新事実発覚
「……で、どうする? このドッちゃん擬きは」
「いや、間違いなくDOS殿でござる」
「でも、男の声でしたよ? DOSは音声ツールが壊れていて喋れないはずじゃ?」
粘着罠で簀巻きにしたドッちゃん擬きを囲み、私たちは途方に暮れていた。見た目はドッちゃんそっくりで、装備も同じ。技量もオリジナルに匹敵するほどだ。しかしサクヤの攻撃を受けた瞬間、男の声で叫んだ。女性が男の声を出すなら、声優音声システムを使わなければありえない。
私は視線を、前にいる2人へと向けた。美しい女性たちが男の声で互いの意見をぶつけ合っている。最近よく見る、いつもの光景――ネカマ同士の罵り合いだ。再びドッちゃん擬きに目を戻し、1つの仮説が浮かんだ。
――“もしかして、ドッちゃんもネカマだったのではないか?”
そんな疑念が私の中で芽生えた。現実世界のドッちゃんは、一切声を発せず、すべてキーボードチャットでやり取りしていた。フルフェイスデバイスの音声チャット機能が壊れているのが理由だ。ギルド創設者のミカさんですら、その声を聞いたことがないという。
サクラとサクヤも、ドッちゃんかどうかを議論しているが、もしかすると自分たちに重ねて薄々気づいているのかもしれない。そんなことを考えていると、不意に人の気配を感じた。
「ふふ……これは奇縁か、あるいは運命か。ここに在りしは、我が宿命を共に歩む盟友たちよ」
そう告げ、部屋の入口に佇むのは――黒き高貴なローブを纏い、長い漆黒のストレートヘア。浅黒き肌に尖った耳、その全身からは揺らめく漆黒のオーラが溢れている。長い睫毛に覆われた、愁いを湛えた深紅の瞳。右手に握るは、二重螺旋の蛇が絡みつく古代の長杖。
ギルド深紅の薔薇の魔法職の最高位『カオスソーサラー』にして、魔王の如き威容を誇る”暗黒神ハーデス”その人の姿だった。“ハーデス”は名ではなく、“暗黒神ハーデス”が正式なフルネームだ。ちなみに私は“ハーちゃん”と呼んでいる。
「ハーデス殿!」「ハーデス!」「ハーちゃん!」
私たちはほぼ同時に声をあげたが、同時に違和感も覚えた。それは、声質の相違。“またこのパターンか”と心で呟くほど繰り返される現象――この男の声こそが、彼女……いや、“彼”の本来の地声。暗黒神ハーデスもまた、疑いようのない「ネカマ」だったのだ。
「おぬし……その声、マジか……少しショックでござる」
「まさか、褐色中二病お姉さんが……ああ、くそぉ!」
ネカマの先輩たる2人は苦渋の表情を浮かべ、心中を痛めていた。仲間に再会した喜びよりも、真実を知った衝撃の方が大きいらしい。私も慣れたとはいえ、そのショックはよく理解できる。
「久しいな、我が宿命を共に歩む者よ……。混沌の渦中にあっても、その魂は未だ燃え盛っているか? かくも荒廃の地で再び巡り逢うとは……やはり運命という名の鎖は、我らを離さぬらしい」
なぜか悔しがる2人をよそに、ハーちゃんはまったく動じる様子もなく、中二病全開の言葉を優雅に紡ぐ。簡単に訳すと、「久しぶりだね、元気だったかい? こんなところで逢うなんて驚いたよ」ということらしい。サクラやサクヤのように声のことを必死に隠そうとしないところは、まさにハーちゃんらしいというか……まったく後ろめたさがないのだろう。
「――ほう、声魂の響きより察するに、そなたら2人は漢であったか。そしてシノブ……やはり我が魂に刻まれし運命の花嫁よ。再び相まみえられたこと、歓喜に震えるぞ」
「う、うん。私も逢えて嬉しいよ」
簡単に訳すと、「その声、お前ら2人は男だったのか。シノブは女性のようだな、また逢えて嬉しいぞ」と言っているようだった。私はその堂々とした振る舞いに押され、思わず普通に答えてしまう。当然、ネカマ2人は黙っていなかった。
「いやいや、おぬし。弁明の言葉はないのか? おぬしも男でござろうに!」
