表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/69

対ギュノス国攻略作戦会議

 ハイメス国を出発してから10日あまりが過ぎ、私たちはギュノス国の国境付近にまで辿り着いた。

 

 ジェイコブ卿から頂いた馬車は、想像以上に広く、野宿ですら快適に過ごせるのが驚きだった。夕食時には馬車を止め、焚き火を囲んで食事をとり、馬たちを休ませる。夜間の見張りは、睡眠を必要としないドッちゃんが馬番を兼ねて担当してくれる。その間、私は馬車の中で眠ることができた。


 この馬車には実に優れた機能が備わっている。屋根に取り付け可能なアタッチメントを使えば、簡易的なテントが展開でき、まるで一時的に2階部分が増設されたようになるのだ。そのスペースがサクラとサクヤの寝床となっている。


 変形ロボというわけではないが、どこか秘密基地を思わせるそのギミックは、2人の“少年心”をくすぐったらしく、大いに気に入っているようだった。


 いくつかの小さな村を経由し、ようやく首都に隣接する町『クレリア』に到着した。ちょうど夕日が沈み、夕闇が辺りを包み始める頃だった。この町には、ギルド・酒場・宿屋がひとつの大型施設に統合されており、ストーリーモードにおける最重要拠点のひとつとなっている。


 ここから始まるのが、SMOのストーリーモード『隣国戦争編』の次章――『機械都市ギュノス国動乱編』である。


 簡潔に説明すれば、世界最高の機械技術を誇るギュノス国の防衛システムが、ある日突然暴走を始める。そして、都市防衛機構が発動し、国民および旅の冒険者――およそ2億人が都市内に幽閉されてしまう。遠征に出ていて難を逃れた兵士約1500名が中心となって、都市開放レジスタンスを結成し、プレイヤーはその一員として戦いに身を投じる。


 物語の前半では、防壁を守る4体の守護機兵(ガーディアン)を撃破し、都市内部へと突入する。中盤では、中央管理システムがある『クリスタルタワー』を目指し、都市全域に展開された機械種(アンドロイド)の防衛システムをかいくぐって進む。そして後半、タワーの地上10階・地下10階の全20階層を攻略し、最深部に鎮座する中枢管理AI――マザーブレイン『クトゥル』を破壊すればシナリオクリアとなる。この町の宿屋は、そのレジスタンスの拠点でもあり、まさに物語の幕開けとなる場所なのだ。


 宿屋に入ると、冒険者や町の住民たちが所狭しと席を埋め尽くしていた。実際にこの目で見てみると、この建物は想像以上に広く、オスロウ国にある4つの冒険者ギルドのそれぞれと比べても、敷地面積では圧倒的に広かった。


 町に入ったときにも感じたが、ギュノス国の防衛システムが作動するような、大きな事件の気配はまったくなかった。それどころか、今後レジスタンスの中心となるはずのギュノス兵の姿すら見当たらない。……きっとまだ、イベントフラグのような……なにか物語を動かす“原因”となる出来事が、発生していないのだろう。


 私は、ほんの少しだけ胸を撫で下ろす。冷静に考えてみれば、次のシナリオも国家の内紛だからね。せめて「復活薬」でもあれば安心できるのに。――復活薬は、この世界に転移したとき、なぜかストレージからすべて消えてしまっていた。この世界の制約的な何かに引っかかっているんだろうか?


 とりあえず、私たちは食堂の方へ足を運んだ。食堂兼酒場は、まだ日が沈みきらぬ早い時間帯にも関わらず、テーブル席もカウンターも満席だった。4人の女給がひっきりなしに店内を駆け回り、料理や飲み物を次々と運んでいる。これでは、もう少し時間を置かないと宿の部屋を取る手続きすら難しそうだ。


「いやあ、繁盛していますね。店主と女将さん、それに女給4人で切り盛りしているとは……なかなかのブラック営業ですね」


「やめろ、――現実の記憶が蘇るでござる」


 サクヤとサクラが、酒場の様子を眺めながら、どこか遠い目で語り合っていた。私は知っている。サクラの務めていた職場は、かなり過酷な労働環境だったらしい。根拠もなく達成不可能なノルマを課し、未達成なら給料は据え置き、ボーナスの査定も下がる。無理して達成したとしても「全体の業績が悪い」と言って評価されず、報われない努力が常態化していたという。


 その上、責任はすべて現場や担当者に押し付けられ、上層部は一族経営で好き放題。上場もしていないので、外からの監視もなく、まさにやりたい放題だったそうだ。そんな話を聞くと、私もふと考えてしまう。――就職って、ちょっと怖いかも。


