姿無き追跡者
高台の頂上には、大量の機械種の残骸が転がっていた。かつて高地を彩っていたと思われる草木や地面は、爆発の衝撃で変形し、焼け焦げている。クリスタルタワーは、その名の通り全面が乳白色の水晶――「ミルキークォーツ」の巨大原石で覆われており、高さはおよそ50メートル。ドームの光源を反射し、煌めくその美しい外観に、思わず目を奪われる。ハイメス国の城も壮麗だったが、ここも負けず劣らず荘厳だ。
「……これ、ちょちょいっと削ったら駄目かな?」
「シノブちゃん、いつになく悪い顔をしていますよ。瞳だけは少女のように輝いていますが……。後で破壊してプレゼントしますよ。暗黒神のせいにでもしましょう」
まったく戦闘をせずに頂上まで辿り着いたせいか、気分は比較的落ち着いている。しかし、ここからは戦闘が避けられないはずだ。設定では、この塔の地下8階には無尽蔵に機械種を製造する兵器工場が存在する。構造は地上10階、地下10階の計20フロア。各階は広大かつ複雑な迷路構造で、さらにトラップセンサー付きの開閉式防壁が設置されており、突如として順路が変わるためマッピングが困難だ。
また、索敵などの斥候系スキルを使えば、逆に機械種を呼び寄せてしまう。構造変化のパターンもほぼランダムで、直感を頼りに進むほうが、かえって早く攻略できる可能性が高い――そんな厄介なダンジョンとして知られていた。
「どうする? やっぱり地上10階のウィルスデバイスを手に入れてから、地下を目指す?」
「本来なら慎重を期して、そうすべきですが……暗黒神の件がありますから。地下の中央管理システムを目指したほうが良いかもしれません」
渦中の暗黒神ザナファが向かうとしたら、物語の根幹をなす中央管理システム――マザーブレイン「クトゥル」だろう。そもそも、マザーブレインが停止していないのに暗黒神が復活している時点で、すでにイレギュラーすぎる。
――結論として、私たちはウィルスデバイスを諦め、最短で地下10階を目指す「簡略化ルート」を選択した。俗にいう「高難易度・レアドロップ狙い」のルートである。……もっとも、この世界のモンスターが武器を直接ドロップしたことは一度もない。
よくよく考えてみれば、武器のドロップといえば、以前山賊から奪った蛇腹剣“アナンタ=ファング”くらいだ。しかも、あれはギルドメンバーの中でもミカさんしか装備できないため、今もストレージで眠ったままである。そういう点では、やはり現実寄りにつくられた世界なのだろう。もっとも、古事記に出てくる「八岐大蛇伝説」みたいに、ボスの尻尾から武器が出てくる――そんなこともあるかもしれない。あれ? 八岐大蛇って日本書紀だったか。古事記だと漢字が違うんだっけ。
私たちは地下へ向かう階段を探すため、1階フロアの探索を開始した。クリスタルタワーの内部構造は、外観からは想像できないほど機械的で、センサーで自動開閉する扉や、壁と完全に同化した監視システムなどがあちこちに見られる。
このフロアを守る機械種も多彩で、ドローン型、四脚のルンバ型、そして銃器を標準装備した人型まで揃っている。しかし、こちらには対機械種に特化したサクヤのメイン装備“雷槌ミョルニル”がある。頑丈な防衛特化といえど、その一撃であっさり粉砕されていく。
「“神ノ雷”が使えないのが残念です」
「ああ、そっか。あれって屋外専用だったっけ。吹き抜け構造なら使えたのにね」
雷槌ミョルニルには上位特殊技能“神ノ雷”が付与されている。それは強力な雷柱を発生させ、周囲一帯に電撃属性のダメージと確率で麻痺を付与するというものだ。威力・攻撃範囲ともに破格だが、一度使用すると数時間の再充填時間が必要になる。さらに、屋外限定という設定もあり、この世界でもその制約は有効らしい。派手な攻撃を好むサクヤにとって、このダンジョンで“神ノ雷”が使えないのは、少々欲求不満の種になっているようだ。
