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魔人四天王

 ギュノス国から東方にある大きな港には、何隻もの大型商船が停泊しており、大勢の人々が荷下ろしや商売に勤しみ、大変な賑わいを見せていた。つい先日訪れた時には、船どころか人の気配すらなかったというのに……。

   

 もちろん、ただのタイミングの問題なのかもしれない。だが、どこかでマザーブレインの言葉が“フラグスイッチ”のように働き、船や人々が一斉に出現したかのような、そんな漠然とした違和感を覚えていた。


 私たちはギュノス国の船を探して港を歩き回る。


「あのう、すみません。シノブ様に、サクヤ様でいらっしゃいますね?」


 人込みをかき分けるようにして、ギュノス国の鎧を身に着けた若い騎士が数人現れ、私たちを呼び止めた。話を聞くと、彼らは私たちに同行し、ハルモニア大陸までの航海を共にするよう命じられているらしい。


 彼らの案内で、一隻の大型船へと辿り着いた。諸外国の多くの船が木製で造られているのに対し、ギュノス国の船は金属加工が施されており、その大きさは大規模な商会の商船にも匹敵していた。


「“救世主(メシア)”様、お久しぶりです!」


 ――久方ぶりにその二つ名を耳にする。その声の主は、ゴウト騎士団長だった。だが以前と明らかに違う点が一つあった。見事に剃り上げられた頭が、薄曇りの空から差すわずかな光を受けて、(まばゆ)いほどの輝きを放っていたのだ。


「ゴウトさん……その、頭はどうされたのですか?」


 失礼を承知の上で、私は恐る恐る尋ねた。サクヤも興味深そうに視線を向けている。他の皆は「誰だ?」といった表情を浮かべていた。


「ええ、これは我が母の祖国”ホウシェン国”に伝わる、反省の意を表す風習なのです」


『ホウシェン国』とは、中央のナザル大陸に存在する大国だ。江戸時代の日本に、中国文化の要素を混ぜたような独特の世界観を持つ国である。丸坊主にして反省の意を示すというのは、確かに日本式の方法だが……完全なスキンヘッドにまで剃るとは、なかなかの覚悟が必要だ。鏡面のように光る頭を見て、思わず息を呑む。


「ほう、なかなか男らしいではないか」


「ええ、見直しました」


 サクラとサクヤがゴウト騎士団長の男らしい潔さを称えると、彼は頬を赤らめて照れていた。その様子を見た騎士団の部下たちは、何故か尊敬の眼差しを向けている。傍目には、美女2人が男気に惚れているようにも見えなくはない。アレ、実際は男同士なんだけどね……と、皮肉めいた苦笑をする。


 しかし、あの状況を若い騎士たちが憧れちゃうと、騎士団内でも髪を剃って反省する風習が常態化しそうだな。……実際、この方法が通用するのは日本文化だけのようだし、どちらかと言えば時代遅れの感もある。


「私は休暇中ということもあり、反省の意を込めて志願しました。許可が下りたので、ハルモニア大陸までの往復航路の護衛を任されました。どうぞ、よろしくお願いします。――皆の者、敬礼!」


 ゴウトが叫ぶと、約50名くらいの騎士が一斉に整列して敬礼の姿勢をとった。先ほどまでとは違う、一糸乱れぬ姿勢に、船旅の心強さを実感する。


 船員たちが積荷を運び込む様子を横目に、私たちはゴウトの案内で船内を見て回った。軍艦というよりも、貨物輸送に特化した造りで、船内は意外と質素である。


 ゴウトの説明によれば、船員は35名程度、騎士団はゴウトを含めて48名。複数の魔石による加熱式蒸気船で航行速度はかなり早く、約1週間程度でハルモニア大陸に到着する予定らしい。ゲームではマップを読み込む数分で移動できるのに、実際に船で移動すると約1週間近くかかるとは……。アビスダンジョン50階層を踏破するのには、いったい何日かかるのだろうか。


 私たちはデッキに出て、広がる海を見渡した。空は薄紫色に染まり、青い海ですら暗く淀んだ色に変貌している。


「冒険者ギルドで聞いた話だが、ギュノス国周辺のモンスターが活性化して、相当な数の討伐依頼が張り出されているそうだ」


 ドッちゃんは暗い海を見下ろしながら話す。暗黒神ザナファの復活はマザーブレインの意向か、公式にはまだ公表されていない。しかし、この空の異変やモンスターの凶悪化が進めば、いずれ発表せざるを得ないだろう。


