魔法使いの落とし物
数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。
魔法の設定はゆるゆるのご都合主義ですがご容赦ください。
「またリーゼロッテ様とご一緒されているのね、最近はずっとね、隠すつもりもないようね」
学生食堂の王族専用のコーナーで、エヴェレットとリーゼロッテが向かい合って昼食を摂っているのを見てセリアは眉を寄せた。一か月前までエヴェレットの向かいにはベルティナが座っていた、本来はそうあるべきなのだ。
エヴェレットはこの国グレンハイム王国の王太子、赤髪で翡翠の瞳のまだやんちゃな悪ガキと言った雰囲気が抜けない美少年。ベルティナはシュタイン侯爵家の長女、黒髪にアメジストの瞳の地味で冴えない感じの十六歳だ。共にここ王立学園の二年に進級したばかりだ。
エヴェレットとベルティナは三年前に婚約が調い、お茶会などの交流を重ねて円満な関係を築いていた。しかし最近エヴェレットはアルナ公爵令嬢のリーゼロッテと親密にしている。
喧嘩をしたわけではないし、なぜ急に遠ざけられたのかベルティナには心当たりがなかった。エヴェレットの気まぐれにしては相手が大物過ぎる。これがよくある平民育ちの男爵令嬢とかで、毛色が違うから珍しくて傍に置いてみた、なんてことなら学生時代の気まぐれと見過ごせるが、相手は四大公爵家の一つアルナ家の令嬢、気まぐれでは済まない相手なのだ。
「どういうおつもりなのかしら」
ベルティナの友人リージョン侯爵令嬢のセリアも腑に落ちない様子だ。
「それは、お二人が惹かれ合ったからじゃないの」
ベルティナは胸の痛みを隠しながらも平静を装った。
「リーゼロッテ様はついこの間までは、昨年卒業されて王宮魔法局に入局されたデルフィーノ・ウェルズ伯爵令息に夢中だったのに、もういいのかしら?」
「あら、そうなの?」
ベルティナはそう言った噂に疎い。
「リーゼロッテ様はまだ婚約者がいらっしゃらないのよね、やっぱりまだ王太子妃の座を諦めていなかったのかしら?」
身分から考えれば侯爵家のベルティナではなく、公爵家のリーゼロッテの方が順当だ。それにも拘らず、なぜかベルティナが選ばれた。もちろん立候補したり売り込んだりした覚えは全くない、いきなり王家から申し込みがあり、権力とは無縁の下流侯爵家シュタイン家の全員が慌てふためいた。
なにか訳があるのだろうかとシュタイン侯爵は首をひねったが、それがなんなのかは未だに不明だ。
訳がわからないまま、アッという間に婚約が調い、翌日からベルティナは王宮で厳しい王太子妃教育を受けていた。今は王立学園の学業と並行してだからハードなスケジュールをこなしている。
「でも、殿下がリーゼロッテ様を望まれるなら私は身を引くしかないわ、そもそも王命で結ばれた婚約、きっと殿下は最初から気に入らなかったのよ」
思い起こせばエヴェレットは初顔の合わせからベルティナをまともに見ない。毎週催されるお茶会の時も、居心地悪そうで心ここにあらずと言った感じだ。きっと好かれていないのだろうとベルティナは思っていた。
リーゼロッテはハニーブロンドにペリドットの瞳のたいそうな美少女、教養と品格を兼ね備えた淑女の鑑だ。隣に立たせるなら彼女のように凛とした華やかな女性の方が見栄えが良くていいだろう、きっとこの食堂にいる全員がお似合いの二人だと思っているだろうとベルティナは劣等感を抱いていた。
ベルティナは居た堪れなくなって、早々に食事を切り上げて食堂を後にした。
* * *
王太子妃教育で王宮へ赴くときは、授業が終わると王家の馬車でエヴェレットが送ってくれていた。しかし、ここ一カ月はそれもなく、ベルティナは一人、侯爵家の馬車で王宮に向かう。
三年前、思いもよらない王家からの申し出に、十三歳だったベルティナは胸を躍らせた。王太子エヴェレットのことは同じ年頃の令息令嬢のお茶会に招かれるようになった八歳くらいの頃から知っていた。二人きりで話をしたことはなかったが、いつも明るく朗らかな彼に憧れていた。
ベルティナの初恋だった。
だから選ばれたからには彼のために立派な王太子妃になろうと決心し、厳しくて辛い王太子妃教育にも真面目に取り組んだ。この先もずっとエヴェレットと一緒に人生を歩んで行くために寝る間も惜しんで頑張った。
初恋は実らないものと言うけれど、その通りだと、ベルティナの心は切なさで埋め尽くされた。
