軍事会議
オスロウ城内は、それはもう「豪華絢爛」の一言に尽きた。白い大理石の床は魔法石の光を反射し、まるで宝石のようにきらめいている。随所に飾られた彫刻や絵画といった美術品は、素人目にも一級品とわかるものばかりだった。まるで美術館を歩いているような感覚に、思わず見入ってしまう。
廊下には汚れ一つない赤絨毯が敷かれ、等間隔に兵士たちが立ち並んでいた。どうやら自由にうろつくわけにはいかないらしい。入国税だけでも相当な収入がある国だ。王城の建設や維持にどれだけ金がかかっていようと、納得の一言だった。
城内を案内されながら数分歩いた先、私たちは円卓のある部屋へと通された。こぢんまりとして清潔な部屋で、ここだけは美術品などの装飾が一切なく、質素な造りになっている。私たちは入口近くの席に案内され、ジェイコブ卿は奥の方の席へ。
しばらくすると、やけに派手な衣装をまとった貴族たちが次々と現れ、空席が埋まっていった。その中には、シグナスや魔導師団長の姿もあった。大会のときの鎧やローブ姿とは違い、今は制服のような装いだ。そのせいか、どこか印象が違って見える。普段着のままの私とサクラは、この場においてどうにも異質で、妙に浮いているような気がした。離れた席から、シグナスが小さく手を振っているのが見えた。
「ほらほら、サクラ。手、振ってあげなよ」
私がサクラの脇腹を肘でつついてからかうと、サクラはむすっとした顔になる。こういう“女子同士のじゃれ合い”が彼の望みだと思っていたけれど……と、私は苦笑した。
やがて、宰相と、議事録のようなものを手にした貴族――多分、書記だろう――が入室。続いてクリスも姿を現し、これで全ての席が埋まった。――どうやら国王陛下はこの会議には出席しないらしい。普通は出るものだと思っていたけれど……意外と慎重な方なのかもしれない。
全員の着席を確認すると、兵士のうち2名が部屋を退出し、扉の両脇に立って待機。残る2名が扉を閉め、その場に立って警戒を固めた。
「――全員、揃ったようですね。それでは会議を執り行います。議題は、ハイメス国よりの宣戦布告状に関する軍事会議です」
静かながらも威厳ある声が会議室に響いた。発言の主は、オスロウ国宰相――『クリフォード・モーティ・モリス』。ジェイコブ卿によれば、王族の血は引いておらず、1年前の大規模粛清の後、宰相の座に就いた人物らしい。ロマンスグレーのオールバック、痩身で知的な風貌の50代男性。第一印象としては、どこか古文の教師を思わせる雰囲気だった。これまでに見たのは、武闘大会の表彰式で国王にトロフィーを渡していた姿くらいだ。
「本日は特別に、2名の冒険者をこの場に招いています。1人は、昨日の武闘大会において優勝を果たした英雄――サクラさんです」
「……おおっ」
円卓に並ぶ貴族たちから、小さなどよめきが漏れた。いっせいにサクラへと視線が注がれ、自然とその隣に座る私にも視線が集まる。無言ながら、「誰だこいつは?」という空気がひしひしと伝わってくる。私はただのCランク冒険者。表向きはサクラの従者という立場で、貴族社会ではまったくの無名。自分がなぜこの場に呼ばれたのか、いまだに意味が分からない。
「そしてもう1人は――シノブさん。サクラさん同様、極めて優秀な冒険者です。数日前、護送された犯罪者の証言を元に、彼女の活躍を詳しく調査させていただきました」
“調査”ね。転移してきた翌日に山賊3人を殺した件も、たぶん“その活躍”に含まれているんだろう。忘れていたはずの過去を掘り起こされたようで、内心では少し気分が悪くなった。
「サクラさんの実力は、すでに皆さんご存知のとおり。――そして、シノブさんは50名を超える冒険者崩れの山賊団を、単独で制圧し、主要幹部2人も討ち取ったという」
……やはり、入国時点でギルドカードを通じた情報収集が行われていたようだ。山賊の尋問記録と照らし合わせれば、私たちの素性はほぼ筒抜けだったに違いない。優秀な冒険者が常に監視対象に置かれているというのは、ありがちな話だ。
「な、なんと……」「それは凄い……!」
貴族たちが口々に驚きの声を上げた。ジェイコブ卿も初耳といった顔で、眉を上げている。どうやら、山賊事件の件はまだ貴族層には共有されていなかったらしい。見られる、注目される――そういった状況は、どうにも苦手だ。まるで罪状を読み上げられている気分になる。私は根っからの陰キャ属性なんだと思う。
「……さて、本来、冒険者は国家間の軍事行動に不介入というのが不文律とされてきました。しかし、今回は例外です」
宰相の口調が一段と厳かになる。
「そこで――お2人には正式に、我が国軍にご参加いただきたい。これは国王陛下よりの勅命です」
場がざわめいた。重たい空気が会議室を包み、ジェイコブ卿の顔にも曇りが差した。国王の勅命――それは、ほぼ拒否権が存在しないという意味に等しい。サクラは堂々と椅子に身を預け、腕を組んでいる。そして、私のほうを向き、やわらかな笑みを浮かべた。――私の決断に委ねる、という合図だ。
このまま了承すれば、オスロウ国に加担するルート。断れば――どうなる? 無傷でこの国が抜けられるとは思えない。その未来が想像できないのが、正直怖い。もしかすると、ゲームにはなかった”第三のルート”、戦争そのものをスキップするような展開もあるかもしれない。
