冬の思い出
第四弾です!
季節感? 何それ?
「……先輩」
「ん? 何だね少年」
猫どころか犬だってコタツで丸くなりそうなほどに冷えた真冬の学校。放課後、科学室へと向かう階段には、さえない地味めな男子高生と凛とした美しさを持つ色白美人の女子高生がいた。
窓から望める冬の夜空は学校中を灰色にし、明かりが暗い蛍光灯の存在感を強調しているように感じられる。
「なんで、忘年会をやるのにこんなに荷物がいるんですかぁ!?」
僕は自分の視界を覆うほどの大きな箱を抱えながら僕よりも高い位置にいる先輩に尋ねた。
「ああ……そりゃあ、あれだよ」
すると先輩は指を立たせ目を閉じ、まるで探偵のような仕草で言った。
「何があっても困らないように――替えの下着とか、コスプレグッズとか!」
「んなモン何に使うんだよ! ていうかまだコスプレは分かるけど、下着ってなに!? 濡れるようなことすんの!?」
「当たり前じゃないかぁ。忘年会と言ったら全身スクール水着で良いくらいだぞ?」
「そんな忘年会の隠された風習、僕は知りません! あとスクール水着はもともと全身仕様です!」
「おお! さすがだなスク水マニア」
「そんなキャラ立ってませんよ僕は!」
相も変わらず真面目に会話が出来ない先輩と漫才のようなやり取りをしているうちに科学室へと着く。
扉の上には『科学部』の文字がある。通称、奇人部。
「さて、みんなはもういるかな?」
先輩はなぜか常備装備している白衣をなびかせ、嬉しそうに科学室の扉を開ける。
「あけまして皆の衆ぅぅ!」
そう勢いよく放たれた先輩の声はストーブだけが点く無人の科学室に響いた。
「まだ来てないみたいですね。みんな」
「そんな……私の渾身のギャグが露に……!」
地面に手と膝を着いて先輩はへこんでいる。
どうやら、みんなの突っ込みを期待していたらしい。
「……言っときますけど。今の面白くないですよ」
「何だと!?」
下を向いていた先輩の顔がこちらへと視線を移す。
「だだだって、今から忘年会やろうというのに『あけまして――」
「説明しなくても言いたい事は分かります。そして面白くないです」
先輩は扉を開けっ放しで、静かにそこに伏せる。
「そんなところで寝ないでくださいよ! また変に思われるでしょう」
伏せている先輩を跨ぎながらそう告げて、普通の教室よりも大きな、科学室の机に抱えていた箱を置いた。
先輩はまだそのままの状態だ。
「まったく……クラスで僕まで変人扱いされているんですからね! 先輩達も科学部らしく大人しく実験でもしててくださいよ」
そう言って、僕はすっかり日が落ちた外を眺める。
もう外の部活動も終わり、校庭の端っこにある部室棟からは明かりが漏れていた。サッカー部に入っていた僕にはその光景がとても懐かしく見えた。
ふと、その光景に白い結晶が付け加えられているのに気付いた。
「あ……」
やがてそれははらはらと見渡す限りを覆い、世界を彩る。
「先輩! 雪ですよ! 雪!」
それを言うが否や、入り口に伏せていた先輩は全速力で起き上がり、僕の横まで駆けた。そして、これ以上ないってくらいに幸せそうな顔を浮かべて、身を乗り出す。
「……ぉおお! 今年最後の学校生活に粋なことしてくれるじゃないか、神さん!」
「……なぜに神様に対してそんなフレンドリィ?」
僕の突っ込みも今の先輩の耳には届かないようで、夢中で眺めている。
僕はそんな先輩を見て笑った。
「初めて見る雪じゃあるまいし、どんだけ真剣に眺めてるんですか?」
先輩は答える。
「いや、この教室から見ることが出来る雪はもう最後かもしれないからな。記念だ」
それは。
なぜだか、心に寂しさを感じさせる一言だった。
「最後って……卒業まであと二ヶ月ちょいありますよ?」
「でもこんな風にみんな揃って忘年会みたいなのはもうないぞ? 卒業記念パーティーみたいなもの開いてもらったとしても、その時にはもう雪が降る季節でもないからな。花見はまた別モンだ」
僕の心はズキズキと痛む。
「で でも、別に卒業してからだって部室に遊びに来ることくらい――」
「無いな」
僕の言葉を遮るように先輩は言った。
「私達はみんな気分屋だ。また新たな道を歩み始めたら、きっと全員が揃うことはなくなるだろう」
――だから、奇人なんて呼ばれるんだろうな。
そう言って先輩はくっくっくと笑った。綺麗なラインの横顔から望めるその笑顔がまた爽やかで、僕の心の中とはまったくの正反対だった。
「先ぱ――」
「だからな」
また僕の言葉を遮るように先輩は続けた。
「私はここでの思い出を大事にしたいんだよ。もしここに戻ってくることがあったら、またこの光景を思い出せるように――こうやってここでお前と話したことを思い出せるように」
先輩は続けた。
「そういうのが私の生き方なんだ」
先輩は窓に手を掛け、それを開く。
冷たく冷やされた空気がストーブに暖められた部屋にどっと流れ込んで来た。
「……なぁ、お前はなんでサッカー部やめて、こんなマイナー部に来たんだ?」
突然、先輩は切り出す。
僕は心臓が止まりそうなほど驚く。
「知ってたんですか!? 僕が元サッカー部だったこと」
「私に掛かれば、一個人の情報を調べるなんてわけないぞ。……喧嘩したんだってな」
僕は黙って頷いた。
「……ちょっと上下社会が激しくて――うちのサッカー部。僕、先輩からイジメられてたんですよ。でも、僕そんなの我慢できるタイプじゃなくて。で、ついキレちゃったんです、先輩に向かって」
先輩は神妙な顔でこちらを向いていた。
「そこから、同じ一年生の間でも僕と関わらないように距離を取られて、半ば追い出されるような感じでやめたんです、たった二ヶ月で。……まったく今、考えるとバカみたいですよね」
「そうか……」
先輩はそれ以上は何も聞いてこなかった。
――でもね、先輩。
そんなことでうじうじ悩んでいた僕が、たまたま通りかかった科学室で見たのは――最高に満足そうな顔で試験管を持ってる先輩だったんですよ。
最高に、かっこよかったんですよ。
「……先輩」
「ん? 何だね少年」
さっき階段でした同じやりとりを心の中で笑いながら、僕はある言葉を言う。
それはきっと先輩の今日という思い出を増やす言葉の一つになるだろう。
「……どうするヨ」
さえない地味めな男子高生と、凛とした美しさを持つ色白美人の女子高生が教室で会話を繰り広げている中、机の裏で二人を驚かせようと待ち構えていたメガネの男二人と女一人は分かりやすく困っていた。
「出るタイミング失いましたね……」
と、メガネの女。
「先輩が二人を驚かせようなんて言うからですよ!」
と、後輩らしきメガネの男。
『奇人部』と呼ばれるこの部活が忘年会を開始するのは、まだしばらく先のことである。