少年探偵団
のどかな昼下がりの小さな公園で、私はボブカットの少女と見つめ合っていた。クリクリとした無垢な瞳が輝き、じっと私の顔を見つめている。よし、何事もなかったかのようにその場を離れよう。相手は小さな子供だ。案外すぐに聞き間違いだと思ってくれるはずだ。私は少女から視線をそらし、気まぐれな猫を装って悠然と歩き出した。
少し進んだところで歩みを止め、後ろを振り返ると、ボブカットの少女が立ち止まっていた。どうやら追いかけてきているらしい。まあ、すぐに飽きるだろうから放っておこう。……そういえば少しお腹が空いてきたな。宿に戻ったらサクラがいるだろうか。何か甘いものが食べたいな、と思いながら宿へ向かって歩き始めた。
中央広場の冒険者ギルド前を通り過ぎ、宿屋の近くまで来たとき、再び後ろを振り返った。するとそこには、ボブカットの少女に加えて、小太りのガキ大将風の男の子と、細身の男の子がこちらの様子を伺っていた。
「増えてる……」
さっきまでは少女だけだったのに、いつの間にか追跡者が3人パーティーになっている。子供たちは何やらヒソヒソと相談しながら、私の様子をうかがっている。どうやって捕まえようか話しているのだろうか。猫の姿でも、子供程度の身体能力なら捕まることはないだろう。――そう思っていた矢先、突然頭を撫でられた。
「ここにいたでござるか」
びっくりして顔を上げると、上機嫌な様子のサクラがしゃがんで私の頭を撫でていた。子供扱いというより、もはや完全に猫扱いされている気がする。なんだか無性にムカついて、小さな手に付いた鋭い爪で彼の手を軽くひっかいた。サクラと無意味にじゃれ合っていると、追跡者の3人がすぐ背後まで迫ってきていた。
「ねぇ、お姉ちゃん。その子ってお姉ちゃんの猫さん?」
「……そうでござるよ。この子は拙者の使い魔でござる」
サクラがそう答えた瞬間、子供たちはまるで“お化け”でも見たかのように固まってしまった。それを見て、私は思わず「ぷっ」と笑いをこらえきれなかった。大笑いしたいのを必死に我慢し、くしゃみをするふりでごまかした。
「うえっ! お、男なんか?」
ガキ大将風の男の子が禁句に近い質問を口にした。勇気あるな、さすが子供だ。空気を読むなんて微塵も考えていない。これまで話してきた大人たちは、ほぼ全員その質問を避けていたのだ。――はたして、この純粋無垢な少年の問いに、サクラはどう答えるのだろうか?
「少年よ、これは”呪い”なのだ。その昔、暗黒神ハーデスという邪神と対峙した際、声が男になる呪いをかけられてしまったでござる」
おいおい、この男は即興で変な設定を作り出したぞ。しかも、暗黒神ザナファではなく、ギルドメンバーのハーちゃんの名前を出しているし。暗黒神なのか邪神なのかもはっきりしてくれ。普段ゲーム内でしているノリそのままで、思わずツッコミたくなる。だが”呪い”というワードは少年たちの心をしっかり掴んだようで、みんな「すげぇ!」と目を輝かせていた。さすが男の子はちょろいな。一方で女の子は怯えているし。こういう話を簡単に信じてしまう純粋な子供心が新鮮で、ちょっと羨ましい。
「それから、この子の名前はシノブ。この子も同じ呪いで黒猫の姿に変えられてしまったのでござる。うぅ……」
――そうつなげたか。嘘泣きまでして芸が細かいな。サクラは塞ぎ込んだふりをして嘘泣きをし、足元の私にウィンクを投げる。もう好きにしてくれ。この町では猫として生きるしかないのだから。うぅ……泣きたいのはこっちだよ。
「国家機密レベルの極秘情報だから、絶対に他言してはいけないでござるよ」
サクラは真剣な表情で人差し指を立て、口元に当てた。子供たちは声を潜め、「約束する」と力強く頷く。子供の扱いが苦手な私には、サクラの手際の良さに思わず感心してしまう。だが、その会話のほとんどが嘘だということは知っている……何年もバレなかったネカマの話もあり、彼はもしかして“詐欺師”の才能があるのかもしれない。そんな私が怪訝そうな表情でサクラを見つめると、彼はすぐに続けた。
