王城へ急げ!
◆
「サクヤはドッちゃんと一緒だったんだ」
そっか、アルテナの町で聞いた、サクヤの相棒ってドッちゃんだったんだ。ギルドメンバーに逢えたことと、ちゃんと生きていてくれた事が嬉しくて、つい表情がほころぶ。
「ええ。今、先行して魔人――偽国王のもとへ向かっています」
……ん? 今、偽国王を倒しに向かってる? 王城までの道のりは、最前線部隊、防衛ライン部隊、街の防壁部隊を抜け、都市内各所に配置された部隊を突破。そして貴族街の防壁を守護する聖騎士団を倒さなければたどり着けない。しかし、都市内外で戦いが起こったとの報告は上がっていない。
――ああ、そうか。ドッちゃんは“ハイディングクローク”を装備しているんだ。あれは“抜足”、“潜伏”、“不可視化”という3つの特殊技能が付与された、超激レア装備。12時間に1度使用可能な、めちゃくちゃ便利なアクセサリーだ。つまりドッちゃんは、この最前線の部隊を堂々とすり抜けて、オスロウの街へ潜入したってわけだ。
「あ、あの、将軍ちゃん。そちらの女性は……?」
大隊長の1人が、どこからともなく現れた女性と、気さくに話す私たちの様子を見て、不思議そうに尋ねてきた。おっと、紹介するのをすっかりと忘れていた。
「ああ、こいつは……ふふっ、“爆雷の女神”でござる」
その時、サクラがわざと意味ありげな口調で、あえて二つ名だけを告げる。案の定、大隊長たちは全員仰け反るように驚き、どよめきの声があがった。……こいつ、わかっててやってるな。初めての戦争でピリピリしてる連中を、わざと弄ってる。気の毒に。
「ええと……この人は、伊集院咲耶。私やサクラとは旧知の仲なの。ハイメス国の将軍をしていたみたいで……なので、とりあえず交戦は避けられそうです」
私が説明すると、大隊長たちは小さく「おおっ!」と声をあげ、尊敬の眼差しを向けた。二つ名がついている敵軍の将軍と仲が良く、戦争事態を止めてしまったからだろう。
「……むしろ、ハイメス軍を貸してもらう手もあるな。なぁ、サクヤ」
サクラは不敵な笑みを浮かべ、サクヤに流し目を送る。サクヤはサクラに視線を向けて、少しだけ目を細めたが、すぐに表情を戻す。
「説明には少し時間がかかりますが……よろしければ、やってみましょう。要は、オスロウ軍とハイメス軍で、街に出現するモンスターを討伐すればよいのですね?」
サクヤもゲームシナリオを知っているから話が早い。それが最善の手だ。戦争を起こさず、両国が協力してオスロウの都市に現れたモンスターを殲滅する。――そして魔人を倒す。幸い、ハイメス国では、ドッちゃんとサクヤが立案した「魔人最速討伐作戦」が進行中だ。……でも、ちょっと待てよ。このままだと、ドッちゃんとクリスが鉢合わせになる可能性があるんじゃ……? それって、やばくない……?
「サクラ。私は、ドッちゃんを追うね! このままだと、クリスと戦闘になっちゃうかもしれない!」
「ああ、拙者もそれを危惧していたでござる。――大隊長たちは自部隊へ戻り、休戦の決定と防壁までの後退を通達。その後、グレッグ総司令には、対魔人作戦の概要の伝達を」
大隊長たちは敬礼し、サクラの指示通りに自部隊へと戻っていった。……グレッグ総司令には、対魔人防衛作戦は伝えていない。というのも、魔人とグレッグ総司令の関係が不確かだったため、信頼できる斥候を通じて、作戦発動と同時に伝える予定にしていたのだ。
サクヤはハイメス軍へ戻り、オスロウ軍との共同作戦を伝える役を担う。もともと、サクヤとドッちゃんが立てた魔人討伐作戦が、ハイメス軍の中核方針だったため、全軍への通達に時間はかかるが大丈夫だろうと言っていた。
サクラは防衛ラインへと向かい、状況を把握していない他の部隊への説明へ。説得には少し時間がかかるだろうが、サクラの”英雄”や”将軍”としての信頼があれば、きっと乗り越えられるはずだ。そして私は、黒猫スーツを身にまとい、王城を目指す。このスーツは、装着者の体重と体積を縮小し、移動速度を大きく上げてくれる。何より、兵たちの足元をすり抜けるのに最適だ。
私は街の大通りを、疾風のごとく駆け抜ける。住民たちはすでに避難命令を受け、自宅に籠もっており、近隣の村々から避難してきた人々も、工業地区の倉庫区画に避難済み。だから、防衛兵以外の気配は、どこにも感じられない。もし、偽国王に接触していた場合、即座にモンスターが召喚されるはずだ。つまり――まだドッちゃんは、偽国王のもとに到達していない。間に合う、今なら!
