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追い水

 もし、水たまりが襲い掛かってきたら……。

 厚みのある小説を読んでいる聡。とにかく本が好きで時間があれば読んでいる。

 何気なく本から顔を上げると、幼馴染の直人が歩いているのが目に入った。

 小学生の頃はよく遊んだ仲。中学になって別々のクラスになってからは、あまり遊ばなくなった。

「直人」

 以前のように気軽に声をかけ、廊下に出る。

「放課後、暇だったら、久しぶりに図書館でも行かない」

 一瞬、直人は嬉しそうな顔をしたがすぐに暗い表情になり、

「用事があるから、行けないよ」

 首を横に振る。

「……」

 どんよりとした直人の背中を聡は見ていた。


「で、今日の分は?」

 一目見だけで善良とは程遠いと解る生徒に校舎裏で絡まれている直人。善良とは程遠いと解る生徒ゴリと陰ながら呼ばれている理由は五里と言う名字からではなく、その容姿から。誰も面と向かって言わないけど。

 ゴリの三下五人に取り囲まれ、逃げたくても逃げられない状況。

「これ以上は勘弁してください。もう、お金がないんです」

 手に持った鉄パイプで壁を叩く。鉄パイプは建設現場から盗んだもの。

「ひっ」

 直人は怯えて蹲る。

「お前は俺たちのATMなんだよ。金がないなら、盗んでもしてもってこい」

 クスクス笑っている三下五人。

 ちゃぽん、何かが水に落ちる音がした。

 何だと全員が水音のした場所を見た。そこにあったのは大きな水たまり。

「あんな水たまり、あったか?」

 首を傾げるゴリと三下四人。四人、五人いたのに四人。

 三下が一人、減っている。周囲を見回しても姿が見えない。何処かへ行ったとしても、あんな短時間でいなくなることなんてテレポートでもしない限り、無理。

 ちゃぽん、また水音がした。今度は警戒して周囲を見渡すゴリと三下三人。

 また一人減っている。

「水たまりの場所が変わっている」

 直人が言った通り、水たまりの場所が元々あった場所からずれていた。その場所に消えた三下が立っていた。

 一体、何が起こっているのか? 直人もゴリと三下二人も理解が追い付かない。

 水たまりが移動した三下一人の足元に。

「えっ?」

 ちゃぽん、水音を立てて水たまりに吸い込まれた。

 驚愕するしかない、どう見ても水たまりは人一人を沈めるほどの深さは無いはず。

 三下の一人が不用意にもつま先で水たまりをつついた。その瞬間、水たまりに吸い込まれた。

 一体、何が起こったというのか?

「この化け物がっ!」

 ゴリが鉄パイプを振り上げ、水たまりを殴りつける。

 鉄パイプが水たまりに触れた途端、物凄い力でゴリが引きずりこまれていく。

 鉄パイプを離せばいいのだが、混乱と恐怖で筋肉が硬直してしまい離すことが出来ない。

 ちゃぽん、水音を立ててゴリが水たまりに消えた。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 声を上げて直人が校舎裏から逃げ出す。

 あまりにも恐怖心に支配されていたため、聡がいたことに気が付かなかった。

 ペッと言わんばかりに水たまりが吐き出したのはゴリと三下五人が着ていた服と鉄パイプ。

 直人を追う水たまりも、潜んでいた聡に気が付かず。


 昨日、あんなことがあっても学校へ行かなくてはならない。出来るだけ、校舎裏での出来事は考えないようにして直人は家を出る。

 登校中、道の橋に水たまりが見えた。

 怯え、走り出す。だが、どんなに逃げても逃げても曲がり角、日陰、電柱の下など、様々な場所に水たまりがあった。

『俺を追ってきているんだ』

 恐怖を押し殺し、学校へ急ぐ。


 幸い、学校までは水たまりは追ってこなかった。

「ゴリと三下、昨日から行方不明なんだってな」

「何でも、校舎裏に下着ごと制服が脱ぎ捨ててあったんだってよ」

「じゃ何か、あいつら裸で逃げているのか」

「それは傑作だ」

 クラスメイトの笑いを聞いていると、否が応でも昨日のことを思い出させる。

『次は俺の番だ』

 頭を抱える直人。頭が恐れでいっぱいになり、教室に聡がいないことに気が付かなかった。


 下校時間、直人は寄り道せずに真っすぐ帰る。家までは水たまりも追ってこれないだろう。

 急ぐ急ぐ急ぐ急ぐ急ぐ、出来るだけ早く帰るために。

 直人の足が止まった。目の前に水たまり。

 いつの間にと思えるほどに突然、現れた。

「うわっあぁぁぁぁぁぁぁ」

 悲鳴を上げ、直人は逃げ出す。水たまりが追いかけてくる。

 水たまりは喜んでいた。獲物が怯える様を、獲物を追い詰めることを。

 ぼちゃん、水音がした。直人が水たまりに引きずり込まれた音ではない。ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん、何度も何が水に落ちる音がする。

 恐る恐る直人が振り向くと、聡が立っていた。その手には大きなエコバッグ。

 水たまりは消えていた。代わりに、そこにあったのは紙おむつの山。

「吸水性抜群の紙おむつだよ」

 直人に微笑みかける。大きなエコバッグに入れていた紙おむつを全部、水たまりにぶち込んだのだ。

 水たまりはすっかり紙おむつに吸水されてしまっている。流石は吸水性抜群の紙おむつ。

「何でここに?」

「実は……」

 昨日、直人を心配して校舎裏へ着けて行って一部始終を見たこと、水たまりが直人を追っていたので狙っていると気が付いたことを話す。

「相手が水たまりなので、この退治法を思いついたんだ。伊達に本ばかり読んでいるわけじゃない。こんな知識も身に着けているんだ」

 どんな知識だよと、命の恩人には突っ込まないでおいた。

 聡と直人の視線が水たまりを吸水した紙おむつに向けられる。

「俺が怯え続けた怪物を紙おむつで退治してしまうなんて……」

 何とも言えない気分。

「後は学校の焼却炉で燃やしてしまおう」

 聡はゴミ袋を取り出した。


 後日、勝手に焼却炉を使用したことで聡と直人が叱られたのは別の話。







 吸水剤を使うことも考えましたが、こっちの方がインパクトがあると思ったので。

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