Sランク冒険者
翌朝、ドッちゃんとサクラは徒歩でギュノス国の王都へと向かった。距離的には、半日もかからないだろう。馬車を勧めたものの、防壁が閉まった際に混乱に巻き込まれるおそれがあるとして、ドッちゃんが断ったのだ。
出発前には、宿屋の馬小屋に繋がれていた二頭の馬の首筋を撫で、名残惜しそうな様子を見せていた。旅のあいだ、ドッちゃんが世話をしていたため、きっと深い絆が生まれていたのだろう。2頭の馬もまた、ドッちゃんの頬に顔を寄せるようにして、寂しげにすり寄っていた。――その様子があまりに尊くて、私は馬小屋の影から、そっと覗いてしまっていた。
「そういえば、シノブちゃんの冒険者ランクって、いくつなんですか?」
ドッちゃんたちを見送ったあと、私とサクヤは町をぶらぶら見て回ろうという話になり、大通りをのんびり歩いていた。そんな中、サクヤがふと問いかけてくる。ギルドカードを見せると、彼女は少し驚いたような顔をした。
話を聞けば、サクヤとドッちゃんは既にSランク冒険者らしい。サクラはAランクだし、私はまだCランクのままだった。そういえば、戦争のドタバタで冒険者ギルドの依頼なんてしばらく受けていなかった気がする。
「じゃあ、これからいろんな依頼をこなして、一気にSランクまで上がっちゃいましょう!」
サクヤはそう勢いよく叫ぶと、私の手をぐいと引いて冒険者ギルドへと歩き出した。なんだか、私よりサクヤの方がずっとノリノリで楽しそうだ。現実世界でキャラクター育成をしていた頃、彼によく手伝ってもらったことを思い出す。
当時の咲耶は、戦士職でバリバリの攻撃役で、豪快に大剣を振るうタイプだった。長い髪をなびかせて、きわどいビキニアーマー姿だったのも、妙に印象に残っている。
冒険者ギルドに到着すると、私とサクヤは高額な依頼を片っ端から受注していった。ただし、ジャイアントオーガキング討伐については受注制限があり、Sランク冒険者専用の指定があったため、サクヤが代表して依頼を引き受けることになった。
私はパーティーメンバーとして参加するという形で同行する。そして、この討伐依頼を受けたことで、オスロウ国の時と同様、クレリアの冒険者ギルドのマスターと面会することになった。
「はじめまして。ギルドマスターのレイチェルと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
案内された応接室にいたのは、40代ほどと思しき女性のギルドマスターだった。聖職者を思わせるローブに身を包み、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の人物である。
「どうも。伊集院咲耶と申します」
「シノブです。よろしくお願いします」
私とサクヤは簡単に自己紹介を済ませた。サクヤの声を耳にしたレイチェルさんは、一瞬だけ眉をわずかに動かしたが、すぐに表情を整え、声については何も触れなかった。サクヤの声色は彼が意図的に調整しており、気を抜かなければ、かろうじて女性に聞こえるトーンを保っている。もともと男性としては少し高めの声質なので、できる芸当なのだろう。
レイチェルさんは、サクヤの名をすでに知っていたようで、高名なSランク冒険者が討伐依頼を引き受けてくれたことに、たいそう喜んでいた。
「それで、ジャイアントオーガキングの出現地域は、わかっていますか?」
「おおよその位置になりますが……」
そう言いながら、レイチェルさんは机の上に地図を広げて見せてくれた。地図には複数の丸印が記され、それぞれの日付が書き添えられている。彼女はそれらを順に指でなぞっていき、最新の日付で指を止めた。この町からそれほど遠くない渓谷で、2日前に目撃情報があったようだ。
「ついでに、この依頼書に記載されたモンスターの生息地域も教えていただけますか」
そう言いながら、サクヤは先ほど受け取った大量の依頼書を机の上に並べた。ゆうに20枚を超えるそれらは、いずれも高額報酬のものばかりだった。レイチェルは目を丸くしつつも、事務員を呼び、大きな地図を持ってこさせる。
「それともう一つ。できれば、1人か2人ほど記録係というか……監視役といいますか、そういう立場の方を同行させてもらいたいのです」
「監視役……、ですか?」
サクヤの真意を測りかねたのか、レイチェルは不思議そうな表情を浮かべながら事務員を呼び寄せ、何かを耳打ちする。しばらくして、フルプレートアーマーに身を包んだ剣士と、長杖を携えた老魔術師が部屋へと入ってきた。
「こちらはウォリアーのコルトンさん、そしてウィザードのドルフさん。どちらもSランク冒険者です。パーティーメンバーとしても、申し分のない実力をお持ちですよ」
どうやらレイチェルさんは、サクヤが同格の戦力を求めていると解釈したらしい。Sランク冒険者となれば、レベルにして40程度は超えているだろう。
「ああ、ええっと……その方々で構いませんが、戦闘には一切参加なさらなくて結構です。今回の目的は、私の友人がSランクにふさわしい実力を持っているかどうか――その目で確かめていただきたいのです」
「え!?」「え!?」「え!?」
部屋にいた全員が、一様に唖然とした表情を浮かべ、私の方へと視線を向ける。私は、書類上はCランク冒険者。たぶん、サクヤの荷物持ち程度にしか見られていなかったのだろう。
「……えーと、この方はCランク冒険者ですよね?」
