると
「連絡先教えてくんない?」
「え?」
逆ナン!? まさかの?
「お礼したいから」
「いや、別にいいし!」
「そ? あんた良い人だね……」
「いや、別に良い人だなんて!」
がっつりナンパかと思って下心が出た事は絶対にバレないように振る舞う。
「やっぱお礼したいから教えて?」
茶色い瞳がこちらを覗き込んできて、思わず「はい」と返事をしてしまった。
メッセージに登録されていた名前は『ミンジュン』思いっきり男だった。
やっぱり……
かなり落胆してしまったが、仕方がない。これが現実なのだから。
数日後、美しいミンジュンは律儀にお礼と言ってご飯をご馳走すると言ってきた。
ただ水を飲ませてご飯だなんて悪いと断ったが、どうしても……と引き下がらないので都合が合う日に一緒に食事をする事にした。
ミンジュンは歳上の俺を「ヒョン」と呼んで、毎日のように連絡をして来るようになった。
男兄弟が居ない俺からすれば可愛い弟が出来たようで何だか嬉しかった。
甘え上手なミンジュンは本当に可愛い子供のようで俺は彼をアイ(子供)と呼ぶと「子供じゃないよ〜!」
と無邪気に笑った。
食事の日に待ち合わせ、ミンジュンお勧めのヨンナムドンにあるレストランに行くと、ミンジュンが好きそうな洋館風なインテリアに俺もひと目で気に入ってしまった。
乾杯をして美味しい料理を食べ、たわいもない会話で盛り上がる。
昔好きだった戦隊モノの好きな色は?の質問に俺はすかさず「ブルー」と答えるとソンジュンは「何で?」と瞳を輝かせ、持っていたグラスをテーブルに置いた。
子供の頃からなりきって遊ぶ時、レッドは主役だから、みんながレッドをやりたがっていたが俺だけは絶対にブルーを率先して選んでいた。
主人公らしく活躍し、みんなを助ける情熱に溢れたレッドよりも、ずっと傍で見守り、影でレッドを支えるブルーの方が俺の中ではずっと男らしく輝いて見えていたからだ。
「そうなんだぁ〜、やっぱジホヒョンは凄いね。
僕はずっとレッドに憧れてたけど、絶対にやらせて貰えなくて……」と苦笑いをした。
「もしかして……ピンク?」
「……そう」
気まずそうな表情を浮かべ、ミンジュンは口の中にタッカルビを放り込んだ。
「やっぱり〜!」
思わず爆笑してしまった。
「笑わないでよ!!」
ぷうっと膨れた顔が可愛く、ミンジュンはやはりピンクが似合うと思ってしまった。
ふたりで爆笑し過ぎて、ミンジュンが咳き込んだもんだから「大丈夫か?」と慌てて背中を摩ると「ヒョンが悪い!」ミンジュンがまた膨れ面をした。
お腹もいっぱいになり、ふたりで夜道を歩くと空高くに綺麗な月が輝いていた。
「ジホヒョン……?」
「何?」
「ジホヒョンと居ると……楽しい」
「ん? 何? 突然」
「本当に心が穏やかになる」
ミンジュンがそう呟いて、にこっと笑った。
その表情はとても綺麗で、そして儚げだった。
まるでチコリの花を見ているかのような……そんな気持ちになった瞬間、何故か俺の胸が高鳴った。
何考えてるんだ!?
あいつは男だぞ?
俺は断じてストレートだっ!
高鳴る鼓動を抑えようと深呼吸する。
「ジホヒョン、楽しければ楽しいほど別れ際が寂しくなるよ」
「何言ってんだ?会おうと思えばいつでも会えるじゃないか」
振り返ると、ミンジュンは橋の欄干の上に立っていた。
その姿は月明かりに照らされて、まるで天使が舞い降りて来たかのように美しかった。
「そうだね……」
そう言って空を見上げ両手を拡げた。
その姿を見てまるで胸を鷲掴みされたように苦しくなり、ミンジュンは本当に天使であの綺麗な月に今まさに帰っていくのでは……?
そんな切なさが心に過ぎったその時「あ……」ミンジュンがバランスを崩した。
声が出るよりも先に身体が動いた。
転がるように、ふたりでアスファルトに倒れる。
「危ないなぁ〜!! ってか痛ってぇ……」
俺の上に乗っかったミンジュンが慌てて、俺が怪我をしていないか確認をしているようだった。
「ヒョン、ごめん! 悪ノリし過ぎた」
「ほんとに! お前、飲み過ぎ!」
「ごめんね?」
甘えたように大きな可愛い瞳が許して?と訴える。
「あーっ!! もう、お前酒禁止!」
立ち上がってズボンを叩き「ん!」と手を差し伸べると、ミンジュンは急にパァっと笑顔になり「ジホヒョン! 大好き〜」と俺の手を握って立ち上がった。
こいつは完全なる小悪魔だ……
鳴り響く鼓動を抑えるために、また深呼吸をして家路に着いた。
だが、その翌日から毎日のようにあった連絡がパタリと無くなった。
おかしい...