大通りを抜け、貴族街の入り口に差しかかると、防壁の門が閉ざされ、その前にシグナスが剣を携え、仁王立ちしていた。白銀の鎧に、シルクのように滑らかな光沢を持つ白マント。聖騎士団長にふさわしい、堂々たる立ち姿だ。……目線が猫なので、やたら威圧感を感じる。これで性格さえマトモなら、完璧なのに……。
「シグナスさん、シグナスさん!」
「えっ……?」
私の声に、シグナスがキョロキョロと辺りを見回す。そして足元に目を落とし、私と目が合うと――すぐに剣に手をかけた。この姿を、モンスターか何かと勘違いしてるようだ。
「ま、待って! 私です、シノブですってば!」
慌てて立ち上がり、両手を上げて必死に叫ぶ。シグナスは目を細めると、私の胴を掴んで引き上げた。くすぐったい、恥ずかしい、あと、なんか……触られてるのがイヤ。全部が混ざって、脳がぐるぐるしてる。
「シノブ様、これは……。ですが、この姿、サクラ様とはまた違った魅力がありますね」
「人の――じゃなくて、猫のお腹をまじまじ見ないでください!」
私は持ち上げられたまま、渾身の猫キックをシグナスの顔面に叩き込む。……が、びくともしない。山賊の時と違って、防御力が異常に高い。さすが聖騎士団長、猫の状態ではまるで歯が立たない。
「シグナスさん、城内に私の仲間とデイア姫が侵入しました! 門を開けて、一緒に王城へ行きましょう!」
じたばたしながら叫ぶ私に、シグナスは涼しい顔で答える。
「王城へは、この門を通る必要がありますが……。今のところ、誰も通してはいませんよ?」
そう言いながら、シグナスは私のお腹に頬をすり寄せる。ちょ……おい変態、やめろっ! 私は体を必死によじらせ、彼の手をするりと抜けた。――お城のお風呂場にあった、良質な洗剤で黒猫スーツの毛艶を整えておいて本当に良かった。
「もう! 止めてくださいってば。本当に、一度も開けてないんですか?」
シグナスは少し考えたあと、思い出したように言った。
「食料輸送の荷馬車を一台通しましたが、積み荷は隈なくチェックして、不審な物は一切ありませんでした」
「私の友人は、不可視化の能力を持っています。たぶん、その荷馬車の屋根にでも乗っていたのかもしれません」
そう告げると、シグナスは信じられないという表情を浮かべ、王城の方角へと視線を向けた。私はこれまでの経緯をすべて説明し、防衛作戦の開始と、ハイメス軍がモンスター討伐の援軍に加わる件について伝えた。
「な、なんと……。そのような事が。では我々聖騎士団も、全軍、王城へ向かわせても?」
「ええ、副団長に指揮を任せてください。シグナスさんは私と共に、国王陛下のもとへ向かいましょう」
シグナスは頷くと、副団長を呼び、事情を手短に説明した。対魔人防衛作戦自体を知らなかった副団長は、さすがに信じがたいといった表情を浮かべていたが、シグナスの真剣な眼差しを見て何かを察したのか、敬礼をして部隊へと戻っていった。
「シノブ様、行きましょう――って、ええっ!?」
副団長と話しているうちに、私は黒猫スーツをこっそり脱いでいた。もう2度と頬擦りなんて御免だしね。あんなにナチュラルなセクハラを受けたのは、生まれて初めてだった。王城までは、さほど距離があるわけじゃない。それに、ここから先は“この姿”でなければ、ドッちゃんに気付いてもらえない。その場合、シグナスがドッちゃんとの戦闘に巻き込まれる可能性が高いからね。
クリスには、魔人が正体を現すその瞬間まで、傍で守護する使命がある。たとえ、それが偽りの国王であってもだ。そこにドッちゃんとデイア姫が突入すれば、クリスと衝突するのは避けられない。私は、それを――止めてみせる。
「シグナスさん、行きましょう」
「わかりました、シノブ様。お供いたします!」
私たちが王城のそびえ立つ高台に目を向けると、ちょうど太陽が山の端からその輝きをあらわにした。光に導かれるようにして、私はシグナスとともに王城への道を走り出した。
王城の周囲には、いくつもの聖騎士団の部隊が待機しており、その厳重な警備体制がうかがえた。大扉を守る部隊に事情を説明し、私たちは城内へと足を踏み入れる。正面の門を守る聖騎士たちにも、特に異常は見られなかった。――まだ、城内には入っていないのか?
