第10話 承認は下りない
ギルドのカウンターの奥。
いつもは依頼書とインクの匂いが混じる場所。
今日は普段とは違う、
緊迫した空気が流れていた。
テーブルの上には、
俺が急ごしらえで描いた作戦メモ。
セイコの特技を知って思いついた作戦。
文字は汚いが、内容はシンプルだ。
・セイコがポールの声真似をする
・ジャックを外へ誘き寄せる
・俺が「ポールを捕まえたフリ」で逃げる
・ジャックが追ってくる
・その間にサクラを救出
・可能ならポール確保(※無理はしない)
ジョンはメモを見て一つ疑問をつぶやいた。
「ほかの捕まっている獣人は助けないのか?」
「……獣人が、全員ジャックから、
逃げたいと思っているとは限りません。
先にサクラを救出すれば、
要塞の内情が分かります」
「……なるほど」
「あと、ポールは、
服従させるスキルを持っているので、
ペロにポールを捕まえさせるのは、
リスクがあります。
ポールを捕まえるのは僕がやるべきなので……
まずサクラを助けたい」
ジョンが腕を組んだまま、低く唸る。
「……すばらしい。
理屈としては、成立している。
ポールが捕まったとなれば、
ジャックは、必ず追ってくるはずだ」
「そうです。ただ……」
俺は、セイコの方を見た。
「この作戦では、
セイコさんにも、
ある程度のリスクを負ってもらうことになります」
一瞬、言葉を選ぶ。
「セイコさんは飛べるから、
最悪でも逃げ切れるとは思います。
でも……」
ロウの方を見る。
「ロウは……
ジャックの叫び声で、
ふらついて降りてきてしまった」
ロウが小さく鳴き、下を向いた。
だが、セイコは胸を張って言った。
「そんなの問題ないよ。
ポールの声真似は、あたしに任せておきな」
羽を軽く震わせ、にやりと笑う。
「あの爺さんに、
借りを作れるなんてさ。
こんな愉快なこと、そうそうないからね」
「セイコさん……」
思わず、胸が熱くなる。
だが――
ジョンは、まだ難しい顔をしていた。
そして、ゆっくりと首を振る。
「……この作戦には、
一つ重大な懸念事項がある」
その言葉に、
俺のペンが、ぴたりと止まった。
「ポールが、ジャックの近くにいた場合だ」
ジョンは、俺をまっすぐに見る。
「セイコの声真似は、
本物が近くにいれば、すぐに見抜かれる」
一拍、置いてから続けた。
「君たちは、
ポールとジャックの位置を、
正確に把握できるか?」
尤もな指摘だった。
ジョンは、静かに問いかける。
「例えば、人間の足音を獣人のものと、
聞き分けられるほどの聴力があれば――
可能かもしれん」
俺は、唇を噛んだ。
確かに、
動体視力も、反射神経も、身体能力も、
桁違いに上がっている。
だが――
「……僕には無理です」
正直に答える。
「聴力も向上はしていますが、
足音だけで
“人間かどうか”を判別できるほどじゃない」
「だろうな」
ジョンは静かに頷いた。
「何とかして、
ポールとジャックの位置が分かれば、
この作戦は実行可能だ」
「だが、その方法が見つかるまでは――
私は、この作戦に賛成できない」
その口調は、
まるでこう言われている気分だった。
――リスク評価が不十分。
――現場の安全が未確保。
――よって、本プロジェクトは承認できません。
……ああ、分かる。
めちゃくちゃ分かる。
やはり、机上の空論だったのか……。
そう思った、その時だった。
ギルドの重い扉が、
ぎい、と遠慮がちに開いた。
「す、すみません……」
控えめな声。
「ここに、
ジョンさんという方が
いると聞いたんですけど……」
振り向くと、
そこに立っていたのは――
二人の少女。
……いや。
ウサギの獣人だった。
長い耳。
小さな鼻。
ふわりとした毛並み。
「私たち、アカネとフジっていうの」
ジョンは、二人を見て穏やかに言った。
「私が、このギルドのマスター、ジョンだ。
すまないね。
ギルドは午後五時で終わりなんだが……
私に、何か用だったかな?」
アカネが、一歩前に出る。
「私たち、
ジョンさんが
“飼い主の居場所が分かる”って聞いて」
フジが、続ける。
「私たちの飼い主、
ミカが、この世界に来ているか知りたいの」
なんだって?
――飼い主はミカ。
アカネ。
フジ。
ウサギ。
その組み合わせを聞いた瞬間、
俺の思考は、完全に止まった。
それは――
俺が元の世界で、
触れ合っていた動物たちと。
そして、
もう過去に捨てたはずの記憶が、
再び、目の前に立っていたからだった。