「シノブ殿、子供たちは信用して良さそうだから、もう喋っても大丈夫でござるよ」
「……あんまり目立ちたくはないし、なるべく喋らない方向でいくよ」
私が喋ると同時に、子供たちは目を輝かせて歓声を上げた。
「マジかよっ! スッゲー!」
「…本当に喋った、すごいです!」
「ね、ねっ! だから言ったでしょ!」
女の子に抱きかかえられ、男の子2人から頬をつつかれる。擬態とはいえ、笑うしかない。
“猫心”を学んだ私は、今後野良猫を見かけてもむやみに触らないようにしようと心に誓った。
「……くれぐれも、私のことは内緒にしてね」
私は力なく子供たちに懇願した。
「うん、約束!」
「おう、まかせろ!」
「僕たちは少年探偵団だから、約束は絶対守りますよ!」
少年探偵団か……なんとも可愛いものだ。大人からすれば遊びに見えるかもしれないけれど、子供たちは本気で取り組んでいるんだよなぁ。
「少年探偵団とは格好いいでござるな。そういえば、みんなお腹は空いてないか? よかったらご馳走するでござるよ」
「行くっ!」「行くぜ!」「行きます!」
子供たち三人がほぼ同時に叫ぶ。――ふふっ、昼食は賑やかになりそうだ。こうして私たちは自称・少年探偵団を連れて東側の市場通りへと向かった。
中央広場から東側の大通りは市場通りとなっており、露店や屋台がずらりと並んでいる。私たちは屋台で鉄板焼きや焼き鳥、それに果実ジュースを買い、テーブルが並んだ開けた場所に腰を下ろした。ここで自称・少年探偵団の面々が自己紹介をしてくれた。ボブカットの女の子が『ミア』、ガキ大将風の男の子が『ゲン』、細身で知的な雰囲気の子が『ミーツ』という名前らしい。
昔は5人いたらしいが、残りの2人は”組織”と戦うと言って他国へ引っ越していったという。……うーん、”組織”ってなんだろう。麗らかな陽気の下、年下の友人たちと賑やかな昼食を楽しむ。それにしても、猫の姿だと少し食べにくいなぁ。
「最近、面白い事件とかあったでござるか?」
「ありましたよ。昨日、嫌われ者の冒険者3人が黒づくめの犯人に殺されたらしいですよ!」
危うく頬張っていた焼き鳥を吹き出しそうになった。むせる私を横目に、細身の男の子が興奮した様子で事件の概要を話し始める。普段から町で好き放題していたガラの悪い冒険者たちが、突如現れた黒装束の暗殺者に殺されたという。ああ、それ私です。少し、いや……非常に気まずい。
自称・少年探偵団の面々は、冒険者殺人事件の犯人は山賊じゃないかと考えているらしい。――そういえば、私も聞いたな。行商の荷馬車を狙った山賊が現れるという話を。完全に的外れなんだけど、諸事情により正解を教えてあげるわけにはいかない……。とりあえず、興味なさげに振る舞おう。
「お姉さん、ご馳走様でした。猫ちゃん、またね!」
「またな!」「失礼します!」
それぞれ個性的な挨拶をして、自称・少年探偵団は大通りへと消えていった。帰り際にゲン君が「調査の続きをしようぜ!」とはりきっていた。子供って些細なことでも夢中になれて面白いな。自分にもそんな時期があったのだろうか。子供たちの背中を見送り、私はサクラと情報収集の成果を話し合うことにした。
「そうそう、2週間前に現れた凄腕の冒険者の話でござるが……サクヤの可能性が高いでござる。酒場で聞いたのだが、2人組の冒険者はギルド登録をしてから、掲示板に出ていた討伐依頼を片っ端からこなし、1週間前にオスロウ国へ向かったらしいでござる」
「へぇ、それでギルドの討伐依頼が少なかったんだね。でも、なんでサクヤだと思ったの?」
「珍しい緑髪の妖精種で、雷撃を放つ大槌を使うらしいでござる」
それは間違いない……サクヤだ。彼女はサクラと同じ“腕力”極振りの攻撃役だったけど、ギルドメンバーが減ったのでパーティーのバランスを取るため途中から回復役に転向したんだ。そのせいで多少中途半端なカスタマイズになったけど、彼女のメイン武器“雷槌ミョルニル”が放つ広範囲の雷撃はそれを補ってあまりある強さだった。