しかし、それは見て見ぬふりをするだけで、なんの解決にもならない。しかも、それは私たちが知っている正史と大きく異なるものになる。そうなれば、これまでのゲームで得た知識が使えなくなる可能性も出てくる。それはあまりにもリスクが大きい。ジェイコブ卿も心配そうな表情でこちらを見つめ、答えを待っている。……まぁ、悩むまでもないか。
「わかりました。私とサクラは、この国に協力をいたします。――その代わりと言ってはなんですが、無理を承知でお願いがあります」
「私の権限で叶えられる範囲であればな。言ってみたまえ」
馬車の中からこの部屋まで、ずっと戦争を回避する手立てを考えていた。とはいえ、女子高生の知識では限界がある。ただ、今の会話の中で、私たちは戦闘面において高く評価されていると感じ取れた。それなら、と私は思いついたことを口にする。
「私とサクラに、この戦争の最前線の部隊。その最高指揮権をください」
一瞬、会議室が静まり返った。……発言してから気づいたけれど、これってとんでもないこと言っちゃってるよね。ただの冒険者が言っていい台詞じゃない。本当は全軍の指揮権を……と言いたいところだけど、それはさすがに無理だと思った。でも、危険な最前線の部隊なら、むしろ歓迎されるかもしれない――そう考えた。
「それは、死ぬ覚悟で切り込む……と、考えても良いのだな?」
「はい。死ぬつもりはありませんが」
私は不敵に笑い、できる限り自信ありげに答えた。正直、自信なんてない。でも、戦争を最小限の犠牲で終わらせるには、開戦前に偽国王の正体を暴くしかない。――もしそれに間に合わなかった場合は、開戦後に敵軍の総大将を討ち取る。私とサクラで総大将を倒せれば、戦争はいったん終結するはず。偽国王の問題は後回しになるけれど……大勢の兵士が死ぬよりは、ずっとマシだ。
「――よろしい。しかるべき役職を与え、それぞれ優秀な騎士5千名ずつの指揮権を与えよう。今日から城に部屋を用意する。部隊配置や作戦会議にも参加してもらうことになるが?」
何かしらの批判や罵声が飛ぶものと覚悟していたが、意外にもすんなりと受け入れられて拍子抜けしてしまった。……これも、いつも感じている"物語の強制力"が働いた結果なのだろうか。まるで筋書き通りに流れていく感覚だ。
「わかりました」「承知した」
私とサクラは互いに顔を見合わせ、軽く頷く。これで、城内での情報収集が格段にしやすくなる。ある程度明確な地位をつけてもらえば、自由な時間も作りやすいはずだ。
──ゲームのシナリオ上、弱いモブ兵を3万人倒すと敵軍の総大将……いわば中ボスが出現する。それを討つことで、物語の前半が終了する。
オスロウ側に加担した場合、対峙するのはハイメス国の王女であり『スペルマスター』の『デイア・フィル・ハイメス』とのレイドバトルが始まる。彼女を討ち、ハイメス軍を崩壊させると、突如として偽国王が正体を現し、味方であるはずのオスロウ軍を壊滅させる。そして、その混乱の中で魔人との戦闘に突入するのだ。
逆に、ハイメス側についた場合は、オスロウ国の王子で『ロード』の称号を持つ『エルリック・ウィルバーン・オスロウ』と戦う展開となる。彼を討ち、王城へと迫ると、やはり同じように魔人が出現し、オスロウ国は壊滅する。
……結局、どちらの陣営につこうとも、片方の国家は必ず滅ぶ。 だが、私はこの結末を受け入れたくない。戦争を回避し、可能な限り犠牲を抑える――その“欲張りな作戦”を、私は本気で模索し始めていた。どうすればよいのだろうか。ミカさんやドッちゃんだったら、どんな選択をするだろう……? 私は生まれて初めて、"現実的に最も犠牲の少ない道"について真剣に悩んでいた。
会議の後半では、オスロウ国より正式な宣戦布告の書状が届けられていたことが告げられた。そして国王陛下の明確な意思として、和平交渉の余地は一切無いと説明される。各省庁の官長、軍事顧問、師団長、そして有力貴族たちは、一様に沈んだ表情を浮かべていた。会議は感情的な場面もありつつ、淡々と粛々と、しかし終始緊迫した空気で進行した。
開戦予定は、何も問題が起きなければ、本日より約2週間後。オスロウ国の防衛線の外――正面に広がる広大な草原で、迎撃戦を行う予定だという。民間人の安全を考慮し、周辺の村々には明日、避難勧告が出される。人々は城塞都市の外壁の内側へと避難させられるとのこと。
また、商人の往来に関しては、東か西の街道へ迂回させるよう通達される。検閲はさらに厳しくなるらしい。その決定を巡り、貴族たちの間で言い争いが勃発した。戦争になると物資の不足や奪い合いが起きる。
防衛費や活動資金は税金、もしくは私財を投じる事になるわけで、国との折り合いは必須となる。争点は様々だが、大規模な大戦が予測されるので、誰もが仮説で話し合い結論が出る事はなかった。そして、会議がようやく落ち着いたのは、深夜。
――期限は2週間か。慣れない長時間の会議に疲れた私たちは、用意された個室へ入り、泥のように眠った。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも面白いと思ったなら「ブクマ」「いいね」「☆での評価」お願いします。




