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鮮血と桜と朧月

 正面には山賊の頭領とその側近、周囲には16名の部下たちが私たちを取り囲んでいた。相手の強さを測る特殊技能(スキル)は持っていないけれど――本気を出せば、生死を問わなければ制圧は容易だろう。ただ、”殺さない”が条件になると、話は別だ。一気に難易度が跳ね上がる。


 黒猫スーツなら、手加減しながら戦うのは簡単だけど……この世界のダメージって、どこまでが”致命”なんだろう。ゲームならライフポイント(略称:LP)がゼロになったら死亡扱い。でも、現実では剣で斬られるだけで致命傷のイメージしか湧かない。大抵の攻撃は見切れる――はず。でも、正直怖い。


「か、かしらァーッ! 自警団に全員やられた! いつの間にか、捕まって……!」


 砦の入り口から飛び込んできたのは、あの監視塔で私が気絶させた山賊だ。おそらく、私とサクラが捕縛した連中が、自警団に回収されているのを見たんだろう。


「……お前は、今まで何をしていた?」


 頭領の隣にいた褐色肌の美女が、冷ややかな視線を向けながら、責めるような声色で問いただす。露出度の高い衣装に包まれた、しなやかで健康的な肉体。エキゾチックな褐色の肌が、その美貌と気品をいっそう際立たせている。だが、その鋭い目つきと容赦のない言葉遣いには、サディスティックな気配が漂っていた。


「あの褐色の脚線美からの、あの腰つきに太腿。そして強気な性格……拙者を魅惑するとは、まったく、たまら……けしからんでござる」


 ……約1名、性癖に刺さっている人がいるようだ。ゲーム内でも同じような事を言ってた記憶がある。あの時は同性に対して冗談で言っていると思ったから笑えたけど、男が本気で口にしてると思うと――正直、ドン引きである。


「い、いや……それが……腹が痛くて、気絶を……」


 先生にサボりを問い詰められている時のクラスの男子を思い出す。そりゃあ、起きたら仲間がほぼ全滅してたら焦るよね。監視員として、立つ瀬がないにもほどがある。


「……無能がッ!」


 冷たく言い放ったその瞬間、褐色美女が腕を前に突き出す。彼女の手から放たれたのは、螺旋を描く2つの火球。――あれは、紅蓮双旋(ルビルスイグナス)。初速が速く、連射性能も高い、炎属性の上位魔法(ハイスペル)だ。あの女性はレベル40以上の魔法職で間違いない。


 火球は避ける間もなく、監視員の足元に直撃した。瞬間、彼の全身が業火に包まれ、絶叫を上げながら悶え、最後には黒く炭化した人型の物体へと変わっていた。あたりに漂うのは、焼け焦げた肉の匂い。山賊たちもその光景に息を呑んでいる。――うわ……最悪。焼死の瞬間なんて、マジで見たくなかった。私は、その場にへたり込んでしまった。……これが、この世界のリアル。


「大丈夫でござるか?」


 サクラが手を差し伸べようとした、その瞬間だった。蛇のようにうねりながら伸縮する、連なった刃――鞭のような剣が彼女の腕を切り裂いた。その奇妙な武器を操っているのは、もう1人の褐色美女。先ほどの魔法師とは別の側近のようだ。


「……蛇腹剣”アナンタ=ファング”か。懐かしい武器でござるな」


 サクラが呟く。初めて聞く名前だ。どうやら、SMO内で実装されていた武器のひとつらしい。彼女の袖が裂け、赤い染みがじわりと広がっていく。けれど、サクラは一切動じることなく、私の背中にそっと触れた。


「サクラ、血が……!」


 あわてる私をよそに、彼女は不思議そうに首をかしげながら答える。


「全然大丈夫でござるよ?」


 彼女の表情をみると、どうやら強がりではない。本気で気にしていないようだ。


「拙者のLPが6900くらいだとすると、今の攻撃はせいぜい10ダメージといったところでござるな」


 ……数値で説明された。なんかすごい。でも、単純に計算したら690回喰らったら死ぬってことだよね? その時点で十分ヤバいと思うんだけど……。ふとサクラの腕に目をやると、裂けていた袖がいつの間にか元に戻っていた。血の跡さえも、すっかり消えている。


