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千貌混沌『魔人アルラト』

 -アビスダンジョン 20階層-


 2日間の休息を終え、そこからさらに約5日をかけて、ボス部屋と思われる大扉の前へと辿り着いた。古びた金属製の大扉には、幾本もの触手が絡みついた異形の生物が彫刻されている。


 11階層から20階層の間は、10階層までと比べると比較的モンスターの数が少なかった印象だ。ただ、そのぶんダンジョンの構造は複雑で、何度も行き止まりに突き当たり落胆させられた。索敵でダンジョン構造まで分かれば楽なのだが、灯りの無い構造物では敵勢反応以外は目視できないのだ。


「――皆、作戦は覚えているな?」


 私たちは同時に頷く。20階層のフロアボスは、千貌混沌(せんぼうこんとん)の”アルラト”。第1形態ではパーティーメンバーそっくりに擬態して現れ、武具の強化値以外は全て同じ能力値で襲い掛かってくる。


 作戦は、自身の擬態を抑え込み撃破すること。この戦法はゲームでも鉄板だった。職業特性や特殊技能の効果、立ち回り方、そして自分自身の弱点は自分が一番よく知っている。特に装備品については、初期装備のような弱いものや、耐性の明確な弱点を持つ装備をわざと身に着けて挑むのが基本だ。


 ……というわけで、私たちは『バカンス水着』に『水属性耐性マント』を装備していた。“バカンス水着”は、以前スパリゾート“ヴァナヘイム”で着用していたもので、見た目が変わるだけで防御力は皆無。”水属性耐性マント”はサクヤが用意していた防寒具で、寒さを抑える程度の効果しかなく、むしろ雷属性が弱点になる。


 ドッちゃんは、強化済みのラバースーツ『ノクス・ファントム』を脱ぎ、ハイディングクロークのみ。つまり全裸にマントという姿だが、女性型の機械種(アンドロイド)というのは逆に格好良く見える。


 見た目は金属製のマネキンに精巧な可動部が付いたようで、脚部の底には高出力のバーニアスラスタが備わっていた。普段は見ることのできないその姿に、私たちは思わず興味を惹かれ、細部まで見せてもらった。


 サクラたちも、女性の裸を見るような艶めいた視線ではなく、高級な玩具を前にした少年のような瞳を輝かせている。私たちがあまりにも好奇心のままに食いつくので、心なしかドッちゃんは少し照れているように見えた。


 この装備で扉を開けて戦いを挑めば、全ての擬態魔人に弱点属性が付与したうえで、防御力はほぼ未装備状態になるという戦法だ。戦闘開始と同時に雷属性耐性を持つ装備へと付け替え、雷属性の魔法で一気に攻撃を仕掛ける。


 サクヤの雷属性特化武器”雷槌ミョルニル”と、ハーちゃんの魔法(スペル)があれば余裕で勝てるはずだ。第2形態の対魔人アルラトは総力戦となる。物理攻撃が中心となる戦いなので、私が分身体でヘイト調整と攻撃回数を稼ぎ、その隙に皆で一斉攻撃を仕掛ける作戦だ。


「ほら、開けるぞ!」


「おう!」


 ドッちゃんが大扉を押し開けると、10階層と同じく開けた岩場が視界に広がった。フロア中央には、複数の触手が絡み合ったような球状の物体が転がっている。その影が盛り上がり、やがて人型へと変貌を遂げていった。


「おいおい、あれは……話が違うでござる!」


 真っ先に叫んだのはサクラだった。5体の人型の影が、すべてドッちゃんの姿へと変化したのだ。ゲームであれば、ミッション参加者それぞれの姿に擬態するはず。しかし、この世界では違っていた。よりによって、この中で最強の実力を誇るドッちゃんが5人も……。


 まるで魔人が自らの意思で、強いプレイヤーだけを選別しているような……まさかね。だが、相手が機械種(アンドロイド)であるドッちゃんの擬態なら、元々の作戦通り雷属性が弱点となるはずだ。