 食堂の席取りはサクラたちに任せて、私はドッちゃんと一緒に、併設されている冒険者ギルドへと向かった。そして、依頼書が貼られた掲示板を眺める。


 1番報酬の高い依頼は――「ジャイアントオーガキング討伐」。達成報酬は白金貨3枚。……300万ゴールドか。これは、美味しい依頼だ。でも、小隊~中隊規模が動くクエストと考えると、報酬は安いかもしれない。「あとで受けようよ」とドッちゃんに声をかけると、彼女は軽く頷いた。ランダム発生のレイドボスだけど、今の私たちの戦力なら余裕で勝てる相手だ。次に高いのは、墓地に発生した大量のアンデッド討伐。これはサクヤが好きそうな、無双系の依頼。そして――


 掲示板の端から端まで目を通していると、この食堂兼酒場での給仕・女給の募集が目に留まった。日給は金貨3枚。命の心配がない仕事だと思えば、なかなか悪くない条件かもしれない。むしろ飲食店としては破格と言っても良い。


「おーい! 席が空いたでござるよ!」


 酒場の方からサクラの声が響いた瞬間、周囲の人々の視線が一斉に集中した。その理由は単純だ。――着物姿の美女から発せられた声が、どう聞いても“男の声”だったからだ。


 サクラとサクヤは、見た目だけなら男性の理想をこれでもかと詰め込んだ完璧な美女。しかし中身は男であり、この世界に転移した際、なぜか“本来の地声”へと戻ってしまった。そのため、外見と声のギャップがものすごくて、”男の声をした美女”という、とんでもない違和感の塊になってしまったのだ。


 初めてサクラの声を聞いた人の反応は、だいたい「えっ?」と2度見する。――けれどこの瞬間だけは、なぜか私の心の奥底にある「愉悦」がぴくりと震えるのだった。


 とはいえ、最近ではサクラ自身がこの状況にすっかり慣れてしまい、まったく気にする様子もない。むしろ私に向かって、「やっちゃった! てへぺろ」みたいな表情を浮かべ、舌を出してくる始末。いや、男の「てへぺろ」とか、イケメンであっても正直キツいと思うんだけど。


 そしてその瞬間、周囲の男たちが、サクラの常時発動型特殊技能(パッシブスキル)『ネカマの魅了』の効果で頬を染めるという、地獄のような光景が広がる。……あの容姿とスタイルの前では、たとえ声が男でも、もはや関係ないのかもしれない。――どうかしている。


「ドッちゃん、あれ……どう思う?」


 私が呆れたように尋ねると、ドッちゃんはスケッチブックを取り出し、ひと言、感想を書き添える「如何(いかん)ともしがたい」らしい。「ですよねー」と苦笑いを返しつつ、私たちはようやく空いた酒場のテーブルに腰を下ろし、適当に料理を注文した。


 混雑のせいか、料理が揃うまで40分ほどかかった。出てきたのは、家庭的でどこか懐かしい味の料理ばかり。けれど、その素朴な味付けが心に染みて、ほっとひと息つけた。その後、無事に宿を取ることができた。旅の資金は、オスロウ国で稼いだ分に加え、ドッちゃんたちの蓄えもあるので、まだかなり余裕がある。


 食後は、ドッちゃんの部屋で作戦会議を開くことになった。


 ドッちゃんはいつもの黒い全身タイツ姿だけど、他の皆はそれぞれラフな格好で、自然と会議が始まっていく。こういう時、けっこう個性が出るもので――私はシンプルなシャツにハーフパンツ。サクヤは、シルクのような素材の白いパジャマ。そしてサクラは、相変わらずのへそ出しハーフキャミにスポーツパンツという、かなりの薄着スタイル。


 ……この格好が、彼の理想の“女性像”だと思うと、なんとも言えない気持ちになる。まぁ、趣味は人それぞれだからいいけどね。


「さて、では今後の話を始めます」ドッちゃんがそう書かれた用紙をこちらに差し出すと、皆が「はーい!」と返事をして、会議はゆるい雰囲気で始まった。――そもそも、この世界でもゲームと同じイベントが発生するのだろうか?


 これまでの経験から予測すると、時期は不明でも、イベント自体は必ず起こる。そしてそれは、ごく自然な流れで発生する。そんなことを考えていると、サクラが口を開いた。


「まず、明日はギュノス国の都市内へ行くでござろう?」


「……そうですね。まだ防壁が閉じていないなら、問題はないと思います」


 サクヤは、なぜか気まずそうに視線を逸らしていた。理由はなんとなく察せられる。サクラの格好が、あまりにも煽情的(せんじょうてき)すぎるからだ。あれほど、デリカシーと向き合えと言ってるのに、もう!


