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少女と黒猫

 私はまず、外壁をひょいっと飛び越えて監視塔へと忍び込んだ。中は石造りの螺旋階段になっていて、ゆっくりと足音を殺して登っていく。頂上には、椅子に腰かけて暇そうにしている男が1人。大きく息を吸って……駆け出す。死角にまわりこみ、そのまま鳩尾(みぞおち)に体当たりした。


「ごはぁ!?」


 情けない声をあげて、監視員は机に突っ伏すように崩れ落ちた。私は緊張しながら様子を伺う――ふぅ……どうやら気絶しているだけみたい。たぶん内臓破裂とかは、してない……はず。よし、次!


 監視塔の窓から軽やかに飛び降りて、門の前に座っていた門番ふたりの背後を取ると、一気にその意識を刈り取る。


「……ふぅ」


 草むらに隠れていたサクラに手を振ると、サクラは親指を立てて「GOOD」のハンドサイン。私はアイテムストレージから、旅用に買っておいた荒縄を取り出し、彼に向かってポイッと放る。


「さすがシノブ殿、ロープまで準備してるとは抜け目ないでござるな」


「旅は何があるか分からないしね。ストレージに入れておけば荷物にもならないし。――じゃあ、次は中庭の警備ね!」


「了解でござる!」


 中庭を歩き回っている見張りは、ざっと12人。一定のルートを巡回しているらしく、動きにパターンがある。私は暗闇に紛れて1人ずつ気絶させ、サクラがすばやく縄で縛っていく――息の合った連携で、ものの10分もしないうちに全員を制圧した。


 その後、サクラは山賊の宿舎の陰に身を潜めて待機。私は牢のある小屋へと足を向ける。見張りは2人。槍を壁に立てかけ、机に座って話し込んでいる。灯りの下では机がひとつ、奥の牢屋は暗くて、格子がぼんやり見えるだけだ。


 ……でも、近づくにも隠れる場所がない。――仕方ない、ここは“猫”を演じるしかないか。


「に、にゃーん……」


 私は猫っぽく鳴きながら、できるだけ自然に、ゆっくりと見張りのほうへ歩いていく。


「なんだぁ……猫かよ、どこから入ったんだ?」


「ひとなつっこいな、こいこい」


 ひとりの監視員がしゃがんで手招きしてきた。この感じ、間違いない――猫好きだ。私はじゃれるようにすり寄っていき、距離が詰まった瞬間、鳩尾(みぞおち)にスッと体当たり。しゃがんでいた監視員はそのまま崩れ落ち、気絶して動かなくなった。


 すかさずもう一人の男の足元をすり抜けて机の下に潜り込み、椅子に座っていた彼の鳩尾(みぞおち)にも一撃――カコッという音と共に、そのまま気絶した。ふぅ……よし、これでこの部屋は制圧完了。


 あとは、牢屋の人たちを助け出すだけだ。倒れた見張りの腰から鍵束をくわえる、似たような形の鍵が17個と、やたら古びた大きな鍵が1個ついていた。……が、ここで大きな問題に気づいた。あ……このラブリーな猫の手じゃ、鍵回せない。おまけに、黒猫スーツ状態では開錠するための特殊技能(スキル)も使えない制限付き。完全に詰み手。


「うう……仕方ない、サクラに頼も――」


 そう思って扉を開けたその時だった。耳をつんざくような甲高い金属音が、断続的に敷地内に鳴り響いた。方向は……監視塔!? しまった……! そうだ、監視塔の見張りは気絶させただけで縛ってなかった。完全に油断してた。


 マズい、急がないと。このままじゃ、せっかくの作戦がパーになってしまう。せめて手が使えれば……そう考えてハッとする。めちゃくちゃ簡単な方法をすっかり忘れてた。私は急いで黒猫スーツを脱ぎ、ストレージに仕舞いこんだ。


「こうすれば、良いんだよね」


 久しぶりに背筋を伸ばすと、体が軽くなった気がする。うん、気持ちがいい。よし、急ごう。私は即座に特殊技能(スキル)”影縫い”を発動し、監視員をその場に固定する。この特殊技能(スキル)は相手が気絶中なら成功率は文句なしの100パーセントだ。私は鍵束を拾い、牢屋の扉を開ける。すると、監禁されていた住人たちが驚いたように後ずさった。


「大丈夫、安心してください。皆さんを助けに来ました」


 そう言うと、緊張で強張っていた表情が、少しずつ和らいでいくのがわかった。近くにいた女性の手枷(てかせ)を外そうと鍵を試すが……合わない。同じような鍵ばかりだけど、微妙に全部違うのか。これを1つずつ試すなんて時間がもったいない。