「各個撃破は中止だが、作戦に変更はない! 弱点は電撃だ。ハーデスとサクヤが主力攻撃役(メインアタッカー)、他はフォローに回れ!」


「了解!」「久々に暴れさせてもらいます!」

「推して参る!」「暗黒の雷撃で無へと帰してやろう!」


 皆、急いで強化済みの装備へと切り替える。その間に5体の擬態者は、身に着けていたハイディングクロークで姿を潜めた。私は索敵と影分身を展開し、目標の位置へと飛び込む。姿は視認できないが、索敵には赤いマークとして表示される。すなわち、透明化で姿を隠しても私には丸見えだ。一撃を加えれば、しばらくは透明化を使えなくなるはず。


 だが、そう簡単にはいかなかった。姿の見えない銃撃に、皆が回避できずに被弾する。ドッちゃんが敵にまわると厄介なのは、以前クリスタルタワーで戦った時に痛感している。動きが早く、狙撃も回避も一流。課金弾のヘッドショットを喰らったら、たぶんサクラくらいしか耐えれないだろう。


 サプレッサーにより発砲音が小さく、しかも発射時に移動しており、すでにその位置にいない。透明化をうまく利用した居場所を特定させない立ち回り。まさにプロのスナイパーのような動き。


 私以外の全員が被弾し、傷を負い翻弄される。身体能力も技量も、どれをとっても本物のドッちゃんに引けを取らない強さを誇っていたのだ。散開して攻撃を仕掛けていた分身体たちは、その刃を振るう前にあっさりと消滅させられてしまう。


「――強い! ……でも!」


 私は透明化した目標の目の前で再び影分身を発動し、フェイントを交えた一斉攻撃を仕掛けた。8本の刀のうち1本が擬態者の左肩を斬り裂き、透明化が解除される。次の瞬間、姿を現した擬態者の眉間を雷撃が付与された弾丸が貫いた。眉間の穴から電光が迸り、頭部が爆発四散する。


 おおよその狙撃位置に青いマークが表示されていた。本物のドッちゃんが姿を消して、電撃属性弾で狙撃してくれたのだ。私はドッちゃんの方角に向けて、親指を立てて合図を送る。


「シノブ! 存在の揺らぎを示せ。影ごと封じ、動きを断ち切ってやろう!」


 ハーちゃんの叫び声が響く。要するに「おおよその位置を教えろ、まとめて動けなくする」ということだ。私は現在地から見た適性反応の位置を叫んだ。


「伏せよ……今より我が終末を招き降ろす! 雷皇級(フルメン・イウ)神罰(ディキウム)!」


 ハーちゃんは私が指示した方向に長杖を構え、電属性の究極攻撃魔法(アルティメルスペル)を放った。サクヤの扱う”神ノ雷(ディトニトル)”の数倍はありそうな雷撃が、実体を持ち具現化されたように光と轟音を鳴らしながら、フロア全体へと駆け巡った。


 その雷撃はまさに光速。敵味方関係なく回避不能な速さで、ハーちゃんを除く全てを貫き薙ぎ払った。透明化していた残り4体が解け、その姿を(あら)わにする。しかも3体は電撃による麻痺効果が付与されているらしく、動くことができないようだった。


「こら! 味方まで巻き込むんじゃない!」


 電撃を真面に喰らったサクラが、ハーちゃんに向かって叫ぶ。サクヤは電撃無効を付与した”OLスーツ”を装備していたので無傷。私も距離が遠かったせいか、少し「ピリッ」と感じた程度だった。


 サクラは電撃の痛みを、怒りに変えて、動けない擬態者に強烈な斬撃を叩き込む。一方、サクヤは起き上がろうとしているもう1体を目掛け、大槌を振り上げた。


「ま、待て。私だ、本物だ!」


「うん?」


 普段冷静なドッちゃんが、珍しく狼狽えた声を上げる。サクヤは確認を促すように、私に視線を向けた。私もさっき気付いたんだけど、4体のうちの1体は青いマークのため、ドッちゃん本人だったのだ。


「うん、それ本物のドッちゃんだよ」


 私は索敵で青いマークがついていることを確認し、サクヤに返す。倒れて動けないドッちゃんは、ホッと胸を撫でおろしているようだった。まだ透明化の効いた赤マークが1体いる。


 回復役(ヒーラー)のアークビショップとはいえ、元戦士職の”腕力極振り”のハーちゃんが雷属性に特化した雷槌ミョルニルで攻撃すれば、ドッちゃんでも大ダメージを受ける……そりゃ、ホッとするよね。


