ときめき
完璧に寝不足だ…
開店後にコーヒーを飲みながら栗栖は頭を抱えていた
アラームで起きれたがほぼ2時間しか眠れなかった
栗栖は入荷したばかりのハーキーマーを紅蓮用に取っておく
輝きといい見事な虹といい極上品だぜ!
気に入ってもらえるといいな
11時か…そろそろ連絡するか…
ふぅっ…
瞳を閉じ大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせると栗栖は紅蓮に電話をかけた
トクトクトク…
なんだ、このドキドキは…自分の脈が聞こえるようだ…
「はい…」
ワ、ワンコででたっ!
しかも貴族的ないい声で…
俺は胸の高鳴りに気づかれないよう至って冷静に要件を告げる
「おはようございます。昨日ハーキーマーをお買い上げいただきましたローズの山田です。
紅蓮様がおっしゃっていたハーキーマーを入荷致しましたのでご連絡致しました」
「ん…2時間後に行くから虹入りのを取っておいて…」
ツーツーツー…
「それだけ? …切るの…はやっ…わざわざ連絡したのに…忙しいのかな…」
いやいや、相手はお客様だぜ、当然の反応だろう
何を期待してるんだ…俺は
「2時間後…」
栗栖は鏡を見て身だしなみを整えながらどこかウキウキしている自分にハッとする
なんだよ…なんでこんなに落ち着かないんだ…
恋する少女じゃあるまいし
恋?
「わあぁっ!」
しっかりしろ栗栖! 男相手になにてんぱってるんだ!!
「熱でもあるのかい?」
えっ…
背後から聞こえた耳心地のいい声に振り向くと
てんぱっている原因のその人が心配そうにのぞき込んでいた
何で? 2時間後って言ってたのに…
幻覚か?
彼はまじまじと俺を見つめると噴き出す
「ぷっ、あっははは…そんな幽霊でも観たような顔するなよ」
「もっ、申し訳ございませんっ。2時間後にみえるとばかり…」
「気が変わった…はやく見たくてね…打ち合わせは後回しにしたよ」
「打ち…合わせ?」
「日曜日に銀座で個展を開くんでね…よかったらおいで」
ええええ!!! 個展に招待された!!
日曜日なら定休日だし
「ありがとうございます! 伺わせて頂きます」
「ん…可愛いね…きみ…」
か、かわ…
いま、可愛いって言われた気がする…とうとう頭おかしくなったのかな、俺…寝不足で幻聴まで…
スッ…
紅蓮の長い指が栗栖の右瞼に優しく触れる
「赤いね…寝不足は免疫力が下がる…」
な、な、なんだ…この展開…
ヤバいヤバいヤバい
心臓のバクバクが…
「紅蓮様、ハーキーマーを…」
「朱璃でいいよ…きみは?」
「えっ?山田ですけど」
「下のな・ま・え」
紅蓮は美しい人差し指を栗栖の唇に当てながらからかうように質問する
「栗栖です」
「綺麗な名前だ…」
「ありがとうございます。母が森茉莉のファンで漢字で美しい名前をつけようと一週間悩んだそうです」
「そう…母君に愛されているんだね」
母君…ふつう時代錯誤の言い方だけどこの人が口にすると自然だな…
「おっと…時間がない…では見せていただこうか」
紅蓮は優雅な指先でハーキーマーを一粒ずつ手に取り見ている
「やあ…待たせて悪かったね…会いに来たよ」
石に話しかけてる…いや、俺もよく石と話してるけどなんか違うんだよな
数分後…11万と10万のふたつの石を選ぶとカウンターにやってきた
「素晴らしい透明感だ…それにこんな見事な虹入りは見たことがない!」
まるで熱に浮かされたように青白い頬を紅潮させうっとりと石を語る紅蓮
「この子たちは兄弟だね…引き裂いたら可哀そうだ…ふたりとも素晴らしいよ…」
愛し気に石を見つめる紅蓮を見てなんだかハーキーマーが羨ましいなと栗栖は思った
「気に入って頂けて良かったです! ありがとうございました」
丁寧に梱包すると栗栖は浄化用の水晶クラスターをサービスした
「上質なクラスターだな…いくら?」
「い、いえ、高価な石をお買い上げ頂きましたのでサービスです」
紅蓮はふと眉をしかめると黙って3000円を置く
「それはいけない…クラスターが気を悪くしてしまう、これからこの子たちが世話になるのだからね…」
困ったな…こんな高価な買い物してもらってお金はもらえないし…
「お客様、それではこちらのセージをお付けいたしましょう」
「おじき!」
「頑張ってるな栗栖、すっかり板についたじゃないか」
「失礼致しました。この子はわたしの甥でして…お気持ちは大変にありがたいのですが此方といたしましても何お付けせずにお帰り頂くのは心苦しいので…」
叔父の孝一に深々と頭を下げ紅蓮はセージを受け取った
「ありがとうございます。では…お言葉に甘えて頂戴致しましょう」
よ、よかった~流石おじき!
「栗栖くん、困らせて悪かったね。日曜日、待っているよ」
優雅に微笑みお店を出ていく紅蓮の後ろ姿を栗栖はぼぉっと見つめていた




