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新しい旅路へ

 王城跡への帰路、貴族街を歩いていると、私兵と思しき人物たちに呼び止められた。何の用かと尋ねると、彼らはジェイコブ卿の使いで、私とサクラを探していたのだという。幸い、ジェイコブ卿の邸宅はすぐ近くだったため、そのままの足で向かうことにした。……まあ、馬鹿なことをしていたせいで、かなり遅い時間になってしまったけど。迷惑じゃないといいんだけどな。


 屋敷に着くと、執事と大勢のメイドたちが出迎えてくれた。私たちは丁寧に迎え入れられ、来賓室へと案内される。しばらくして、上機嫌な様子のジェイコブ卿が部屋へと入ってきた。


「おお、これはこれはサクラ様にシノブ様! ――えっと、そちらのお2人は?」


 視線は、私の隣に座るドッちゃんとサクヤに向けられていた。そういえば、ジェイコブ卿とは初対面だっけ。私が紹介しようと口を開きかけたそのとき、先にサクラが応じた。


「こっちの緑髪の妖精種(エルフ)が“爆雷の女神”。そっちの赤髪の機械種(アンドロイド)が“姿無き魔槍”でござる」


「どうも、お邪魔しております」


 サクヤが丁寧に頭を下げ、ドッちゃんは軽く会釈をした。……いや、そうじゃない。ちゃんと名前を言え。どうせ、相手の反応を見て内心でニヤついてるんだろうけど。案の定、ジェイコブ卿は目を丸くして戸惑いの色を浮かべた。


「えっ? ……あの……?」


 その反応を見て、サクラは“してやったり”といった顔を浮かべる。


「えっと、この2人は我々の旧知でして。伊集院咲耶(いじゅういんさくや)DOS(ドス)です。どうやらハイメス国で名を上げていたらしく、戦争終結の立役者です」


「お、おお……! それは、それはすごい! まさかハイメス国の英雄とご友人とは!」


 私がジェイコブ卿を2人に紹介すると、彼は大層驚いていた。その後、なぜ私たちを探していたのかを聞いてみると、思わぬ返答が返ってきた。――サクラと私の功績により、ジェイコブ卿が新たな宰相候補として国王の代行に推薦された、というのだ。


 現宰相のクリフォード卿は、現在行方不明とのこと。どうやら魔人と通じていた疑惑が浮上し、私腹を肥やしていた証拠書類も見つかったらしい。……その辺りの話は、以前ドッちゃんから聞いていた内容と一致する。ハイメス国側にも、関連する証拠書類がいくつかあるそうで、関係者は今ごろ夜逃げの準備をしているかもしれない。とはいえ、指名手配が出て賞金でもかけられれば、そう簡単には逃げられないだろうけど。


「それにしても、まさか戦争が1日で終わるとは……本当に驚きましたよ。これからは、我々のほうが忙しくなる番ですね」


 確かに、戦争そのものよりも、その“後始末”のほうが厄介だって話はよく聞く。特に、終戦に向けた和平交渉は国家間の将来を左右する最重要案件だ。火種は魔人だったとしても、暗殺や内通も絡んでいたとなれば、一筋縄ではいかない。両国の落としどころが見えてくれば、未来への扉も開かれる――はずだけれど。さて、どうなることやら。


「これから、どうしよう?」


 私は、いろんな意味を込めて、皆に問いかけた。ミカさんとハーちゃんを探すこともあるけれど、やはりストーリーモードをなぞって進んだ方がいいのだろうか。普通のルートでは――オスロウ国に味方した状態で魔人を倒すと、モンスター召喚の余波でハイメス国は壊滅する。以降、ハイメス国ではイベントやミッションは発生しなくなる。


 けれど、この世界では違った。偶然にも、ドッちゃんとサクヤがハイメス国側に加担していたことで、奇跡的に両国ともほぼ無傷で済んでいる。赤龍もまだ倒していないし、もはや“正史ルート”とは呼べない状況だ。……この先、どうなっていくんだろう。


「そうですね。できれば、ハイメス国に一度立ち寄っていただけると助かります。一応、責任ある立場なので」


 サクヤがそう口にすると、ドッちゃんも静かに頷いた。たしかに、私たちもこの国の人々に一言挨拶してから出国したほうがいい気がする。それに――正直、ハイメス国の姿をこの目で見てみたいという好奇心もある。ゲームでも、幻想的で美しい都市だったしね。


