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アルバイトを始めよう

 私が特例でSランク冒険者になったという噂は、翌日には街中に広まっていた。昨日同行していたコルトンとドルフが、「凄い新人がいた」と広めたらしい。やたらと顔が売れてしまった私とサクヤは、今日も冒険者ギルドの掲示板を眺めていた。昨日、高額報酬の上位20件の依頼をすべて達成してしまったので、掲示板には比較的簡単な依頼ばかりが残っている。


「今日は、残りの依頼を全部受けてしまいますか?」


 掲示板を見上げながら、サクヤがぽつりと呟く。ざっと見た感じ、掲示板にはまだ30枚ほどの依頼書が貼られていた。


「それは、やめておこうよ。アルテナの町で、サクヤたちが去った後、失業した冒険者たちが山賊団を結成して、大騒ぎになったんだから」


 サクヤたちには、山賊団を壊滅させた話をサクラがしていたが、その山賊団が結成されるきっかけが、サクヤたちにあったことまでは話していなかった。だから、私はその時の経緯を、サクヤに詳しく説明する。


 サクヤたちが善意で行った行動が、巡り巡って仇となる――そういう因果関係を、当時は誰も予想できなかったのだ。こういうのを「バタフライエフェクト」って言うのだろうか。日本では「風が吹けば桶屋が儲かる」なんて言葉もあるけどね。


「そんな事があったんですね。では、ある程度の依頼は残しておいた方が良さそうですね」


「うん。もうSランクになれたし、今後はジャイアントオーガキング級の大物が現れた時だけ手伝うくらいでいいんじゃないかな」


 行く先々で仕事を奪う、極悪冒険者なんて呼ばれたくないしね。たぶん、ほどほどが一番なんだろう――そう自分に言い聞かせて納得する。


 私はふと、食堂兼酒場の方に目をやる。朝から女給の2人が、忙しそうに店内を走り回っていた。そういえば――と、再び掲示板へと視線を戻す。……あった、給仕・女給の募集。日給は金貨3枚。昨日も見たのと同じ依頼書が、そのまま貼られている。私はその依頼書を剥がし取り、サクヤに手渡して見せた。


「……これは?」


「ちょっと考えたんだけどさ。この依頼を受けて、情報を集めつつ、冒険者や兵士たちの信頼を得るのはどうかな?」


 わりと良い案だと思ったけど、どうだろうか。この酒場は、いずれレジスタンス組織の拠点になる場所だ。だからこそ、この場所で働きながら顔を覚えてもらい、地道に情報を集める。そして、都市防衛システムが作動するのを待つ――そんな作戦だ。案外、ドッちゃんたちが早めに戻ってくるかもしれないしね。


 サクヤは少し考え込んだ後、「面白そうですね」と微笑み、私の提案に同意してくれた。そうと決まれば行動は早い。私たちはさっそくカウンターへ向かい、受付を済ませることにした。


「ええっ!? Sランクに昇級したシノブさんが、この依頼を? どうしてまた?」


 受付の女性は、目を丸くして驚いていた。そりゃ、そういう反応になるよね。例えるなら、会社の社長が職業安定所でアルバイト募集に応募してくるようなものだ。


「いやぁ、いつも人手不足そうだし、手伝おうかなって思って」


 特に気の利いた理由が思い浮かばなかった私は、そんな適当な言い訳でごまかした。


「は、はぁ……分かりました。では、シノブさんとサクヤさんのお2人が、女給の依頼を受けるということでよろしいですね」


 受付嬢は微妙に困惑した表情を浮かべつつも、依頼書に受領印を押し、書類に記入し始めた。私たちは受領済みの依頼書を受け取り、そのままの足で食堂へと向かった。ちょうど同い年くらいに見える女給に依頼書を見せると、彼女はぱっと明るい表情を浮かべ、


「ち、ちょっと待っててね!」


 ……と言い残し、厨房の方へと駆けていった。しばらくすると、厨房から50代くらいのコック姿の男性が現れた。この人が、たぶんオーナーなのだろう。私たちは簡単に自己紹介をすませると、


「おう、募集に来てくれたのはあんたらか? 今から働けるか?」


「い、今からでしょうか?」


 突然の問いに、サクヤが珍しく動揺の色を浮かべて聞き返す。


「おう、どうなんだい?」


 オーナーはわずかに苛立ちを滲ませるような表情で、重ねて問いかけてきた。その顔つきに、私はすぐに察する。――これは、仕事に追われて煮詰まっている時の大人の顔だ。このままでは空気が悪くなると思い、私は慌てて口を開いた。


「大丈夫ですよ。ねっ、サクヤ」


「え、ええ……わかりました」


 私たちの返答を聞いたオーナーの表情が、ようやく柔らかくなった。そして、忙しそうに走り回る女給の1人を呼び止める。……もしかして、この人、パワハラおじさんなんじゃないだろうか? 内心で、そんな不安がよぎる。正直、働く場所を見誤ったかも……と、ほんの少し後悔した瞬間だった。


「リオ、この2人に制服を用意して、基本的な接客と女給の作業を教えてやってくれや」


「はーい!」


 『リオ』と呼ばれた女の子に案内され、私たちはバックルームへと向かった。ミディアムボブがよく似合うリオは、小柄で年下のように見える。歩きながら簡単に自己紹介をすると、リオもにこやかに挨拶を返してくれた。


「えっと、はじめまして。私はリオ、16歳です。……ごめんなさいね、最近お店が繁盛しすぎて、お父さんも余裕がなくなってるの。とりあえず制服を準備するから、着替えましょうか」