「そうですよ! よくも男の純情を弄んでくれましたね!」
急に子供のように騒ぎ出す2人。なんだ、純情って……自分だってネカマだったくせに。サクラも自分のことを棚に上げて、弁明を求めている。そんな2人に、ハーちゃんは失笑し、不敵な笑みを浮かべる。
「ふん。我は肉体の枷を遥かに超越しし存在。貴殿らも、その煉獄に燃え盛る魂で語れ。──そして、真実を曝け出すがよい」
簡単に訳すと、「些細なことは気にするな。ありのままで良いじゃないか」と言っているようだった。ある意味、この中の誰よりも図太い性格なのだろう。まあ、ハーちゃんらしいけどね。彼はふと視線を落とし、簀巻き状態のドッちゃん擬きを見つめる。
「ふむ、その簀巻きに沈むは――我が盟友、DOSではないか。ははあ……操られし魂の囚われ人と化しておるのだな?」
“魂の囚われ人”とは一体どういうことだろう? 私はハーちゃんに詳しく尋ねた。どうやら、状態異常の“魅了”に似たものらしい。確か機械種は感電による麻痺しか状態異常を受けないはずだったが……。
するとハーちゃんは、クリスタルタワーの最高難易度の設定の一環で、機械種は稀に“魅了状態”になる隠し仕様が存在すると教えてくれた。サクラもサクヤもその話を知らなかったらしく、意外そうな表情を浮かべている。こんなマイナーな設定を知っているあたり、リアルでシステムエンジニアをしているだけのことはある。
「サクヤよ、今こそ状態異常を浄化せし魔法の力を解き放て。闇に蝕まれし身体も、瞬く間に本来の輝きを取り戻すであろう。」
簡単に訳すと、「状態異常を回復してあげてくれ」ということらしい。
「……分かりました。お任せください」
サクヤはやや不服そうな表情を見せつつ、簀巻きのドッちゃん擬きに状態異常回復の魔法をかけた。
「あ……もしかして、ハーちゃんは北の大門から都市に入ってきたのか?」
私はある重大なことを思い出した。この場所に暗黒神が現れたという情報。よく考えれば、誰も“暗黒神ザナファ”とは言っていなかった。
”シノブ様、大変です! 北の、守護機兵が、突如現れた暗黒神を名乗る人物に――”一撃”で破壊されました!”
”突然現れた“暗黒神”を名乗る黒いフードの男が、見たことのない上位魔法を放ち、守護機兵を一撃で破壊して都市内部へ侵入していった”
……間違いない。この暗黒神というのはハーちゃんのことだ。ハーちゃんはゆっくりと瞬きをし、私を見つめた。
「――いかにも。番人が顕現しておったゆえ、我が禁断の秘術により浄化したのだ。都市の闇へ踏み込めば、有象無象が挑みかかってきたため、我が暗黒の魔力で虚無へと還した――それだけのことだ。」
簡単に訳すと、「守護機兵がいたので魔法で倒し、都市に入ると機械種が襲ってきたからすべて破壊した」ということらしい。はい、これで確定。降臨した暗黒神はザナファではなく、ハーちゃんだったのだ。私とサクヤは大きく溜息をつき、項垂れた。悪い意味ではなく、安堵のため息だった。
しばらくすると、ドッちゃんは目を覚まし、意味不明な状況に戸惑っているようだった。表情に変化はなく読み取れないが、さっきまでのことは覚えていないらしい。そのとき、簀巻きのままのドッちゃんに、サクラとサクヤが顔を近づけ詰め寄った。
「DOS殿、おぬし男でござるな。」
「覚えてないようですが、男の声で叫んでましたよ。」
2人はしゃがんで、見下ろすようにドッちゃんに詰め寄る。ハーちゃんの件がかなりショックだったらしく、声が少し“やさぐれている”ように感じた。私とハーちゃんは少し離れた場所で、その様子を静かに見守っていた。そんな2人に観念したように、ドッちゃんはゆっくりと口を開いた。
「……すまない。騙すつもりはなかったんだ。」