「拙者はかまわない。この国にいると、面倒な事後処理に巻き込まれそうでござる」


 国王とその家族は不在、現宰相も失踪中。さらに上層部にはスパイまで紛れているという。サクラの言う通り、このままここに滞在していたら、新たなサブイベントに巻き込まれかねない。


 そんなわけで、私たちは明日オスロウ国を出て、ハイメス国へ向かうという結論に落ち着いた。その話を聞いていたジェイコブ卿が、「もう少し滞在してほしい」と説得してきたけれど、――サクラは、神妙な表情でそれに答えた。


「拙者たちは、“暗黒神ハーデス”を倒し、自身にかけられた“呪い”を解かねばならないでござる」


 ……ああ、その設定ね。完全に忘れてた。隣でサクヤとドッちゃんが首をかしげていたので、私はこっそり耳打ちして説明しておく。すると、サクヤは吹き出しそうになるのを堪えて、「それはいいですね、私も使わせてもらいましょう」と微笑んだ。ドッちゃんも、珍しく肩を小刻みに揺らしながら笑いをこらえている。サクラの真剣な顔に、ジェイコブ卿もついに折れ、残念そうな表情を浮かべて了承してくれた。


 その後、ジェイコブ卿の好意で、私たちは屋敷に泊めてもらえることになった。部屋に入り、ふかふかのベッドに横になると、急にどっと疲れが出てきた。今日は走って、戦って――とにかく盛りだくさんな一日だった。まあ、疲れるのも当然か。


 明日から、また忙しくなる。だから今日は、このまま眠ってしまおう。そう思いながら目を閉じると、私はあっさりと、深い眠りへと落ちていった。


 ――暗く深い闇の中に、幾億万もの星々が美しい輝きを放っている。そこは、極限までに研ぎ澄まされた魂が保管される霊廟(れいびょう)――まさに“魂のストレージ”。


 静かに聞こえる鼻歌に合わせて、空間そのものが揺らぎ、まるで世界がその音色に合わせてワルツを踊っているような、不思議な情景が広がっていた。


 ――オスロウ国と、ハイメス国。2つの封印が解けたね。残るはギュノス国。


 女性にも、声変わり前の少年にも聞こえる、どこか幼さの残る高い声が呼びかけてくるような気がした。

 この声、何度聞いただろうか……封印ってなんのことだろう。私は無数の光に向かって、手を伸ばした。


 目を覚ますと、まだ夜明け前。窓の外には、澄みきった夜空が広がっていた。そうだ――変な夢を見た。「封印がどうとか」言っていた気がする……。不思議と印象に残っている夢だった。何度か同じ夢を見た気がするけれど、これまではいつも、起きた途端にすべてを忘れていたはずなのに。


 しばらく、応接室でくつろいでいると、朝食の準備が整ったと知らせが入り、ドッちゃんが皆を起こしにまわっていた。ジェイコブ卿と一緒に朝食をとったあと、私たちは馬車に乗り込み、王城へと挨拶に向かった。


 昼夜を問わず、騎士たちが交代で作業を進めていたのだろう。王城跡に積もっていた瓦礫はかなり撤去が進んでいて、街から招集された職人たちが基礎工事を始めている場所もあった。


「そうですか……このまま騎士団に残っていただけるとばかり思っていました。残念です」


「事情があるのであれば、仕方がないのう」


 現場を指揮していたクリスと、グレッグ総司令に挨拶を済ませる。グレッグ総司令は、魔人討伐の作戦を秘密裏に進めていたことを、ほんの少しだけ根に持っているようだった。結局事後報告だったしね。


 それでも最後には、「……悪いと感じてるなら、必ず戻って来いよ」と言って、力強く握手をしてくれた。高い地位にある“おじのツンデレ”というのは、案外定番なのかもしれない。


 次に向かったのは、魔導具研究所。ラウル団長に挨拶を済ませると、彼はとても喜んでこう話した。


「シノブさんが提案してくれたアミュレットのおかげで、全軍、死傷者ゼロという快挙です。その功績を認められて、勲章もいただけることになりましてね。……来年度の予算は、減らされずに済みそうです」


 その話を聞いて、なるほどと思った。そのせいで、ほとんど面識のない魔導師団の内部で、私の“予知”がちょっとした崇拝の対象になっているらしい。


 大臣や貴族の不正書類の調査は、現在、聖騎士団によって進められており、その現場でシグナスにも再会した。


「そんな……サクラ様が旅に出ると……。ああ、なんということだ。神はなんと過酷な運命を課されるのか!」


 そう言って、サクラの前に膝をつき、涙を流しながら慟哭する。冗談ではなく、わりと本気(マジ)で。しかも、サクラ以外の私たちはまったく眼中にない様子だった。本当に良い性格をしているよ。