「サクラ……袖、直ってる? えっ、なんで?」


「お、本当でござるな。ま、拙者の装備は“耐久値無限”にしてあるから、時間が経てば勝手に修復されるようでござるな」


 なるほど、そういうことか。服の耐久が無限なら、時間経過で元通りになるのか。たぶん武器も、刃こぼれすら起きないんだろう。――この世界の仕組みが、ほんの少しだけ垣間見えた気がした。


 私も含め、大抵のプレイヤーは最終装備の耐久値を課金アイテムでカスタムしていた。武器に関しては、強いのを手に入れるたびに課金して……お小遣い、結構つぎ込んだんだよなぁ。


「シノブ殿、怖がることはない。拙者がすぐに終わらせるでござる」


 サクラがそう言い切ると、取り囲んでいた山賊たちが一斉に吹き出した。


「ははっ、この2人、バロウキン様に勝つ気かよ!」


「カガシ様の剣も避けられなかったくせに、笑わせんなって!」


 ――『バロウキン』。どうやら、あの筋肉ムキムキの頭領の名前らしい。そして、厄介な蛇腹剣を使ってくるあの褐色美女が、『カガシ』ってわけね。そんな情報を整理していた瞬間だった。ゾクリと背筋が凍る気配――! 私は反射的に跳び上がった。直後、さっきまで座っていた場所に、蛇腹剣の刃が突き立った。


 ……これだ。この感覚、わかる。回避能力が高いほど、敵の攻撃の軌跡が“未来視”のように予測できる。まるで、来るべき危機を直前で察知するような――。


「侵入者、そのペット、なかなか俊敏じゃないか!」


 地面に突き刺さった刃が、蛇のようにうねりながら動き出す。カガシは跳躍中の私に追撃を仕掛けてきた。――見える! 空中で体を捻り、私は迫る刃の平を足場にするように蹴ると、さらに高く跳び上がった。ふわりと宙を舞いながら、自分でも驚くほど自然な動きができていた。……わ、私って凄くない? 改めて実感する。回避極振りの忍者――マジで最強!


「な……なんだと!?」


 カガシが目を見開く。彼女だけじゃない。私たちを取り囲んでいた山賊たちも、ぽかんと口を開けている。全員の視線が空中の私に向いている――その隙を、サクラは見逃さなかった。縮地とタオル神拳を駆使し、後方の山賊たち8人を一気に吹き飛ばす。


「なっ!? こいつ……やっちまえ!!」


 サクラは身を(ひるがえ)して前方の2人を叩きのめし、さらにもう2人を足払いで転ばせた。私は地面に着地すると同時にジグザグに走り出し、カガシ目がけて突進する。


「この化け猫が! カマル、援護を頼む!」


 ……化け猫とは失礼な。こんなプリティーな黒猫を捕まえて。カガシの蛇腹剣をすんでのところで回避し、鳩尾(みぞおち)へと体当たりを決める。カガシは一瞬ひるんだものの、踏みとどまって私をつかみ、そのまま放り投げた。一瞬視界がグラリと揺れたが、着地は問題なし。――思ったより強いかも、この人。


 その直後、カマルの放った火球が横をかすめて飛んでくる。危ないなぁ……このスーツ、借り物なんだから! 双子のように見分けがつかない2人――あの上位魔法(ハイスペル)を操るのが『カマル』ということか。


 私はすぐに判断を切り替え、入口のへしゃげた扉へと走り込む。中へ滑り込むと同時に、黒猫スーツを脱ぎ、ストレージにしまい込んだ。――この姿なら、絶対に勝てる。扉の影から勢いよく飛び出すと、ちょうどカガシとカマルが目の前まで迫っていた。