 ――よし、試してみよう。


 特殊技能(スキル)”開錠”を使用してみた。これは鍵付きの扉や宝箱を開錠する斥候職の上位特殊技能(ハイスキル)だ。……手枷にも通じるかな? そんな心配をよそに、ガチャッ、と小気味良い音を立てて、全員の手枷が一斉に外れた。


「……やった!」


 私は皆を小屋の外へ誘導していく。その中には少年探偵団の子たちの姿もあった。


「姉ちゃん、すげぇな!」「ありがとうございます!」


 みんな元気そうでホッとする。でも、ミアちゃんだけは元気がなさそうに、うつむいていた。やっぱり怖かったよね。誘拐なんて、幼い女の子には受け入れがたい状況だろう。


「ミアちゃん、よく頑張ったね」


 優しく頭を撫でると、ミアちゃんはきょとんとした顔で私を見上げた。


「……猫ちゃん?」


 その言葉に、私の思考が一瞬で止まった。えっ!? なんでバレたの!? 擬態は完璧だったはず。猫姿と人間の姿をつなぐ情報は一切出してない……はず。まさか、特殊技能(スキル)持ち? 感知系? それとも……脳内で仮説がグルグル回る中、とっさに口から出たのは――


「ナ、ナンノコトカナ?」


 我ながら驚くほど棒読みだった。すると、ミアちゃんはちょっとだけ微笑んで、ポツリと呟いた。


「……声と、私の名前……知ってたから」


 ――あ、そうだった。私はこの姿で、ミアちゃんに会うのは初めてだった。ミアちゃんは気まずそうに視線をそらしながら、そっと私の顔を見上げる。その表情が、なんだか申し訳なさそうで。私は自分の迂闊(うかつ)さに苦笑しながら、そっと言った。


「……くれぐれも、私のことは内緒にしてね」


 すると、彼女はぱっと顔を明るくして、嬉しそうに大きく頷いた。なんだろう、この感じ。……前にも同じことを言ったような……そんな気がする。


 私は住民たちを誘導し、中庭へと駆け出した――そして目に飛び込んできたのは、山賊の宿舎付近でサクラが複数の山賊に囲まれている姿だった。サクラ……ごめん! 私のせいで……


 焦る気持ちを押し殺しながら、私は住民たち全員に一列に手をつないでもらった。そして、特殊技能”煙玉”を使用する。これは確率でモンスターの命中率を下げて、自身の回避率を上昇させる効果がある。右手に現れたのは、灰色のゴムボール。これを地面に投げつけると、地面に触れた瞬間――音もなく、無味無臭の濃い煙が周囲を包んだ。


「これで、ひとまずの目くらましにはなるはず!」


 私はすぐに索敵を使い、煙の中でも皆の位置を把握しながら、砦の外へ誘導する。時間との勝負だ。私たちはなんとか外へ出ることができた。その時、前方にいくつかの反応が現れた。


 山賊の増援か……!? ちがう、あれは自警団?


 どうやら明日を待たずに少人数ながらやってきてくれたようだ。彼らは、砦から吹き上がる煙と、突然現れた大勢の住民に戸惑っている様子だった。


「来てくれたんですね! 皆を解放しました、保護をお願いできますか!」


 私がそう声をかけると――自警団の中でざわめきが広がり、1人の男が私を指さして叫んだ。


「……こいつ、指名手配犯だぞ! ほら、あの冒険者殺しの女だ!」


 ――しまった! 今、私は黒猫スーツを脱いだままだった。あのときの“私”の姿がそのまま通報されてたんだ。完全に、私のミスだ。後ずさる私の前に、ひょいと小さな体が立ちはだかった。


「……ミアちゃん!?」


 少女は両手を広げ、必死に私を庇っていた。震える肩。だけど、その背中にははっきりとした“勇気”があった。


「お姉ちゃんは悪い人じゃないよ! 皆を助けてくれた、すっごく優しい人なんだから!」


 その言葉が胸に染みた。こんな小さな子が、恩を忘れずに守ろうとしてくれている。私は、温かいものがこみ上げてくるのを感じた。私は優しく彼女の肩に手を置くと、自警団に向かって静かに言った。


「全部が終わったら、ちゃんと捕まります。それまで……少しだけ、時間をください」


 そう言い残し、私はその場から跳躍し、砦の中へと舞い戻った。中庭に戻ると、サクラを中心にして倒れている山賊たちが視界いっぱいに転がっていた。え、なにこれ。ま、まさか……全員、殺しちゃった?私は一瞬身構えたが、サクラはにこやかに手を上げて、何かをひらひらと見せてきた。