一瞬そう思ったけれど、サクヤから話を聞き、ここまでの移動時間を考慮すると……もう、とっくに侵入を果たしているはずだ。……ということは、別のルートから城に入ったのだろう。ドッちゃんなら、そのくらいは朝飯前。絶対に成功させている。
SMOのゲームシステムやキャラクターの育て方、武具の強化、戦闘の立ち回り――そのすべてを私に教えてくれたのが、ドッちゃんだった。音声システムが壊れていて、主にキーボードチャットでやり取りしていたけれど、彼女は自分の時間を惜しまず、いつも丁寧に教えてくれた。
ギルドのサブマスターとしても、メンバーからの信頼は厚かったし、私にとってはまさに“縁の下の力持ち”であり、尊敬すべき人生の先輩だった。そんな彼女なら、人知れず王城に潜入するなど造作もないと、私は確信していた。
謁見の間へと続く大きな廊下に差しかかったその時――廊下の先が、一瞬だけ赤く輝いたように見えた。……何かを感じた。予感ではなく、反射的に。私は咄嗟にシグナスのマントを掴んで、力任せに引き寄せる。
その直後、さっきまで私たちが立っていた床に、テニスボールほどの焦げ跡のようなものが2つ、そして絨毯を焦がすような匂いが周囲を漂った。――こ、これは……ドッちゃんの銃撃!? シグナスは目を見開いて私を見つめ、そのまま私と共に廊下の角へと身を隠した。
一瞬で2発、それも正確無比な無音の射撃。あれがドッちゃんの腕前……。よく見ると、廊下の端には数人の聖騎士が倒れている。死んでいるのだろうか……? 不安が胸をよぎり、心拍が一段と高鳴る。
私は索敵を起動する。すると、廊下の隅に3人、正面に2人のマークが浮かび上がった。壁の影からそっと顔を出して確認するが、正面には誰の姿もない。肉眼では見えないが、索敵では確かに反応がある。そして、どれも敵性反応ではない。間違いない。これはハイディングクロークで身を隠した、ドッちゃんとデイア姫のものだ。
「ドッちゃん! ドッちゃんでしょ!? 私、シノブだよ!」
叫んだその瞬間、廊下の遠く、壁のあたりで空気がわずかに揺らめいた。そして、透明なベールが捲れるように、2つの人影が姿を現す。
ひとりは、黒い麻布のようなマントを首に巻き、継ぎ目のない黒の全身タイツを着た人物。その肌はメタリックな光沢を帯び、この世界では明らかに異質。そして、燃えるような赤い髪が揺れている。深紅の薔薇のサブマスターにして、私の師匠。スナイパーの――DOS。
その背後には、虹色に輝く胸当てに純白のドレスをまとい、長く美しい銀髪を流す少女。雪のように白い肌に、どこか神秘的な気配をまとった――ハイメス国の王女姫、デイア・フィル・ハイメス。
私たちは、廊下を挟んで向かい合う形になった。
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