私はクナイの投擲による遠距離攻撃で、サクヤの取りこぼした機械種を迎撃する。代わり映えのしない通路を数時間も彷徨った末、ようやく地下への階段を発見した。この階段は地下へ直通で、地下9階まで一気に降りることができる。
しかし、そう簡単に最下層まで辿り着けるほど甘い造りではなかった。地下9階の扉を開くためには、地下2階から8階にそれぞれ設置された制御システムを作動させる必要があるのだ。私たちはまず、地下9階まで降りて扉を確認する。だがその扉は固く閉ざされ、サクヤの大槌でも傷ひとつ付けられなかった。どうやらショートカットは不可能らしい。
「ここが開いていないということは、暗黒神ザナファはまだ最深部まで辿り着いていないということですね」
「ああ、そっか。扉も破壊できそうにないもんね」
そう話していた矢先、目の前の扉があっさりと開いた。「えっ!?」私たちは同時に驚きの声を上げ、互いの顔を見合わせる。各階層の制御システムには一切触れていない。つまり、私たち以外の誰かがセキュリティを解除したということだ。 もしかして、ドッちゃんとサクヤが? 可能性としてはそれが一番高い……のだろうか。サクヤもまた、開いた扉を見つめながら何かを考えている様子だった。
「……とにかく、先へ進んでみましょう」
「うん」
私たちは9階フロアへと続く大きな廊下を進んでいく。しばらく歩くと、正面奥にゴンドラのような装置がある広間へ辿り着いた。奥のゴンドラ以外、無機質な円形の部屋には人影も気配もない。私たちは周囲を警戒しつつ、まっすぐ奥のゴンドラへと向かう。大きな円筒形のゴンドラには、上下を示す三角形のボタンが2つだけ付いていたが、押しても何の反応もなかった。
「これで地下10階に行けると思うんですけど……動かないですね」
「押した感触はあるけど、電源が通ってないみたい」
途方に暮れた私たちは、とりあえずこの部屋の内部を調べることにした。サクヤはゴンドラに残り、私は壁に沿って手を当てながら念入りに探っていく。
ある程度進んだところで、「ジジッ」という小さな音が耳に届いた気がした。その瞬間、得体の知れない危機感が走り、私は咄嗟に横へ飛んだ。しかし、その刹那――。右肩に激痛が走った。小さな何かが肩にめり込み、そして貫通したような感覚。私は受け身を取りつつ地面を転がる。肩を押さえて確認すると、忍者装束に穴が開き、鮮血がじわりと滲んでいた。
「サクヤ、気を付けて! 何かがいる!」
私が叫んだ瞬間、再び「ジジジッ」という乾いた音が響く。今度は咄嗟に飛びのいたため、攻撃を受けずに済んだ。2度目ともなれば、多少は回避も早くなる。この音――どこかで聞き覚えがある。機械的な……どこだ?
すぐにサクヤが駆け寄ってきて、私の肩の治療を始める。しかしまた「ジジッ」という音が聞こえ、危機を察した私はサクヤを思いきり突き飛ばした。直後、右脇腹に鋭い痛みが走り、思わず声が漏れる。
「この音は……DOSか!? どこにいる!」
その叫びで私はハッとした。思い出す――この音は、サプレッサーを装着したドッちゃんの銃の発砲音だ。そうか! ようやく理解できた。“ハイディングクローク”で気配を消したドッちゃんが、どこからか攻撃してきているんだ。でも――なぜ? なぜ私たちを攻撃する? 頭の中が混乱し、思考がうまくまとまらない。
「ぐわぁっ!?」
その時、少し離れた場所にいたサクヤが、姿の見えない敵に狙撃された。駄目だ――、一ヶ所に留まっていては、確実に的になる。
「サクヤ、痛いかもしれないけど動いて! 私が索敵を使う!」
サクヤは大きく頷き、すぐに走り出した。私が索敵を発動した瞬間、また乾いた発砲音が響く。目に見えない攻撃を、勘を頼りにかわす。部屋を無造作に駆け回りながら、索敵による俯瞰視点で敵反応を探る。表示されたのは――私とサクヤ、そして部屋の中央に赤いマーキング。だが、目視では依然として姿は見えない。