馬車が停まり、ドアが開けられてベルティナは降りる。
王太子妃教育は無駄になるかも知れないと思うと踏み出す足が重い。
しかし今日は王宮庭園のガゼボに案内された。
そこにはジョナス王妃が待っていた。予定が変わったと聞いていなかったベルティナは戸惑いながら促されるまま向かいに座った。
「エヴェレットとは仲良くやっている?」
ジョナスの一言で変更された理由を察したベルティナは胸がチクッとした。噂が伝わっているのだ。覚悟はしていたがジョナスの耳に入っているのなら終了までのカウントダウンが始まっていると言うことだ。
「そのことですが、来月の殿下の誕生日パーティーは欠席させていただいてもよろしいですか?」
もう隠す必要もないのだと思い切ってぶっちゃけた。
「なにを言うの!? 婚約者であるあなたが欠席するなど許されることではありませんよ」
ジョナスは驚きのあまり、扇を落としそうになった。
「承知しております、ですから婚約者には相応しくないと切り捨ててくださればよいかと」
「アルナ公爵令嬢とのことなの? 既にそこまで拗れているの?」
ジョナスは大きなため息を漏らした。
「パーティー用のドレスがまだ届かないと言うことは、そう言うことだと察しております」
大きなパーティーなどが開催される時は、毎回エヴェレットからドレスとアクセサリーが贈られる。しかし、今回はそれがない。
声が震えるのを必死で押さえてベルティナは王太子妃教育で習った〝本心を見抜かれない仮面〟を被った。淑女たるもの感情を露わにしてはいけないと王太子妃教育で教えられている。
「まあっ、あの子はどう言うつもりなのかしら」
「私に魅力が無いから仕方ありません。殿下が恋をされて私との婚約が障害になるのなら身を引く覚悟は出来ております」
パーティーの最中に婚約破棄を言い渡されるなんて目に遭うのは避けたい。以前に他国でそんな騒ぎがあったことは耳にしているので、その前にひっそりフェードアウトしたいとベルティナは考えていた。
「このままにはしておけないわね、明日はいつものお茶会だったわね」
婚約が決まった三年前から、毎週お茶会の席を設けていたが、
「でも、殿下は先週も先々週もお見えになりませんでしたから、きっと明日も」
王妃様は扇をバシッとテーブルに置いた。
「明日は必ず出席させます、ハッキリさせましょう」
帰る足も重かった。明日、決着するかも知れない、そうすればもうここへ来ることもなくなるのだ。そう思いながらベルティナは見納めになるかも知れないと中庭の花壇を見た。ジョナス王妃自慢の花園、美しい花々が咲き誇っている、と、土に上になにやらキラリと光るものが見えた。
「ん?」
ベルティナは思わずそれを拾い上げた。
指輪だった。
宝石類はついていないシンプルなものだったが、本体が虹色に輝く不思議な指輪だった。
あまりに美しかったその指輪を、ベルティナは何気なく左手の薬指にはめてみた。妙にピッタリだった。
「えっ?」
すぐに外そうとしたが抜けない。
「えーっ、どうしよう」
* * *
「お前、母上になにを言ったんだ」
翌日、サロンに入るなり、ベルティナはエヴェレットに責めるような言葉を浴びせられた。
そこには既にエヴェレットとリーゼロッテが座っていた。
昨日の宣言通り、ジョナス王妃はエヴェレットが来るように言い含めたのだろうが、彼は不服そうで子供のようにふてくされている。
そんなエヴェレットの横にいるリーゼロッテは、淑女の鑑と誉れ高いだけあり、腕に縋りついて豊満な胸を王太子に押し付けたりはせずに、ピンと背筋を伸ばして上品に座っていた。
リーゼロッテまで呼ばれたと言うことは、今日で終わりが決定なのだとベルティナは覚悟した。目頭が熱くなりエヴェレットの顔をまともに見られない。〝ああ、私はまだこの人のことが好きなのだ〟婚約破棄されたくないと悲鳴を上げる心を抑え込むように、ベルティナは包帯を巻いた左手を右手でギュッと握った。昨日、迂闊に嵌めて抜けなくなった指輪を隠すために包帯で隠していたのだ。
「その手はどうしたんだ」
包帯に気付いたエヴェレットが腰を浮かした時、国王夫妻が入室した。
三人は慌てて礼を取った。
「いったい、なにをやらかしたんだ? 私は忙しいのだ」
国王は理由を聞かずに連れて来られたのかうんざりした様子だが、
「この国の行く末に係わる一大事です」
ジョナスの強い口調に、室内の空気が凍り付いた。