 そう言ってリオは、木製のロッカーをゴソゴソと漁り始めた。そして、2着の制服を机の上に置くと、少し困ったように頭を抱える。どうしたのかと私たちが尋ねると、リオは制服を指さした。机の上には、明らかに小さめの制服と、逆に男物の給仕服が並べられていた。


 これは……ギリギリ私なら着られるかもしれないけど、サクヤの体格では絶対に無理だろうな。逆に男物は、私には大きすぎるし……。魔力(マナ)が付与された装備なら、サイズに関係なく身体にフィットするものだけど、これはただの制服。どうしようか……。


「まぁ、とりあえず着てみましょうか」


 私とサクヤは、それぞれ制服を受け取って着替えることにした。私はバックルームの奥へ移動し、手早く着替えを済ませる。たぶん、中学生くらいの体格に合わせたサイズだろう。それなのに、普通に着れてしまう自分の体型が、少しだけ悲しい。……いや、これはアバターがそういう仕様だからだ。現実の私はちゃんと成長してるんだから。――そう自分に言い聞かせ、気持ちを立て直す。


 とはいえ、やっぱりサイズが小さいせいか、スカートの丈が気になる。膝上どころか、もはやミニスカートと言っても差し支えないレベルだ。


 着替えを終えて戻ると、サクヤもすでに着替えを済ませていた。その姿を目にした瞬間、私は思わず「おおっ」と声を上げてしまった。そこに立っていたのは、まるでホストのような洗練されたスタイルのサクヤだった。シンプルな給仕服が、彼の整った顔立ちと相まって、妙に様になっている。


 リオも目を輝かせて「すごい美形……!」とうっとりした表情を浮かべている。どうやら、胸元が少しきつかったらしく、リオがコルセットを使って調整してくれたらしい。


「サクヤ、似合ってるね。オールバックにしたら、超イケメンホストになりそう!」


「オールバック……ですか?」


 サクヤは言いながら、自分の髪を掻き上げて手で押さえてみせる。その仕草に、リオが「わぁ!」と感嘆の声を上げ、小さく拍手をした。うん、これは女性客に人気が出そうだな。そんなリオは、自分が使っていた髪留めをサクヤに手渡し、「これ使ってください!」と差し出してきた。サクヤはそれを使って髪を留めようとしたが、どうもうまくいかないようだ。仕方なく、私が背伸びをしてつけてあげる。


「シノブさんは……その、なんだかちょっとエッチな感じですね」


 リオの意外な感想に、私は思わず「えっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。確かにスカートの丈は短めだけど、地味なメイド服って感じだし、そんなに露出してるわけでもないと思うんだけど……。しかし、サクヤも視線を這わせ見つめてくる。せめて何か言ってくれ。リオはじっと私を見つめたあと、少し考え込みながら口を開いた。


「たぶん、その網タイツのせいじゃないかな?」


 ……網タイツ? 一瞬、何を言われているのか理解できなかったが、すぐに気付く。私がインナーに着ている鎖帷子(くさりかたびら)が、リオには網タイツに見えているらしい。鎖帷子(くさりかたびら)とはいえ、細かい編み目だから、そう見えても仕方ないか。


 それに丈の短いスカートが合わさって、意図せず微妙に女らしさが強調されているようだ。でも、この鎖帷子(くさりかたびら)を脱ぐとさらに体が重くなるんだよなぁ。敏捷性を強化カスタマイズした装備を、脱げば脱ぐほど体が従来の重さを取り戻し、自重をより感じるのだ。


「……今日はとりあえず、このままで良いです」


 そう言って、私は網タイツの件はスルーすることにした。その後、私とサクヤは接客の基礎と女給としての業務内容を簡単に教わり、厨房へと案内された。


 厨房では、いかにも貫禄のある女将さんらしき女性が、大鍋を豪快に振るっていた。隣では、さっきのオーナーがものすごい速さで野菜をカットしている。2人とも、まさに戦場のような忙しさだった。


「おう、よく似合ってるじゃねぇか!」


 オーナーは手を止めずに声をかけてくる。


「俺はこの店の店主をしているシゲオだ。今日からよろしくな! そっちは嫁のカンナだ」


「今日から働いてくれる人だね、最近忙しくってさ。よろしく頼むよ!」


 店長の『シゲオ』と女将の『カンナ』は夫婦で、リオは次女。そして、依頼書を渡した女給は長女の『リナ』という名前。どうやらリオのお姉さんらしい。今日は休んでいるが、他にも『レオナ』と『ルイ』という女給がいると教えてくれた。どうやらこの店は家族経営に近い形で回しているらしい。


 その説明もそこそこに、私たちは早々にホールでの仕事を任されることになった。仕事の流れはシンプルで、まず客から注文を受け、厨房へ伝える。料理ができたらそれをテーブルまで運び、食後は食器と料金を回収。そして、空いた時間に一気に洗い物を片付ける――これが基本のルーティンだ。


 だが、シンプルとはいえ、客の数が多すぎる。初日を終えた時点で、私はすでに悟ってしまった。……この人数に対して、この人手は完全に足りていない。注文を取っている間に料理ができあがり、運んでいるうちに次の客が入ってくる。食器を下げたら、もう次の注文が飛んでくる。全力で動き回っているはずなのに、まったく追いつかない。


 ――こうして、私たちの忙しすぎるアルバイト生活が、幕を開けたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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