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究極攻撃魔法

 デイア姫が何かを呟き、長杖を天高く振り上げると、7色の光が私たちの全身を包んだ。その瞬間、持久力・耐久力・腕力・敏捷性・知力・抵抗力、さらには事象影響力までもが上昇していくのが分かった。


 ゲームであれば、強化魔法(バフ)を使用した場合、ログがシステム音声と共に表示されるところだ。けれどこの世界では、他者から強化魔法(バフ)を受けた場合、突然、身体と脳がその変化を"理解する"感覚に包まれる。


 ――これはすごい。身体の奥底から、力が湧き上がってくる。それにしても、こんな魔法(スペル)、ゲーム内でも見たことがない。もしかすると、この世界のデイア姫が独自に編み出した、オリジナル魔法(スペル)なのかもしれない。


「ありがとう、デイア様。私が先行します! クリスさんも続いてください。シグナスさんはデイア様の護衛を。デイア様は後方より、究極攻撃魔法(アルティメルスペル)の準備をお願いします。ドッちゃんは――いつも通りで!」


 ”究極攻撃魔法(アルティメルスペル)”という言葉に、その場の全員が反応した。しまった……これは私とドッちゃん、ゲームの知識を持つ者しか知らないはずの情報だった。


「貴女……なぜそのことを。あとで詳しく聞かせてもらいます」


 デイア姫は私を一瞥(いちべつ)すると、小さく詠唱を始めた。奥の手をバラされたことに怒っているのか、少しだけ睨まれてしまった。……だって、レイドボスとして戦ったことがあるから、知ってたんだもん。


 シグナスが大盾を構え、デイア姫の護衛に入る。私は両手に小太刀を構え、影分身を発動。現れた3体の分身体がそれぞれ独立して動き、撹乱しながら斬りかかる。クリスも正面から、ドラゴンスレイヤーを振るって攻撃を仕掛ける。私が両前足の注意を引きつけ、クリスが隙を突いて脚部に斬撃を入れる。そして後方から、ドッちゃんが銃撃による援護射撃を行う――。


 二刀流の小太刀で無数の裂傷を刻み込むが、抉れた部位はすぐに結合し、粘性の高い液体が泡立つように沸き上がり、瞬時に傷口が塞がっていく。――これは、レイドボス特有の自己再生能力だ。攻撃を回避しつつ、斬撃を繰り返してヘイトを稼ぐのが私の戦い方。でも、レイドボス相手では攻撃役(アタッカー)としての火力不足が否めない。大きなダメージを与えるには――消耗は激しいが、あの技を使うしかない。


「秘剣――地獄ノ業火連斬(カラミティブレイク)!」


 私を含むすべての分身体が、黒紫の炎に包まれる。一体は右の巨腕を螺旋状に走りながら斬り裂き、太い血管を断ったのか、紫色の鮮血が盛大に噴き出す。もう一体は左の巨腕を切り上げ、さらにもう一体は背後から跳びかかる。私は魔人の背を蹴って跳躍し、頭上で分身体たちと合流。そして、頭頂部へ――8本の小太刀を、一斉に突き刺した。魔人の上半身が複数の深い裂傷を負い、黒紫の炎が傷口を焼き尽くしていく。


「グワァァアアァ……ッ!?」


 さすがの魔人も、たまらずのたうち回り、苦悶の声を上げる。腐肉が焼け焦げるような臭気が辺りを包み、思わず鼻を押さえた。……大丈夫だと思うけど、毒でも含んでいそうな嫌な臭いだ。


 痛みのあまり、闇雲に振り下ろされた一撃がクリスを襲い、彼の身体を後方へ吹き飛ばす。その爪撃で、クリスの黒い鎧には深い爪痕が刻まれた。苦い表情を浮かべつつも、彼はすぐに立ち上がる。無事でよかった。


 私は後方へ飛び退き、分身体を解除する。息が少しだけ荒い。……やっぱり、大技は魔力(マナ)の消耗が激しい。煙玉を取り出し、煙幕を張ると、その中で気配を殺し、魔力(マナ)の回復に努める。