「それはサクヤっぽいね。やっぱり皆もこっちに来てるんだ。2人組って言ってたよね?」
「ふむ、もう1人については情報がほとんどない。黒いフードを深くかぶっていたということしか聞いてないでござる」
サクヤともう1人は誰だろう……深紅の薔薇のギルドメンバーだったらいいんだけど。
「それにしても2週間の時間差は何なんだろう……まさか、私たちが2週間も気絶していたとか?」
「そんなに寝てたら、今頃ゴブリンの餌になっているでござるよ」
それもそうか。だとしたら、異世界転移のタイミングがずれたってことかなぁ。今さらどんな不思議な現象が起きても、簡単に受け入れられる自信がある。
「それから……」
サクラが集めた情報は、サクヤに関するものと、山岳地帯の地下水道で眠る赤龍の話だった。赤龍といえばストーリーモード最初のレイドボスだ。しかし、サクラが聞いた赤龍の話は奇妙だった。なんでも赤龍は、人語を介して意思疎通ができる、とても温厚な龍らしい。ゲームのイメージでは暴れ狂う巨大生物で、チュートリアルで培った知識を活かして倒す最終試験のような存在だ。
「赤龍は人を襲わないらしいでござる」
「戦わなくていいなら、それに越したことはないよ。レイドボスは苦手だし」
オスロウ国へは山岳地帯の地下水道を通り、赤龍を倒さなければ物語を進められない。しかし戦わなくていいなら、案外スムーズに進めそうだ。その後、私が見聞きした情報をサクラに伝えた。
「ああ、山賊の話も聞いたでござる。昔、砦だった廃墟をねぐらにして、街道を通る冒険者や荷馬車を狙って暴れているらしいでござる」
「赤龍よりも、よっぽどレイドボスっぽい……ねえ、どうする? 今からオスロウ国を目指す?」
サクヤとその相棒が1週間前にアルテナの町を出たということは、もうオスロウ国に着いているかもしれない。私がそう尋ねるとサクラは少し考え、空を見上げてこう言った。
「もう夕方だし、なんだか雲行きも怪しいでござるよ」
長々と話していたせいか、太陽はすでに山の端に沈みかけていた。オスロウ国方面の山岳地帯には、黒雲が垂れ込めている。この世界のフィールドの広さを考えると、地下水道にたどり着く前に真夜中になってしまうかもしれない。悪天候の中での野宿は避けたいし、明日早朝に出発した方が賢明だろう。
そう考えたとき、私はふとあることに気づいた。――そうか、ゲームと違って、リアルな旅では野宿が当たり前なんだ。ゲームから持ち越したアイテムはいくつもあるけれど、寝具や調理道具など、野営の準備はまるでしていなかった。これからは、出発前の装備確認だけでなく、現地での生活準備も考慮しないといけないんだな……。
その後、サクラと一緒に雑貨屋や露店を回り、最低限の旅の装備を買いそろえた。どんなにリアル志向のゲームでも、面倒な部分は意図的に省かれていたのだと、今さらながら痛感する。準備を終えた私たちは、昨晩と同じ宿で再び部屋を借り、夕食を済ませた。
食後、一息ついて2階の窓から外の景色をぼんやり眺めていると、町中を自警団の面々が慌ただしく走り回っているのが見えた。
「……何かあったのでござろうか?」
風呂上がり湿った髪をタオルで拭きながら、薄着のサクラが窓際に寄ってくる。ぶかぶかのタンクトップに短パンという出で立ちは、なんというか……無防備すぎる。
「拙者、ちょっと様子を見てくるでござる」
そう言って、サクラは足早に階段を降りて行った。――まったく、あの格好で外に出るなんて、羞恥心が欠如してるとしか思えない。今はグラマーな女性の身体だという自覚を持ってほしいものだ。まぁ、一般人がサクラを襲うってなったら命懸けになると思うけどね。
しばらくして、サクラが息を切らせて戻ってきた。その表情は険しく、ただ事ではない気配が漂っていた。そして開口一番、彼はこう言った。
「シノブ殿、少年探偵団の皆が――さらわれたでござる!」
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