国王は才色兼備の王妃ジョナスをこよなく愛しており、勝気でしっかり者の王妃の尻にすっかり敷かれている。このことは側近の間では知れ渡っているが、ジョナスは陛下を立てることも弁えているので、とても仲の良い夫婦に見えるし、実際そうだった。
「王太子の愚かな行いを見逃すわけにはいきませんから」
鋭い視線が突き刺さる、エヴェレットも厳格な母には頭が上がらなかった。
「お、俺は、なにもしていません」
「ベルティナに贈るはずのドレスはどうなっているのですか?」
「それは」
「私は別にドレスが欲しいわけではありません」
先が聞きたくなかったベルティナは思わず被せるように口を挟んでしまった。
「あっ、申し訳ございません、許可も得ずに発言してしまいました」
「いいのよ、あなたには話す権利があるわ、許可します、この際、言いたいことを言いなさい」
「それでは続けさせていただきます、私は殿下のご希望通り、婚約を解消させていただきたいと思っております」
「俺がいつそんなことを望んだんだ!」
エヴェレットが驚いたように身を乗り出した。
「では、言い方を変えます。私のように地味で冴えない女は王太子妃に相応しくありませんから、謹んで辞退させていただきます」
「そんな大事ならシュタイン侯爵も呼ぶ必要があるのではないか?」
国王陛下の顔が険しくなった。
「だから申し上げたでしょ、一大事だと」
「誤解です! 俺は婚約解消など望んではいません」
「ではどのようなお気持ちでリーゼロッテ様お付き合いなさっているのですか?」
「そんな大袈裟な、学友として語り合っているだけだ」
「今更お隠しになる必要はありません。私は身を引きますから、どうか真に愛する人と幸せになってください」
ベルティナは努めて冷静な口調で、精一杯の強がりを見せた。
「待て待て、勝手に話を進めるな」
「殿下はリーゼロッテ様を愛していらっしゃるんでしょ」
「誰がそんなことを言った! だいたいお前が悪いんだぞ、いつも俺の前では無表情でなにを考えているのか全然わからないし、こちらから一方的に結んだ婚約だからお前は嫌がっているんじゃないかと不安になって、お前の本心が知りたかったんだ」
「えっ?」
ポカンと口を開けたベルティナを見て、エヴェレットは言わなくてもいいことを口走ってしまったとばかりに動揺した。
「だから……」
「ああ、やっぱりそうなのね、浮気しているふりをしてヤキモチを妬かせたかったのね」
ジョナスが納得したようにうなずいた。
「なんと幼稚な」
国王陛下は大きな吐息を漏らしながらこめかみを押さえた。
「おかしいと思ったのよ、三年前あれほどベルティナとの婚約を望んだあなたが、もう心変わりしたとは思えなかったし」
「母上!」
ジョナスが漏らした言葉にエヴェレットは一瞬にして茹蛸のようになる。
「あらっ、私としたことが、秘密にする約束だったのに話してしまったわ、どうしましょう、いずれはちゃんと自分の口から告白をすると言っていたのにね」
ベルティナには到底信じられない話だった。エヴェレットが自分を好きなはずない、そんなそぶりは全くないのだからと思い直して、
「もし、三年前はそうだったとしても、一時の気の迷いだったのでしょう。そして王太子妃に相応しいのは華やかで周囲の人の目を惹くリーゼロッテ様のような方だと気付かれたのです、王妃様もそう思われるでしょ?」
「確かにあなたは見た目が地味で冴えないし、その魔女のような黒髪のせいかしら、リーゼロッテのような華やかさはありませんわね。最初エヴェレットがあなたを選んだと聞いた時は、なぜ? と趣味を疑いましたけどね」
ジョナスはそう言ってから慌てた。
「まあっ、ゴメンなさい、あなたを悪く言うつもりはなかったのよ」
何事にも動じない普段の王妃からは考えられない狼狽ぶりだ。
「私、どうしてしまったのかしら、言わなくてもいいことまでつい口を突いて出てしまったわ」
「かまいません、事実ですから。ハッキリ言っていただけて決心がつきました。父とも相談して正式に辞退させていただこうと思います、そうすれば殿下も心置きなくリーゼロッテ様と結ばれることが出来ますから」
「確かにアルナ公爵令嬢なら婚約者を差し替えても誰も文句は言わないだろうな」
国王までが余計な口を挟む。
しかしベルティナはさほどショックを受けなかった。三年前も婚約者候補の筆頭はリーゼロッテだったし、国王夫妻ともそれを望んでいたとことは耳に入っていた。
