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馬車内での密議

 SMOのストーリーモード第3章「隣国戦争編」は、オスロウ国と隣国ハイメスの間で勃発する大規模な戦争を描いた章だ。魔法都市として名高いハイメス国は、魔法技術や魔導具において優れた実力を持ち、オスロウ国と肩を並べるほどの発展を遂げた大国。かつては友好関係にあった両国だが、オスロウ国王に擬態した魔人の暗躍によって、徐々に関係は悪化していく。


 表向きの原因は、国境沿いの山脈にある希少鉱石を産出する大鉱山。資源を巡る権益争いが火種となり、経済的な締め付けと報復がエスカレート。その後、有力貴族の暗殺未遂事件が発生し、裏では謎の宗教団体が暗躍し始める。すべては魔人によって仕組まれた両国崩壊への筋書き――というのがこの章のシナリオだった。


 プレイヤーは、どちらの国に味方するかを選ぶことができ、クリア後の報酬も異なる。オスロウ側に加担すれば、希少鉱石『ネオ・ウルツァイド』。ハイメス側につけば、希少鉱石『森羅万象(しんらばんしょう)』が手に入る。


 いずれも“伝説の武具”の核となる貴重なアイテムで、通常のアイテム枠とは別に保管される。ただし、伝説の武具には他にも希少素材が多数必要で、完成までたどり着いたプレイヤーはごく一部だったのも、よく知られた話だ。


 どちらの陣営につこうとも、この章の最終ボスはオスロウ国王に擬態した魔人。だからこそ、今この状況に、私たちは複雑な気持ちでいる。この世界では、ゲームとは異なり、選択肢が無限に存在しているように感じる。


 たとえば赤龍を倒さずともオスロウ国にたどり着き、サクラは武闘大会に出場して優勝した。そして今、戦争へ向かおうとしているオスロウ国に協力する流れへと自然に進んでいる。まるで(あらが)えない大きな流れに乗せられているような――そんな漠然とした違和感が、心のどこかに引っかかっていた。


「ねぇ……私たちの力で、戦争を止めることはできないかな?」


「――ふむ」


 馬車の中、サクラと私は頭を抱える。結局のところ、私は回避特化の女子高生、サクラは腕力特化のサラリーマン。たとえゲームアバターのステータスとリアルでのゲーム知識を持ち合わせたハイブリッドでも、国家間戦争という現実を動かすには力が足りない。


 もっともゲーム的な解決策は、国王に擬態している魔人を倒すこと。しかし、たとえ魔人を倒したところで、現実の国家間戦争が止まるわけではない。むしろ、私たちがスパイとして指名手配され、内乱が未解決のまま大戦争に突入し、多くの犠牲者が出る未来だってある。


「相手国との交渉しか手はないでござるが……国王がそれを拒否するだろう」


 そもそも、この戦争そのものが魔人の描いた筋書き。たとえ有力者が戦争反対を訴えたとしても、偽国王が強行するだろう。


「サクラ様は、なぜ国王陛下が交渉をしないと思われるのでしょうか?」


 馬車に同乗していたジェイコブ卿が、サクラの断言に疑問を呈するように問いかけた。”公爵”という地位は、多くの場合王族の血を引く名家の出身。もしかすると彼自身が国王と血縁を持っている可能性だってある。だからこそ、国王を侮辱するような言い方は、安易にできるものではなかった――。


「――ああ、それは国王が偽者だからでござるよ」


 空気を読まないサクラは、まるで天気の話でもするかのように、あっさりと口にした。私はツッコミも忘れて、ただ呆然とする。


「偽者とは、いったい……。いや、しかし……」


 ジェイコブ卿は眉をひそめ、(あご)に手を当てて考え込む。意外な反応だ。まさかとは思うが、何か思い当たる節でもあるのだろうか。


「サクラさぁ……あんまり不用意な事を言ったら駄目よ?」


 私はできるだけ笑顔を崩さずに注意したつもりだった。――つもりだったけれど、サクラは怯えたような目でこちらを見つめ、馬車の隅へと逃げるように身を寄せた。……もしかして、無理して笑ってたせいで、口元が引きつってたのかもしれない。そんなに怖がられると、さすがにちょっと傷つく。


「そ、そうでござるな。国王陛下が偽者で、戦争を仕掛けた黒幕だなんて……不敬でござるな。はははは……」


 おい。天然なのか? それとも、確信犯なのか? わざと煽ってるようにしか見えない。


「サクラ様、そのお話、もう少し詳しくお聞かせ願えませんか? この馬車内であれば、他の者に聞かれる心配はございません」


 ジェイコブ卿は真剣な面持ちで問いかけてくる。私はサクラと顔を見合わせた。しばし沈黙ののち、サクラが口を開く。


「実は、ここにいるシノブ殿は、”神の御使(みつか)い”で”未来予知”ができるのでござるよ」


 ――また新しい設定が追加された!? 暗黒神ハーデスの呪いで黒猫になった話の次は、「神の御使(みつか)い」で「予言者」だと……? なぜそんな真顔で、涼しい顔してそんな嘘がつけるんだ。いや、現実はともかくとして、武闘大会優勝者かつ美人で強い女性に言われたら……そりゃあ、説得力も桁違いになるってもんだよ。