 大きな被害が出る前に、必ず私たちの手で暗黒神ザナファを討たなければならない。私は、これまで旅してきた町や国々のことを思い返す。


「ゴウト騎士団長。この船が何故ハルモニア大陸へ向かうのか、聞いていたのですか?」


 サクヤがそう問いかけると、ゴウトは真剣な表情で頷いた。


「まもなく復活するという暗黒神の討伐のためです。最初にマザーから都市防衛の強化指示が出され、その理由を聞くうちにシノブ様たちのお名前を耳にし、詳しく問いただして暗黒神の復活を知りました。これは運命だと思い、この船の護衛を志願したのです」


 本来、彼は都市防衛の中核として指揮を執る立場だが、今は長期休暇という名目の謹慎中である。現在、都市防衛の指揮は副団長が担当しており、そのためこの船の護衛に自ら志願したのだという。


 ハルモニア大陸は魔族やモンスターの発生源であり、暗黒神の復活により強化されたモンスターも多いはず。近付くだけでも危険な場所に、自ら志願するとは……。彼の事を、少し見直さざるを得なかった。


 しばらくすると、出港準備が整ったと部下の騎士が知らせに来る。ゴウトは部下たちとともに操舵室へ向かい、大きな汽笛が鳴り響くと、船はゆっくりと大海原へと走り出した。魔石で動くこの船は『魔導船』と呼ばれ、帆船とは比べ物にならないほどの速度を誇る。海は特に風もなく波も穏やかで、船は滑るように進んでいった。


 私たちは比較的広めの空き部屋を借り、そこで作戦会議を行った。まずは出現モンスターの確認と、10階層ごとに配置されたレイドボスの強さや能力のおさらいから話は始まる。


「”魔人四天王”……で、ござるな」


「その呼び名はプレイヤー間で広まったものです。公式設定ではないそうですよ」


「――え、そうなの? 私はてっきり公式設定だと思ってた」


『魔人四天王』とは、アビスダンジョンが50階層までしか実装されていなかった頃、10階層ごとに配置されたレイドボス4体につけられた呼び名だという。


「10階は終焔烈火(しゅうえんれっか)”トゥグ”だね」


 私がそう言うと、皆が軽く頷く。10階層を守る炎の魔人『トゥグ』は、太陽のような球体の炎の塊で、実体のない不定形なモンスターだ。文字通り炎属性の物理攻撃や広範囲ブレス攻撃を得意とする。さらに炎属性の上位魔法(ハイスペル)究極攻撃魔法(アルティメルスペル)も使用してくる。


 魔人の特性としてLP(ライフポイント)の自動回復や、再充填時間(リキャストタイム)の無効も備えている。注意すべき点は、こちらが炎属性の攻撃を行うとダメージを吸収してしまうことだ。私の得意な地獄ノ業火連斬(カラミティブレイク)も炎属性の攻撃に分類されるため、使用は厳禁となる。


 対策としては、炎属性耐性に特化した装備への変更と、相手の弱点である水属性攻撃が有効だ。そのため、主力となるのは水属性の究極攻撃魔法(アルティメルスペル)を使えるハーちゃんになる。


「1階から20階までの雑魚モンスターは、人型の不死種(アンデット)ばかりでしたよね」


「ああ、アビスダンジョンに挑んだ冒険者の慣れの果て、――という設定だからな」


 ドッちゃんの言葉に、私はなるほどと感心する。ゲームでは特に意識せず戦っていたけれど、こうした設定があったのかと改めて納得した。


「……原初の神々は、細部に至るまで 狂気にも似た執着 を宿していたものだ」


 ハーちゃんは腕を組み、何かをしみじみと思い出すかのように頷く。私は少し考えて、ハーちゃんの言葉を脳内で要約した。「初期の製作陣は、そういう細かな拘りがあったからな」……で、たぶん合っている。


 私はSMOを始めたのが3年目からなので、こういうディープな話は初耳で面白い。初期からプレイしていた人にとっては常識なのだろうか。


「20階層は千貌混沌(せんぼうこんとん)の”アルラト”だったよね」


「ククッ……ヤツには、異様なまでに緻密な因子が刻み込まれておる。まさしく我が嗜好に適う代物よ」


 魔人の話題にはハーちゃんがやたらと食いつく。要約すると「細かい設定が盛り込まれていて良いぞ」ということらしい。


 20階層を守る魔人『アルラト』は、1000種類以上の姿を持つと記載されている人型モンスターだ。このレイドボスは前半戦と後半戦に分かれる。


 前半戦では、プレイヤーの姿を模した敵がパーティー人数に合わせて襲い掛かる。プレイヤーのステータスや特殊技能を完全コピーしているが、装備自体は基本性能固定のため、プレイヤーの武器強化率が高いほど倒しやすい。ちなみに弱点もコピーされるので、戦闘開始と共に装備を変更する作戦など意外と戦略性のある戦いが楽しめる。