「なんてことを言うんです父上! 俺は……俺、俺は」
エヴェレット殿下の目が泳ぐ、泳ぐ、そして顔がさらに湯気が出そうなほど真っ赤になった。
「婚約解消なんて望んでいない! 母上の言う通り、俺はお前にヤキモチを妬いて縋りついてほしかったんだ!」
「はあ?」
エヴェレットの予想外の言葉に、ベルティナはまたポカンと口を開けた。
「お前の気持ちがわからなくてモヤモヤしていた時に思いついたんだ。お前と同じくらい優秀で家格が上のリーゼロッテと恋仲であるよう匂わせて、俺に捨てられるかも知れないと危機感を持てば、縋りついてくれるかと思ったんだ」
「なぜそんな発想になるのです? 私の気持ちを知りたければ聞いてくださればいいのに」
「恥ずかしくて聞けなかったんだよ」
エヴェレットはただ初心なヘタレだった。
「……そんな茶番にリーゼロッテ様を利用されたのですか?」
「彼女だって俺が好きなわけじゃないだろ、王太子妃の座を狙っているだけだろ」
「そんな言い方はリーゼロッテ様に失礼すぎます!」
「いいのです、ベルティナ様」
「いいえ、リーゼロッテ様はお怒りになっていいのですよ」
「殿下のおっしゃることはあながち間違ってはおりませんから。私を当て馬にしようとされていることは最初からわかっておりましたわ。もちろん私にとってはそんなことに利用されるなんて不本意ですが、王太子殿下のお誘いを断るわけには参りません。ですから騙されたふりをして涙の一つも見せて殿下に貸しを作っておいても損はないと考えましたの」
「「え……」」
揃って驚きの目を向けるエヴェレットとベルティナをよそにリーゼロッテは続けた。
「そもそも私には思いを寄せている方がいますの、殿下なんかに、あら、失礼、他の方に目移りは致しません。ただ、この恋が実らないのは承知しています。貴族に生まれた以上、政略の駒になる覚悟は出来ておりますから。だからベルティナ様を羨ましく思っておりますのよ、殿下がベルティナ様にベタ惚れなのは誰から見てもバレバレですもの、気付いていないのはご本人くらい、ベルティナ様は聡明な方なのに自分のことになると鈍感ですわね」
リーゼロッテは一気に言い切った。そして、ハッと我に返り、慌てて扇を開いて口元を隠した。
「あら、私としたことが、言わなくてもいいことまで話してしまいましたわ、王妃様につられたのかしら」
ベルティナは困惑しながらエヴェレットに目を向けたが、彼は白々しく目を逸らす。いつもそうだ、視線を合わせてはくれない。でも、それは……。
その時、ノックもなくドアが、バタン!! と開いた。
そこには銀色の長髪を靡かせ息を切らしたデルフィーノが立っていた。
サロンのドア口には当然国王夫妻の護衛騎士が立っているはず、いずれも腕利きの強者だ、こんな形で簡単に侵入を許すなんて普通はあり得ない。慌てて後を追ってきた騎士が捕らえようとするがデルフィーノには近付けなかった。なぜなら彼は魔法が使えるからだ。
デルフィーノ・ウェルズ伯爵令息は王宮魔法局の一員、去年王立学園を卒業して入局したばかりだが、この国の人間には珍しく強い魔力を持ち、類稀な才能で将来を約束された期待の魔法使いだ。近衛騎士の精鋭でも防御魔力を纏った彼には指一本触れられない。
「やっと見つけた!」
デルフィーノは真っ直ぐベルティナに駆け寄った。そしていきなり左手を握り締めた。
国王夫妻がいる部屋に無断で侵入するなんて不敬罪で処罰されかねない暴挙、その上未婚の女性の体に触れるなんて許されることではないが、
「あらあら、デルフィーノ」
美男の彼はジョナス王妃のお気に入りだ。銀色の長髪をサラサラと靡かせ、澄んだアクアマリンの瞳に甘いマスク、ただし本人に美男の自覚はなく、魔法研究オタクである。
「王妃様、ご機嫌麗しく」
「麗しくもないのよ、今は取り込んでいるのよ、あなたはなんの用なの? そのご令嬢は王太子の婚約者なのだけど」
叱るでも咎めるでもなくジョナスは寛大だった。隣の国王は面白くない顔をしているが、デルフィーノも鋼のメンタルで気付かない。
彼は驚いているベルティナをよそに、指輪を隠すために巻いていた包帯を強引にほどいた。
「この指輪を探していたのですよ、いつの間にか紛失していて、指輪の魔力が発動したのを感じて慌てて来たのです」
無造作に手を持ち上げられて、苦痛に顔を歪めるベルティナを見たエヴェレットは、猛然とデルフィーノに飛び掛かった。