「なにぃ!?」「なにぃ!?」


 見事なステレオで驚く2人。その虚を突いて、カガシの胸部に掌底(しょうてい)を叩き込む。彼女の体は壁まで吹き飛び、そのまま崩れ落ちた。私は反動のまま身体を捻り、隣のカマルに横蹴りを叩き込む。脇腹に命中したその一撃で、彼女も崩れるように倒れ込んだ。――勝負は、一瞬で終わった。


 2人は床にうずくまり、ぴくりとも動かない。ゲームでは感じたことのなかった、奇妙な高揚感が全身を支配していく。戦うこと――それ自体が、こんなにも熱く、こんなにも心を震わせるなんて。


 中学の頃、私は吹奏楽部で、ずっと静かな日々を過ごしていた。人と“戦う”なんて、縁のない世界だったはずなのに。今、身体の芯から熱が溢れて、快感のように巡っていく。……もしかして私、戦闘民族なのかも。


 サクラの方に目を向けると、すでに周囲の山賊たちは全員倒れていた。残るは、腕を組んで余裕の笑みを浮かべている――頭領バロウキン、ただ1人。


「シノブ殿、ここで気絶している連中の捕縛をお願いしてもよいでござるか?」


「えっ? あ、うん。分かった」


 サクラはバロウキンに何やら言葉を交わすと、そのまま2人並んで広場の方へと歩いていった。たぶん、一騎討ちをするつもりなのだろう。


 私は旅用に買い込んでおいたロープを取り出し、倒れている山賊たちを順に縛っていく。その途中、床に落ちていた蛇腹剣に気づき、さりげなく拾い上げてストレージにしまい込んだ。……ふふ、これはもう“ドロップアイテム”ってことで、もらっておいていいよね。


 鼻歌まじりに縛り作業を続けながら、私はちょっぴり上機嫌だった。うん、明日またロープを買い足さなきゃな。


 ◆


 中庭の入口には自警団が集まり、縛り上げた山賊の構成員たちを次々と馬車へ運び込んでいた。おそらく60名近くになるが、そんな大人数を収監できる牢屋があの町にあるのか、少し気になるところでござる。


「……なるほど、貴様は冒険者ギルドの回し者というわけか」


 バロウキンは、そんな状況を目の当たりにしてなお、余裕の笑みを浮かべていた。自分の手下が壊滅状態だというのに、まったくどういう神経をしているのやら。


「いや、別に違うでござる。ただ……」


「……ただ?」


 中庭の中央で足を止め、拙者はバロウキンの方へと静かに振り返る。


「拙者の大切な友人たちに、手を出した。その礼を返しに来ただけでござるよ」


 そう言って、血にまみれ薄汚れたタオルを掲げ、真っ直ぐにバロウキンを睨み据える。その瞬間、わずかにだが、奴の眼光が鋭くなったように見えた。部下が倒れていくのをただ黙って見ていたこの男が、今になって拙者との一騎討ちを望むというのなら、それなりの自信があるのだろう。


「久しぶりに楽しめそうだ……ただし、俺様が勝ったら、お前は俺様の女だ。安心しろ、あの猫もきちんと“飼って”やるさ」


 シノブ殿を……飼う、だと!? なるほど、(はた)から見ればシノブ殿は拙者のペットに見えたのかもしれぬ。脳裏に、首輪を付けた裸のシノブ殿が浮かび上がる。……いや、駄目だ駄目だ! 拙者はいたってノーマルで、甘酸っぱい恋愛が好きなはず! こんなR18じみた脳内妄想は即座にモザイク処理しておこう。


「拙者は強いでござるよ。――死ぬ覚悟はできているでござるか?」


「声は気に食わんが、強気な女は好みだ。歯と声帯を取り除いて俺様が使いやすく、しつけ直してやるさ」


 その台詞に、全身が嫌悪感で震えた。弱者を踏みにじり、自分の欲望のままに支配しようとする――こいつは、きっと今まで何人もの人生を蹂躙してきたのだろう。あの傲慢な態度は、現実世界で上司に感じてきた、あの不快さを思い出させる。……拙者の中で、怒りが確かな形を持ち始めた。


