機械都市ギュノス国
翌朝、朝日が昇りはじめた頃。私たちはギュノス国へ向かう馬車の準備をしていた。空の箱や樽を荷台に積み込み、だいたいの準備が整ったところだ。私たちが乗ってきた馬車を使えばいいと話していたのだが、従業員の私物を使うわけにはいかないと、店長が言い張り、譲らなかった。
「――ふあふ」
私は眠気に任せて、大きく欠伸をする。時間が早いせいか、まだ少し眠い。山際から顔を出しはじめた太陽が眩しくて、思わず目を細めた。こんな時間に起きたのは久しぶりかもしれない。
「シノブ、準備が終わったから出発しよう」
リナが手綱を握り、私はその横に座る。リオが荷台に乗り込んだのを確認すると、店長と女将さんが見送りに出てきた。
「気を付けて行ってくるんだよ」
「シノブ、護衛を頼んだぜ!」
そう言ってシゲオ店長は、小型のスーツケースくらいはありそうな大きさのお弁当箱を手渡してくれた。3人分とはいえ、この量は食べきれるだろうかと不安になる。私がお弁当箱をストレージに収納すると、女将さんたちは「今、何をやったんだい?」と驚いていた。そういえば、この世界でアイテムストレージを使えるのは私たちプレイヤーだけのようだった。
今までも何度か驚かれたことはあったが、皆、魔法の一種だと納得してくれていた。その後、私たちは店長と女将さんに見送られながら、クレリアの町を後にした。
整備された街道を、馬車でまっすぐに進んでいく。草原を抜け、いくつかの休憩所で小休止を取りながら、やがて道は森へと差しかかった。私は常に索敵を使い、周囲の警戒を怠らない。道中の分岐点で、別の道から来た大きな馬車と合流する。その馬車には、冒険者2人が護衛につき、初老の商人が乗っていた。彼らも目的地は同じらしく、並走しながら進むことになった。
「あんた、最近有名な”御使い”なのか。そいつは驚いたな!」
隣町から来たという商人と冒険者たちは、私のことを知っていたらしく、その話で少し盛り上がった。彼らの話では、ジャイアントオーガキングを含め、約50件の依頼を半日で達成したという噂が広まっているらしい。……まさに“尾鰭背鰭”だ。それこそツバスがブリになるくらいの成長っぷりだと思う。私は真実を話して訂正しておいたが、2人はAランク冒険者らしく、「それでも凄いぜ」と感心していた。
森の中央付近に差し掛かった頃、索敵に敵勢反応が映った。反応は急速に接近している。私は馬車を止めてもらい、周囲を警戒する。――小型モンスターが20体。移動速度から判断するに、ワイルドウルフだろう。商人の馬車も停止し、護衛の冒険者たちが馬車の前後に分かれて警戒態勢に入る。
「じゃ、ちょちょいって終わらせるよ」
私は影分身を発動し、3体の分身体を展開する。その瞬間、商人たちが一斉に驚きの声を上げた。この光景に慣れているリナとリオは、なぜか誇らしげに「あれは影分身って言って、シノブの得意技なんだよ!」と説明している。……なんだか、少しだけ恥ずかしい。その時、索敵に映る敵勢反応が一気に加速した。――来る!
私は両手に小太刀を構え、分身体たちと共に四方へ跳躍する。森の茂みから顔を覗かせたワイルドウルフたちが、馬車目掛けて一斉に飛び掛かってきた。私は、その群れをすべて、一撃で斬り伏せる。それは、瞬きをするほどの一瞬だった。リナとリオは歓喜と驚きの入り混じった表情で拍手を送り、護衛の冒険者たちも、目の前で繰り広げられた光景に驚きを隠せない様子だった。
敵勢反応――無し。どうやら、かなり小規模な群れだったようだ。私たちが馬車を再び動かそうとすると、護衛の冒険者たちが私たちを引き止めた。
「おいおい、このワイルドウルフの死骸はいらないのか?」
冒険者の1人が、それを見て問いかけてきた。……ああ、そうか。毛皮としても使えるし、一応討伐対象でもある。冒険者ギルドに持ち込めば報酬がもらえるんだったっけ。とはいえ、私は死骸をストレージにしまうのは気が進まなかったし、食料品を積んだ荷馬車に一緒に載せるのもどうかと思ったので、商人と冒険者たちに譲ることにした。
「では遠慮なくいただきますね。私の名はダニエルと申します。いやぁ、噂に違わぬ強さに感服いたしました!」
『ダニエル』と名乗った商人は、私の両手を掴み、喜びと感動の入り混じった顔でそう言った。
「ああ、本当に驚いたぜ。1人で、しかも20匹を一瞬とはな……」
「まったくだ。あんた……いや、貴女はSクラス冒険者の中でも、相当な実力者だな」
ワイルドウルフの死骸を荷馬車に積み込みながら、護衛の冒険者たちが賞賛の言葉を掛けてくる。彼らの名前は『マイルズ』と『ロナウド』と言うらしい。“袖振り合うも他生の縁”という言葉もあるし、私たちは一緒にギュノス国を目指すことになった。