 へそも横乳(よこちち)も普通に出てるし。女の私でもつい目で追ってしまうレベルなのに、中身が男のサクヤなら、なおさら視線の置き場に困るだろう。しかも、その相手が“男”だという事実が、脳を混乱させているに違いない。


 そんな妙な想像をめぐらせていると、ドッちゃんが次の用紙を差し出してきた。「そこで提案なんだが、二手に分かれるのはどうだろう?」――そう書かれている。さらに、その下にはいくつかの理由が添えられていた。


 まず一つは、ギュノス国内部の情報を集めるための組。もう一方は、この町に残ってレジスタンス関連の情報を探るための組。オスロウ国やハイメス国のときのように、“内と外”に分かれて行動した方が、より多角的に情報が集まり、進行が有利になるだろうという考えらしい。たしかに、悪くない作戦だ。


 ――たとえばクリスタルタワーの攻略を思い出す。あの塔は、地上10階・地下10階の構造になっている。まずは上層10階を登って、保管されている「ウィルスデバイス」を入手。その後、塔の頂上から地下階へと移動し、マザーブレインにウィルスデバイスを使って弱体化させてから討伐する――という流れだ。


 2周目以降なら、ウィルスデバイスは貴重品扱いで所持できるため、イベントをスキップすることも可能になる。あとはウィルスデバイスを使わず、強化状態のマザーブレインを倒し、激レアアイテムのドロップを狙うというプレイ方法もある。


 おそらく、ドッちゃんはレジスタンスが動き出す前に、その“ウィルスデバイス”のようなキーアイテムを確保しておき、タワー内や都市の情報を先んじて収集しておきたいのだろう。


 皆は腕を組み、それぞれ少し考え込んだものの、とくに反対意見は出なかった。そして次に、誰がどちらの組になるかの話になった。ドッちゃんはスラスラと筆を走らせ、用紙をこちらに見せる。そこにはこう書かれていた。都市組:DOS(ドス)、サクラ。町組:サクヤ、シノブ。


「潜入捜査なら、サクラなんかよりシノブちゃんの方が向いているのでは?」


 ――その”サクラなんか”という言葉に、隣に座っていたサクラがピクッと反応した。たしかに、斥候職の私の方が潜入には向いているような気もするけど……。ドッちゃんには、何か考えがあるのだろうか? すると、ドッちゃんはその理由を新たに紙に書き加え、こちらに見せてきた。


「まず、機械種(アンドロイド)に対しては、シノブの特殊技能(スキル)の成功率が大きく下がる。特に影縫いや潜伏、抜足は、すべてセンサーによって無効化される」


 ……そうなの? 初耳だ。――いや、よく考えたら、機械種(アンドロイド)にそれ系のスキルを使ったこと、今まで1度も無かったかもしれない。さらにドッちゃんは紙をめくって、続けてこう書いていた。


「索敵や煙玉も、センサーによって逆探知の対象となり、集中攻撃を受ける可能性がある」


 これはゲームでも経験済みだった。たとえば、戦士系のスキル「デコイ」みたいなもので、敵のターゲットが一斉に私へ集中するんだよね。まぁ、倒すのは難しくないけど、潜入任務としては明らかに不向き。私も含め、皆がその理由に納得したようだった。


 ちなみに、サクヤが町組になった理由は単純明快。守護機兵(ガーディアン)対策だという。仮にギュノスの防壁が発動した場合、東西南北の大門それぞれにレイドボス級の守護機兵(ガーディアン)が出現する。機械種(アンドロイド)の弱点は総じて電撃属性。だから、雷槌(いかづち)ミョルニルを持つサクヤが適任なのだ。


「なるほど、理解しました。シノブちゃんは、私が命に代えても守ります!」


 サクヤは自信たっぷりに胸を叩いて宣言する。もちろん、私も守られてばかりはいられないけど……こういう言葉を言ってくれる仲間がいるのは、やっぱり心強い。


「……まぁ、そういうことならやむを得まい。サクヤ如きに任せるのは不安でござるがな」


 ――その”サクヤ如き”という言葉に、今度はサクヤがピクッと反応した。……なんか、両隣から微妙な殺気を感じるんですけど。私、どうすればいいのでしょうか。


 前半は和やかに進んでいたミーティングも、なぜか後半になるとギスギスした空気に変わっていった。まぁ、サクラとサクヤは昔からこんな調子だ。お互い分かった上で、あえて火花を散らしてるっていうか――怒った方が負け、みたいなチキンレースを楽しんでる節がある。……たぶん、本気でケンカすることは、ないと思うけどね。


 こうして、今後の方針が決まり、私たちはそれぞれの部屋へと戻っていった。

お読みいただきありがとうございます。

少しでも面白いと思ったなら「ブクマ」「いいね」「☆での評価」お願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