 透明化の解けたもう1体は皆にまかせ、私は透明化が有効な残りの1体へ向かって走った。最初の1体と戦った時に気付いたことがある。私の出す分身体と同じく、それぞれに個性があるのではないかと感じた。


 戦闘技術はドッちゃんと同じ感じだったが、本人より若干腕力が強いように感じたのだ。そして、まだ透明化が効いている個体は、おそらく回避重視タイプだ。あのフロア全体を包む雷撃を回避するほどだ。もしかしたら、私よりも素早く動けるかもしれない。しかし、姿さえ捉えれば、”命中極振り”のドッちゃんが必ず射抜いてくれるはずだ。


「ハーちゃん、手伝って!」


「フッ、我が魂の妻の頼みを誰が断ろうか!」


 ハーちゃんは私の指定したポイントに向け、炎と氷の究極攻撃魔法(アルティメルスペル)を放つ。さらに雷の上位魔法(ハイスペル)で移動範囲を絞り、目標の場所へと誘導する。あとは分身体を使って囲い込み、追い込んでいく。


 私には索敵で動きが丸見えだ。もう少し……来た! 透明化した擬態者が地面に仕掛けた粘着罠に見事に足を取られた。完全に意表をつかれたらしく、分身体の刃が刺さり、あっさりとその姿を現した。


「シノブ、分身を解いてくれ!」


 後方からドッちゃんの声が響き、私は瞬時に分身を解除した。その瞬間、擬態者の胸を弾丸が貫く。しかし、致命傷ではなかったらしく、粘着罠を引きはがし立ち上がって走り出した。


 後方には回復魔法(リカバリースペル)をかけるサクヤと、長銃を構えるドッちゃんの姿がある。傷と麻痺により、狙撃位置が逸れたようだ。大丈夫、私たちはパーティーだ。些細なミスなんて、気にならないほどの連携ができると自負している。そう、擬態者が逃げた先には、侍の姿が見えた。高速の斬撃が擬態者を一閃のもとに斬り伏せた。


「……終いでござる」


 居合いの構えを解き、サクラが立たなを鞘に納める。素早い斬撃に遅れ桜の花びらが周囲に舞い散る。……さすがに決まっている。これで全ての擬態者を倒した。彼らは影へと溶け込み、触手の球体へと戻っていく。


 いよいよ、第2形態のお出ましだ。まるで花の(つぼみ)が開くように、触手がゆっくりとほどけていく。その中から、子供用のハーフパンツの礼服を着た小さな男の子が姿を現した。少し癖っ毛のある黒髪を(なび)かせ、優し気な微笑みを浮かべた少年は、私たちに向けて拍手をし始めた。


「いやぁ、凄いです。僕、驚いちゃいました!」


 少年は暗闇でも分かる黄金色の瞳を輝かせ、賛美に満ちた表情で拍手をする。少し妙な雰囲気に、私たちは顔を見合わせた。ゲームでは会話イベントなんて存在せず、生物的に襲ってきただけなので、この展開は完全に予想外だった。


「僕の名前はアルラトって言います。一応、魔人をしています。ちょっと、皆さんと遊んでみたかっただけで、敵意は一切ありません」


 突然の自己紹介と、敵意の否定に私たちは武器を構えたまま固まる。魔人も少し困った表情を浮かべ、何か考え込んでいる様子だ。何かの罠なのだろうか? それとも、オスロウ国の洞窟地下の赤龍と同じく、戦闘意思がないのは本当なのだろうか。情報が少なく、判断が難しい。


 皆が悩む中、ハーちゃんがゆっくり歩き出し、魔人の前に立った。彼は魔人を色々な角度から観察し始める。相変わらずマイペースというか……突然襲われないか、見ていてヒヤヒヤする。


「……この服は原初の物だな」


 服が原初? ――どういう意味だろう。よくよく見るとゲームの時の服装とは、少し違うデザインのように見える。


「――どうしたの? パパ。僕って何か変かな?」


「パ、パパ!?」


 魔人が自然な口調でハーちゃんを“パパ”と呼んだ瞬間、皆が同時に驚く。なぜかハーちゃんは突然大きな笑い声を上げた。私たちはさらに訳が分からず、困惑するばかりだった。