 魔人は叫びながら、自らの身体の皮を剝ぎ取り、煉獄の炎を周囲に撒き散らす。自己再生を阻害しているのが炎だと気づいたのだ。焼けただれた部位を、自らの手で削ぎ落としている。その、あまりに醜悪な光景に、胸の奥がざわつく。……これは、トラウマになりそうだ。


 剝ぎ取った燃え盛る肉片が、玉座の間のあちこちに飛び散り、一瞬で地獄のような有様に変わる。だがその部位も、再び沸騰するように再生し、傷口は塞がっていく。……結構なダメージは与えたつもりだけど、致命傷には至らなかったか。ゲームのように相手のHPゲージでも見えれば、どれだけ効いているか分かるのに――。


 そんなことを考えていると、不意に魔人の身体に魔力(マナ)が集まり始めた。ドス黒く、ねばつくような魔力(マナ)の流動を感じ取った瞬間、私は反射的に身構える。次の瞬間、魔人が大きく開口し――黒い炎を吐き出した。


 あれは、私と同じ「煉獄の炎」。すぐに跳躍し、壁の段差にしがみつく。クリスは咄嗟に防御姿勢をとったが、間に合わず、煉獄の炎に全身を包まれる。一方、大盾を構えていたシグナスは、炎を難なく防いだようだった。


 クリスは大剣を振り回して炎を振り払いながらも、直撃のダメージは大きかったようだ。あのタフな彼が、膝をつくなんて……。私は息を整えると、影分身を再び発動。クリスから自分にヘイトが向くよう、魔人に攻撃を仕掛けた。


 ……レイドボス級の魔人には、暗殺系特殊技能(アサシンスキル)は効かない。粘着罠も、あの巨体には意味をなさない。こういう敵を前にすると、自分の攻撃力の無さがもどかしくなる。一瞬の隙をつき魔人の右腕が、分身体のひとつを斬り裂き消滅させた。そしてそのまま、本体の私に向けて鋭い爪が襲いかかる。


 その時だった。背後から、レーザーのような光が走り、魔人の巨腕を貫いて吹き飛ばした。魔人は何が起きたのか分からないといった顔で、驚愕の表情を浮かべ体勢を崩す。さらに、赤・青・緑・黄・白・黒――5色の光線が魔人の身体を連続で貫いた。光源へ視線を移すと、そこにはドッちゃんがライフルを構え、そのそばでデイア姫が杖を掲げていた。


 彼女の周囲には、ボウリングの球ほどの大きさの5色の宝玉が宙に浮いている。あれは――レイドボスで戦ったときに見た、第2形態。たしか、体力ゲージが半分を切ると発動するはず。でも、デイア姫はゲームと違って、任意のタイミングで発動できるらしい。クリスの天業ノ黒と同様のようだ。


 赤は炎、青は水、緑は風、黄は土、白は光、黒は闇。それぞれの宝玉が、上位属性魔法を自動で放つ砲台のような役割を果たす。全属性を網羅するスペルマスターの特権。――味方になると、すごく頼もしい。

 そして、最初に魔人の腕を吹き飛ばしたあのレーザーのような一撃は……ドッちゃんが使った「課金弾」の軌跡だ。


 実装初期は、ガチャのハズレ枠だったらしい。でもその実力は本物で、無属性弾の中でも最強。バリアやシールドを貫通し、圧倒的な破壊力を誇る。その後、再販は一切行われず、価値が高騰していったアイテムのひとつらしい。サービス最終日には「残りの弾を全部撃ち尽くすつもり」って言ってたっけ。……だから、残数は限られてるはず。わざわざ、私のために――使ってくれたんだ。


 魔人の全身が泡立ち始め、吹き飛ばされた腕の断面からは、ミミズのように蠢く筋繊維が再び腕の形を成そうとしていた。


「ドッちゃん、ありがとう!」


 私は魔人を見据えたまま叫び、再び影分身を発動し、失った分身体を再召喚。さらに「陽炎連舞」を発動し、攻撃回数を底上げして全身を斬り刻む。デイア姫とドッちゃんも後方から、強力な遠距離攻撃で援護してくれる。そして、シグナスはクリスに回復魔法(リカバリースペル)を施している。……結構、バランスのいいパーティーかもしれない。