 後半戦では、倒したコピーキャラクターが合体し、第2形態であるアルラト本来の姿となる。第2形態は弱点がなく、肉弾戦が主体となるため、パーティーの特性に合わせた協力戦が基本だ。複数の腕による多彩な攻撃モーションで、戦闘の面白さはプレイヤー間で高く評価されている。攻略法は特になく、攻撃パターンを覚えつつ真っ向勝負が基本となる。


「20階層から30階層は虫型のモンスターが主流ですね」


「……うえぇ」


 ゲームでは気にならなかったが、この世界の虫型モンスターは正直苦手だ。現実の昆虫が巨大化して襲ってくる光景を想像すると、その不気味さが理解できると思う。彼らには意識や感情はなく、生存本能に基づき脊椎からの反射的な動きで集団で狩りを行う。ああ、本当に嫌だ。この階層だけはハーちゃんたちに任せよう。私は虫型モンスターを思い出し身震いした。


「ええと……、30階層は名前を忘れちゃった」


 巨大な山羊のような声で鳴く気持ち悪いモンスターだ。見た目の嫌悪感や、やたらと湧く眷属のキモい姿が印象的すぎて、名前を思い出せなかった。


無窮禍主(むきゅうかぬし)”ニグラス”だな」


 私が思い出そうとしていると、ドッちゃんが呟いた。そう、それだ。魔人『ニグラス』は巨大な気体に獣のような四肢が生えたような姿をしており、気体部分は物理攻撃が効かない。脚を攻撃すると、飛び散ったドス黒い血液や肉片が「眷属」となって分裂し増殖する。


 本体と眷属はLP(ライフポイント)を共有しているため、眷属を倒し続ければ、一応勝利できる。ただし、一定時間内に与えた総ダメージがLP(ライフポイント)の自動回復割合を下回ると、延々と戦い続けることになる。


 攻略法としては上半身を魔法で、下半身を物理攻撃で攻め、分裂した眷属は増殖し過ぎる前に倒すこと。眷属には即死攻撃が有効なので、私の出番となるだろう。レイドボス戦で唯一、私が活躍できそうな場所だ。


「30階層以降は、強力な動物型や龍族、魔族が中心だったな」


 ドッちゃんが静かに呟く。30階層以降は大型モンスターが増え、特に龍族は耐久力と攻撃力が高く、複数で遭遇すると厄介だ。下層へ潜るほど、モンスターはより強力になる傾向にある。


「40階層は次元鍵主(じげんけんしゅ)”ヨグトス”。ハーデスの大嫌いなボスでござるな」


「……ふん」


 サクラはハーちゃんの方を向き、にやりと笑う。40階層を守る魔人『ヨグトス』は、全レイドボスの中でも特に厄介だ。特殊技能(スキル)弱点属性変化(バリアチェンジ)』を使用するため、戦闘中に弱点がランダムで変化する。しかもノーモーションで切り替わるため、意表をつかれる場面が多かった。


 例えば、水属性弱点の状態で水属性の魔法(スペル)を放っていると、急に炎属性が弱点となり、反属性の水属性でヨグトスのLP(ライフポイント)が回復する場合がある。そのため、魔法職(スペルユーザー)は強力な魔法を使うタイミングを誤ると、ヨグトスを逆に回復させてしまうこともある。しかも物理攻撃にも強力な耐性を持ち、無属性の通常攻撃でもダメージが通りにくい。


 プレイヤーに不人気なせいか、激レア素材のドロップが設定されるという、扱いに困るボスでもある。攻略法は、まず小ダメージの属性攻撃で弱点を探り、それが変化する前に強力な弱点属性を纏った攻撃を叩き込むのが主流だ。


「……そして50階層は、暗黒神ザナファだね」


 ゲーム内では何度も倒してきた相手だ。しかし、現実で対峙したとき、果たして私たちは勝てるのだろうか……。今まで意気揚々と話していた皆の表情が一斉に曇る。ここにいる誰もが、現実の暗黒神と戦った場合の勝利を想像できないのだ。


 暗い雰囲気のまま今日の作戦会議はここで終了し、それぞれの部屋へと戻る。


 私は自室の窓から、紫色に染まった空を流れる雲を眺めながら、不安な気持ちを静かに飲み込むしかなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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