「な、なんと……そんな力が!? それは、私如(わたくしごと)きにお話しくださってよろしいのでしょうか?」


 ……うわ、あっさり信じてる。それどころか”私如(わたくしごと)き”とか言っちゃってるし。どれだけサクラに心酔してるんだこの公爵は。そして当のサクラは、公爵の反応を見て満足げに微笑んでいた。なにその”してやったり”顔は。


「サ、サクラさぁ……」


 私が思わず詰め寄ると、慌てた様子でジェイコブ卿が割って入った。


「シ、シノブ様。分かっております。この件、決して他言はいたしません。神命に誓って、約束は守ります」


 頬の汗をハンカチで拭きながら、何度も頷く公爵。私はため息まじりに座り直すしかなかった。……もう好きにして。どんな新設定でいくつもりなのか知らないけど、下手なこと言い出したら、口に粘着罠でも貼って黙らせよう。


 とはいえ――サクラはその辺、意外と察しが良い。空気を読んだのか、今度は慎重に言葉を選びながら説明を始めた。曰く、私は”夢を通して未来を予知できる”存在であり、この国と隣国ハイメスとの間で戦争が起こることも、すでに知っていたと。その原因は、国王陛下になりすました魔人による陰謀で、両国の内側から不和を(あお)り、最終的に戦争へと導いているのだ――と。


 もちろん、私たちの元いた世界やゲームのシナリオであるという核心部分は、巧みに伏せてあった。多少無理のある説明ではあるけれど、あの堂々とした口調と外見で語られると、なんとも説得力が出てしまうのが悔しいところだ。


 これはある種の賭けだった。もしジェイコブ卿が味方になってくれれば、これほど心強いことはない。だが、もし相手が魔人の手先だったとしたら……火種どころか炎上待ったなしだ。


「私の祖父は、前々国王陛下の弟君であらせられて、公爵の爵位を世襲で継いでおります。そのため、陛下とお会いする機会も多く……ですが、奥方様と王子様を病で亡くされて以来、まるで別人のようになられたのです」


 公爵の言葉を要約すると、約1年ほど前、王妃と王子が立て続けに「病死」し、それを境に国王の様子が変わったということだった。……病死、ね。正直、その話自体が怪しい。国王が魔人にすり替わっているとするなら、その時期に王妃と王子もまとめて――おそらく、殺されたのだろう。


「私は、王妃様と王子様を失ってお心を病まれたのだと思っておりました。国民には公表されていませんが、数人の高位貴族が国家反逆罪の名目で粛清されました。それを聞いた時は……まさか、あの優しかった陛下が、そんなことをなさるとは思わず、驚いたのです」


 ジェイコブ卿は重々しい表情で語る。おそらく、サクラの言葉で自身の中の違和感が繋がったのだろう。


「わかりました。私の方でも、信頼のおける者に内密で調査を命じましょう。……サクラ様は、武闘大会の優勝者としての信頼がございますが、どうか内政に直接関わるような発言は控えてくださいませ」


「心得た。それに、情報収集のプロなら、こちらにもいるでござる」


 サクラはにっこりと微笑みながら、私の方を指さした。……確かに、忍者は諜報のプロという設定ではあるけれど、それはあくまでゲーム内の話。中身はただの女子高生だってば。とはいえ、今さら尻込みしている場合じゃないのも確か。やるしかないんだ。


「国王の微妙な変化に気づいている人物がいればいいんだけど……」


 ――たぶん、粛清された有力貴族は、その“何か”に気づいたか、あるいは確信に至ったのだろう。どちらにしても、ただ事ではない。残っているのは、ジェイコブ卿のように疑問を抱いても動かない貴族か、すでに傀儡(くぐつ)となった者たちばかりだろう。


 オスロウ城の内情も、人間関係も、今の私たちには未知数。下手に接触すれば、それこそ危険だ。情報収集といっても、一筋縄ではいかない。


「近衛兵長のクリスさんなら……もしかすると。彼は4年前の大会で優勝し、わずか15歳で一般兵から近衛兵長に抜擢されました。あの方なら、何か微妙な変化に気づいているやもしれません」


 そう言うと、ジェイコブ卿は眉をひそめて考え込んだ。近衛兵長ともなれば、常に国王に付き従い、その身を守る役目。ましてや、あれほどの実力者なら、鋭敏な感覚で異変を察知していてもおかしくはない。


「その役目は、手合わせした拙者が適任かもしれんでござるな」


 サクラは自信ありげに腕を組む。


「それはそうだけど……ちょっと不安だなぁ」


 馬車の中での会話から感じた正直な印象から、不安が口をついた。それを聞いたサクラは、なんとも情けない表情を浮かべた。年上の美人がそんな表情を浮かべると、自分が凄く悪いことを言ったような気分に(さいな)まれる。


「わかったよ、そんな顔しないで。選手として出ていたシグナスや……えーと、魔導師団の人とかにも、当たってみてよ。あと、くれぐれも言葉を選んでね」


 私がそう言うと、サクラはぱっと明るい顔に戻り、胸を叩いて「任されよ!」と力強く宣言した。


 ――こうして、馬車の中での密会を終え、私たちはオスロウ城の門をくぐったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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