「書類上はそうですね。ですが、彼女は私よりも強いですよ。ただ、特定の条件下でないと本気を出せないんです」
サクヤは不敵に笑いながら、周囲をたしなめるように静かに視線を巡らせた。そのもったいつけた言い回しは、サクヤが嘘の設定を語るときの癖によく似ている気がする。
「――では、私も含めて3人で同行してみてはいかがでしょうか?」
レイチェルが私の方を向いて提案する。コルトンもドルフも問題ないと頷いた。当然、私も同意する。実際に見てもらったほうが早そうだしね。こうして、私たちは最も近い依頼から順に消化していくことになった。
まずは町からほど近い森に住処を作った、ワイルドウルフの群れの討伐だ。私たちは町を出て、目的の森へと足を踏み入れる。しばらく進んだのち、住処と思しき場所の近くにある開けた空間で足を止めた。
「では、準備はいいですか? 危険だと思ったら、すぐに叫んでください」
そう言うと、レイチェルは魔物を引き寄せるという白い粉末を周囲に撒いた。皆はサクヤの指示で、少し離れた草むらへと退避する。私は索敵を使って周囲の状況を探る。魔物寄せの匂いを嗅ぎつけたワイルドウルフの群れが、徐々に索敵範囲へと近づいてくるのが分かった。おおよそ100匹くらい……か。結構な団体だね。まぁ、余裕だけど。
草葉の陰から、いくつもの獣の眼光がギラリと光る。獲物を狙い、息を潜めて隙を伺っている。私はあえて無防備を装い、広場の真ん中に立ち尽くした。
「ガウッ!」
群れのボスが吠えると、森の奥から大量のワイルドウルフが一斉に飛び掛かってきた。20匹ずつの波状攻撃が、まるで波のように押し寄せてくる。私は両手に小太刀を構え、影分身を展開。初撃で20匹すべてを斬り伏せた。続く20匹が跳躍し、さらに20匹が身を低くして突進してくる。私は特殊技能”陽炎連舞”を使用し、40匹すべてを同時に斬り裂いた。
残る40匹は仲間の死を目の当たりにし、一瞬だけ動きが鈍った。その隙を逃さず、今度はこちらから攻めに転じる。
――特殊技能“千本飛クナイ”を使用。影分身の投擲分も含め、合計4,000本の魔力のクナイが放たれ、残りのワイルドウルフ60匹を一瞬で貫いた。私は一歩も動くことなく、およそ100匹のワイルドウルフを討伐したのだった。
「さすがシノブちゃん、対獣系の複数同時戦闘は瞬殺でしたね」
サクヤが拍手をしながら、茂みの中から姿を現した。ギルドの3人も、驚いた表情を浮かべているようだった。その後、全員で討伐の証となる右耳を回収し、最初の依頼を達成。
そこから私たちは、マップに書き込んだ依頼を、目的地が近い順に次々と攻略していった。夕方が近づく頃には、残された依頼は残り2つとなっていた。「ジャイアントオーガキングの討伐」と、「共同墓地に出現する大量のアンデッド討伐」だ。まずは、ジャイアントオーガキングの目撃情報があった渓谷へと向かう。
「その……シノブさんの強さは、もう十分にわかりました。すでにSランク上位の実力だと思います。だから、ジャイアントオーガキングは全員で挑みましょう」
レイチェルさんが、少し困ったような顔をして私にそう話しかけてくる。たしかに、ほんの少しだけ疲労を感じている。魔力にはまだ余裕があるけれど、体力面がじわりと削れているかもしれない。
「では、私がシノブちゃんをサポートします。この討伐依頼を受けたのは、もともと私ですからね」
サクヤはストレージから雷槌ミョルニルを取り出した。その巨大な武器に、ギルドの3人は思わず目を見張る。無理もない。初めて見たときは、まるで巨人用かと思うほどのサイズなのだから。
渓谷に到着した私は、なるべく高所へと跳び乗り、索敵を使用。範囲内に、大型の敵性反応を確認する。私はその位置を仲間に伝え、すぐに現地へと向かった。
薄暗くなった渓谷の中、太陽が沈みかけた空の下で、放置された荷馬車が大きく揺れている。その奥から、赤く光る巨大な目がこちらを捉えた。荷馬車の雨よけを突き破り、中から現れたのはジャイアントオーガキングだった。
どうやら、荷馬車の積み荷にあった酒を飲んでいたらしい。全長は優に5メートルを超え、頭と肩には角のような突起がいくつも生えている。その醜悪な姿は、ジャイアントギガースよりもさらに禍々しく、他のモンスターとは明らかに一線を画していた。
「小型の魔人ヴァッサゴって感じだよね」
「確かに似てますね。でも、こいつはただの脳筋ですし……余裕ですよ」
余裕を見せながら話す私たちに対し、コルトンとドルフは引きつった笑みを浮かべていた。レイチェルだけは、この状況に慣れたようで比較的落ち着いた様子。
戦法はいつも通り。私が手数でヘイトを稼ぎ、サクヤが強烈な一撃を叩き込む。戦闘開始から5分も経たないうちに、雷撃と炎に焼かれたジャイアントギガースの肉塊が転がっていた。
その後、夜も更けたころ――私たちは共同墓地へ向かい、出現した大量のアンデッドを、サクヤの上位特殊技能”神ノ雷”で一掃。これで、すべての依頼を完了させた。
こうして私は、丸1日をかけてSランク冒険者の称号を得た。異例中の異例らしいけれど、ギルドマスターと名の通ったSランク冒険者2名のお墨付きのおかげだ。未だAランクのサクラに、早く自慢してやりたい。そう考えると、思わず笑みがこぼれる。
ちなみに、今回の依頼報酬は総額600万ゴールドだった。
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