「サクヤ! 部屋の中央から狙ってる!」
「分かりました!」
サクヤは、不規則な軌道を描きながら部屋の中央へと駆け込んでいく。索敵上の敵反応も、それに合わせて動き始めた。
「サクヤ、右側に移動してる!」
「了解です!」
見えない目標は、接近してくるサクヤを狙い定めたのか、彼は走りながら何度か被弾した。OLスーツには血痕が広がり、赤く染まっていく。私は動く不可視の標的を補足し、そのたびに声でサクヤを誘導する。――まだだ、まだ間合いが遠い。“影分身”を発動し、“千本飛びクナイ”で相手の行動範囲を狭めていく。そして、ようやくサクヤが標的の間合いへ踏み込んだ。
「サクヤ、正面!」
「おっけぃ!」
サクヤは全身をひねるように回転し、大槌を力強く振り抜いた。雷槌ミョルニルが唸りを上げ、見えない標的を的確に捉える。轟音とともに雷鳴が響き、標的はついに姿を現した。――その姿は、紛れもなくドッちゃん本人だった。
「ぐわぁぁ!?」
だが、サクヤの一撃を受けた瞬間、ドッちゃんは野太い男性の声で叫んだ。私もサクヤも、一瞬意表を突かれる。ドッちゃんは、音声システムが壊れていて喋れないはず――。
まさか、ドッちゃんそっくりに作られた偽物なのか? 雷撃を受けた機械種の“ドッちゃん擬き”は帯電し、動きが鈍って制御が乱れているように見える。電撃属性は、本物のドッちゃんと同じく、彼らにとって唯一の弱点だ。
索敵反応は赤――確かに「敵」と判定されている。やはり偽物なのだろう。しかし、その再現度は異様なほど高い。装備品まで精巧に作られ、姿を隠すマント――ハイディングクロークまで備えている。だが、これでしばらくはハイディングクロークを使えまい。索敵を切っても、目視で対応でき――。
そう思ったその時、索敵範囲に複数の敵反応が雪崩れ込んできた。私の索敵を察知されたのだ。慌てて索敵を停止する。もうすぐ、あの廊下の先から機械種が押し寄せてくるはず。――そう警戒していたところ、そこにに現れたのは、よく見知ったサクラの姿だった。
「おお、シノブ殿! お久しぶりでござる! いやぁ、入口で機械種が詰まってて苦労したでござる。 ……あっ!?」
サクラは駆け寄ると、急に動揺したようにオロオロし始める。
「シノブ殿、血が……!」
「ああ、うん。結構痛い」
その時、乾いた銃撃音が響き、私たちは反射的に身を引いた。視界の端には、サクヤが倒れ込み、床には赤い血が広がっている。サクラが来た瞬間、反撃を受けたようだ。致命傷ではなさそうだが、すぐに動ける状態ではない。ドッちゃん擬きは再び身動きが取れるようになり、こちらを狙って構えている。
「DOS殿はどうしたでござるか?」
「いや、それは私たちが聞きたい! そもそも偽物の可能性が高いと思う」
「本当でござるか? どう見ても本人でござるよ!」
軽口を交わしながら、私とサクラはドッちゃん擬きの攻撃を牽制する。姿が見えている分、攻撃のタイミングや軌道は読みやすい。サクヤは縮地で一気に間合いを詰め、斬り込む。しかしドッちゃん擬きは、流れるような体術で全てをいなしてみせる。サクラも強く踏み込めず、攻撃が浅い。
対機械種戦では成功率が低くとも、影縫いと粘着罠で動きを止めるしかない。私は影分身を展開し、一斉に飛びかかった。視線をサクヤに向けると、彼は自身の治癒に専念している。サクラは苦戦しつつも、ドッちゃん擬きと刃を交える。体術・戦術・攻撃予測・回避能力――その全てでサクラを上回り、力量差は明らかだ。
私は分身体と共に“陽炎連舞”で手数を増やし、連続攻撃を浴びせる。その合間に本体の私が“影縫い”を仕掛ける。幾度も試みた末、ついに影を捉えることに成功した。完全に動きを封じられたドッちゃん擬きを、さらに粘着罠で拘束し、ようやく一息ついた。
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