「貴様! よくも俺のベルティナに!」
しかし、デルフィーノは難なく躱して、ついでにベルティナの指から指輪を抜き取った。あれほどフィットして抜けなかった指輪が、デルフィーノにかかると難なく抜けた。
「ずっと探してたんです、どこで落としたのかわからなくて、こんな大事なものを紛失するなんて俺としたことがとんだ失態です」
虹色に輝く指輪を掲げた。
それは魔法局でデルフィーノが開発した〝真実の指輪(仮)〟だそうだ。
指輪をはめた者に対しては嘘がつけなくなり、本心を話してしまう。犯罪者に自白させるための新しい魔道具として作られたものだが、まだ未完成品だ。
そんな国家機密に値するような代物が、なぜ花壇に落ちていたかは全くもって謎だ。
指輪が発動した魔力に気付いて、デルフィーノはここに辿り着いたと言う訳だ。
この部屋にいた者が普段とは違って妙に口が軽く、言わなくてもいいことまで話してしまったのは、ベルティナが指輪をはめていたからだった。
結局、デルフィーノの乱入と指輪の件で、話は有耶無耶のままお開きとなった。
婚約解消する気などエヴェレットにはコレっぽっちもなかった。ただ拗らせて幼稚な愚行に走っただけだった。
国王夫妻はそんな愚かで情けない者に将来国を任せて大丈夫なのか? 王太子の座を考え直さなければならないと頭を抱えた。
* * *
「ようやくあるべき形に戻りましたわね」
学生食堂の王族専用のコーナーで、エヴェレットとベルティナが向かい合って昼食を摂っているのを見てセリアは眉を下げた。
「ええ、あなたにはお手数をおかけしましたわね、この一カ月、ベルティナ様を独りぼっちにすることなくお相手をしていただいて」
少し離れた席で仲睦まじい二人を見ながら、リーゼロッテとセリアが昼食を共にしていた。珍しい組み合わせだと周囲はチラチラと様子を窺っている。
「聞きましたわよ、デルフィーノ様とのご婚約おめでとうございます」
「耳が早いのですね、まだ正式に発表していませんのに」
「私の婚約者は魔法局員ですのよ」
「あら、では今後ともよろしくお願い致しますわ」
あの後、迷惑をかけてしまったリーゼロッテにお詫びをしたいと言うジョナス王妃の言葉に甘えて、リーゼロッテはデルフィーノとお近づきになりたいので紹介してほしいとお願いをした。
リーゼロッテの気持ちを察したジョナスはアッと言う間に、アルナ公爵を説得して二人の婚約を調えた。
「魔法局員は皆驚いているそうですよ、研究オタクでご令嬢に興味がなかったデルフィーノ様がよく承知したと」
「アルナ公爵家が後ろ盾になれば、研究資金は惜しまないと申しましたから」
「それって、お金目当てですか?」
「きっかけはそれでもいいのです、私の美貌で落として見せますわ」
「凄い自信ですわね、ベルティナ様にもそんな自信があれば今回のようなことは起きなかったのに」
「そうですわね、お二人ともシャイですから、お互いの気持ちが素直に表せなかったのですね。でも、今回のことで王太子殿下に愛されている自信はついたはずですわ」
リーゼロッテとセリアは生温かい目を二人に向けた。
「ドレスは届いた?」
「ええ、ありがとうございます」
ベルティナの為に用意してくれたと一目でわかる薄紫のドレスは見事な仕立てで大満足だった。
「ギリギリまで焦らそうと思っていただけなのに、そんなに深刻に考えるなんて思いもよらなかったよ」
「だって、殿下は最初から私と目も合わせてくださらなかったから嫌われているとばかり、それにこの一カ月の仕打ち、ですから誕生日パーティーで婚約破棄を言い渡されるのでないかと恐れていたんです」
「ほんとうにすまなかった、バカなことをしたと反省してるんだ、危うくお前を失うところだった」
エヴェレットはテーブルに額が着くくらい頭を垂れた。
「いけません、王族が簡単に頭を下げるものではありません」
「そうか? 父上はよく母上に頭を下げているぞ、夫婦円満の秘訣だと言っているぞ」
「夫婦……」
ベルティナの頬がポッと赤らむ。
「愚かなことをしたせいで俺は王太子から降ろされるかもしれない、弟は優秀だからな、それでもお前には傍にいてほしいんだ」
「もちろんです、ずっとお傍にいますよ」
「愛してるよ、ベルティナ」
「あら、私はもう魔法の指輪はしていませんのに」
おしまい
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