「ああ、こいつは大丈夫だ。敵意は無いようだ」


 ハーちゃんは魔人の頭を撫でる。魔人は照れくさそうに、それを受け止めていた。


「意味が分からない。ハーデス、説明してくれないか?」


 私たちは武器を収め、本当の親子のように接する2人へと近づく。目の前の魔人は10歳くらいの年齢で、長い睫毛にクリクリとした大きな目をしており、凄く可愛い容姿だった。ハーちゃんに撫でられて喜ぶ様子は、小動物のようで庇護欲(ひごよく)を掻き立てられると言うか……愛らしさに胸が高鳴る。


 ゲームでは巨大化したり、計6本の腕に武器を持って襲ってきたりする。たしか魔獣形態もあったはず、……それと同一人物とは、とても思えない。私たちが魔人をじっと見ていると、ふいにとんでもないことを口にした。


「パパはね、僕をプログラムしてくれたんだよ! 凄いでしょ!」


 無邪気に笑い、嬉しそうに話す魔人。詳しく聞くと、どうやらハーちゃんはゲーム”SMO”の基礎プログラムを構築したメンバーの一人だという。その事実を聞き、私たちはこの世界に転移してきたときと同じくらい驚いた。


「え、ええと……ハーちゃんってSMOを造ったメンバーに居たの? 本当に?」


「……うむ。まぁ、サービス終了を迎えた事だし、もう喋ってもクビにはなるまい」


 あっさりとした肯定に、私たちは再び驚いた。その後は質問攻めが始まる。本当の年齢は何歳か、なぜプレイヤーとして遊んでいたのか、開発の裏話や普段聞けない話題が飛び交った。


 システムエンジニアとは聞いていたが、実際にSMOを造った開発メンバーだったとは思わなかった。ハーちゃんは吹っ切れたように質問にペラペラと答え、その中二病の難解な言い回しを私が翻訳していた。


 ハーちゃんはSMO初期の立ち上げメンバーで、サービス開始と同時に別のプロジェクトへ回されたという。目の前の魔人が「パパ」と呼んだのは、ストーリーモードに出現するモンスターの一部をハーちゃんがプログラムを手掛けていたからだそうだ。


 何度かのアップデートで初期データは上書きされ、設定も細かく変わっていった。その話は明確で、嘘や誇張を感じさせなかった。魔人アルラトは、最初期デザインの服を着ていることから、ハーちゃんは自分が組んだ初期データだと気付き、そしてそれを証明するように、魔人もまた彼を父親として認識しているようだった。


「まさか、ギルドメンバーにSMOに携わったプログラマーが居たとは……、驚きだ」


「守秘義務はあるからな。あくまでもプライベートで楽しんでいただけだ」


 珍しくドッちゃんが饒舌(じょうぜつ)に話す。サクラとサクヤと私は、何度「凄い!」と口にしただろうか。製作スタッフと直接話せるとは思ってもいなかった。好奇心と興奮が抑えられない。


「……で、この魔人はどうするんだ。素通りさせてくれるのか?」


 冷静な口調に戻ったドッちゃんが魔人を見つめて、ハーちゃんに尋ねる。魔人は少し考え、答えた。


「ねね、僕もつれて行ってよ。パパの仲間に加えて!」


 魔人は無垢な笑顔でハーちゃんのローブの裾を掴み、上目遣いで懇願する。その姿は、まるでスーパーでお菓子をねだる子供の姿そのものだった。


「……フフフ、よかろう。我が下僕となり、尽くすが良い」


 ハーちゃんは皆の意見を聞く前に、魔人の申し出をあっさりと承諾した。何度目の驚きか分からないが、皆が「ええっ!?」と声を上げる。


 魔人は「下僕! 下僕!」と喜び、はしゃぎ回った。戦わないどころか、仲間になると言う。レイドボスが仲間になるなんて、展開としてありなのか……? 私の驚きもよそに、ドッちゃんは「まぁ、敵対しないならよいか」と言い、サクラとサクヤも気にしていない様子だった。


 ――こうして、ひょんなことからアビスダンジョン20階層の主にして、「千貌混沌(せんぼうこんとん)」の二つ名を持つ魔人アルラトが仲間となった。

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