そう思ってメッセージを送るが既読も付かない。電話もしてみたが出る様子も無い。
何かあったのでは?
心配になったが住んでる場所を知らないので動きようが無かった。
悶々としながら何度もメッセージを送ったが既読は付かないまま二週間が経った頃、仕事帰りに歩いていると後ろから「ジホヒョン!」と呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると笑顔いっぱいのミンジュンが立っていた。
「お前、今までどうしてたんだ!? どんだけ心配してたと思ってるんだよ?」
「ごめんごめん、ちょっと海外に行ってた」
「海外!?」
「うん、親が住んでるから。ちょっと体調崩したみたいですぐに帰ったから、電話持ってくの忘れた」
テヘッと笑ったミンジュン。
そんな顔を見て安心したのと同時に胸がきゅんと締め付けられた。
「で? 親御さんは大丈夫だったの?」
「うん、すぐに良くなったから」
「そっか……それは良かった。でも、お前の親が海外に住んでるなんて初耳だな〜」
「だって初めて言ったもん」
「そりゃそうだ」
ふたりで笑い合う。
ずっと悶々としていた気持ちが一気に和らいだ。
「ねぇ、ジホヒョン?」
「ん?」
「うちに遊びに来ない?」
彼の言葉に思わず、ドキッとする。
「お……おう」
声がひっくり返りそうになった。
何を動揺する事がある?こいつは可愛い弟、子供じゃないか……
「よし、行こっ!」
「こっちこっち!」
ミンジュンが俺の腕を掴み嬉しそうに走り出す。
本当に小悪魔には敵わない……
初めて行くミンジュンの部屋は、本当にオシャレでインテリアひとつひとつにこだわりを持っていて、とても素敵な部屋だった。
関心しながら見渡していると「ジホヒョン何やってんの? 座って?」と笑って言われ、ソワソワしながら座る。
ぎこちなく座っていた俺の前に出された紅茶は、とてもいい香りがして落ち着いた。
何気ない話をして、連絡を取ってなかった間に起きた話をすると、キラキラした笑顔でうんうんと頷きミンジュンが笑う。
そんな穏やかな時間がゆっくりと流れるように過ぎていく。
気付けば十二時を過ぎていた。
「そろそろ帰ろうかな」
立ち上がろうとした時、ぐっと腕を掴まれた。
「もっと一緒に居たい」
俺を見上げた顔が切なさを漂わしていた。
「どした……?」
ミンジュンの掴んだ手に力が入る。
「ジホヒョン……帰らないで」
なぜ今こんな事になってるんだ?
シングルのベッドにふたりで寝転ぶ。隣にはスヤスヤと眠る小悪魔……
しかも男。
何故か腕はガッチリと固定されるように握られている。
くそ〜!! 眠れない……こいつが女だったら……
チラリと横を向くと、長いまつ毛にふっくらとした唇、白く陶器のような綺麗な肌。
本当に性別を超える可愛さ。
思わず胸がどきどきしてしまったが、すぐに打ち消すように深呼吸をした。
何考えてる……
落ち着け!!
俺は女が好きなんだっ!
危ない考えをしないように顔を反対に向けると
「ジホヒョン……? 眠れないの……?」
小悪魔が目を擦りながら眠りから目覚めてしまった。
「いや……まぁ、うん」
「枕が違うと眠れない? ごめんね?」
ミンジュンは、しゅんと肩を落とす。
「いや、違う、大丈夫! 寝れるから」
ぎゅっと目をつぶる。
ふわりといい香りに包まれたと同時に頭をよしよしされた。
「俺は子供じゃないぞ……」
「ふふ……眠れない子供みたいだよ? 今日はジホヒョンがアイだね?」
「子供じゃないってば!」
目を開けると、思っていた以上にミンジュンの顔が近くて身体が固まってしまう。
近くで見るとさらに可愛い……
思わず理性が飛びそうになるが、頭の端っこに居たもうひとりの俺が(ダメだー!)と叫んでいる。
「ジホヒョン……」
見つめるミンジュンの表情は、また切なさと儚さを漂わす。
その表情を見て、頭の端っこに居たもうひとりの俺が白旗を上げようとした時……
「ジホヒョン、ありがとう……」
そう言って、そっと俺の唇にキスをしてきた。
その瞬間、理性が吹き飛びミンジュンをきつく抱き締めた。
「ジホヒョン……苦しい……」
「ごめん……」
腕の力を緩めると、ぷはっと顔を上げこちらを見てミンジュンが笑った。
その笑顔をそっと包み込み、何度もキスをした。
それからは何か自分の中で吹っ切れたように晴々とした気分だった。
俺は小悪魔に捕まってしまったのだ。それは仕方がない事実。
俺は小悪魔に恋をしている。
仕事も前より楽しくなった。とても幸せな気分に浸る。
あの電話が鳴るまでは...
仕事をしていると急に携帯が鳴る。
知らない番号……誰だろう?