ダニエルは町から町へと品を売り歩く行商人で、ギュノス王都で仕入れた物を各地で売り歩き、生計を立てているらしい。マイルズとロナウドは彼のお抱え冒険者で、新人時代からの付き合いなのだという。リナとリオは、さっそくダニエルたちに酒場の宣伝を始め、「ぜひ1度、シゲオ酒場に来てくださいね」と笑顔で話していた。こういう客引きは、やっぱり商売人の血が騒ぐのだろう。そんな姿を見て、私は思わず笑みをこぼす。
馬車の中で簡単な朝食を取り、ダニエルさんたちにもお裾分けした。深い森を抜ける途中で、何度かワイルドウルフの群れやフォレストオークの襲撃に遭ったが、特に問題なく撃退する。――そうして約半日をかけて、私たち一行はギュノス国の王都へと到着した。
「いや、本当に助かりました。これは少ないですが、受け取ってください」
ダニエルはそう言って、金貨の入った小袋を私に手渡してきた。何度か断ったものの、「荷台に積んでいるワイルドウルフやフォレストオークの方が、小袋の10倍以上の値がつきますから」と説得され、ありがたく受け取ることにした。
それにしても――買い付けに来たはずが、都市に入る前に荷馬車が満杯になるというのも、奇妙な話だ。私は苦笑しながら、王都の関所で手続きを済ませる。ちなみに、入国料は1人当たり金貨1枚と、かなりの高額だった。それでも、それだけ払う価値がある国――ギュノス王国というわけだ。
――機械都市ギュノス国。
ゲームの設定では、古代機械技術の再現に成功し発展した大都市を内包する大国。広大な土地を、開閉可能な巨大ドームで囲み、人口は約2億人と説明されていた。ファンタジー世界の中で唯一異彩を放つ街並みは、現代日本と表現しても良いほどに、高層ビルが立ち並び、清潔で管理の行き届いた華やかな都市だ。その建物の大きさや質感、規模――ゲーム内では到底感じ取ることのできなかったリアルさに、私は圧倒される。久しぶりに目にする近代文明に、懐かしさと感嘆にも似た感情が込み上げ、思わず天を仰ぐ。
「凄いよね。私も来るたびに見上げちゃうもん」
リオも高層ビル群を見上げ、楽しげに呟く。私たちは都市の大通りをまっすぐ進み、通り沿いの店に何軒か立ち寄った。リナは顔馴染みらしく、店の人たちと愛想よく挨拶を交わしながら、大量の荷物を荷馬車に運び込んでいく。私はある程度まとまった荷物を、アイテムストレージに収納する。
正直に言えば、ストレージを使えば予定以上に買い込んでも余裕で収まるので、リナとリオはここぞとばかりに商品を買い込んでいた。店の人たちも喜びながら応対してくれたが、あまりの量に「本当に大丈夫なのか」と心配していた。まぁ、最近の客数と回転率を考えれば、買える時に買っておくのは賢い判断だろう。
「なんなら、お酒みたいに嵩張る物も買っておこうか?」
……と私が言うと、「未成年だから売ってもらえないよ」とリナが苦笑しながら答えた。そういえば、私もリナもリオも、まだ未成年だ。これだけ大きな都市になると、年齢管理もしっかり行き届いているのかと、思わず感心してしまう。町や村なら、「知り合いの娘だから」と簡単に買い付けできるのに――便利さと不便さは表裏一体なんだな、としみじみ思う。
途中、冒険者ギルドがあったので、少し立ち寄ってもらった。この都市にも大きな冒険者ギルドが何件か存在していて、ここは東地区の冒険者ギルドらしい。ギルドカウンターで、ドッちゃんとサクラのことを受付嬢に尋ねてみたところ、たしかに入国はしているようだったが、現在の所在は分からないと言われた。残念だけど、今日は探している時間がないので諦めることにした。
全ての仕入れを終える頃には正午を回っており、今から帰れば夜にはクレリアの町に戻れるだろう。仕入れた物はすべてアイテムストレージに収納してあるので、軽くなった荷馬車なら、わりと早く戻れるかもしれない。こうして私たちは、再び町への帰路についた。
帰りは夕方から夜間にかかり、モンスターが活性化する時間帯だ。私は索敵を使い、周囲の警戒をより一層強めながら進んだ。やはり森の中では多数のモンスターと遭遇したが、正直言って私の敵ではない。倒した死骸は邪魔にならない場所に寄せて積んでおいた。完全に夜が更けた頃、ようやくクレリアの町へと戻ってくることができた。
酒場の前では、サクヤと店長、女将さんが待っていて、私たちの無事を喜んでくれた。荷物を下ろそうと荷台を見て、空になっていることに戸惑っていたが、私が理由を説明し、倉庫でアイテムストレージから仕入れた荷物を取り出すと、店長と女将さんは目を丸くして驚いていた。予定の倍以上の量に、「これだけあれば二ヶ月くらいは仕入れに行かなくても良いかもね」と女将さんが笑った。
「ドッちゃんとサクラには会えなかったよ」
「そうですか。まったく……連絡の一つも寄越せばよいのに」
サクヤが小さくため息をつく。その後、私たちは簡単に荷物の整理を済ませて、今日のお仕事を終えた。
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