 その光景に、サクヤとドッちゃんは呆然と立ち尽くしていた。まあ、彼のイメージといえば、魔人戦でデイア姫を守っていた姿くらいだろうし、無理もない。私は冗談交じりに「あの人、サクラの元婚約者だよ」と教えてみせると、サクラに聞こえていたらしく、すぐさま完全否定していた。


 シグナスは名残惜しそうにサクラにしがみついていたが、結局、部下たちによって引きはがされ、そのまま連れて行かれた。


 その後は、料理長や執事長など、これまでお世話になった方々に挨拶をしてまわった。広い王城の敷地をぐるりと一周するだけで、いつの間にか正午を回っていた。そして、王城の正門に戻ると、大勢の兵士たちが作業の手を止め、こちらに集まってきていた。


「将軍ちゃーん!」「サクラ様ー!」


 あちこちから声が飛び交い、皆が手を振ってくれていた。大隊長たちの姿は見当たらなかったが、そこにいたのは、ほとんどが見知った顔ぶれだった。私たちが挨拶回りをしている話が、周囲に伝わっていたらしい。


「ありがとう。短い間だったけど、お世話になりました!」


「拙者たちは、暗黒神を倒し、必ず戻ってくるでござるよ!」


 私たちは、集まった人々に手を振りながら、ジェイコブ卿の馬車へと乗り込んだ。そういえば、屋敷を出るとき、ジェイコブ卿は執事に指示を出していた。どうやら街の入口に、旅用の馬車を用意してくれるという。しかも、それを私たちへの餞別としてプレゼントしてくれるとのこと――なんとも太っ腹な話だ。私たちは、王城を後にしながら、馬車の窓からいつまでも手を振り続けていた。


 貴族街に差し掛かると、中央の大通りにはパレードを待つかのような人だかりができていた。その列に沿って、等間隔に近衛兵たちが立ち並び、オスロウ国の国旗が誇らしげに掲げられている。


 私たちの馬車が通りかかると、まるで合図を受けたかのように拍手と歓声が沸き起こった。すぐに分かった――これは、きっとクリスが手を回して、街の人たちに呼びかけてくれたのだ。この人だかりは街の出口まで続いているらしく、まるで街全体が見送りに集まってくれているかのようだった。


 貴族街を抜け、南地区の大通りに差しかかると、今度は群衆の中に紛れて、大隊長たちが旗を掲げて出迎えてくれていた。


「見かけないと思ったら、こんなところにいたんだね」


「そうでござるな」


 わずか2週間の付き合いだったけど、大隊長たちには何度も助けられた。彼らの協力のおかげで、私たちは調査にも多くの時間を割くことができたのだ。私たちは馬車の窓から身を乗り出し、大きく手を振る。すると、大隊長たちはそれに応えるように、揃って敬礼をしてくれた。やがて、街の防壁にある南門へと辿り着く。そこでは執事長、そして護衛の人々が待っていた。


「サクラ様、シノブ様、そしてDOS(ドス)様にサクヤ様も。此度は誠にお世話になりました。この国の再建に向け、私も精一杯努力いたします。また、いつかぜひお越しください」


 ジェイコブ卿と執事長、そして護衛の人たちが深々と頭を下げる。それに合わせて、門を守る衛兵たちも一斉に敬礼を送ってくれた。挨拶を交わしていると、準備されていた馬車が衛兵によって引かれてきた。2頭の黒い馬が繋がれた、堂々たる6輪の重量級馬車――それはまさに豪華という言葉がふさわしい一台だった。


「なかなか立派でござるな」


「こんな立派な馬車をいただいても、よろしいのでしょうか?」


 私がそう尋ねると、ジェイコブ卿は「もちろんですとも!」と力強く笑って答えた。私たちは改めて礼を述べ、その馬車へと乗り込んだ。後部の荷台には、水や食料といった長旅に必要な物資が、きちんと整えられていた。本当に至れり尽くせりだ。


 あとで知った事だけど、今回の両国を巻き込んだ魔人戦争は「災厄の刻 -魔人討伐戦争-」というタイトルで書籍化されたらしい。もちろん、本自体はフィクションってことらしいけどね。


 ――こうして、私たちは多くの人々に見送られながら、オスロウ国を後にした。目指すは、魔法都市として名高いハイメス国――新たな物語が待つ場所だ。


お読みいただきありがとうございます。

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