第2話 名刺がない
ペロの後を追って森を歩いている間、
俺はどうしようもない懐かしさを感じていた。
ペロはどんどん前を歩いていく。
昔の散歩でも、いつもそうだった。
前へ前へとリードを引っ張って、
俺のペースなどお構いなしに、
どんどん進もうとする。
ついていくのがやっとで、
苦しいはずなのに、
胸はどこか嬉しさでいっぱいだった。
「ハジメ。
あれがハジメを連れていきたい場所だよ」
顔を上げると、
森の奥に建物が見えてきた。
木造で、少し古びているが、
きちんと手入れされていて、
とても立派な建物に見える。
「……ここは?」
「ギルドだよ!」
ペロは胸を張った。
ギルド。
いや、ちょっと待て。
その単語、
俺の人生で、
ゲームやファンタジーの中にしか
出てこないんだけど。
「ギルドって、あの冒険者が集まる?」
「冒険者? 何それ?」
……ああ、違うのか。
「ここは、獣人ギルドって言うんだ。
飼い主がまだこの世界に来ていない、
獣人たちが集まる場所なんだ」
飼い主が、まだ来ていない獣人たち?
「……ということは、ペロもここにいたの?」
「そうだよ!
ここでハジメが来るのを待ってたの」
正直、信じられない話だ。
「とりあえず中に入ろう!
会わせたい人は、このギルドのマスターなの」
ギルドマスター?
一番偉い人――つまり社長だろ?
そんな人に、アポも取らずに会うなんて、
怒られないのか?
そして……
何より俺は今……
当然、名刺なんて持ってない。
でも、もし相手から名刺を差し出されたら?
……その光景を想像しただけで、
身の毛がよだつ思いだ。
そんなことを思いながら、
恐る恐る扉を開けると、
中は思ったより静かだった。
酒場みたいな賑やかさはない。
話し声はあるが、どれも控えめで――
どこか遠慮がちだ。
(本当に獣人だ……)
中にいたのは、
人の姿をしているけど、
……だけど、人じゃない。
猫の耳を持つ少女。
角のある青年。
羽毛に覆われた老人。
皆、どこか寂しげな表情で――
でも、俺に興味があるらしく、
一斉に視線を向けてくる。
(……あの獣人たちは、
飼い主を待ってるのかな)
ちょっとせつない気持ちになる。
ペロは正面のカウンターに向かって進んでいく。
俺も付いていくと、カウンターの向こうに、
一人の男が立っていた。
背が高く、金髪に白いものが混じっている。
落ち着いた雰囲気で、どこか外国人らしい顔立ち。
そして、その肩には――
フクロウがとまっていた。
……いや、正確には、フクロウの顔をした、
小柄な獣人だった。
ということは、あの金髪の男が、
フクロウの飼い主なのだろうか。
そんなことを思っていると、
ペロがその男に話しかけた。
「マスター!」
(え、あの人が?)
よく見ると、確かに雰囲気がある。
背筋が伸びていて、落ち着いていて――
この場所を、長く守ってきた人なんだろう。
(……ということは、
あのフクロウの獣人は、
秘書なのかもしれない。)
社会人としての直感が、そう告げていた。
よし、まずあのフクロウを通して――
「おや」
そんなことを考えている間に、
マスターが振り向き、俺を一度見てから、
ペロに視線を移す。
「見つけたようだね」
「うん!」
ペロは、思い出したように勢いよく言った。
「ハジメ。
この人がギルドマスターのジョンさんだよ。
ハジメがこの世界に来たって、
教えてくれたのはジョンさんなの」
「え?」
俺が振り向くと、ペロは続ける。
「アタシ、嬉しすぎてさ。
すぐ探しに行ったんだよ!
森を、ずーっと!」
……ちょっと待て。
「ジョンさんが、俺がこの世界に来たって分かった?
どういうこと?」
ジョンは、俺を見て穏やかに言った。
「……君は、ペロや私の言葉が、わかるんだね」
「……え?」
思わず、間の抜けた声が出た。
ペロが俺の横で、嬉しそうに言う。
「そうなの。すごいでしょ?
……ジョンさん。
ハジメが皆の言葉が分かる理由を、
教えてあげて」
ジョンは、にこりと微笑んだ。
「ハジメ君というのか。
私はジョン。このギルドのマスターだ」
「……ハジメです」
差し出された手を、反射的に握る。
しっかりした手だった。
ジョンが、穏やかに続ける。
「私は、この世界で五十年の歳月を過ごしている」
……五十年?
ペロが二十年。
その倍以上。
(一体、どれだけの獣人や飼い主を見てきたんだ……)
「その私の経験上――
この世界には、ある一定の“ルール”がある」
ジョンは、静かに言った。
「そのルールを、これから君に伝えよう」
一瞬、ギルドの空気が張りつめた気がした。
俺は、その言葉に思わず息をのんだ。