「すみません、もう大丈夫です!」


 傷の癒えたクリスが立ち上がり、再生中の腕に大剣を突き刺す。そして、内部の筋肉をえぐるように斬り上げた。しかし、魔人の左の巨腕が、クリスの身体を掴むと、そのまま天高く振り上げる。――まずい。あのままじゃ、地面に叩きつけられる! 焦った私は、考えるよりも早く地獄ノ業火連斬(カラミティブレイク)を発動し、分身体と共に跳躍。一斉に左肘の腱を貫き、炎で焼き払った。


 握力を失った魔人の手から、クリスが解き放たれる。だがその直後、再生した右腕が、私と分身体をまとめて殴り飛ばし――私は地面に叩きつけられた。すさまじい衝撃が全身を駆け抜け、一瞬、呼吸が止まる。痛い、痛い、痛い――!


 人生で感じたことのないような痛みと苦しみが、私の思考を奪っていく。そしてそれは、やがて恐怖へと変わった。心臓の鼓動が高まり、耳鳴りがして、世界の音が消えたように感じる。――気づけば、眼前には、巨大な爪が迫っていた。……殺される。


「極掌発勁!」


 その瞬間、クリスが突き出した掌が魔人の巨腕を弾き、周囲の空気が震えた。その衝撃で魔人の半身がよじれ、仰け反る。クリスは私を抱きかかえ、即座に後退した。私は激しく咳き込みながら呼吸を整える。動揺が徐々に薄れ、少しずつ意識がクリアになっていく。


 ――この感覚、ゲームとはまるで違う。ダメージを受けるとは、こんなにも心を乱し、動揺するものだったのか。「あ〜あ、死んじゃった。リスポーンするか」……なんて、そんな気楽な感覚が、今となっては懐かしくさえ思える。――これは現実だ。絶対に、死ぬわけにはいかない!


 シグナスが私に回復魔法(リカバリースペル)をかけてくれる。体の内部から、ぬるま湯に浸かるような心地よい温もりが広がっていく。なんて気持ちがいいんだ……このまま眠ってしまいたい気分だ。


「シノブ様、大丈夫ですか?」


 シグナスが心配そうに私の顔を覗き込む。私は小さく頷いて立ち上がった。視線の先では、クリスと魔人がまだ戦いを続けている。後方からは、5色の光線が魔人を貫き、幾つもの銃弾がその巨体を撃ち抜いていた。


 無数の攻撃に魔人はついに膝をつき、両手を地面に突いた。筋肉繊維の露出した箇所からは紫色の血が滴り落ち、傷痕の全てが泡立ちながら自己再生を続けている。――その時。魔人の体内から魔力(マナ)が逆流し、傷口から黒煙が噴き出し始めた。


「まずい、――あれは!」


 叫んだ時には、もう手遅れだった。魔人の全身が紫がかった閃光を帯び始め、その光が質量を持つかのように一斉にこちらへ襲いかかってきた。それは、まるで刃物のように鋭く、糸のように細く、そして光のように隙間なく――すべてを貫通する。


 玉座の間の天井が内側から爆破されたように吹き飛び、その空間だけが荒廃した荒野のように変貌する。 私たちは全身を光線に貫かれ、身動きが取れないほどの激痛に(さいな)まれていた。皮膚が焼け焦げるような痛みが身体を走り、地面の上でただ、苦しみに耐えることしかできなかった。――これは知ってる。ゲームで見た。魔人のLP(ライフポイント)が30%を切ったときに発動される、究極攻撃魔法(アルティメルスペル)だ。


 ……はやく、立たなきゃ……!