「見よ、これぞ拙者の奥義――“タオル神拳”でござる」


 それは、さっきお風呂上がりに使っていたハンディタオルだった。倒れている山賊たちをよく見れば、顔面に見事なまでの赤い腫れができている。どうやら、柔らかいタオルで思い切り顔面を張られて、脳震盪を起こしているだけのようだ。それにしても命名がタオル神拳って……子供か。


「……サクラって器用だね」


 皮肉を込めたつもりだったが、サクラはまんざらでもない様子で鼻の下をこすっていた。


「いやぁ、それほどでも……あるでござるよ!」


 ほんと、こういうとこブレないな。私は苦笑しながら、再び黒猫スーツを装着する。さて、残るは……私たちは本丸の大きな建物へと歩き始めた。


 入口を守る門番2人が、こちらに槍を向けて威嚇してくる。2階からは監視員が4人、弓を構えて狙っていた。


「上は任せて!」


 私は素早く走り、暗闇に紛れて2階へと跳躍する。飛んできた矢を華麗に回避し、そのまま4人の無力化に成功した。下を見ると、サクラがタオルを振り回して門番を倒していた。……私よりもよほど手加減が上手い。少し悔しい。


 砦の扉は施錠されていて開く様子がない。私が特殊技能(スキル)で開けようとしたその時、サクラが思い切り扉を蹴り飛ばした。頑丈そうな鉄製の扉は足跡が残るほど変形し、鉄くずとなって吹き飛ぶ。……さすが“腕力”極振りの前衛職。ゲームのオブジェクトではないから、物理で破壊できるんだ。


 ロビーのような部屋には、2階へ続く階段と奥へと繋がる大きな扉がある。索敵では、1階フロアに16名、さらに奥の部屋に3名の反応が確認できる。やがて、その大きな扉が開き、外にいた連中よりも高価な武具を身につけた山賊たちが、武器を構えて押し寄せてきた。うわ……こういう中途半端に強そうなのが、一番厄介なんだよね


 私たちはあっさりと包囲される。ゲーム内で中級者が装備しそうな武器や防具がいくつか見える。……斬られたらやっぱり痛いんだろうか?


「侵入者め、何が目的だ!」


「……当初の目的は、もう果たしたよね」


 私がそう言うと、サクラは余裕の表情でうなずいた。その時、山賊たちの間にざわめきが広がった。――あ、そっか。今の私は猫の姿だった。女山賊たちが「なにあれ可愛い!」「今、喋った? すっごーい!」と黄色い声を上げている。


 一方の男たちはというと、美形でグラマーな女侍を舐め回すような目で見つめ、下品な笑いを浮かべながらヒソヒソ話をしている。ああいう、男の欲望を凝縮したような表情……生理的に無理。


「じゃあ、ちょっと遊んでいけよ。可愛がってやるからよ」


「へっへっへ……」


「こいつは上玉だぜ、ぐふふっ」


 山賊たちは輪をジリジリと狭めながら、間合いを詰めてくる。


「……拙者が好みでござるか?」


 そう言ってサクラは、胸元をそっとはだけて谷間をあらわにした。――あ、あいつ……サラシ巻いてない。そういえば、お風呂上がりに急いで出てきたんだった。そりゃ巻いてる暇なんてなかったか。……っていうか、女の魅力を武器にするなんて、さすがネカマ歴の長さは伊達じゃない。


 男たちの視線は、明らかにサクラの胸元に釘付けになっている。……けれど、サクラの声はどう聞いても男のものなので、動揺が隠せない様子だ。


「お、男……なのか?」


「でも、胸があるぞ……肉付きも女そのものだ」


 周囲に何とも言えない微妙な空気が漂い、山賊たちの動きが一瞬止まる。これ、ネカマにしか使えない新しい特殊技能(スキル)なんじゃ……? 効果は敵全体に“困惑”付与とか。そんなことを考えていると、サクラは余裕の笑みを浮かべながら、わざとらしく胸元を揺らして見せた。その時――奥の扉が静かに開き、残りの3人がゆっくりと姿を現す。取り囲んでいた山賊たちが左右に避け、輪の中に彼らが歩み出てきた。


 中央に立つのは、ひときわ体格の良いスキンヘッドの男。その両脇には、浅黒い肌にエキゾチックな雰囲気をまとった女性2人が控えていた。


「ほう、いい女じゃねぇか。俺様に会いに来たのか?」


 にやりと笑みを浮かべながら、男は重い足取りで歩み寄ってくる。鍛え上げられた肉体には、戦いの傷跡といくつもの刺青が刻まれていた。見た目は軽装にも見えるが、身につけている衣服や装飾品には、微かに魔力(マナ)の気配が宿っている。


 ――間違いない。こいつが、この砦を牛耳る山賊の頭領だ。

お読みいただきありがとうございます。

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