 拙者は縮地を使い、ヤツの顔面めがけてタオルを振るった。しかしバロウキンは紙一重でそれを回避し、流れるように裏拳を繰り出す。咄嗟に左腕でガード――だが、まるで鉄塊を受け止めたかのような重い衝撃が走る。バロウキンは「ほう」と低く呟き、にやりと笑みを浮かべた。


 体術も腕力も、なかなかのものだ。――推定レベル60、職業はモンクといったところか。拙者はタオルを放り、構えを拳闘の型へと切り替える。


「……武術で俺様に挑むのか? それは蛮勇ってもんだ」


 バロウキンの拳がわずかに輝いたその瞬間、ヤツの巨体が目の前へと瞬時に現れる。――縮地、か! 拙者は即座に両腕でガードを組んだが、輝く拳はその防御をあっさりと弾き飛ばし、腹部に激烈な衝撃を叩き込んできた。浮遊感とともに吹き飛ばされ、遅れて凄まじい鈍痛が全身に広がる。


「つぅ……こ、これは……! がはっ、ごほっ!」


 ……馬鹿な。あれほどのレベル差があるはずなのに、これだけのダメージを受けるなんて。もしかして、拙者の目測が誤っていたのか?


「ほう、内臓を潰して動けなくするつもりだったが……”聖拳突き”を受けてまだ立っているとは。口だけではなさそうだな。」


 今の攻撃でわかった、こいつの職業は”拳聖”。拳聖は、物理系聖職者の最上位職、モンクのさらに上のクラスだ。そして上位特殊技能(ハイスキル)、“聖拳突き”――なるほど、そういうことか。この異常な痛みの正体がわかった。あの技は使用者のレベルに応じた固定ダメージを叩き込む。つまり、拙者の防御力やレベルは一切関係なかったというわけだ。


 ……にしても、序盤の町のサブイベントで、拳聖クラスのボスってどういうバランスなんだ。SMOを再現したこの異世界、もしかして拙者たちを使ってデバッグしているんじゃないだろうか。


「……ああ、痛ぇ。1500ってところか」


 本当は、もっと食らってるかもしれない。だが、そうは言えない。言いたくもない。


「クックック……今、俺様に服従を誓えば、許してやらんでもないぞ」


 バロウキンは完全に勝利を確信した表情を浮かべている。見下すような視線に、まるで“慈悲を与えてやる”とでも言いたげな態度。――反吐が出る。


 “お前が自分のミスだと認めれば許してやる”

 “いえ、それは……”


 バロウキンの声に、現実世界で何度も聞いた理不尽な言葉が脳裏をよぎる。上司の無責任な一言。それらのフラッシュバックに、怒りと憎しみが込み上げてくる。


「――それは、お前のミスだろうが」


 噛みしめるような声が漏れる。過去の記憶が、今の怒りに火を注ぐ。こいつの言葉は、いちいち人の感情を逆撫でする。拙者は静かに腰の刀に手をかけ、姿勢を低く構える。これは感情の爆発ではない。冷静な“殺意”だ。


「それが答えか。ならば――完膚なきまでの敗北を教えてやる」


 バロウキンの両拳に光が宿る。剛拳を構え、気迫を放つその姿は、まさに猛獣。同時に、拙者も腰を落とし、踏み出した。――瞬間、互いの身体が消えた。


「秘剣――”(おぼろ)三日月(みかづき)”!」


 縮地に乗せた神速の抜刀が、バロウキンの拳撃よりも一瞬だけ早かった。抜かれた刃が描くのは、空に浮かぶ薄闇の朧月。幾重にも重なる刃の残光が、彼の両腕、そして胴を一刀のもとに斬り裂いた。


 一拍置いて、宙を舞う鮮血が夜の(とばり)に散った。その中を、風に誘われるかのように桜の花びらが舞う――幻想的で、残酷な一瞬。斬撃は確かに致命を貫き、バロウキンは声ひとつ上げることなく崩れ落ちた。……これが、人を”殺す”ということか。


「シノブ殿の言っていた通り、後味が最悪でござるな」


 手にした白刃に伝う赤黒い血を見つめながら、拙者は自らの震えを押し殺した。

お読みいただきありがとうございます。

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