誰も居ない廊下に出て通話ボタンを押した。
相手の話を聞いて電話を切ると、上司に早退すると報告して走り出した。
息をするのも忘れるほどに走る。もしかしたら俺の心臓は爆発するかもしれない。
目的地のエレベーターに飛び乗り震える手でボタンを押そうとするが、なかなか上手く押せなくてもう片方の手で抑えるようにしてボタンを押した。
息を切らせて部屋に飛び込むと、ミンジュンがそこに居た。
「おい……?」
ミンジュンは返事をしない。
「おい!」
ふらふらとミンジュンに近付き呼び掛けるが、ミンジュンは唇を閉ざしたまま喋ろうとしない。
「返事しろよ!」
身体を揺らす。
「電話の方ですか……?」
振り向くと白衣を着た男性が立っていた。
「……はい」
「これを……」
そっと携帯電話を渡された。
震える手で携帯を受け取る。
「この度は、本当に残念です」
頭を下げて、白衣の男性は部屋から出ていった。
部屋にふたりきりになる。
「何でだよ……!」
俺の目から落ちた涙がぽたりと落ちてミンジュンの頬を濡らした。
ミンジュンは静かに眠るように横たわり、目を開ける事も、話す事も無かった。
ただ、俺から零れた涙がミンジュンの美しい頬を伝ってキラキラと輝かせていた。
医者の話によるとミンジュンは癌だったそうだ。
分かった時には既に余命宣告をされるほど癌は進行していたようだった。
俺に出会った時にはすでに……
一度倒れて少し入院したそうだが、どうしても退院したいと懇願され、余命も短いと分かっていた医師は許可をした。
連絡がパタリと無くなった時がどうやらその時だったらしい。
大量の痛み止めを処方され、かなりの痛みと闘っていたはずだと医師は教えてくれた。
昨日、倒れて救急車で運ばれた時、ミンジュンの手には大事そうに携帯電話だけが握られていた。
そのまま眠るように息を引き取ったが、身寄りの居なかったミンジュンの携帯電話の着信履歴を見ると、俺の番号で埋まっていた為、医師が連絡を寄こしたようだった。
彼はやはり天使で、月が輝くあの空へと帰ってしまった……
簡単な葬儀を済ませた後、俺の手元には携帯電話だけが残り何気なく携帯を開いてみると、俺とのやり取りがたくさんのこされていた。
ふと未送信のメッセージが一通ある事に気が付いた。
そのメッセージを開けてみる。
「ジホヒョン、あなたに出会えて本当に良かった。
僕は余命宣告を受けてから、自分の世界が真っ暗になって何も見えなかった。
やりたい事もたくさんあった。
頼れる親も居ないし、この気持ちを誰にも分かってもらえず、ただひとりなんだと……この世界は本当に残酷なんだとそう思った。
このまま誰にも自分の存在を知られず、ただ道端に咲いていた小さな花が枯れていくように死んでいくんだと諦めていた。
自分の人生を呪ったりもしたし、幸せそうに歩く人達を呪ったりもした。
だけど、あの時ジホヒョンが僕を見付けてくれたから。
真っ暗だった僕の世界に小さな光が射したんだ。
ジホヒョンと過ごす度に、小さな光が大きな光になって幸せな気分になれた。
ジホヒョンはブルーが好きだと言ったよね?
でも、僕から見たらジホヒョンはやっぱりレッドで、僕のヒーローそのものだったよ。
でも、僕はやっぱりピンクだった!笑
最後にジホヒョンに会えた事、僕の人生の中で一番の幸せだった。
こんな僕を受け止めてくれたジホヒョン。たくさん笑顔をくれたジホヒョン。
感謝してる。ありがとう、僕のヒーロー。
大好きだよ!」
悲鳴のような叫び声を上げて泣いた。
俺は決してヒーローなんかでは無かった。死を覚悟して、痛みにも耐えて笑っていたミンジュンの方がよっぽどヒーローだった……
彼が空に帰ってから、何度もあの暑い夏を迎えた。
ジリジリと照らす太陽を避けるように日陰に入る。
「暑いね〜」
小さな手が、水の入ったボトルを落とさないように大事そうに抱える。
「そうだな……」
「後で公園で遊ぼ〜!」
「まだ遊ぶのか?」
「うん、お父さんはレッドね!」
にっこりと笑う可愛い笑顔。
「じゃあ、お前は?」
「僕はね、ブルーだよ!」
「どうして?」
「お父さんは僕のヒーローだから。カッコイイもん!僕はそんなお父さんを助けるの!だってね、たまにおっちょこちょいだから〜」
無邪気に笑う息子に外していた帽子を被せる。
「そろそろ行こうか?」
「うん!」
『僕のヒーロー』
その言葉を思い出し、胸が少しぎゅっとなった。
今思えば、俺をヒーローだと言ったミンジュンは、俺にとってのブルーだったのかもしれない。
ミンジュンの思い出は、俺の心をずっと支え続け、
彼の言葉に恥じないように、ヒーローでありたいと思えた。
きっとミンジュンは今も空高くで見守ってくれている。
「危ないから走るなよ?」
「はーい!」
小さな手を繋ぐと
「ジホヒョン」
優しく俺を呼ぶ声がして見上げると、空はとても美しく青く輝いていた。