初めて聞くドッちゃんの声は、落ち着いた中年の男性を思わせる声だった。少し驚いたものの、つい先ほどハーちゃんも男性だと知ったことがエアバッグのように緩衝材となり、意外に動揺はなかった。ドッちゃんは既婚者という情報もメンバー全員が知っていたため、ハーちゃんの時よりも落ち着いた様子だった。
やはり男性の場合は、恋愛対象として見ているかどうかでショックの度合いが変わるのかもしれない。……となんとなく思った。そもそも、”女性限定ギルド”という規約があったので、私は別の意味で衝撃を受け続けているけれど……。もうすっかり慣れて、麻痺してしまっているけどね。
その後、私はドッちゃんに張り付いていた粘着罠を解除し、私たちは地下9階のフロアで円陣を組んで座った。お互いのわだかまりを解消するための話し合いだ。5人中4人が男性で、俗に言うネカマだったという事実と向き合わねばならず……。
そういう名目で始まったのだが、話し合いはなかなか進まなかった。私としてはロールプレイの一環だと割り切れば問題ないと思うが、信頼していた仲間たちが自分を偽っていた事実を考えると、複雑な気分にならざるを得ない。皆の表情もそれを物語っていた。
「拙者は……その、女性を演じることでチヤホヤされる優越感に浸っていたでござる。そのまま打ち明けられず、ずるずると来てしまったでござる」
サクラは拗ねた子供のように俯き、小さな声で呟いた。この世界に来たときにも、同じようなことを言っていたな。
「私はロールプレイの延長でした。このアバターは理想の女性を模したもので、いつしかそれを演じることに慣れてしまったという感じです」
サクヤは冷静な面持ちで静かに話す。嘘をついているという感じはなく、これが彼の本心なのだろう。
「我は常にありのまま。暗黒神に性別など不要」
唯一ブレないのがハーちゃんらしいと言うか。確かにシステムエンジニアという情報以外は、自分のことをほとんど語らない人物だと改めて思い出す。
「私は嘘をついているつもりはなかった。もともとリアルとゲームを切り離して考えていたしな。それにミカエルと深紅の薔薇を作ったとき、“リアル女性限定”という規約はなかった」
落ち着いた声で語るドッちゃんの言葉に、皆が驚きの表情を浮かべる。ギルド結成時には“リアル女性限定”の規約が存在しなかったことに驚いたのだ。ドッちゃんによると、ギルドメンバーが増えるにつれて、いつのまにかその規約が付け加えられたらしい。私も含め、皆が初耳だった。それよりも、こうしてドッちゃんが普通に喋っていることのほうが珍しくて新鮮だった。
「えーと。私は女で……一応、高校3年生です。特に嘘はついてないと思います」
神妙な空気に押されて、私はおずおずと口を開いた。正直、この話し合いで自分がどう振る舞うのが正解なのか、よくわからなかった。皆が男性だったことを責める気など、さらさら起きない。むしろ、5人が揃ったことが嬉しい気持ちの方が強かったからだ。
「私は、もう気にしてないよ。この訳の分からない異世界で、こうして皆と会えて嬉しかった」
そう言うと、サクラが土下座の姿勢をとった。するとサクヤとドッちゃんも、それに倣って頭を下げる。
「拙者も、シノブ殿に会えて……いや、皆と会えて良かったでござる。今後は皆を偽ることはしないと誓うでござる」
「私も同じ気持ちです。許していただけると幸いです」
「……黙っていたことは申し訳なかった」
皆が頭を下げたまま、それぞれの想いを吐露する。そんな中、ハーちゃんだけはいつも通りの口調で口を開いた。
「まぁ、気にすることはない。これも全て運命の導きなのだからな」
そう言ってハーちゃんは不敵な笑みを浮かべる。そのマイペースな言葉に私は思わず「ぷっ!」と笑いを漏らした。それをきっかけに、皆も次々と笑い始めた。
――その光景は、かつてゲーム内での日々を思い出させる、懐かしい風景だった。
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