 顔を上げた瞬間、私の身体が巨大な腕に鷲掴みにされた。じわじわと、万力で締め付けられるような圧力がかかり、骨が軋む音が耳元で響く。


「ぐあぁぁあ……!」


 悲鳴に視線を向けると、シグナスも同様に握り潰されそうになっていた。腕の隙間から砕けた鎧の破片がこぼれ落ち、口元から血が垂れている。あのシグナスの防御力でも、もう限界だ――。


 私はなりふり構わず、3度目の地獄ノ業火連斬(カラミティブレイク)を発動。魔人の指を斬り裂き、拳を無理やり開かせる。その直後、魔人の顔が小さく爆発した。ドッちゃんの放った炸裂弾が命中したのだ。何本か欠損した腕で魔人は顔を庇いながらも、なおも力を込めてシグナスを握り潰そうとする。私はその拳に刃を突き立て、何度も、何度も斬りつけた。


「このっ……離せ!!」


 紫色の血しぶきを浴びながらも、私は一心不乱に刃を振るう。独りでは足りない。私は影分身を発動しようとした――その瞬間、全身の力が抜け、視界が暗転していく。……これは――魔力(マナ)切れだ。


「――朧・三日月!」


 その時、聞き覚えのある声が、私の耳に届いた。閉じかけていた瞳に、霧の中で輝く三日月の光が差し込む。そして、力強い腕に抱き寄せられた。空中で魔人の巨大な腕が空を舞い、遅れて散った桜の花びらが揺らめきながら消えていく。


「待たせたでござるな、シノブ殿」


 目の前には、サクラの顔があった。ようやく来てくれたんだ……。ほんと、遅いよ。安心した私は、力が抜け、そのままサクラにもたれかかった。


「おい、こら! シノブちゃんにべたべたするな!」


 どこからかサクヤの声が響いた、と思ったその瞬間――視界が一閃の白に染まり、続けざまに空気を裂く雷鳴が轟いた。遅れて、地響きのような衝撃が全身を包む。少し魔力(マナ)が戻り、視界が安定した私は、あたりを見渡した。魔人のすぐ傍に、サクヤが立っている。大槌を天高く振りかざし、その身を雷光に包んでいた。


 今のは――「雷槌(いかづち)ミョルニル」に付随する上位特殊技能(ハイスキル)、「神ノ雷(ディトニトル)」。使用者を中心に巨大な雷柱を降らせ、周囲の敵を巻き込んで殲滅する範囲攻撃。しかも、耐性の低いモンスターには麻痺効果も付与する。その効果で、魔人は身体を痺れさせられ、(うずくま)ったまま動けなくなっていた。


「サクヤさん、終わりにしましょう。その場から離れてください!」


 美しくも力強い声が、場の空気を貫く。声の主は、デイア姫。彼女は長杖を天へ掲げ、詠唱を完了していた。杖の先端に嵌め込まれた魔石が、淡い光を放ちながら空へと一筋の光を射出する。光は音もなく空に吸い込まれ、一瞬で消えた。


 ――その刹那。


 空が閃光に包まれ、直後、地の奥底から湧き上がるような低音が響きはじめた。さらに何度か空が明滅し、その“正体”が姿を現す。それは、魔人の巨体と同じくらいの質量を持った、いくつもの隕石だった。数度の閃光に応じて、隕石が次々と天から降り注ぎ、魔人に向けて落ちてくる。


 ――自由落下による加速が、着弾の瞬間に爆発的なエネルギーを生み出し、巨大なクレーターを形成した。その衝撃と熱量が、魔人の全身を一気に焼き尽くす。自己再生が追いつかず、肉体は見るも無惨な焼け焦げた肉塊へと変貌していく。


 あれは……デイア姫の切り札にして、最強の究極攻撃魔法(アルティメルスペル)――「星如巨岩衝撃(アストラルインパクト)」。巨大な隕石を軌道上から召喚し、指定範囲を壊滅させる究極攻撃魔法(アルティメルスペル)。本来はレイドボスのデイア姫がプレイヤー集団に向けて放つ広域攻撃だが、単体への一点集中に変えれば――これほどまでに凄まじいのか。しかも、隕石に追尾性まであるなんて……ありえない。


 勝利を確信したデイア姫は、杖を再び掲げ高らかに叫んだ。


「魔人ヴァッサゴの首、討ち取った!」


 その勝鬨を聞いた仲間たちもそれぞれ武器を掲げ、勝利の雄叫びを上げる。私はその光景を見届けながら、サクラの腕の中で、静かに意識を手放した。

お読みいただきありがとうございます。

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